78. 氷と炎のマリアンヌ
(炎の加護を受けたマリアンヌ──!)
つまり、私自身。
同時に、彼女は本来のマリアンヌだと、私は理解していた。
乙女ゲームである『BELOVED SOUL3』に登場する悪役令嬢のマリアンヌは、ゲーム中で大いなる魔力に目覚める。
その属性は、ルートによって、氷か炎のいずれかになる。
彼女自身のエンディングはないけど、ファンのあいだでは『氷ルート』『炎ルート』と呼んだりしている。
今の私が使えるのは氷属性の魔法。
なのに私のなかにいる、本来のマリアンヌは、炎の加護を受けている。
そしてその力を、私の氷を溶かすことに使っている。
「なんで、そんなことをするの」
──……。
「だんまりはやめてよ。あなたも私なら、レジナルドに協力して!」
──そんなの、いつ決めましたの?
「え……」
──そう、一度は諦めて明け渡そうと覚悟しました。ですが。
ふと、視界が揺らいだ。
目の前に、一人の女が突然現れた。
いや、違う。これは、私の視界にだけ映っている姿だ。
だって、その姿は、今の私と全く同じだったからだ。
「あなたが……マリアンヌ」
「はい。こうしてご対面するのは、二度目ですわね」
唯一違うのは、彼女には全く表情というものがないこと。
本来ゲームに登場するマリアンヌは、アニエスの妨害をするときだって無表情だった。
マリアンヌがスカートの裾をつまみ、優雅な動きで一礼した。
う……私はあそこまで綺麗にできないけど。
「どうして邪魔をするの?」
「あの方のためです。私の、心から慕う……あの方のため」
「あの方って誰? 私が好きなのはレジナルドだよ」
マリアンヌが、レジナルドに恋をするなんて、少なくとも原作には出てこなかった。
少なくともマリアンヌの本来の立場は、王太子ラファエルの婚約者だ。
真実の愛に目覚めたラファエルが、アニエスを選ぶのが彼の恋愛ルート。
そのほかのキャラとくっつくルートでも、ラファエルは最終的にマリアンヌとの婚約は破棄していると、設定資料集にさらっと書かれている。
それに、仮にファンディスクで、マリアンヌがレジナルドの相手となったとしても、彼を好きなのは私自身の自由意思だ。
「決まっているではありませんか」
目の前のマリアンヌが、僅かに口角をあげる。
それは些細な変化だけど、初めて見る笑みだった。
「モグリッジ皇国の偉大なる皇帝、レジナルド・マクシミリアン・モグリッジでございます」
「……え」
耳を疑った。
まさしく、私と同じ答えだったからだ。
「じゃ、じゃあなんで! なんでレジナルドの邪魔をするの?」
「邪魔? 邪魔などいたしておりません」
「嘘! だったら今すぐ、炎の力で私を妨害するのをやめてよ。レジナルドの援護をしないと」
ちらりと横目で、外の様子を窺う。
レジナルドが奮戦してくれているおかげで、魔獣は少しずつ減っているみたい。でも、まだまだたくさんいる。
このままじゃ、彼が力尽きてしまう。
そもそも、魔獣はどこから出現しているのだろう。
そのおおもとを潰さないと、いつまでも出てきてしまうんじゃないか。
その焦りを感じ取ったかのように、目の前の私が「ふふ」と小さく笑った。
「勘違いをなさっているようですけど、私がお慕い申し上げているのは、今、なりふり構わず無駄に剣を振るっている、あんな偽物ではございませんよ」
「え? 偽物って何よ! 彼がレジナルドだよ! 何言ってるのよ──」
そのとき、ふと、数時間前に聞いたアラスターの言葉を思い出した。
ごちゅうい、ください。
へいかが、もうおひとり、そんざいします。
どうか、ごちゅういを……。
まさか。
目の前の私──本来のマリアンヌが好きな人って……。
すると、今度はマリアンヌは、目を細めて嫋やかに微笑んだ。
「夜の世界を統べ、やがてこの世界の神として君臨される貴いお方。本物の、レジナルド皇帝陛下ですわ」




