74. もう一人のレジナルド
(レジナルドが、二人いる……?)
しばらく同じ言葉を繰り返したのち、声は聞こえなくなった。
力尽きたアラスターが、再び眠りについたようだった。
「ど、どういうこと?」
「……その言葉の通り、だろうな」
レジナルドがため息をついた。
どくん、どくん、と心臓が妙な音を立てる。
(もう一人の、レジナルド)
なぜか胸騒ぎがする。
見間違いでは? と思うにはアラスターの様子は尋常じゃないし、何より私も妙な引っかかりがあった。
「アラスターは……もう力を使えんかもしれないな」
「えっ!」
「外傷そのものは軽い。が、魔力がほとんど残っていない。あいつなら、振動による伝達なら一瞬で終えてしまう。必死で繰り返す必要もない……こちらに伝わるかすら、本人は自信がなかったのだろう」
アラスターの能力は、振動による伝達と探査。
こんなにチートレベルの能力があるのに、原作では、彼は名前すら存在しない。
(ゲームで見ていた世界って、本当にごくごく一部だけ。ましてやここはファンディスクがベースで……私は、プレイする前に死んでしまった)
つくづく、知らないことが多すぎる。
いや、そもそも前世の知識に頼るのは、あまりいいことじゃない気がする。
本編では破滅するとしても、ファンディスクの世界では、マリアンヌは生きているし、こうしてレジナルドと恋人になった。
なら、悲惨な結末は待っていない……と思う。
でも今、自分達には、いや、世界には確実に危機が迫っている。
それだけはわかる。
何とかしなくては。
──レジナルドと、この世界で生きると決めたのだから。
だったら、今どうするべきか。
「ということは……アラスターさんは、もう一人のレジナルドと会ったのかな」
「会った、というよりも、襲われたと考えていいだろうな」
「襲われた?!」
だけど、アラスターは油断する──いや、戦うことを躊躇う相手といえば、レジナルドしかいない。
同時に、レジナルドが意味もなくアラスターを攻撃するとは、考えられなかった。
だからこそ、アラスターは自分を襲った主を、もう一人のレジナルドと判断した……と、考えるとしっくりくる。
「でも、なんで? レジナルドが二人……実は双子の兄弟がいるとか? 生き別れたとかで」
「可能性は完全にゼロとは言わんが、仮にそうだったとして、成人した折りにでも誰かが俺に教えているはずだ。皇位継承に関わるからな」
「そっか。じゃあ、何者なんだろう」
アラスターがこんなに必死になって伝えてきたのだから、冗談とは思えない。レジナルドもきっと同じことを考えてる。
「……お前は、あまり驚いていないんだな」
「え? そんなことないけど……」
むしろ、有り得ないことほど、すんなり受け入れてしまうというか。
そもそも、自分の好きだったゲームの世界に転生したことこそ、最大の驚きだと思うんだよね。
もしかしたら、ファンディスクの追加要素に、それらしいことが起きているのかも。
前世の知識はあまり使わないほうがと思ったけど、やっぱり一回ぐらいはプレイしておいたほうがよかったよなぁ。
「まぁ、俺を神にすると言った女だからな。不思議ではないか」
「それはもう、しないって決めたでしょう」
「ああ。だからこそ、俺は──」
言葉を途中で切って、レジナルドがふと窓の外を見やった。
「妙だな」
「なにが?」
「月の位置が変わっていない」
「え?」
確かに、煌々とした月は今も頂天にある。
私はバッと、壁の時計に視線をやった。
午前の五時──そろそろ空が白み始めてもおかしくない。
つまり、時計だけが先に進んでいる。
もちろん、二人ともノアとアラスターを見ていて、時計なんてさっき初めて見たぐらいだ。
(いったい、いつから? 全然気づかなかった)
気絶する前のノアの様子に、アラスターの負傷。
もう一人のレジナルドの存在。
そして、明けない夜。
自然と生唾を呑みこんだ瞬間だった。
ドンッ! ドンッ!
「うわっ、なになにっ!?」
「マリアンヌっ!」
突然、大きな揺れに襲われた。今度は家具も震え、ガチャンとコップが割れた音も聞こえた。
こちらには何も倒れてこなかったけど、レジナルドが反射的に覆い被さって守ってくれた。しかも床に背中を打ちつけないよう、抱き込んでくれている。
「大丈夫か?」
「う、うん。なんともない。大丈夫だよ」
突然のことにドキドキしながらもそう返す。
「それなら、よかった」
レジナルドが心底安心したように、そうこぼす。
私のことになると、本当に過保護。すっごく嬉しいけど。
ちらっと横目でノアとアラスターを見た。彼らは何とか落ちずに済んだみたい。
レジナルドに起こされて、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間だった。
GYAAAAAAAAAAAAAA──!!
かつて聞いたことのある、獣の咆哮。
それも反響するように数多くの雄叫びが響き渡って、部屋の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。




