第五話 発作
バス停で降りると少し歩いた。昼下がりのその日、市内は思ったより人が多かった。
サラリーマンやOⅬはちらほらいるくらいだったのだが、おそらくは高校生なのだろう、制服姿が多かった。学期の始まりだけ昼前に終わるのはどこも似たようなものだ。
といっても、都心のビル群の中にあるハブステーション近辺にくらべれば、人の数はまだましだった。やはりバスで来て正解だったと、おれは思った。
おれたちは近場のファミレスに入った。席に着くとおれはさっさとメニューを決めてしまう。サクヤが選び終えるのを待って注文した。俺はピザで、サクヤはドリアだった。
「調子はどう? なにか変わったことあった?」
手ぐしで髪をとかしながらサクヤが話しかけてきた。
「別に、なにも」おれはそっけなく答えた。
「何もってことはないでしょう? ほら、夏祭りとか、プールとか」
「いや、なにもなかったな。ほとんど家にこもりっきりだった」
「ずっと本読んでたってこと?」
「基本はな、レンタルしたアニメも見てたけど。ああ、夏休みだから、リアルタイムで深夜アニメ見てたよ」
「それだけ?」
サクヤは言いながら、ドリアを持ってきた店員に軽く頭を下げた。おれも同じようにして、運ばれたピザを切り分け、口に運ぶ。
「ああ」
「ああ、って、まあ別にいいけど」
サクヤは、スプーンでドリアを全部一口大に切り分けてから食べていた。彼女は髪先を手で押さえ、ドリアを口に入れようとしたところで、おれをちらと見た。
「それで、あなた高校はどうするの?」
「福高にするよ、うちの人間はみんなあそこに行くから」
おれは何も考えずに答え、ピザを一切れ口に放りこんだ。サクヤは短く「そう」と言った。
「柊、お前はどうするんだ?」
別に聞く必要はないのだが、話の流れというやつだ。
「わたしも福高に行くと思う」
「そうか」
お前頭いいもんなとか、お前の成績なら私立の特待余裕で狙えるんじゃないかとか、いくつかのフレーズが頭に浮かんだが、口にするのはやめた。
おれは早々に食い終わると、やることもないので、頬杖をついて、外をぼうっと見始めた。視界の端で、サクヤがスプーンを持ち上げたままでいるのが見えた。彼女はスプーンを容器の中に置いた。
「新月……あのね」
「どうした」
おれは外に目をやったまま言った。
「来年からはもう高校じゃない、だから、そろそろこっちに戻ってもいいんじゃないかって……ほら、白夜さんもあなたのこと心配してるし」
「兄上か。しかし、謹慎を解くかどうかを決めるのは父上だからな。ぼくの口からはなんとも言えんよ」
「いくらなんでも、三年近くも子供を放置するってのは、その、おかしいんじゃない」
サクヤが言葉を選びながら話しているのは見なくてもわかった。
「親に愛されてないからな」
おれは通りを歩くカップルを見ながら、適当に言った。
「みんな心配してる。いつあなたが戻ってくるんだろうって、優真だって――」
「みんなではないよ」
サクヤの言葉をさえぎったおれの一言は、意図せず荒い語調になってしまった。
その瞬間、おれにはわかった。幼いころからずっと悩まされつづけ、もう長い間、生きる上でもっとも大きな苦悩となっている、発作が始まったことが。




