10.図書館にて
村の端にある一際大きな建物――図書館。
レンガ造りの図書館は、東京駅のような明治時代の、文明開化を彷彿とさせるような雰囲気を醸し出している。
入口のガラス張りの扉を開け中に入る。
目の前にはホールのように開けた場所があるが、その奥には背の高さの倍はある本棚がいくつも並んでいる。
古臭い本のにおいが漂い、図書館独特のにおいを発している。
このにおいはどこでも変わらないんだな、という思いに耽りながら人を探す。
「誰もいないのかな?」
通常の図書館であれば、入口のカウンターには司書か何らかのスタッフがいるはずなのだが、もちろんそんな人はいないし、自動貸出機のような機械すら存在しない。
ここにいると聞いてきたのだが。
奥へ進むと、壁際、いや窓際にカウンターのような机と椅子が並んでいた。長い板のようなカウンターと質素な椅子。
その一角には本が積まれた要塞のようになっている場所がある。よくよく見てみれば本の山の中、椅子に座る女性、もとい幼女を見つけた。
赤い髪がカーテンの隙間から漏れる光に反射してキラキラと光っている。
しかし、本に集中している。
こういう時は話しかけない方がいいとは思うが、だが話しかけずにいるのも何か気持ちが悪い。少しずつ近寄る。邪魔はしたくないと思いつつも、何もしないで図書館にいるのも意味がない。
「こんにちは」
あっちから話しかけてきた。
「こ、こんにちは」
気づかれているとは思わず、思わず少し心臓が飛び跳ねる。
「ハヅキとリンが言ってたのはあなただったか」
「どうも、ショウって言います」
「私は大月明菜。アキナでいいよ、ショウさん」
思いの他低く落ち着いた声色は、年齢に見合わず大人な印象を感じる。
アキナは振り返るとほほ笑みかけてきた。大きな丸い眼鏡は文学少女然とする装いだ。
「ど、どうも。よろしく……」
「こっちに座って」
アキナは自分の右側の本の山を全て左側に寄せ、右隣の席を引く。言われたとおり引かれた椅子に座る。
「ショウさんのことは大体二人に聞いたよ」
「なんかやだな」
ハヅキがどのくらい話したのかはわからないが、直接話したわけでもないのに知られてるのは恥ずかしかった。
「ふふふ。昔の話、来る前の話は聞いたけど、もうすこしショウさんの話聞いてみたいな。図書館にある本はほとんど読んじゃったから」
俺の話か……。
面白い話は持ち合わせてないんだけど。
「えー、何の話?」
「恋の話とかがいいな。ハマってるんだよ、ラブコメ」
「恋の話か……。したくないなぁ」
「聞かせてよ。お願い」
そう言われるとしょうがないか。
「あまり話したくはないんだけど……」
★ ★ ★
あれは確か高校二年の初夏。
ジメジメとした暑さが風に乗り、夏の匂いの一端を感じるようになる梅雨入り前の五月のある日。
二日間開催した文化祭は終わり、片付けのために用意された三日目の夕方。
片付けも終わり、部活の人は部活へ、帰宅部の人は自宅へと向かい誰もいなくなった教室で二人きりになった。
「付き合ってください」
目の前にいる女の子――漆黒の長い髪にスラっとした背格好の美しい女の子に向かって告白をした。
「本気?」
「本気です」
絶対的に見合わない相手に告白したことは俺でもわかっている。
学級委員長で生徒会の書記も勤め、さらに成績優秀学年でも一桁台で実家はお金持ちのお嬢様。
「私、結構告白されてるのよね。小学校で十五回、中学校で三十一回、高校でも今まで二十四回告白されてる」
指折り回数を数え、折った指を見せびらかしてくる。
「学年一位と国体選手からも告られたけど振ったわ。あなたが私と付き合えるとでも?」
聞かされてうなだれる。
目も合わせられない。
「あなた、私より学年順位低いわよね」
「……」
「ウチの家系が超有名だってことも知ってるわよね?」
政治家の家系だ。大企業の社長もいっぱいいる。知ってる。みんな知っている。
けど、好きなんだ。
いじめられてた俺を助けてくれた人。
トイレの個室に入っていれば上から水をかけられ、朝登校すれば机に落書き。カツアゲなんて日常茶飯事で、一回お年玉を全額取られそうになったことがあった。
その時、助けてくれたのがこの人だ。
「全部知った上で私のこと好きなんだ」
こくりと頷く。
「ふーん、でもわたし許嫁がいるの。ごめんなさい」
振られた。
「大丈夫、あなたが私に告白したことは黙っておくわ。けど……」
手の指を折って数をカウントする。
「告られ回数一回プラス」
こうして高二の俺の恋は終わりを告げた。
★ ★ ★
「ということくらいしかないんだけど……」
「じゃあ代わりに私が付き合ってあげましょうか?」
「え?」
「ふふふ。なーんて、冗談冗談」
アキナはからかうように笑った。
「まあでもショウさんは、可愛いから、金持ちだから、頭がいいから好きになったわけじゃないんでしょ?」
「それは当然」
「助けてもらったから?」
「それもある。けど、好きというよりも憧れがあったのかも。他人を助けることができる人になりたかったし」
それは本心だ。
「そういえば、ショウさんここに来る前も辛いことがあったんだって?」
「ああ、社畜。奴隷のように働かされていた。あれも社会からのいじめみたいなもんだよ」
「じゃあそれを助けたのがこの村の誰かだったら、好きになる?」
「え? 誰かが俺をこの世界に?」
「そう。もしそうだとしたら、好きになる?」
「確かに、そうだとしたらお礼がしたい。好きになるというより、俺がその子の夢を叶えられるんだったら、叶えてあげたい」
「ふーん、なるほどね」
「誰が助けてくれたのか、いや、誰が連れてきたのか知ってるのか?」
「うーん、そこは黙っておこうかな。知っていても知らなくても」
驚いた。
勝手に送還されてきたのかと思っていたが、誰かが意図的に連れてきた可能性があるのか?
「俺は人為的にこの村に送られた?」
「さあ、それはどうかな?」
教えてくれないアキナは、ふぅーっと息を吐いてから言葉を続けた。
「でもお兄さんが私を選んでくれてもいいんだからね」




