砂上の契約
朝陽は朦朧とゴビの尽頭から昇り、その光線は厚い灰翳に覆われたかのように濁り、戦火に蝕まれた残垣断壁を重苦しく照らし出していた。瓦礫は乱雑に積み上がり、その上には砂塵が厚く堆積している。風が吹くたび、細かな砂粒が音を立てて転がり落ちるさまは、この土地の音なき嗚咽のようだった。
俺は赭礫の手綱を引いた。棕馬は低く嘶き、乾燥してひび割れた地面を不安げに蹴る。視界の奥、二人のオークが腰を屈め、瓦礫の山を鬼気迫る様子で漁っていた。砕石を掻き分ける指先は貪欲で、遺された財貨を求めて彷徨う獣そのものだ。俺は下馬し、亀裂の走る大地を重い鉄靴で踏みしめた。骨を噛み砕くような「ギチリ」という硬い音が静寂を切り裂く。俺が音もなく近づくと、瓦礫の陰から数道の人影が飛び出した。子供たちだ。彼らは怯えたように身を縮め、ネズミのごとき不格好な足取りで廃墟の奥へと逃げ込もうとする。
俺は微かに眉を顰めた。体内で荒れ狂う死気――生命を瞬時に凍結させるその奔流を強引に抑え込む。制御を誤れば、この脆弱な小躯など瞬時に氷像へ変わるだろう。五指を微かに広げると、指先から溢れ出した寒気が石の隙間を伝って凝結し、逃走経路に氷晶の脚錠を形成した。鋭利な角を削ぎ落とした、だが逃げ場を奪うには十分な氷の枷だ。
先頭を走っていた子供が氷晶に足を取られ、前のめりに倒れ込む。鋭い石角にその身を叩きつける寸前、俺は疾風となって踏み込み、その干からびた震える体を腕の中に抱き寄せた。羽毛のように軽く、掌に当たる骨の感触が痛々しい。子供の温かな皮膚と俺の冷徹な鎧が衝突し、不快な温差が肌を刺す。彼は恐怖に瞳を剥き、俺の腕の中でさらに小さく丸まった。
「――逃げるな」
俺の喉から出た声は、長き沈黙によって掠れ、干結した血塊のような重みを帯びていた。「問いに答えろ。傷つけはしない」
逃げ遅れた子供たちが足を止め、枯葉のように身を寄せ合って震える。彼らの瞳にあるのは純粋な、底知れぬ恐怖だ。俺は砂塵の混じった空気を深く吸い込み、強張った語調を無理やり緩めた。「怖がるな。危害を加えるつもりはない」
俺は柵に囲まれた連邦の軍事基地を指した。「あの場所が何だか知っているな? あの中にいる連中に見つかれば、ただでは済まない。なぜこんな場所にいる。ええ?」
子供たちは麻木した瞳を交わした。理解できないのか、あるいは日常的な絶望に慣れきっているのか。その時、場違いなまでの「空腹の音」が静寂を破った。俺の腕の中にいる子供の腹が鳴り、彼は顔を真っ赤にして腹を抱え、頭を垂れた。死と戦火によって廃墟と化した俺の「人間性」が、微かな疼きを見せる。俺は凍霜を呼び寄せ、馬鞍の荷袋から、麦餅と塩辛い干し肉を取り出した。それを人数分に分け、彼らの前に置いた。
飢えは恐怖を凌駕した。一番小さな子が麦餅を齧ると、他の者たちも卑しいほど急切に食らいつき始めた。その咀嚼音が静まり返った廃墟に響く。やがて、先頭の少年が、風に削られたような枯れた声で語り始めた。
その断続的な述懐から漂ってきたのは、連邦の公文の下に隠された、吐き気を催すような腐敗の臭いだった。ここはかつて彼らの郷里だった。低い家々があり、痩せた土地から作物を収穫する平穏があった。だが軍事基地という名の毒瘤がその境界を食い破り、家々を蹂躙した。彼らは家畜のように「登録」され、尊厳を奪われた。連邦の兵どもは定期的に「収穫」と称して現れ、女子供を拉致する。返してほしければ金を持ってこい、と。
「……金なんて、あるわけない。家を奪われた補償だって、紙切れ一枚届いちゃいないんだ。俺たちは、あいつらが捨てたゴミの中から、食い繋ぐための何かを漁るしかないんだよ……」
それだけではない。連邦の犬どもは、身分照会や「獣人の残党狩り」と称して、定期的に「軍事演習」を執り行う。それは演習などではない。ただの、一方的な虐殺だ。老人であろうと子供であろうと、動くものはすべて標的となり、瓦礫の石一つ一つが彼らの血で赤く染まった。
俺は指先を強く握りしめた。鉄錆色の怒りが、空洞の胸中で激しく衝突する。「なぜ逃げない。この地を離れ、殺戮のない場所へ行こうとは思わないのか」
「逃げる? どこへ?」
少年の瞳には、年齢にそぐわぬ死寂が宿っていた。涙も怒りもなく、ただ、絶望という名の麻木があった。
「このゴビを見なさい。どこまでも砂と廃墟だ。俺たちが生きていける場所なんてどこにもない。……なぜ、あいつらは俺たちを殺す時、家まで焼き払わないか知っていますか? 死んだ奴らの代わりに、また新しい放浪者がここへ流れ着くからです。そうすれば、また新しい『貨物』が、新しい『富』が手に入る。金も宝もないなら、女と子供が攫われ、男は殺される。昔から、ずっと、何も変わっちゃいないんだ」
俺は沈黙した。耳に届くのは風の咆哮と、子供たちの微かな呼吸音。俺は屍山血河を見てきたが、これほど精密で、これほどまでに冷徹な「悪」は知らない。卑微な生命を絶望で飼い慣らし、貴族たちの糧とする。
地底の地牢を思い出した。確かに、あそこに女子供の姿はなかった。ただ、重い馬車が深く刻んだ轍だけが、地面を醜く引き裂いていた。
「すまない」俺の声は冷酷な墓碑のように響いた。「お前たちの家族は、あの中にはいなかった。おそらく『貨物』として、既に聖都の貴族どもの元へ運ばれた後だ」
聖王の傲慢な笑み、貴族たちの浅ましい欲望。彼らにとって、この辺境の生命は、生きて歩いている時よりも、解体された「臓器」や「素材」となった時の方が遥かに価値があるのだ。これは軍事占領ではない。生命を代価にした、整然たる、そして醜悪な貿易だ。
俺は怒りと無力を押し殺し、子供たちを見据えた。
「これから俺は中へ入り。金目の物と食料は、すべて持ち出してお前たちに渡そう」
俺の視線が先頭の少年に留まる。「おい、共通語を話せるお前だ。名は?」
少年は戸惑いながら、小さな声で答えた。「タイ……騎士さま、タイと言います」
「タイか」俺はその名を噛みしめるように呟いた。「この基地で手に入るすべての財を、お前に託す。これからは、お前がこの子らを引き連れて生きろ。奴らを守り、自分自身も守り抜け」
俺は茫然とする少年に対し、重苦しい声を重ねた。
「正直に言えば、こんな大金を渡すべきではない。お前はまだ幼く、気性も純粋すぎる。そんな巨万の富は、お前を仲間の中の子羊に変え、強欲な輩を呼び寄せ、死をもたらすだろう。危機の中、信じられるのはお前自身と、隣にいる同じ境遇の家族だけだ。今の自分すら守れないお前が、他人を救うなど、本来は不可能な話だ」
タイは頭を垂れ、衣の裾を握りしめた。その瞳には羞恥と不甲斐なさが滲む。俺は、冷徹な鎧に包まれた手で、彼の肩を叩いた。
「だが、それでも渡す。この金を受け取るということは、責任を背負うということだ。……大人の言う『契約』だ。一度交わせば、反故にはできん。俺には、お前たちが育つのを待つ時間も、強くなるのを見守る時間もない。知恵を絞り、心を殺し、自分と仲間を守る術を自ら学べ」
「忘れるな。このゴビでは、軟弱な奴から先に死ぬ。強くあり続け、己の底を守り抜く者だけが、この理不尽な運命を振り払える。……後のことは、お前たち次第だ」
俺の眼窩の幽火が微かに揺れた。それは期待か、あるいはさらなる沈痛か。俺は手綱を引き、再び地獄の門へとその身を向けた。




