荒野に街が生まれる――都市Lv2、文明復興の第一歩
とりあえず、なんとか盗賊どもは撃退した。
だが――。
呼吸をするたびに肺が焼ける。
心臓は暴れ馬のように脈打ち、腕は鉛でも詰め込まれたかのように重い。
指先には、もうほとんど力が入らない。
握っていたはずの剣も、いつの間にか地面へ転がっていた。
あれほど速く動けた代償なのだろう。
精霊憑依もパッチワークも便利で強力な能力だ。
だが――無茶をすれば、そのツケはきっちり返ってくるらしい。
「あれだけの数の盗賊に、あのガルドまで退けるなんて……すごいじゃないか、あんた!」
ナターシアが駆け寄ってくる。
彼女は興奮した様子で、俺の肩をバシバシと叩いた。
「痛って!」
「あ、ごめん!」
ナターシアは慌てて手を引っ込める。
「でも、本当にすごかったよ。最後なんて、まるで別人みたいだった」
「別人?」
「ああ。
まるで何百回も、あんたとあいつが戦ったことがあるみたいだった」
「……」
「最初は、ただ剣を振り回しているように見えた」
ナターシアの視線が、俺の顔をまっすぐ射抜く。
「でも途中から違った。
あたしが狙いを定めるより先に敵の動きを読んでいた。
あれは経験だけじゃ説明がつかない」
「……俺にも、よく分からないんだ」
俺は苦笑する。
「なんていうか……頭の中に声が聞こえてきたんだ」
「声?」
「ああ。
たぶん、俺のユニークスキルの能力の一つなんだと思う。
まだ把握しきれていない機能みたいだけどな」
「やっぱり……普通じゃないね、あんた」
「まあ……そうなんだろうな」
俺は大きく息を吐いた。
「くそ……制限時間を過ぎたからか、もう身体がまともに動かん」
そして、そのまま地面へ寝転がる。
やっぱり切り札は、なるべく最後まで取っておくものだ。
なにせ、本来以上の速度で無理やり身体を動かしていたのだ。
反動が来ないほうがおかしい。
「……正直、あたしが前衛でも、あそこまで綺麗には抑えられなかったよ」
ナターシアは感心したように呟く。
「けど、その技……反動も相当大きそうだね?」
「まあな」
俺は空を見上げながら答える。
「だから、あまり軽々しく使いたくはない。
今回は盗賊の数も多かったし、もたもたして車や遺跡の中に入り込まれても困ったからな」
そこで、ふと思い出した。
「そういえば……まだ名乗ってなかったな」
俺は上半身を起こす。
「俺はハーシス」
そして、目の前の女性を見る。
「……悪い。
確証がなかったんだが、もしかして交易団のナターシアか?」
「そのとおり」
彼女はニッと笑った。
「あたしゃナターシア。
この辺りじゃ、ちっとは名と顔を知られた交易団の団長ってところさ」
「やっぱりか」
まあ、ゲームではそれなりに重要なNPCだった。
名前くらいは当然知っている。
「まあ、初対面だしね」
ナターシアはそう言って笑った。
「それはそれとして……さすがにあんだけ痛めつければ、盗賊どももすぐには戻ってこないだろう。
少し休みなよ」
「ああ。そうさせてもらう」
俺が身体を横たえていると、アトラが車の中から顔を出した。
「ハーシス」
「ん?」
「中にいた怪我人の手当ては終わったよ。
切り傷には薬草を潰して塗って、その上から清潔な布を巻いてあります」
「……そういえば」
そこで初めて、自分の腕に目を向けた。
戦闘中はアドレナリンが出ていたせいか、痛みをほとんど感じていなかった。
だが――。
「……結構、深いな」
腕には大きな切り傷が走っていた。
衣服は血で赤く染まり、まだ傷口から血が滲んでいる。
アトラは俺の腕を見る。
「ハーシス、その傷!」
アトラが慌てて駆け寄ってくる。
「いそいで手当てしないと!」
「ああ、頼む」
アトラは俺の腕をきれいな水で洗い流す。
血で染まった衣服を脱がせ、すり潰した薬草を傷口へ丁寧に押し当てる。
そして、その上から清潔な布を巻いていく。
「……なるほど。
早いね」
ナターシアが感心したように言った。
「それにしても、こんな短時間で全員の手当てを終わらせたのかい?
みんな、結構な怪我だったはずだろう?」
「まあ……一応、その手の専門知識をたまたまもらえたみたいなので」
アトラは頬を掻く。
「といっても、おそらく初歩も初歩です。
私にできるのは、止血などの応急処置くらいですから」
「それでも十分だよ」
「重傷者については、数日は絶対安静が必要です。
私では、それ以上の治療はできません」
アトラは静かに続けた。
「ですが……全員の命だけは、きちんと繋ぎました」
「本当に?」
「はい。今すぐ命を落とす人はいません」
「いやいや、それでもすごいって」
ナターシアが目を丸くする。
「正直、全員助かるとは思ってなかったよ。
それに、痛みで呻いている連中ばかりだったろう?」
「そのあたりは、鎮痛効果のある薬草を使いました」
「へえ?」
「メドスイートです」
「すごいね、あんた。
まるで魔法だ」
「魔法じゃありません」
アトラは苦笑した。
「薬草とレイキですよ」
そんな会話をしているうちに、戦いの余韻も少しずつ薄れていった。
ようやく。
誰もが安堵し始めた――その時だった。
ガサッ。
森の奥で木々が揺れた。
「……!」
全員が一斉に振り向く。
「まだ敵か!?」
ガードナーもいない。
シャーリスもいない。
つまり――森へ入っていった二人だ。
次の瞬間。
ズシン。
ズシン。
重い足音が近づいてくる。
木々の隙間から姿を現したのは――。
「……何だ、あれ」
巨大なイノシシを肩に担いだ、上機嫌なガードナーだった。
その後ろには、不機嫌そうな顔をしたシャーリスが歩いている。
「でかっ!」
思わず声が出た。
クマと見間違えそうなほど巨大なイノシシだった。
その巨体を、ガードナーはまるで丸太でも運ぶように肩へ担いでいる。
「おーい!」
ガードナーがこちらへ手を振る。
「何だ、そのでかい馬車は?!
っていうか象が引いてるなら馬車じゃ無い?」
そして、俺たちの様子を見て首を傾げた。
「……ん? おい、まさか戦闘があったのか!?」
俺は力なく笑った。
「ああ。
盗賊に襲われた馬車を助けたら、それを追いかけてきたらしい盗賊に襲撃された」
「何だと!?」
ガードナーは驚きのあまり、肩に担いでいたイノシシを地面へ落とした。
ドスンッ!
その衝撃で、地面が軽く揺れる。
ガードナーが目を見開く。
「お前たちだけで盗賊を追い払ったのか?」
「まあ……なんとかな」
俺は苦笑する。
「ただ、今はもうまともに動けない」
「そうか……」
そこでシャーリスが頭を下げた。
「そんなことがあったのに戻れなくて済まない」
「いや、別に……」
「この大男の足音が大きすぎてな」
「おい!」
「鹿がことごとく逃げてしまった。
そのせいで、かなり森の奥まで入る羽目になった」
「その代わり、突っ込んできたイノシシは俺が止めただろうが!」
ガードナーが不満そうに言う。
「血抜きをして、ここまで運んできたのも俺だぞ!」
「まあ、それでようやく差し引きゼロだとは思うがな」
シャーリスはため息を吐いた。
「もう少し近くにいたなら、戦闘の音も聞こえていただろう。
下手をすれば、残っていた二人が殺されていたかもしれなかったんだぞ」
「そ、それを言われると……すまない」
ガードナーも頭を下げた。
「いや」
俺は手を振る。
「おまえたちは『多めの肉を取ってくる』っていう用事を果たしたんだ。
俺たちもどうにかなったんだし、結果的には問題ない」
その時だった。
「そういうことでしたら――」
ナターシアが一歩前へ出る。
「あんたたちには、うちの隊員を治療してくれたことと、盗賊を追い払ってくれたことへの礼をしたいんだが、何か欲しいものはあるかい?」
俺は少し考える。
金。
食料。
武器。
どれも欲しい。
だが――今の俺たちにとって、一番価値があるものは別にある。
「……ライ麦、あるいはオーツ麦の種があれば譲ってもらえると助かる」
「ライ麦……?」
「オーツ麦の種も?」
ナターシアが目を丸くした。
「そんなことでいいのかい?」
「いや」
俺は首を横に振る。
「俺たちの食料事情を改善するには、かなり重要なんだ。
ここの畑はできたばかりで肥えているわけじゃない。
小麦や大麦はまともに育たないだろう」
「なるほど……」
「それにライ麦があれば黒パンが作れる。
オーツ麦があればオートミールも作れる」
考えるだけで腹が減ってきた。
「焼き立てのパンが食べられるようになるなら、かなり助かる」
「分かったよ」
ナターシアは笑った。
「では、今持っているライ麦とオーツ麦の種を、少しわたすよ」
「ああ、それは助かるよ」
俺は渡された袋を受け取る。
驚くほど軽い。
袋を開く。
そして、手のひらへ数粒だけ落としてみる。
小さな茶色い粒。
あまりにも小さい。
だが――。
俺には黄金よりも価値がある。
一粒植えれば、何十粒になる。
その何十粒が何百粒になり。
やがて何千、何万もの人間を支える。
文明というものは、結局こういう一粒から始まるのだ。
今日植える一粒が、いつか街を支えるパンになる。
荒れ地を渡る風が、出来たばかりの畑の草を揺らしていた。
今はまだ、塔と農園しかない。
けれど――。
一年後。
この風景は、きっと変わっている。
子どもたちが走り回り。
パンを焼く香りが漂い。
人々の笑い声が響く街へ。
俺は種を見つめながら、そんな未来を思い描いた。
その時だった。
俺だけに聞こえる声が、頭の中へ響いた。
『都市経験値集計完了』
『盗賊撃退イベントボーナスの都市経験値を取得しました』
『都市ランクアップ条件達成』
────────────
【都市ランク】
Lv1 → Lv2
【建設可能施設】
・製材所
・共同住宅
・厨房付き大食堂
────────────
「……来たか」
思わず呟く。
そして表示が消えた――その瞬間。
――ゴォォォォォン……。
巨大な鐘を、地の底で打ち鳴らしたような重低音が響いた。
大地そのものが震える。
「な、何だ!?」
ガードナーが戦斧を構えた。
シャーリスも反射的に弓へ手を伸ばす。
ナターシアの護衛たちも、一斉に周囲を警戒する。
だが――敵の姿はない。
代わりに。
塔が、低く唸り始めた。
古びた石壁の継ぎ目から、青白い光が滲み出す。
そして無数の紋様が、血管のように塔全体へ広がっていった。
「……これは」
誰かが呟く。
塔の周囲に刻まれていた古代文字が、一文字。
また一文字。
青白い光を取り戻していく。
まるで――数百年もの眠りから目覚めるように。
風が止まった。
鳥の鳴き声も消えた。
草木のざわめきさえ聞こえない。
この場所だけ、時間が止まったようだった。
そして――。
ドクン。
巨大な心臓が鼓動したような衝撃が、大気を震わせる。
塔の頂から、一条の金色の光が空へ伸びた。
天を貫いた光は、次の瞬間――。
無数の光の粒となって降り注いだ。
雨のように舞い落ちた光は、塔の基部へ吸い込まれていく。
そして――。
基礎石から淡い黄金の光が地面を這い始めた。
一本。
また一本。
光の線が荒野へ広がっていく。
それはやがて道を描き。
広場を描き。
建物の輪郭を描いていった。
「……っ」
誰も声を出せなかった。
何もなかった荒野に、青白い光だけで形作られた街並みが浮かび上がっていく。
最初に現れたのは――製材所。
巨大な丸太を組み上げた頑丈な建物。
薪が積まれ、木材を切り出すための巨大な作業台まで再現されている。
続いて――共同住宅。
二階建ての建物。
いくつもの窓。
今にも、そこから人々の笑い声が聞こえてきそうだった。
そして最後に現れたのは――。
巨大な煙突を備えた、厨房付き大食堂。
長い食卓。
巨大な石窯。
壁に並ぶ鍋。
そこにはまだ誰もいない。
それでも。
焼き立てのパンの香り。
煮込み料理の湯気。
人々の笑い声。
そんなものまで、なぜか目に浮かんだ。
もちろん、これはまだ幻影だ。
青白い光によって描き出された、未来の街。
それでも――。
その存在感は圧倒的だった。
まるで未来そのものが、一瞬だけこの世界に姿を現したようだった。
「……信じられない」
ナターシアが呟いた。
交易団の団長として、数え切れないほどの街を渡り歩いてきた彼女でさえ、その光景から目を離せない。
「あたしは今まで、いろんな街を見てきた」
「王都も見た」
「港町も見た」
「滅びた街も……盗賊に焼かれた村も」
ナターシアは、ゆっくりと首を横へ振った。
「だけど……」
「街が生まれる瞬間なんて、一度も見たことがない」
その声には、商人としてではなく、一人の人間としての純粋な感動が滲んでいた。
「本当に……こんな荒野が街になるっていうのかい?」
俺は迷わず頷いた。
「なる」
短い一言。
だが、その言葉には確信があった。
俺は知っている。
この都市が、本来どれほど巨大な文明だったのか。
そして――。
どれほどの可能性を秘めているのか。
「一年後には、ここで焼き立てのパンを食べてもらう」
俺は青白い幻影の街を見つめながら続けた。
「畑には麦が実る」
「子どもたちが走り回る」
「鍛冶場では槌の音が響き、市場では商人が笑う」
「食堂からは料理の香りが流れる」
「誰も飢えない」
「誰も盗賊に怯えない」
「安心して眠れる街を作る」
拳を静かに握る。
「それが俺の誓いだ」
誰に向けた言葉でもない。
この都市へ。
仲間たちへ。
そして――自分自身への誓いだった。
その瞬間。
再び文字が視界へ浮かび上がった。
────────────
【新規住民受け入れ可能】
【人口上限増加】
【新規施設建設可能】
────────────
俺は、思わず小さく息を吐いた。
ようやく――本当のスタートラインに立てた。
製材所を建てても、木こりがいなければ木は切れない。
共同住宅を建てても、住む人がいなければ空き家だ。
食堂を建てても、料理人がいなければ煙は上がらない。
都市とは――建物ではない。
そこに暮らす人々がいて、初めて街になる。
街を育てるとは。
人を育てることなのだ。
だからこそ――。
まずは人を集めなければならない。
その頃。
はるか遠く。
荒野を旅する一組の旅人が、足を止めていた。
「……あれは?」
旅装束の人物が、空を見上げる。
隣で手を繋いでいた幼い少女も、同じ方向へ顔を向けた。
「おねえちゃん……きれい」
荒野の彼方。
誰も住まないはずの大地から、一筋の光が天へ伸びている。
まるで――夜明けの星のように。
「……街?」
そんなはずはない。
この辺りには廃墟しか存在しない。
誰もがそう知っている。
それでも。
その光は確かに存在していた。
絶望しかなかった荒野に灯った――小さな希望の光。
ある者にとっては、救いとなる。
ある者にとっては、富を生む宝となる。
そしてまた、ある者にとっては――奪い取るべき獲物となる。
希望は、人を呼ぶ。
善人も。
悪人も。
英雄も。
野心家も。
すべてを。
まだ、この時の俺は知らない。
この日。
荒野へ灯った一筋の光が――。
やがて世界中の人々を惹きつけることになる。
文明復興都市。
その始まりだった。




