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死して八年、デスナイトとして蘇る。――この食い荒らされた世を切り裂き、狂った因果に復讐を  作者: Tiny Abomination in a Jar


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辺境の腐肉喰い

ゴビの辺境、狂風が砂礫を巻き上げ、岩肌は嗚咽のような音を立てていた。遠方、ガル・マラカの輪郭は伏せられた巨獣のごとく、どす黒い影を湛えて地平線を圧し潰している。そこには窒息しそうなほどの蛮勇と粛殺が漂っていた。


俺は凹凸の激しい黒石の背後に蹲っていた。玄色の外套は岩の暗影と混ざり合い、判別すら困難だ。周身には淡い死の寒気が纏わりつき、狂風さえも俺の傍らでは凝滞しているように見える。氷のように冷徹な眼眸は、前方の野営地を死守していた。それは厚い黒橡の柵と、密に並んだ鋭い拒馬に囲まれた汚穢の地。基地というよりは、悪臭を放つゴミ捨て場だ。遠くガル・マラカの蒼茫とは、刺すようなコントラストを成していた。


野営地の中、松明が狂風に激しく揺らめき、跳ねる火光が暗紅色の影を撒き散らしている。その影には濃密な油脂の焦げた臭いが絡みつき、野営地自体の悪臭と混ざり合って、ゴビの風の中でほしいままに拡散していた。俺はここを知っている。連邦が辺境に密かに設けた秘密拠点だ。ゴビとガル・マラカの亀裂に隠された、人目に触れぬはずの場所。それが今、俺の眼下で、汚らわしい取引を演じている。


大気中の臭いは、吐き気を催すほど複雑だった。劣質な馬の尿の臭みが鼻腔を突き、安物の麦酒の酸腐臭、未加工の皮革が放つ生臭さ、そして干結した内蔵のような粘稠な血腥さが、喉にべったりと付着する。それは胸を塞ぐほどに噎せ返るものだった。俺のような屍山血河を潜り抜けてきたデスナイトでさえ、この臭いを嗅いだ瞬間、最初の反応は嘔吐感だった。俺は微かに眉を顰め、心底に不耐と厭悪を募らせる。この連邦の屑どもには、鼻が付いていないのか? これほどの汚穢の中で安然と過ごし、平然と汚らわしい勾当に手を染めるとは。


野営地中央の空地には、数台の満載された牛車が停まっていた。荷台の木板は年月と重圧で変形し、隙間には汚れと血痕が詰まっている。引いている老牛は骨と皮ばかりに痩せこけ、背骨が枯れ枝のように突出し、その皮肉は重い綱に食い込んで、じくじくと暗紅色の血を滲ませていた。牛たちは抗う力さえ失い、ただ頭を垂れて、力なく喘いでいる。泥砂に混じって流れ落ちる目尻の涙は、底知れぬ絶望を湛えていた。


「早くしろ! もたもたするな!」

横肉の付いた人間の軍需官が低く吠える。その声は耳を刺すほどに掠れ、不耐を隠そうともしない。「あの緑色の畜生どもに生きたまま食われる前に、荷を全部降ろせ! 取引を誤ってみろ、貴様らの皮を剥いでやる!」


彼は本来なら光り輝いているはずの制式鎧を纏っていたが、今やその鎧には赤褐色の鉄錆がびっしりと浮き、斑になっていた。甲片の紋様さえ錆に埋もれ、彼が動くたびに甲片同士が擦れ合い、「ギィ……ギィ……」という歯の浮くような乾いた音を立てる。その音は彼の傲慢さと相まって、滑稽なまでの反差を成していた。彼は傍らの兵士の足を蹴り飛ばし、兵士はよろけながら荷降ろしの速度を上げた。


痺れを切らした軍需官は自ら前に出ると、重い木箱を荒々しく押し開けた。木箱は「ドン」という鈍い音を立てて着地し、蓋が跳ね上がる。火光の下に露わになったのは、束ねられた羽箭だった。矢柄は真っ直ぐで、矢尻は冷徹な寒光を放つほど鋭く研ぎ澄まされている。どの矢にも細密な溝が刻まれており、毒液を塗布するために特化された造りであることは明白だった。その隣には暗緑色の毒液が詰まった桶が積まれ、刺すような腐臭を放っている。桶の縁から溢れ出した液が地面に滴ると、瞬時に小さな黒い穴を腐食させ、微かな白煙を上げた。


俺の眼眸は沈み、心底に寒気が走る。こいつらは何をするつもりだ? オークと取引をするのか? この猛毒の矢、致命の武器を渡し、何を受け取るというのだ。俺は声を発さず、ただ冷ややかにその光景を注視していた。周身の死の寒気は一層濃くなり、指先は無意識に背後のハルバート——ハムレットを握りしめ、いつでも討って出る備えを固める。


その時、巨大な黒影が野営地の反対側から急速に近づいてきた。松明の光がその輪郭を照らし出す。それは一人のオーク・センチュリオン(百人隊長)だった。砂塵と血痕にまみれた厚い黒のローブを纏い、身を隠している。露わになったのは鋭い黄色の眼眸だけで、そこには警戒と審判の光が明滅していた。その動作は極めて迅速かつ敏捷。巨躯でありながら不器用さは微塵もなく、一つ一つの動きは小さく、それでいて沈着。伏せられた豹のごとく、音もなく軍需官の前へと歩み寄った。


オーク・センチュリオンに無駄な言葉はない。太い指を伸ばすと、木箱から一本の羽箭を無造作に掴み取った。タコと傷跡に覆われた指節は突出し、それでいて異常なほど柔軟だった。彼は矢柄を指先で挟み、僅かに力を込めて左右に撓ませる。羽箭の靭性は極めて高く、彼の剛力に耐えて折れる気配すら見せない。彼が力を緩めた瞬間、矢は弾けるように元に戻り、曲がった痕跡すら残さなかった。次いで、指先は矢尻へと移り、その硬度を確かめるように強く揉みしだいた。


検品を終えると、オーク・センチュリオンは顔を上げ、軍需官と低い声で言葉を交わした。その声はオーク特有の重厚で晦渋な響きを持ち、語速は速い。聞き取れるのは断片的だったが、取引の価格と数量を協議しているのは明らかだった。その口調には警戒と試探が満ち、信頼の欠片も存在しない。


軍需官は何度も頷き、顔に卑屈な笑みを浮かべると、傍らの兵士に一本の弓を持ってこさせた。その弓は巨大で、漆黒の巨獣の腱と堅硬な古木を繋ぎ合わせて造られていた。弓身にはルーンが刻まれ、そこから淡い暗紅色の微光が漏れている。明らかに特殊な付魔エンチャントが施されていた。弓臂は太く強靭で、表面は滑らかに磨き上げられ、自然な木目の光沢を放っている。末端には鋭い獣の牙が二枚嵌め込まれ、近接戦闘をも想定した冷光を放っていた。弦は巨獣の筋腱で、太く弾力に富み、油脂が塗られて鈍く光る。狂風の中でもそれは真っ直ぐに張り詰め、緩み一つない。握り手には厚い獣皮が巻かれ、長年の使用による細密な紋様が刻まれていた。それは滑り止めであり、引き絞る際の衝撃を和らげるためのものだ。


オーク・センチュリオンは弓を受け取ると、その重みを確かめ、眼底に満足の色を走らせた。彼は緩やかに弓を掲げる。動作は沈着にして力強い。左手で握りを固定し、右手で弦を引き絞る。羽箭を番え、腕を引く。弦は完璧な弧を描き、彼の眼光は鷹のごとく、遠方の巨大な黒石を射抜いていた。その石は半人ほどの高さがあり、ゴビの地で冷たい光沢を放っている。


周囲の空気が瞬時に凝固し、狂風さえも止まったかのようだった。全員の視線がオーク・センチュリオンに集中する。軍需官は卑屈な期待を、兵士たちは畏敬を顔に張り付かせていた。俺は岩陰に潜み、波紋一つない氷の瞳でそれを見つめながら、指先に力を込め、突発的な事態に備えた。


「ヒュンッ——」

鋭い風切り音と共に、羽箭は離弦の矢となって放たれた。速度は捕捉不可能なほど速く、尖った咆哮を上げて狂風を切り裂き、黒石へと突き進む。矢先には暗緑色の毒液が纏わりつき、火光の下で奇怪な光沢を放ちながら、黒石の中心を正確に撃ち抜いた。


次の瞬間、「轟——」という巨響と共に、黒石が応じて炸裂した! 砕石が飛散し、凄まじい力で周囲に散らばる。地面を叩く砕石の音が「ピチピチ」と鳴り響き、砂塵が舞い上がる。堅硬だったはずの黒石は瞬時に無数の細かな破片となり、最大の破片でさえ拳ほどの大きさもなかった。破片に付着した毒液はジリジリと音を立てて石を腐食させ、微かな白煙を上げている。かつて平坦だった石の面は、今や見る影もなく抉り取られていた。


「見事な弓だ! 素晴らしい矢だ!」

軍需官が即座に卑屈な拍手を送り、誇張した笑みを浮かべる。「旦那、見ての通りです。この弓の靭性、この矢の威力。あなたの要求を間違いなく満たしています! こいつがあれば、あのドワーフやエルフどもを屠るなど、造作もありませんな!」


オーク・センチュリオンは緩やかに弓を降ろした。顔に表情はないが、再び羽箭を手に取り、繰り返し点検するその眼底には、隠しきれない満足感が滲んでいた。俺は岩の背後で蹲り、その瞳には依然として波紋はなかったが、心底にはすでに巨大な驚浪が沸き起こっていた。連邦は、本当にオークと通じている。この致命の武器でガル・マラカの野獣を飼い慣らし、彼らは何を企んでいるのだ? オークの手を借りて他種族の力を削ごうとしているのか、それとも、もっと汚らわしい、恐ろしい陰謀があるのか。


恍惚の間、八年前の光景が濁流となって脳裏に押し寄せた。それはハムレットの槍刃のように鋭く、心の奥底にある傷跡を無慈悲に抉る。あの年、俺は部隊と共に最も辺境の要塞に駐屯していた。夜の色は溶けない墨のように深く、風には刺すような寒気が混じっていた。俺たちは厳重な警戒を敷き、隠密に徹していたはずだった。だが、オークの軍勢はまるで眼を持っているかのように、俺たちの拠点を正確に突き止めた。深夜の奇襲。俺たちは成す術もなく殺された。あの夜、血は要塞のあらゆる石を染め上げ、戦友の哀哭、オークの咆哮、兵器のぶつかり合う音が、今も耳から離れない。


当時はただの不運、あるいはオークの偵察能力が卓越していたのだと思っていた。だが、目の前の連邦とオークの密約を目の当たりにし、恐ろしいおもいが脳内で狂ったように増殖し、消し去ることができない。あの日、あの夜の遭遇は、本当に偶然だったのか? 違う、恐らくは違うのだ。誰かが、今この瞬間のように、オークに俺たちの装備を、兵器を売り渡していたのではないか? さらに言えば、要塞の布陣図、巡回ルート、そして全ての隠密拠点を記した地図までも。さもなくば、奴らがこれほど正確に警戒を掻い潜り、深夜に予兆なき奇襲を仕掛け、俺たちを完膚なきまでに叩きのめすことなどできるはずがない。


指先が無意識に窄まり、指節が白く浮き上がる。背中のハムレットが微かに震え、槍先に薄い霜が降りた。俺は野営地で取引を続ける影どもを凝視する。心底の寒気は、ゴビの狂風よりも鋭く突き刺さる。身体は思考よりも速く、既に動き始めていた。背中の蓮華が、この巨大な感情の昂ぶりに呼応して、再び開花する。


月黒風高、殺人の夜。ゴビは血に染まる。

人間の皮を被りながら、その腹の底にオークよりも汚らわしいものを抱えた奴らがいる。

ああ、そうか。俺はもっと早く気づくべきだった。聖都に足を踏み入れたその時から、気づいているべきだったのだ。


混濁する思慮の合間、前方にはもう人間もオークも存在しない。

ただ、血がゴビを赤く染めていくだけだ。

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