11.倒れた本棚
恥ずかしい話をしたな、と後悔しながらもアキナが積んでいた本を一冊手に取る。
茶色の革のようなものが表紙に装丁がされた、買ったら高そうな本だ。中身が気になって開くと、知らない言語で書いてあった。
英語ではない。キリル文字でもアラビア文字でもない知らない文字。
全く読めない。
アキナはこれを読めるのかと尊敬する。読めない本を眺めているほど無駄な時間はない。
「アキナは外に出たいとか大人になりたいとか、そういうやりたいことってあるの?」
アキナの方を向き質問をしてみた。
選ばれて、外の世界に行けたらどうしたいか。
「世界中の物語を読みたい。図書館にはいろんな世界のいろんな時代の本があるけれど、新しいのはないから」
いろんな世界のいろんな時代の本があるとはどういうことなのか耳を疑った。
アレキサンドリア図書館とかかアカシックレコードとかのレベルだぞ。しかし、先ほど見た知らない言語の本を見れば納得はできる。
図書館はそこまで広くはないようだけど、どこにそんな蔵書があるのかはわからなかった。ただ、ずっと図書館にいるらしいアキナが言うのだからどこかにあるのだろう。
「古いのは結構読んだけど、新しい物語がどんな話なのか読んでみたいんだ」
楽しそうに語るアキナの声は明るくなり、どこか年相応の感じがした。
「自分では書かないの?」
「私が?」
「そう。書けると思うけど。それだけ本を読んでるんだし」
「自分で作った話には興味ないかな。読む専だからね。ならショウさん作ってよ」
「俺か。無理だなぁ」
「なーんだ。つまんないの」
ふふふ、と笑うアキナ。読みかけの本に栞を挟み、本の山の一番上に置く。
「この世界には慣れた?」
「まあ、一応」
「私を選んでくれてもいいからね」
「考えとく」
「無理なら無理って言ってくれて構わないよ私は」
「無理じゃないよ」
「もしかして、私がショウさんをこの世界に呼んだと思って選択肢に残してる感じ?」
「な、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、私を選んでよ。いやこうかな」
アキナは咳払いをして、声のチューニングを行う。
「付き合ってあげましょうか?」
それはさっき話した、俺が高校時代に好きだった人の声真似のようだった。
俺は声真似や喋り方の真似はして話してない。けど、情報から声や喋り方を汲んだのかとても似たような声でそういった。
記憶の底にある好意が疼き、心が揺れる。
「な、あえ、あ」
「案外初心なのね。十歳の私より初心ってよっぽどだよ」
「ごもっともです」
「ふふふ、面白い人」
そういうと、椅子から立ち上がった。
「男手があるうちにやってもらいたいことがあるの」
「何?」
「片付けて欲しいんだけど」
本の山を一つ持たされる。十冊ほどの山は結構な重さだ。
「この本とこの本は奥から二番目の三段目、この本は六番目の一段目」
「全部覚えてるのか?」
「もちろん」
「すごいな」
「まあね。図書館の管理は基本私だから」
「そういえば、共同浴場はハヅキが担当って言ってたな。そういう決まりがあるのか?」
「一応決めてるよ。自分たちでやらないといけないからね」
大変だなぁ、と思いつつも本を一冊ずつ本棚に戻す。
一番上の段は流石に届かないので脚立を使う。棚に立てかけると倒れそうになり怖かったが、下でアキナが抑えてくれていた。
「ありがとう」
「まあ、私は楽してるからね。これくらいやるよ」
「さっき俺が読もうと思った本、全然読めなかったんだけど何の本だったのあれ?」
「ん?」
どの本のことか思い出すように目を瞑るアキナ。
「あれは確か、とある世界の終焉を歌った吟遊詩人の手記を印刷したものだね」
「そんな本があるんだね」
「どんな本でもあるさ。でもここにある本は、ショウさんが来た世界の時間から言うと五十年くらい前のものしかないんだ」
「結構昔だね」
「そう。だから新しい物語が読みたいんだ」
半世紀分の本が無い、そう考えるともしかしたら物足りないのかもしれない。
「あ、あっちの山もお願い」
そう言って指さしたところには十個ほどの本の山が連なっていた。こうなったらもう連峰だ。
一つ一つ本棚の場所を聞きながら片付けていく。
仕事量がもはや引越し業者並みだ。脚立を降りたり登ったり、本の山を持ち上げたり降ろしたり。腰へのダメージが本格化しそうになったタイミングで、異質な場所を見つける。
「なぁ、アキナ。これなんだ?」
図書館の一角。
一番奥の壁際の本棚に向けて、一つ隣の本棚が倒れ、多くの本が地面に散乱していた。
「そこは……」
口を紡ぎ下を向くアキナ。
「言いづらそうだね」
「できればあまり言いたくはない」
「言いたくないならいいよ」
好奇心はあるが、流石に辛そうなアキナの顔を見ると流石に無理強いはできない。
「いや言うよ。ショウさんも言いたくない話してくれたし」
アキナは息を吐く。そして語った。
「昔ね、昔って言っても十年くらい前だけど」
十年もアキナはここにいるのか。そこにまず驚いた。
「そこで自殺しちゃった子がいたの」
「え?」
「サイカちゃんって言ってね、結構長い間この村に居て、でもずっと選ばれなくて」
「それで、自分で?」
「うん。すごいいい子だったんだよ。面倒見もよくて、みんなのお姉さんって感じだった」
「……」
「でも、ある日裏切られちゃったんだ」
「裏切られた?」
アキナの話し方は惹きつける何かがある。
「サイカちゃんと仲のいい子、カノンちゃんって子がいたんだけど。ショウさんみたいな男の人が来て、カノンちゃんが今回はサイカちゃんに譲るって言ったの」
「選ばれたのに譲るとか出来るのか?」
「いや、カノンちゃんは男の人が村に来てから、サイカちゃんを選んであげてって言ってたらしい」
「なるほど」
「でも、男の人はカノンちゃんを選んだ」
「なんで?」驚きの展開に続きが気になる。
「カノンちゃんの人に譲るような優しさが良かったらしい」
確かに。自分を犠牲にするような子は父性をくすぐられるのかもしれない。
「もちろんカノンちゃんは辞退した。けど、選択は絶対なんだ」
生唾を飲み込む。
「サイカちゃんは泣いてたよ。無言で」
『この村の中で長い間、それこそ寿命を超えるような年月を暮らせる人はいません』
ハヅキが言ってた言葉。
『アタシの口からはとても言えません』
ハヅキが言えなかった理由。
それをアキナが話してくれた。
「じゃあこれが、選ばれなかった子の末路……?」
「はい。本当はここ片付けなきゃいけないんだけど、私にはちょっと荷が重くて。そのままにしてるの」
「悲しいこともあるんだね……」
「大丈夫、お葬式とかもしたし。ショウさんはあまり重く考えなくていいから。その……」
アキナは先ほどとは違う咳払いをして。
「選ぶってことを重く考えて欲しくて、この話をしたわけじゃないから」
「そうか……」
「あー、片付けも疲れちゃったな。本でも読もうかなー」
棒読みで空気を取り繕おうとするアキナは、さっきまで座ってた椅子に戻り、まだ片付け終わってない本の山の一番上の本を手に取り読み始めた。
倒れた本棚にも落ちた本にも、埃は乗ってなかった。それは直しはしないが掃除はしているということだ。
アキナの心の奥も、もしかしたら……。




