戦闘中に覚醒した《パッチワーク》、その本当の力は文明を修復すること
《戦闘データ解析》
《解析率――53%》
《敵行動パターン――取得》
《回避予測――算出》
――右。
頭の中に、突然そんな言葉が浮かんだ。
(……右?)
考えている暇はない。
俺は反射的に身体を捻った。
ヒュンッ!
長剣が耳元を通過する。
髪が数本、宙を舞った。
「なにっ!?」
ガルドの目が見開かれる。
俺自身が、一番驚いていた。
今の動き。
俺は知らない。
なのに――。
身体が勝手に動いた。
《敵行動パターン――更新》
《戦闘データ解析――61%》
(まさか……)
ガルドが再び踏み込んだ。
右斜め上からの斬撃。
続けて横薙ぎ。
そして突き。
頭の中に、次々と答えが浮かんでくる。
右。
左。
下。
後退。
踏み込め。
――まるで、未来を先に見ているようだった。
(これ……)
ガルドの剣が迫る。
(俺が予測してるんじゃない)
横薙ぎ。
身体を沈める。
(《パッチワーク》が、予測してるんだ)
突き。
半歩だけ身体を逸らす。
剣先が頬を掠めた。
次の瞬間。
俺は踏み込んだ。
ガキィン!
ショートソードと長剣が激突する。
ガルドが僅かに顔をしかめた。
「……なるほど」
剣を引く。
「さっきまでとは、明らかに違うな」
俺は答えない。
答える余裕がない。
頭の中では、別の情報が流れ続けている。
《敵戦闘パターン――学習中》
《既存戦闘技能との照合》
《ファイターLv1――一致》
《スカウトLv1――一致》
《ハンターLv1――一致》
《妖精憑依Lv1――補正可能》
(ファイター……?)
今まで持っていたスキル。
それらが、まるで部品のように組み合わされていく。
俺は剣術を知らない。
それでも。
足の運び方がわかる。
身体の重心がわかる。
相手との距離がわかる。
そして――。
次に何が来るのかが、わかる。
「……お前」
ガルドの声が低くなる。
「何をした?」
「俺にも……わからない」
これは本当だった。
だが。
視界の端に、新しい表示が浮かぶ。
《解析完了》
《未来予測――開始》
――瞬間。
世界が変わった。
ガルドの肩が沈む。
左足へ体重が移る。
腰が回る。
長剣の切っ先が僅かに動く。
次に剣が通る軌道が――見えた。
『左』
頭の中に声が響く。
俺は考えるより先に動いた。
ブォンッ!
長剣が髪を掠める。
「……何?」
初めて。
ガルドの表情が変わった。
驚愕。
そして警戒。
だが、すぐに次の斬撃が来る。
『右』
横薙ぎ。
『後退』
突き。
『踏み込め』
俺は声に従う。
考えない。
ただ、動く。
紙一重。
また紙一重。
ガルドの眉が僅かに動いた。
「なるほど……」
彼が剣を引いた。
「技が上がったわけじゃない」
一歩。
俺との距離を測る。
「見えているのか」
背筋に寒気が走った。
この男は――気付いた。
俺の力の正体に。
「だったら……」
ガルドが踏み込む。
「見えるものなら、見切ってみろ!」
長剣が閃いた。
速い。
だが――見える。
『右』
回避。
『左』
回避。
『下』
身体を沈める。
『今』
俺は踏み込んだ。
ガキィン!
ショートソードが長剣を弾く。
初めて。
ガルドの体勢が崩れた。
「――なにっ!」
その瞬間。
視界に、さらに別の表示が浮かんだ。
《敵武器――解析開始》
《刀身内部構造――推定》
《金属疲労――検出》
《微細亀裂――三箇所》
《破断予測――成功》
「……え?」
ガルドの長剣を見る。
すると。
刀身に一本の赤い線が浮かび上がった。
中央ではない。
もっと根元。
柄に近い場所。
何度も強い衝撃を受けたことで、金属に負荷が集中している箇所だ。
《推奨攻撃位置――表示》
《破断成功率――23%》
《身体性能――不足》
《補正可能範囲――限定》
(二十三パーセント……)
低い。
低すぎる。
だが――。
(ゼロじゃない)
勝機は。
ここしかない。
「トモロ!」
『アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』
森を揺らす咆哮。
空気そのものが震えた。
ガルドの視線が一瞬だけ逸れる。
――今だ。
俺は地面を蹴った。
「おおおおおおおおおっ!」
狙うのは――人じゃない。
剣だ。
全身の力を一つに集める。
ショートソードを振り抜く。
キィィィィン――!
甲高い金属音が森に響いた。
衝撃が腕を突き抜ける。
俺の手首が痺れる。
ガルドの長剣も、ギリギリで耐えている。
(頼む……!)
次の瞬間。
パキィンッ!
長剣が、根元から真っ二つに折れた。
折れた刀身が宙を舞う。
陽光を反射しながら回転し――。
ドスッ。
地面へ突き刺さった。
「…………」
誰も動かなかった。
盗賊たちは目を見開いている。
ナターシアですら、息を呑んでいた。
そしてガルドは。
自分の手に残った剣の柄を、静かに見つめていた。
「…………そう来たか」
悔しさはない。
怒りもない。
ただ――感心している。
力で上回られたわけではない。
技で完全に負けたわけでもない。
ただ一瞬。
自分の武器の弱点を突かれた。
その事実だけは、認めざるを得ない。
「ぼ、ボスの剣が……!」
「折れた……?」
「化け物だ!」
「逃げろぉぉぉっ!」
盗賊たちの士気が、一瞬で崩壊した。
蜘蛛の子を散らすように、森の奥へ逃げていく。
「おい!」
ガルドが呼び止める。
だが、誰も振り返らない。
「……やれやれ」
ガルドは深く息を吐いた。
そして、俺を見る。
「剣を折られたのは、傭兵団にいた頃以来だ」
折れた剣を投げ捨てる。
「筋は悪くない」
「……」
「このまま素手でやれば、俺がお前に勝つ可能性はある」
そう言って、ナターシアを見る。
「だが、あの鞭使いもいる」
さらに森の奥へ視線を向けた。
「それに、ここで時間をかければ、お前の仲間が来る可能性もある」
ガルドは肩をすくめた。
「今日のところは引こう」
「……逃げるのか?」
俺が言うと。
ガルドは笑った。
「違う」
その目には、妙な余裕があった。
「次の楽しみを残しておくのさ」
そして。
俺を真っ直ぐ見据える。
「次に会う時までに、その借り物の力を自分のものにしてこい」
胸に刺さる言葉だった。
「その時こそ――」
ガルドは口元を吊り上げる。
「本当の意味で斬り合おう」
そう言い残すと。
ガルドもまた、森の奥へ消えていった。
追う?
――無理だ。
もう体力が残っていない。
《ポゼッション》も限界だ。
今の俺が追ったところで、勝てる保証などどこにもない。
むしろ――。
(今やり合えば、俺が負ける)
そう認めざるを得なかった。
やがて。
あたりに静寂が戻る。
「……ふう」
俺はその場に座り込んだ。
そして、ポゼッションを解除する。
緑色の光が消えた。
若葉色だった髪が元に戻る。
翡翠色の瞳も元へ戻る。
頭の犬耳も消えた。
世界の解像度が、少しずつ元に戻っていく。
「トモロ……助かった」
『……アオ』
小さく。
本当に小さく。
満足そうな声が聞こえた気がした。
その直後。
『戦闘支援を終了します』
頭の中に、システム音声が響く。
『――よくやりました』
「……?」
だが。
それだけだった。
俺はしばらく黙り込む。
ユニークスキル。
《パッチワーク》。
こいつはどうやら、戦闘中のデータを収集し、不足している情報を補完する能力らしい。
だが――。
(本当に、それだけか?)
戦闘中に見えたもの。
敵の動き。
武器の内部構造。
金属疲労。
未来予測。
あれは単なる戦闘補助とは思えない。
まるで――。
世界そのものの情報を読み取り、足りない部分を補完しているような。
「……わからん」
まだ、この力の全容は見えない。
そして。
ガルドは退けた。
だが――勝ったとは思えなかった。
トモロの力は強い。
《パッチワーク》は、もっと強い。
だけど。
どちらも――俺自身の力じゃない。
ガルドの言葉が、頭から離れなかった。
『借り物の力』
「……その通りだ」
俺は握ったショートソードを見る。
「次は違う」
次に会った時は。
俺自身の剣で。
俺自身の力で。
あの男を超える。
そう心に誓った。
――その時だった。
『ナンシーより報告』
聞き慣れた声が響く。
『戦闘ログ、保存完了』
『ユニークスキル《パッチワーク》の解析を開始します』
「……お?」
続いて。
『解析率――10%』
『30%』
『60%』
『90%』
そして。
『解析率――100%』
ピッ。
『新たな機能を解放しました』
「…………は?」
俺は思わず顔を上げた。
まさか。
まだ――終わっていない?
『新機能――《クラフト・パッチ》』
目の前に、新しいシステムウィンドウが開く。
────────────
【ユニークスキル《パッチワーク》】
第一機能:《戦闘データ補完》
第二機能:《クラフト・パッチ》
第三機能:《????》
――解析可能領域を拡張しました。
────────────
「…………」
俺は、しばらくその文字を見つめていた。
《パッチワーク》。
こいつは――戦うためだけの能力じゃない。
戦闘データを集め。
欠けた情報を補い。
足りないものを繋ぎ合わせ。
そして――新しいものを作り出す。
「……そういうことか」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
文明が滅びた世界。
崩壊した都市。
失われた技術。
枯れ果てた土地。
そして、この世界に残された無数の「欠落」。
もし《パッチワーク》が、それらを埋められるのだとしたら。
俺がこの世界に呼ばれた理由は――。
「戦うためじゃない」
自然と、言葉が漏れた。
「この世界そのものを――」
俺は目の前のスキル名を見つめる。
「修復するためなのか?」
答えは返ってこない。
ただ。
システムウィンドウだけが、静かに光っている。
俺は自分の手を見る。
戦闘中、《パッチワーク》がやったことを思い返す。
敵の動きを解析した。
武器の構造を読み取った。
金属疲労を見抜いた。
そして――存在していない情報まで推測してみせた。
(これって……)
俺は息を呑む。
足りないものを探す。
欠けたものを補う。
そして。
補った情報を使って、新しいものを生み出す。
だから――。
《クラフト・パッチ》。
その名前なのか。
「……なるほど」
俺は小さく笑った。
この世界に来てから、ずっと考えていた。
どうやって都市を復興するか。
どうやって農地を作るか。
どうやって失われた文明を取り戻すか。
石が足りない。
金属が足りない。
知識が足りない。
技術が足りない。
人手が足りない。
何もかもが足りない。
だからこそ。
俺は妖精たちの力を借りて、一つずつ不足を埋めてきた。
だが――。
もし。
この《パッチワーク》そのものが。
その「不足」を埋めるための能力だったとしたら?
「……パッチワーク」
俺は、その名前を口にする。
バラバラになったものを。
欠けたものを。
失われたものを。
一つずつ繋ぎ合わせる。
まるで――。
この世界そのものじゃないか。
文明が失われた。
知識が失われた。
技術が失われた。
都市が壊れた。
土地が荒れた。
そして、人々は未来を失っている。
なら。
それらを一つずつ拾い集めて。
繋ぎ合わせて。
もう一度、形にする。
「……文明を作り直す」
俺は立ち上がった。
腕はまだ痛い。
身体も重い。
ガルドには、実質的に負けていた。
トモロの力がなければ、あそこで死んでいた。
《パッチワーク》がなければ、剣を折ることもできなかった。
だから――。
俺はまだ弱い。
それは認める。
けれど。
「それなら、それでいい」
ショートソードを握り直す。
「借り物の力なら――借り物のままで終わらせなければいい」
トモロの力も。
妖精たちの力も。
ナンシーの知識も。
この世界に残された旧文明の技術も。
使えるものは、全部使う。
そのうえで。
「いつか、あいつを俺自身の力で倒す」
それが、次の目標だ。
そして――。
もう一つ。
俺は《クラフト・パッチ》の文字を見る。
「この力が、どこまでできるのか……確かめてやる」
その瞬間。
ピッ。
『新規クエストを取得しました』
「……え?」
またしても。
目の前に光文字が浮かんだ。
────────────
【メインクエスト】
《失われた文明を再建せよ》
目標:
都市レベルを10まで上昇させる。
旧文明施設を三つ以上復旧する。
人口を1000人以上まで増加させる。
文明復旧率――10%以上。
報酬:
《パッチワーク》第二階層解放。
────────────
「…………」
俺は言葉を失った。
都市レベル10。
旧文明施設三つ。
人口1000人。
どれも簡単な数字じゃない。
だが。
俺は思わず笑った。
「……なるほど」
やることが、はっきりした。
ゲームなら。
クリアを目指すだけだ。
けれど。
ここはもう、ゲームじゃない。
ここには、生きている人間がいる。
妖精たちがいる。
守らなければならない仲間がいる。
そして――。
俺自身の未来もある。
なら。
「やってやる」
滅びた文明を。
失われた都市を。
この世界そのものを。
「もう一度、ゼロから作り直してやる」




