手紙
その豚頭は、まるで風に散る霧のように掻き消えた。その時になってようやく、俺は窒息しそうな記憶の奔流から引き戻され、現実の触覚を取り戻した。
俺は今、シルヴィアの膝を枕にしていた。極めて優しく、微かな体温を宿した避難所。俺は無意識に顔を背け、その温もりに埋もれたいと願った。深く、一気に息を吸い込む。嗅ぎ慣れた月下香と、冷徹な冷杉が混じり合う香りが肺を満たす。その香りは俺を安心させ、鉄錆の臭いが充満するこの荒野で、再び冷静さを取り戻させてくれた。
重い体を支え、起き上がる。脳内では、今しがた覗き見たばかりのピクセルの一つ一つを高速で整理していた。なぜ、俺にこれを見せたのか? これらの断片は決して偶然ではない。俺の脳幹を狙った、精密なターゲティングだ。
「……どう?」
「心地よかった。ありがとう」
「ふん」
「また拗ねているのか」
「別に」
「照れているのか?」
「……バカ!」
シルヴィアの吐息が乱れる。不安げに揺れる彼女の瞳を凝視し、男特有の偏執的な独占欲を込めて問いを重ねる。彼女が顔を背け、滝のような長い髪の陰で、蚊の鳴くような声で俺が最初で最後の唯一の存在だと認めるまで。俺は彼女の唇に触れた。その味は意外にも、甘ったるい月下香ではなく、清涼で酸っぱいオレンジの味がした。
だが、その刹那の糖分も、空気の中に遍在する腐敗の臭いを覆い隠すことはできなかった。
俺は立ち上がり、周囲の屋敷を見渡した。記憶の中の「家」と寸分違わない。だが論理が告げている。本物の家は十数年前のあの日、火災によって灰燼に帰したのだ。目の前にあるこれの正体は、おそらく海底監獄のそれと同じだろう。「誰かの強い願い」が現実空間に干渉し、再構築された物理的な鏡像。
俺は父を思い出した。記憶の中で沈黙を守り続け、最後には公文書と炎の中に消えた男。俺は唐突に立ち上がり、この鏡像の屋敷の中に、彼の残留する生物学的特徴を探そうとした。
その瞬間、異変が起きた。
周囲の壁紙が死んだ皮膚のように剥がれ落ち、その下から黴と血痕にまみれた腐朽した木枠が剥き出しになる。再び火の手が上がり、屋敷全体が猩紅の地獄へと変貌した。あの猪頭が霧を破って現れる。今度は、偽りの温和さを完全に脱ぎ捨てていた。
左手に重い屠殺刀、右手に錆びた肉鉤。刃と鉤がぶつかり、軋むような研ぎの音が尖った火花を散らす。
影の中から、双眸を猩紅に輝かせた子豚たちが這い出し、錆びたフォークを手に一歩ずつ歩み寄ってくる。俺は猪頭の目を凝視した。
違う。こいつは「兄さん」じゃない。
その肥大した体躯には見覚えのある火傷の痕があり、脂の焼ける臭いも同じだ。だが、その瞳に宿っているのは哀痛ではない。それは、怒りと不感が混じり合った、純粋な悪意だ。
俺はハムレットを投擲した。だが、巨兵は奴の体をすり抜けた。まるで、俺たちが異なる次元に存在しているかのように。
「シルヴィア!」
名を呼ぶ。シルヴィアは吹雪を解き放ち、押し寄せる熱を押し返した。俺たちは、再び焼き尽くされようとしているこの「家」から逃れるべく背を向けた。
一階の角で、俺は足を止めた。微かな記憶が、ここが父の書房であったことを告げていた。
真鍮のドアノブに触れる。灼熱が手のひらを焼き、咄嗟に手を引いた。
「くそっ!」
毒づきながらハムレットを振るい、扉を斬り裂く。
そこには、血溜まりの中で横たわる父——ウェイン・スピンクの姿があった。
背中の貫送傷が目に焼き付く。心臓を一突き。即死だった。だが、鮮血に染まりながらも彼が身を挺して守っていたのは、一通の手紙だった。




