守護者を蝕む黒い結晶
黒い結晶を取り外したものの、岩石の巨獣はまだ倒れていなかった。
赤黒い光は弱まっている。しかし、その巨体から放たれる圧力は依然として凄まじい。
『グルルルル……!』
巨獣は低く唸りながら、俺たちを見据えていた。
「リューネ、どうだ?」
『黒い結晶による異常な力の流れは弱まっています。ですが、もともと持っている力は非常に強いままです。再生能力も完全には失われていません』
「つまり、結晶を取り外しただけでは、まだ終わりじゃないんだな」
『はい。それに、結晶そのものからも、まだ異常な反応が続いています』
ローズが、ミントと一緒に保護容器へ移そうとしていた結晶を見た。
取り外された黒い結晶は、岩石の巨獣から離れた今も、表面に黒い光を走らせていた。
「これを放置しておくわけにはいかないわね」
「うん。周りの岩から切り離しても、まだ何かを続けているみたい」
ミントが慎重に結晶を観察している。
そのとき、巨獣が大きく吠えた。
『グオオオオオオッ!』
轟音とともに巨体が突進してくる。
「来るぞ!」
ガードナーが大盾を構え、俺たちの前に出た。
次の瞬間、魔物の巨大な腕が振り下ろされる。
ドゴォォォン!
「ぐっ……!」
ガードナーの足元が砕け、身体が後方へ押し込まれた。それでも、彼は盾を手放さなかった。
「なんて重さだ……! だが、まだ押し切られちゃいないぞ!」
「無理をするな! 受け流して距離を取れ!」
ガードナーは盾の角度を変え、魔物の腕を横へ逸らした。
その隙を逃さず、シャーリスが矢を放つ。
矢は岩石の装甲が重なり合う部分に突き刺さった。
しかし、魔物はひるまなかった。
周囲に積まれていた石材をつかみ、次々と口らしき器官へ放り込んでいく。
バキバキバキッ!
石材が噛み砕かれるたび、装甲の傷が塞がっていった。
「まだ再生できるのか!」
『石材を取り込むことで、身体を補修しているようです。ですが、先ほどよりも再生の速度が落ちています』
リューネが魔物を見据えた。
『黒の結晶を取り外したことで、異常な力の供給は弱まっています。今なら、再生される前に攻撃を重ねられるかもしれません』
「よし。ガードナーが敵の攻撃を受け流したら、シャーリスは装甲の継ぎ目を狙ってくれ。リューネは動きを鈍らせるんだ!」
「了解したわ!」
「任せろ!」
ガードナーが魔物の正面に立ち、攻撃を誘う。
魔物が腕を振り下ろす直前、ガードナーは身体をずらし、盾で軌道を逸らした。
シャーリスの矢が、露出した関節部分に突き刺さる。
そこへリューネの魔法が重なり、魔物の足元を淡い光が包み込んだ。
巨獣の身体が、わずかに傾いた。
「今だ!」
俺は側面へ回り込み、剣を振るった。
岩石の装甲が砕け、内部から淡い光が漏れる。
魔物が咆哮した。
しかし、先ほどまでのように傷口を一瞬で塞ぐことはできなかった。
「効いている!」
『はい。ですが、長くは持ちません!』
リューネの声が響く。
その直後、魔物が床を踏み砕いた。
振動で、天井から砂粒が落ちてくる。
「また崩落か!」
デルブが顔を上げた。
「このままでは、戦闘の前に施設が崩れてしまう。ガンド、天井を支えている構造を確認してくれ!」
『分かった!』
ガンドは名残惜しそうに加工機械を振り返ったが、すぐに岩盤の状態を調べ始めた。
デルブも壁際へ移動し、亀裂の走り方と荷重が集中している箇所を確認する。
『このまま戦えば、あの梁が持たんかもしれん。コル、あそこを見てくれ! 崩れかけている岩を取り除けば、補強材を入れられるはずじゃ!』
『おう! 掘る場所ができたな!』
コルは、それまでの退屈そうな様子が嘘のように、岩盤へ駆け寄った。
「デルブの指示した場所だけだぞ!」
『分かってるって!』
デルブが補強する場所を見極め、コルが必要な部分だけを掘る。
二人が作業を進める間、ガードナーとシャーリスは魔物の注意を引きつけ、リューネはその動きを抑えていた。
ガンドも周囲の構造を確認しながら、壊れかけた設備を避けられる場所を指示している。
『こっちの支柱には触るな! 天井を支えておるぞ! コル、もう少し右じゃ!』
『分かってる! この岩を外せばいいんだろ!』
コルが岩を取り除くと、デルブがすぐに補強材を設置した。
これで、少なくとも退路が崩落する危険は減ったはずだ。
「よし、助かった。みんな、続けるぞ!」
俺たちは、改めて魔物に向き直った。
◇
一方、ローズとミントは、取り外した黒い結晶の分析を続けていた。
お掃除ロボットは、その周囲に散らばった黒い粉を吸い取りながら、何度も警告音を鳴らしている。
『警告。未登録物質の異常反応を検出』
「やっぱり、まだ何か反応が残っているわね」
ローズが結晶を観察した。
「自然にできた鉱物ではないことは、ほぼ間違いないと思う。表面の模様も、以前に見た黒の結晶に関係するものと似ているわ」
「でも、周りの岩から切り離したのに、どうしてまだ光っているんだろう?」
ミントが疑問を口にした。
リューネが、戦闘の合間に結晶へ意識を向ける。
『結晶そのものに、異常なレイキが残っています。取り外すだけでは、十分ではないのかもしれません』
「つまり、壊した方がいいのか?」
俺が尋ねると、ローズは慎重に頷いた。
「可能性は高いわ。ただし、普通の石のように叩き割ればいいとは限らない。強い反応が残っている以上、何が起こるか分からないもの」
ミントは結晶の表面を詳しく調べた。
「この部分を見て。黒い光がここに集まっているよ。外側はただの結晶じゃなくて、何かを閉じ込めているみたい」
「内部に、異常な力の中心があるということか?」
「うん。ここを無理に壊すと、周囲に力が散らばるかもしれない」
デルブが二人の話を聞き、結晶の周囲を確認した。
「なら、壊すときにも固定しておいた方がいい。破片が飛び散らないようにして、力が外へ逃げる方向も考えなければならない」
コルも結晶をのぞき込んだ。
『なるほどな。普通に叩くだけじゃ危ないってことか』
「ああ。だが、ここには石材を割るための設備がある。使えるものがあれば、力を一か所に集中させずに割れるかもしれない」
ガンドが、はっと顔を上げた。
『そうじゃ! あの加工機構の一部に、石材を割り分けるための装置があるかもしれん!』
「調べられるか?」
『もちろんじゃ! こんなところで、古代の技術を試せるとは思わなかったわい!』
ガンドはすぐに加工設備の確認へ向かった。
コルはデルブとともに、結晶を安全に固定できる場所を探すことになった。
『よし、こっちの岩盤なら、重さを受け止められそうだ。コル、下を少し掘ってくれ。結晶を固定する台を据える』
『おう!』
デルブが岩盤の状態を確かめながら指示し、コルが掘削を進める。
今度のコルは、掘る場所があることを喜んでいるだけではなかった。
デルブが指示した位置から少しでも外れると、すぐに手を止めて確認する。古代施設を壊さず、危険な結晶を安全に処理するために、真剣に作業していた。
やがて、結晶を固定するための石台ができあがった。
ガンドも、石材を割り分けるための機構を確認して戻ってきた。
『よし! 設備は使えそうじゃ! ただし、結晶を直接切断するのではなく、固定して圧力を少しずつかける形にした方がよいじゃろう』
「それなら、周囲への影響も抑えられそうだな」
ローズとミントは、結晶の反応が弱まるタイミングを見極める。
リューネも魔法を展開し、周囲のレイキの流れを抑える準備をした。
「みんな、準備ができたら合図してくれ。こっちで敵を抑えておく」
俺はガードナーたちへ向き直った。
「もう少しだけ耐えてくれ!」
「了解だ!」
◇
巨獣は、再び俺たちへ突進してきた。
だが、先ほどまでとは違い、その動きにはわずかな乱れがあった。
装甲の一部が剥がれ落ち、傷ついた部分の再生も遅れている。
「今なら、動きを抑えられる!」
リューネが魔法を展開した。
淡い光が巨獣の足元を包み込み、動きを鈍らせる。
ガードナーが正面から攻撃を受け流し、シャーリスの矢が装甲の継ぎ目へ突き刺さった。
俺も魔物の側面へ回り込み、剣を振るった。
巨獣が大きくよろめく。
『今です! 結晶の反応が弱まっています!』
リューネの声が響いた。
「デルブ、コル! いまだ!」
デルブが結晶を石台に固定し、コルが指定された部分を調整する。
ガンドが加工機構を慎重に起動した。
ギギギ……。
装置が動き、結晶にゆっくりと圧力がかかっていく。
黒い光が強まり、容器の中で不気味に脈打った。
「まだ動かすな!」
ミントが叫んだ。
「内部の光が偏っている。もう少しだけ、圧力をかける位置をずらして!」
『分かった!』
コルが装置の位置を微調整し、デルブが固定具を確認する。
ローズは結晶の表面を注視していた。
「今よ! 反応が弱まった!」
リューネが魔法を重ねる。
黒い光が一瞬だけ弱まった。
その瞬間、ガンドが加工機構を動かした。
パキンッ!
乾いた音が響いた。
黒い結晶に、一本の亀裂が走る。
続いて、もう一度。
パキッ!
結晶は複数の破片へと割れ、その中心にあった黒い光が、一瞬だけ強く輝いた。
『異常反応、急激に低下!』
お掃除ロボットが警告音を鳴らした。
次の瞬間、結晶の破片から黒い光が消えた。
ローズが息を吐く。
「……止まったわ」
ミントも頷いた。
「うん。レイキの反応がほとんどなくなっているよ!」
デルブが固定具を確認し、コルが加工機構を停止させた。
『よし、これで安全に処理できるはずじゃ』
ガンドは、壊れた結晶を見つめながら深く息を吐いた。
『しかし、これほどの物質を、わざわざ古代施設に仕掛けるとは……。何を考えておるのじゃ』
俺は、黒い破片を見つめた。
教団が古代文明の痕跡を破壊しようとしているのなら、今回の工作も、その一環だった可能性が高い。
ただし、結晶の破片だけで、誰が何のために仕掛けたのかまでは分からない。
それでも、ひとまず危険な反応を止めることはできた。
◇
黒の結晶が破壊された直後、石切場の奥から大きな振動が伝わってきた。
ドクン……。
俺たちは一斉に顔を上げた。
岩石の巨獣も、動きを止めている。
その身体を覆っていた赤黒い光が、少しずつ消えていった。
『……異常反応……消失……』
巨獣の口らしき部分から、重い声が漏れた。
『……施設機構……正常化を確認……』
巨獣はゆっくりと頭を上げ、俺たちを見つめた。
先ほどまでの敵意は感じられない。
『……侵入者……では、ない……』
「お前は、ここの守護者なのか?」
俺が尋ねると、巨獣は、ゆっくりと頷くように頭を動かした。
『……施設維持……。封印機構……監視……』
「封印機構?」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
リリィがすぐに操作盤へ向かった。
「今の発言は、施設の機能に関係している可能性があります。守護者の異常が収まったことで、制御系統の一部が復旧しているようです」
画面には、それまで確認できなかった構造が浮かび上がっていた。
採掘区画、石材加工区画、搬送区画。
それらの奥に、さらに深い空間が存在していた。
「この先にも施設があるのか?」
「はい。ただし、通常の採掘設備とは構造が異なります。地下へ向かう動力系統が、別の設備へ接続しているようです」
ガンドが、改めて周囲を見回した。
『つまり、ここは石を切り出すためだけの場所ではなかったということか……』
「そう考えるのが自然だろうな」
俺は守護者へ視線を向けた。
「その封印機構というのは、何を封じているんだ?」
守護者は、しばらく沈黙した。
『……記録……一部欠落……。封印区画……異常の有無を確認する』
それ以上の説明はできないようだった。
リリィも、操作盤に表示された情報を調べている。
「封印区画に関する記録は損傷が激しいですね。詳細を確認するには、実際に現地を調べる必要がありそうです」
「分かった。まずは安全を確かめながら進もう」
俺たちは守護者の案内で、さらに奥へと進んだ。
◇
石切場の最深部へ向かう通路は、これまでの作業区画とはまったく違う様相を呈していた。
石材を運ぶレールはなくなり、代わりに床には太い金属製の管が走っている。
壁面には複雑な紋様が刻まれ、一定の間隔で淡い光が明滅していた。
「……これは、何のための設備だ?」
俺が尋ねると、リリィは管の接続部分を調べた。
「通常の動力供給設備とは異なるようです。何かを制御するための機構に見えますが、具体的な用途までは分かりません」
ガンドも、周囲の構造を見つめながら頷いた。
『石材の加工設備とは明らかに違うな。岩盤を切り出すための仕掛けではなさそうじゃ』
ミントが壁面の紋様を調べる。
「この部分、周りの石とは材質が違うよ。石の中に金属の部品を埋め込んでいるみたい」
「何かの力を伝えるためなのかもしれないわね」
ローズも慎重に周囲を見回していた。
リューネが目を閉じ、レイキの流れを探る。
『……この先に、強い力が集まっています』
「さっきの守護者よりも強いのか?」
『力の性質が違います。守護者の力は、施設を維持するために組み上げられたものだったようです。ですが、この先にある力は……もっと深く、大きなものです』
そのとき、足元から微かな振動が伝わってきた。
ドクン……。
俺たちは一斉に立ち止まった。
今のは、単なる機械の振動ではない。
もっと深い場所から伝わってきた、何かの鼓動のようだった。
リューネが目を見開く。
『……間違いありません。地下に、何かがいます』
守護者は、ゆっくりと前へ進んだ。
『……封印区画……』
その声に合わせるように、壁面の紋様が淡く輝いた。
やがて、俺たちの前に巨大な扉が現れた。
これまでの扉とは比べものにならないほど大きく、表面には複雑な紋様が刻まれている。
左右には太い金属製の柱が立ち、それぞれが床の管とつながっていた。
「ここが、封印区画か……」
ガンドが、思わず息を呑んだ。
『これほどの規模の構造物を、地下に造っておったのか……』
リリィが扉の状態を確認する。
「封印機構の一部は、現在も稼働しているようです。ただし、黒の結晶による干渉がどこまで影響していたのか、詳しく調べる必要があります」
「勝手に扉を開けるわけにはいかないな」
「はい。まずは周囲の設備を確認して、封印が維持されていることを確かめましょう」
その直後だった。
ドクン……。
先ほどよりも大きな振動が伝わってきた。
扉の表面に刻まれた紋様が、一瞬だけ強く輝く。
そして、扉の向こうから、低い音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
まるで、巨大な何かが身じろぎしたかのようだった。
ガードナーが盾を構え直し、シャーリスが警戒を強める。
「……中に、何かいるのか?」
俺が尋ねると、守護者がゆっくりと答えた。
『……封印対象……存在を確認……』
それ以上の言葉は続かなかった。
リューネは扉を見つめ、険しい表情を浮かべている。
『この気配……。とても古く、強大な存在です。ですが、まだ正体は分かりません』
俺は、扉の向こうへ視線を向けた。
超古代文明の石切場は、資源を採掘し、加工するだけの施設ではなかった。
その奥には、何かを封じるための巨大な設備が存在していた。
そして、教団が仕掛けた黒の結晶は、そこへつながる施設の機能にまで影響を与えていた可能性がある。
もし、あの結晶が封印を弱めるために仕掛けられたものだったのなら、今回の事件は俺たちが考えていた以上に重大な意味を持つ。
「……リリィ。まずは、この施設と封印の仕組みを調べよう。絶対に、勝手に扉を開けるなよ」
「分かりました。安全を確認するまでは、封印区画には手を出しません」
ローズとミントも頷いた。
デルブとコルは周囲の構造を確認し、ガンドは設備の仕組みに注意を向けている。
俺は、巨大な扉を見つめた。
なぜ、超古代文明はここに封印区画を造ったのか。
そして、何を封じるために、石切場の機構を利用しているのか。
まだ、何も分からない。
だが、今なら確かなことが一つある。
俺たちは、古代文明の遺産を破壊しようとする何者かの存在と、そこに眠る秘密の両方に向き合わなければならないのだ。
エマイン・マハの発展につながるはずだった石切場の発見は、思いもよらない古代文明の謎へとつながっていた。
そして、その謎は、巨大な封印の扉の向こうに眠っているのだった。




