能動
焦って書き上げた……。
30話目です。宜しくお願い致します。
無造作にも構えもなく歩み寄る直人にも臆せず、ティナはこれまで見たことの無いような歪んだ笑みを浮かべながら待ち受ける。
ランスとアンナも状況が読めず手を出せない。
広いとは言え部屋の中だ。直人とティナの間合いは直ぐに埋まる。だがどちらも手を出さない。直人は苦渋の表情、対するティナは変わらず蔑むような笑みを浴びせる。
重心を安定させて流れるように間合いを詰めた直人に、目前にまで迫られても首を傾げるだけで動こうともしないティナ。
半歩の距離まで詰めた直人は真っ直ぐにティナを射竦めるが、ティナも動じず逆に鼻で嗤う。
「どうしたのかしら? とっくに間合いには入っているわよ? このまま見つめ合うのも嫌いではないけれど……」
「ティナ? 一体どうしちゃったんだ? 一緒に旅をしてくれるって言ったじゃないか」
話ながらも直人は考える。姿や物腰はティナでも、まるで中身は別人なのは、やはりその通り別人なのか? しかし直人にはまだ判断する根拠が見つからない。それとは別に感じる違和感にも頭を悩ませる。
「ウフフ、そんな事言ったかしら……」
髪をかきあげる仕草からそのまま右手を伸ばしてきたティナ。その手が肩に触れるかと云うところで、直人は左足を引いて事も無げに透かして見せる。ティナはその動きを見てから口角を上げて笑みを浮かべる。
掲げた形になった右手を今度は直人の胸の中心に向ける。魔法を使う気かと今度は直人が動いた。
一息にティナの右側に回り込みニース同様に気断ちを狙う。手刀を即座にティナの首の付け根に叩き込むが、手応えがおかしい。身体強化しているのとは違う。低反発な物に衝撃を吸収されたような感覚に、直人は一先ず間合いを取り直した。
「どうしたのかしら? 私の身体はお気に召さなくて?」
「な……」
反論しようとした直人の目の前にはもうティナの手が迫っていた。慌てて身を翻して手をかわし、一歩下がる。
(確かに間合いは離した筈なのに全く気配を感じなかった?)
そうか! 直人は違和感に気付いた。目の前にいるはずのティナからは気配が感じられないのだ。そこにはいるのにいない?
直人はもう一歩下がり、前羽の構えをとる。
「あらぁ、魔力を? うぅん、命かしら? 探査しているのね? もう気付かれてしまったのね。お姉さんガッカリだわ……」
「と言うことはやはり……」
肩をこれ見よがしに落としてみせ、大袈裟に溜め息をつくティナに応えたのは直人ではなくランスだった。
いつの間にかアンナと共に入り口付近に移動し、倒れたニースも庇いながら剣を構える騎士は、自らの境遇上ティナも敵である可能性も鑑み、周囲の他の気配を探っていた。
「ウフフ、そうよ。私は吸血鬼。気配も命も有るわけ無いわ」
それに、とチラリとアンナに視線を向けると苦笑を漏らした。
「遊びながらにやれる事でも無さそうね」
吸血鬼であることを告げてから二人が昂っている。姫様は神聖魔法を使おうとしているのだろう。しかしこの少年はなんだ? 魔力を自己生産しているのか?
驚いているのティナ? だけではなかった。アンナもランスも直人の異常な魔力の昂りを察知して思わずそちらに目を向ける。
直人は小刻みに身体を震わして、表情を歪めていた。
すなわち、怒りだ。
フォルディスの命を奪った吸血鬼が、よりによってティナの姿をして自分の前に立っている光景に、直人は冷静でいられる程熟練もしていないし、あれからまだ1週間も経っていないのだ。表層では覚えていない記憶も、深層では抑えきれない怒りと共に込み上げて来るのだ。
「面白い坊やね。話の通りね、フレイヤの……」
フレイヤの名前が出た瞬間だった。直人は大きく雄叫びを挙げながら目を向いてティナ?に躍りかかった。
不意をと言うよりも、その踏み込みに身体で反応出来ていないティナ?は迫り来る直人に歪んだ笑みだけを向けて迎えた。
飛び付き様に回し蹴りを放つ。剣で言う袈裟斬りに放たれた蹴りは、鋭く重々しくティナ?を襲うが、意に反して容易く空を斬った。
空振りでも態勢を崩すことなく着地しティナ?を見据えた直人は一瞬止まった。
直人に空振りをさせたティナ?の下半身が床に溶け込んでおり今やもう腰の上までを床の中、と言うよりは影の中に沈めていたからだ。
「怖い怖い。そこでちゃちな神聖魔法を使おうとしている姫様よりも圧倒的ね。フレイヤに聞いてこの目で見たかっただけだから今日は帰るわぁ。では皆様、ご機嫌様」
直人の正拳の追撃も虚しく空を切り、ティナ?は影の中へと身を沈めると完全に姿を消していった。
直人は消えていった床に膝をついて粗い息をしながら呆然としている。怒りの矛先が急に消えて混乱しているのだろう。
アンナは一先ず無事な直人よりもニースの傍に行き様子を見た。意識は失っているが身体は無事なようだ。しかし……
「この娘、呪いを掛けられてるわ」
「なんと、姫様解呪出来そうですか」
渋い顔をするアンナの元に、落ち着いたのだろう直人もふらついた足取りでやって来た。
「ニースは? 呪いって?」
「恐らくは魅惑の呪いだと思う。相手の欲を過剰反応させて意識を洗脳していくのよ。見ていた感じだと性欲ね。下劣な」
生物が持つ欲求をつく呪い。効果は術者にも依るが放って置けば遅かれ早かれ廃人にはなる。欲に溺れるがその欲を満たせるのは術者にしか出来ない。術者が満たさなければ満たされない欲を求める余りに気が触れる。
「神聖魔法は使えるけど、解呪なんてまだやったことないのよ……」
「頼むよ。女の子が性欲に溺れるなんて、見てられないよ」
やってみる、と言うと直ぐに魔力の精錬に入るアンナ。
まだ胸の中で轟轟と唸りを挙げて怒りの感情が回っているのを感じながらも、一先ずはアレがティナで無かった事に胸を撫で下ろす。ティナが敵になる? 考えたくもない。
「ティナ殿は無事だろうか?」
「やりたくはないけど、そうもいってられないな……」
直人の言い種に疑問の表情を浮かべるランスを尻目に直人が集中した顔付きになる。
周囲の気配を探るように知覚を拡げていき、魔力によって高められた直人の知覚が見知った魔素を纏う人物を探していく。結果は直ぐに出た。宿から少し離れた場所にいる。正確な街の情景はわからないが1ブロックも離れていないだろう。
「見つけた。でも問題もある。ニースはどうです?」
探知を止めてランスに告げてからニースの方を見ると、アンナがうっすらと額に汗を浮かべながら両手をニースに添え、精神を集中しているのだろう、直人には答えず解呪に専念してくれていた。
替わりにとばかりにランスが小声で直人に問い質す。
「問題、とはやはり私の事なのかな?」
「あ、いや、俺はまだこの魔力での強化に慣れていなくて、それで余計なものまで感知しちゃうんだけど」
現在の自身の練度を説明してから続ける。
「近い範囲だったにも関わらず魔力を練っているものが宿を囲むように感じられました。聞いた話だと魔力を扱えるの人ってあまりいないんですよね?」
「なるほど……先程の襲撃といい、居場所は割れ既に用意さろているか……だが気になるのは……」
ランスは一度考えてから直人を見る。直人も同様なのか目が合うと頷き返す。
「どちらが狙われているのか?」
吸血鬼がティナに化けていたことから直人だとは思うが、単身乗り込み退いてからまた直ぐに襲撃を描けるのか?
「恐らくはそちらの客人だろうとは思うが、我等も安心出来る立場ではない故……」
チラリとアンナの様子を見るランス。
「解呪ともなると国でも神官長クラスの仕事故まだここは動けない。となれば私と直人殿で迎え撃つ他あるまいな」
「わかりました。では一つだけ。俺はまだ戦いにも自分の魔力制御にも慣れていない。なので、この部屋はランスさんに任せる。俺は広い一階のロビーか外で戦う。あわよくばティナが気付いて参戦してくれるはずだし」
わかった、とお互いに頷き合い準備にかかる。と言っても直人はこのまま行くつもりだし、ランスひ荷袋から小さめの円形盾を取りだしベルトで左腕に留めただけだ。
(剣の大きさは違うけどスタイルまでフォルディスっぽいな)
直人は思わず苦笑を漏らしたが直ぐに気を引き締める。
「では、出ます。ニースの事お願いします」
「この剣とアンネローゼ殿下に誓って」
神様じゃないんだな……こっちの方が信頼は置けるな……。
直人はそれを聞いて自身も高揚するのを感じ部屋を出た。
吸血鬼……次は無いぞ。
一階への階段を降りながら、心に決意と憎悪を溜めて、それを吐き出すように魔力を生み出していく。
身体が軽く力が溢れる、知覚が研ぎ澄まされ周囲の気配を感じとる。なんとか一般住人と区別するためにこちらに意識を向けているものに絞り込もうとするが、やはりまだ上手くはいかない。
仕方なくティナらしき魔素まで伸ばしていた感覚を宿屋周辺に留める。
屋根の上に4人、正面に4人、裏手に2人、従業員用の部屋には二人宿主とスタッフかな……ランス一人では流石に危なかっただろう。
(さてと、屋根は任せるとして、どちらから行くか……)
外はまだ夕暮れに差し掛かったばかりで、玄関ホールにはオレンジの光が射し込み床の絨毯や調度品に反射してキラキラとしていた。
明るい内なら裏手から行くか、と直人は自分達の部屋とは反対側にある厨房へと向かった。
気配探知で人はいないのはわかっている。厨房は地球のシステムキッチンの大きめぐらいのスペースで、器具のどれもが使い込まれたへたりは有るものの、汚れやごみ一つ無くパッと見ると新品同様に保たれていた。
戦闘モードの直人はそれらに気を掛けることなく、すたすたと外に通じる扉の前まで行き、もう一度気配探知を行う。
四歩左と六歩右か……。
裏口なので外の状況もわからない。人の気配は辿れるが罠があっても判りはしない。
(左で右だな)
一先ずは順番は決めて、一度深呼吸しドアの取っ手にそっと手を掛ける。
「おらあぁあ」
「うおっ」
扉を開けると同時に雄叫びを挙げて左に間合いを詰める。積んでおかれた酒樽の一つに腰掛けて、手の上でナイフをくるくると遊ばせていた痩せ気味の男が、突然の恫喝と目の前に勢いよく現れた少年に度肝を抜かれて、樽の上で崩した態勢を支えるのにバタバタと手足を振った。
幸い痩せ気味の男までの間には障害物や罠も無いようで、一息に距離を詰めて態勢を建て直しかけた男の鳩尾に、直人の正拳はすんなりと入り呆気なく男はそのまま昏倒した。
直人の後ろに位置することになった、こちらも痩せ気味で額に斜めに傷の入っている男に、振り向き様の攻撃を警戒して斜めに走ることで対応する。
流石にこちらの傷の男は右手に短剣を構えて既に直人への距離を詰めようと一歩を踏み出そうとしていたが、既に身体強化された直人の動きはそれを上回って、正味十歩の距離を何無く三歩で埋めて男の短剣を持たない左側に達している。
それでもなんとか反応して短剣を横振りに繰り出す傷の男。直人は冷静に男の動きを見て男の動きに合わせて更に左へと廻り、男の右腕が伸びたのを確認し危なげなく手刀を首に落とし、傷の男も昏倒させた。
「まずは成功……次は上か?」
上を見上げると屋根の上から半顔で覗き込む男と目が合った。
「降りてきてくれれば助かるが、どうするか……」
屋根から視線を外さず、屋根の上の顔を引っ込めた男と残り三人の気配を探る。屋根の中央に二人、裏手、宿から見て正面側に二人が移動したようだ。直人が登ってくることを警戒しているのだろうか。
直人は少し考え宿の裏口から中へと戻っていった。
キッチンを通り、キッチンから正面ロビーを覗いて探る。
外にいる正面の四人はまだ動いていない。逆に襲撃された事に動揺でもしているのだろうと考え、直人はロビーへと一気に駆け出しアンナ達の部屋の階段前で待ち受ける。
屋根の四人が直接部屋に侵入してもランスなら対応出来るだろう。ランスの腕前はわからない。それでも直人には直感のようにそう思えたのだ。もしかするとフォルディスに似たランスにはそうであってほしいという願望なのかも知れない。
兎に角直人は、ここで正面からの敵に対処することにした。
自分の力を過信した訳ではないが、この時の直人は地球とは違う身体能力の腕試しを、格下の相手でまずしておきたいという心があったことは否めない。
先手を続けられなかったこの時に一度ランスと合流しておけば、と後で反省することになるが、今の直人は気力体力共に充実し、敵を退ける事よりも自分の力を知ることに考えが傾いていた。
主人公って好戦的やなぁ……。
次あたり閑話を入れたいなぁ。
早く休み来ねえかなぁ……GWなんて無くなれば良いのに!
こんな話ですが、楽しんで頂ければ最上です。
次回は14日0時、きっと……多分……出来れば……(笑)。




