とある宰相の憂鬱
「――宰相、長年魔族との戦いに疲弊していた王国を支え、民を導いたその功績は決して忘れぬ」
「――お疲れ様です、父上。我ら兄弟、一丸となり新国王となる王太子殿下を支え、新たな国づくりに邁進します」
「――流石は稀代の名宰相とうたわれた御仁、後継ぎにも恵まれまさにいうことなしですな」
華やかな祝勝を祝う宴の中、私に言い渡されたのは宰相職よりの引退――というのは体のいい言い訳に過ぎない。問題は私が宰相でありながら王国軍を指揮する総司令官の立場を兼ねていたということだ。
恐るべき魔王に率いられた魔軍の侵攻を食い止めるのは並大抵のことではなかった。だがそれも予言に記された勇者とその仲間たちが現れたことで大きく前進することになる。
以降私は、勇者たちへの支援を最大限に行う一方で自ら王国軍を率い、魔族によって占領された各地の解放や防衛線の構築、荒れ果てた土地を開墾して少しでも多くの物資を確保したりとここ二年余り、寝る間も惜しんで働き通したものだ。
占領地の解放は勇者たちの旅の進展によって大きく前進するものであり、おのずと王国軍の象徴として勇者たちの活躍を大きく喧伝したこともあり、人々の支持が集まりずいぶん助けられたものである。
だが光あればまた影もあるの例え通り、勇者や最前線で戦う私たちのことを邪魔に思う者たちも蠢動を始めていた。凡庸で国を率いるに値しないわが主君たる国王、反対に有能だが強欲で民を自分の欲望のために利用するしか考えていない王子たち。
そしてその王家に追随する王国貴族たち――すべての貴族がそうではないが魔族との戦いに駆り出される辺境の下級貴族たちに比べ、王都に住まう上級貴族たちはたとえ王都が陥落する危機を目前にしても自分の私腹を肥やすことしか頭になかった。
そんな連中が代々下級貴族出身で魔族との戦いに功績を残し、疲弊した国政を建て直した私が宰相でいることは耐え難い苦痛だったのだろう。ちょうど同じ年の公爵家令嬢であった妻を娶り、子供をなしたが生まれた子らは妻同様に王国貴族としての特権を振りかざす愚か者ぞろいであった。
せめて我が手足となれるようにと彼らを鍛え上げたことがのちに私の失脚につながったのは運命の皮肉であろう。愚かなれども狡猾たれ――それが息子たちに私が課したことだった。
だが、勇者が魔王を倒して王国軍とともに王都に凱旋してから徐々に雲行きが怪しくなる。私は国王に自分の退位と同時に宰相職を返上するように言われ、従うしかなく。
勇者殿たちも他の貴族たちに迎えられて民の前に出てゆくことさえできなくなった。
――愚か者どもが、魔王がいなくなった途端にこれか。私が復興を進めようとしている横で戦いに疲れた民を奴隷のごとく扱い、自分たちの失った財産を蓄えるべく重税を課そうとは……。
まるで新たな地獄の始まりである、王国軍はほぼ半数以上が魔族により住む場所を奪われた難民兵を迎えて編成されたものだ。その半数近くを解雇してその分の予算を新王即位の式典に充てようなどという馬鹿らしい案を新宰相になる我が息子が提案したと聞いた時には、思わず頭を抱えたものだ。
――もう、時間がないな。手の者を使い、手はず通り勇者殿たちを解放した後は解雇される王国兵を使い、王都を制圧してしまうしかない……。
長年、私の統治下で過ごした王都の民は貴族がいかに醜悪なものであるか熟知している。事実、王都の屋敷で軟禁されかかったところを助け出してくれたのは王国兵との連絡役を担っていた地下組織の者たちだった。
彼らは魔軍との戦いのときには命がけの密偵を務めており、精鋭ぞろい。この私でさえ敵に回したくないと思う連中だった。
目の前にかしずく黒装束の者たちが私の目を見て、言う。
「――宰相殿、あなたが引退なさるのはまだ先にしていただきたい。本当に王となるべきは勇者様とそのお仲間たちです。すでに民は立ち上がる時を待つばかり……。どうかご決断を」
「――私が優柔不断であるばかりにお前たちや皆に迷惑をかけた。勇者殿や方々にもあとで謝っておかねばな。王都の貴族どもはすべて捕縛したうえで奴隷にしてやれ、各地の村々の復興にはいくら人手があっても足りないくらいだ。王家の者どもは辺境にて、畑を耕してもらおうか。その日暮らしの糧を自分たちで稼ぐことがいかに大変か、この私が直々に教育しなおしてやろうぞ!」
「ははっ、ではすぐにも手配を――」
黒装束たちを従え、民衆があふれる王都の大通りを進む私。大勢の民衆が私たちを取り囲みながらともに王城へと歩みを進める。だがその時王城で大きな轟音が響いた。
「――ふ、さすがは勇者殿。もう始めておられる」
「私たちも急ぎましょう、宰相殿!」
「うむ、皆も急げ! 勇者殿を――いや、我が新たなる王をこの国にお迎えするのだ――!!」
本当の戦いが私たちの前に始まった瞬間だった――。
その後、旧王家を制圧した私は親がいない勇者殿の求めにより彼らを義理の子として迎え、新王国の宰相に改めて就任する。
少年である勇者殿と仲間である少女たちはのちに盛大な婚礼の儀を行い、新王国は新たな門出を迎える。私はその日を生涯忘れず、のちに魔王軍との闘いの日々と勇者殿――新国王陛下たちの活躍を伝記として記す。
その書は、多くの民に長く読み親しまれたという。宰相冥利に尽きるとはこのことであろうか――。
ともあれ、新しき王国に繁栄あれと神に祈りこの書を終わる……。




