暴走する石切場の守護者
暗闇の奥から現れた巨大な魔物は、岩石の装甲に覆われた身体を揺らしながら、俺たちを見据えていた。
その巨体は、普通のゴーレムとは明らかに違っていた。
全身を覆う岩石は、単に積み重なっているのではない。まるで身体の一部であるかのように滑らかにつながり、関節の隙間からは赤黒い光が脈打っている。
そして、魔物が一歩踏み出すたびに、床が大きく揺れた。
「……でかいな」
『おう。だが、ここで暴れられたら、せっかくの施設が台無しじゃ!』
ガンドは魔物を警戒しながらも、背後にある加工設備を気にしていた。
「ガンド、今は設備より自分の身を心配しろ!」
『分かっておる! じゃが、あれほどの機械を壊されてはたまらんじゃろうが!』
まったく、この状況でも石材加工設備が気になるらしい。
とはいえ、気持ちは分からなくもない。これほど大規模な施設を、何も分からないまま壊されるわけにはいかなかった。
「ガードナー、前を頼む! シャーリスは攻撃できる場所を探してくれ!」
「任せろ!」
「了解したわ!」
ガードナーが大盾を構えて前に出る。
シャーリスは距離を取り、魔物の動きを観察しながら弓を引き絞った。
その間に、俺はリューネへ声をかけた。
「リューネ、あいつの状態は分かるか?」
『調べています。ですが、かなり不自然な力の流れがある。あの赤黒い光は、普通のレイキ反応ではありません』
「やっぱり、黒い結晶と関係があるのか?」
『可能性は高いと思います。けれど、まだ断定はできません。まずは、あの巨体の動きを止めなければ』
その瞬間、魔物が咆哮した。
轟音とともに巨体が突進してくる。
「来るぞ!」
ガードナーが大盾を構え直した。
次の瞬間、魔物の巨大な腕が振り下ろされる。
ドゴォォォン!
「ぐっ……!」
ガードナーの足元が砕け、身体が後方へ押し込まれた。
それでも、彼は盾を手放さなかった。
「なんて重さだ……! だが、まだ押し切られちゃいないぞ!」
「無理をするな! いったん受け流せ!」
ガードナーは俺の指示に従い、盾の角度を変えて魔物の腕を横へ逸らした。
その隙を逃さず、シャーリスが矢を放つ。
矢は岩石の装甲が重なり合う部分に突き刺さった。
しかし、魔物はひるまなかった。
むしろ、周囲に積まれていた石材をつかみ、次々と口らしき器官へ放り込んでいく。
バキバキバキッ!
石材が噛み砕かれるたび、装甲の傷が塞がっていった。
「攻撃が効いていないわけじゃない。傷ついたそばから再生しているのね……!」
シャーリスが距離を取りながら呟いた。
「なら、再生する前に攻撃を重ねるしかないのか?」
『それだけでは難しいでしょう』
リューネが険しい表情で答えた。
『あの巨体そのものも相当な力を持っていますが、周囲からレイキを取り込んでいるようです。しかも、その流れが異常に強い』
リューネが魔法を展開すると、淡い光が魔物の足元を覆った。
魔物の動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。
「今だ!」
シャーリスが再び矢を放った。
今度は、魔物の膝にあたる部分へ矢が突き刺さる。
魔物の身体がぐらりと傾いた。
だが、すぐに赤黒い光が脈打ち、岩石が傷口を覆ってしまう。
『駄目です。レイキの流れを一時的に抑えても、すぐに別の経路から力が補われてしまいます!』
「別の経路?」
『ええ。まるで、施設のどこかにあるものが、あの魔物へ力を送り込んでいるようです』
俺は、さきほど見つけた黒い結晶を思い出した。
「もしかして、あれが……!」
『まだ分かりません。ですが、調べる価値はあります』
◇
「ローズ、ミント! 黒い結晶を調べてくれ!」
「分かったわ!」
「こっちは任せて!」
ローズとミントは、清掃機が発見した黒い結晶のもとへ向かった。
お掃除ロボットは、相変わらず結晶の周囲に散らばった黒い粉を吸い取っている。
『異物反応を検出。除去を継続します』
「この機械、まだ掃除を続けているのね……」
ローズが感心したように呟いた。
「でも、結晶そのものは取れないみたい」
ミントが結晶を観察する。
岩盤に埋め込まれた黒い結晶からは、細い筋のようなものが伸びていた。それは床の下へ続き、見えないところで何かにつながっているようだった。
「やっぱり、あとから取り付けられたものだわ。固定するための加工跡が残っている」
ローズが結晶の周囲を慎重に調べる。
「しかも、この模様……。以前に見た黒の結晶に関係するものとよく似ているわ」
「じゃあ、教団が仕掛けた可能性が高いんだね?」
「ええ。ただ、まだ決めつけてはいけないわ。まずは、何をしているのか確認しないと」
ミントが結晶の表面を観察した。
「待って。これ、光が強くなったり弱くなったりしているよ。あっちの魔物が動くタイミングと同じだ!」
「本当?」
ローズが魔物の方を振り返る。
確かに、魔物が石材を食べて身体を修復するたび、結晶の表面に黒い光が走っていた。
「……なるほど。あの魔物が周囲の石材を取り込むことと、この結晶が反応することが連動しているのね」
ローズは慎重に考えをまとめた。
「結晶が魔物を直接操っているのか、それとも、魔物の力を増幅させているのかは分からない。でも、少なくとも無関係ではなさそうよ」
「じゃあ、これを取り除けば、魔物を弱められるかもしれない?」
「可能性はあるわ。ただ、引き抜けばいいというものでもなさそうね」
ミントが床の周囲を調べる。
「結晶の根元が、下の機械につながってる。無理に壊すと、床や設備まで傷つけちゃうかもしれないよ」
その言葉を聞いたデルブが、すぐにこちらへやってきた。
「見せてくれ」
デルブは結晶の周囲を慎重に確認し、床に耳を近づけるようにして内部の構造を調べた。
「……結晶を固定するために、岩盤が削られている。しかも、その下にある機構の一部を巻き込んでいるようだ」
「安全に取り除けそうか?」
「方法はあると思う。ただし、まず周囲の岩盤を確認して、どこまで削っていいかを見極めなければならない」
デルブはコルを振り返った。
「コル、手伝ってくれ。結晶の固定部分を露出させたい」
『おっ、いよいよ掘るのか!』
コルの顔がぱっと明るくなった。
「ただし、勝手に掘るな。俺が指定した部分だけだ」
『分かってるって!』
コルは掘削道具を構え、デルブの指示を待った。
◇
一方、俺たちは魔物の動きを止める方法を探っていた。
「リューネ、結晶を取り除くまで、あいつを抑えられるか?」
『完全に動きを止めるのは難しいでしょう。ですが、レイキの流れを乱して、再生能力を弱めることなら試せます』
「頼む。ガードナー、引き続き前を頼む!」
「了解だ!」
ガードナーは盾を構え直し、魔物の正面に立った。
魔物が腕を振り下ろす。
ガードナーは盾の角度を変え、攻撃を受け流した。その衝撃で足元の床が砕けたが、彼は踏みとどまった。
「今だ、シャーリス!」
シャーリスの矢が放たれる。
矢は魔物の肩にあたる装甲の隙間へ突き刺さった。
魔物が身体を揺らし、俺たちへ向き直る。
その瞬間、リューネの魔法が魔物の足元を包み込んだ。
『今です! レイキの流れを抑えます!』
光が魔物の身体を這い上がり、赤黒い光とぶつかり合う。
魔物の動きが鈍くなった。
「よし、効いている!」
『長くは持ちません! 急いでください!』
俺はデルブたちへ視線を向けた。
彼らは結晶の周囲を少しずつ掘り進めていた。
デルブが岩盤の状態を確認し、コルが指示された場所だけを掘る。周囲の岩を一気に取り除くことはせず、結晶の固定部分を少しずつ露出させていく。
『この部分は残しておくのじゃ。下の構造を支えておる』
『分かった。じゃあ、こっちを先に掘るぞ』
コルは、普段の豪快さが嘘のように慎重に作業を進めていた。
掘削の勢いだけなら、もっと速く進められるのだろう。
だが、今は速さよりも正確さが大切だった。
「……ここまでなら、施設を傷つけずに外せるはずだ」
デルブが最後の部分を確認する。
「ミント、どうだ?」
「うん。結晶そのものは、周囲の岩盤と直接つながっているわけじゃない。固定具を切り離せば取り外せると思う!」
ローズも頷いた。
「ただし、結晶を外した瞬間に何が起こるかは分からないわ。レイキの流れが急激に変わる可能性があるから、リューネと連携して進めましょう」
「分かった。リューネ、結晶を取り外す準備ができたら合図する。タイミングを合わせられるか?」
『できます。結晶の反応が弱まる瞬間を狙いましょう』
◇
そのとき、魔物が大きく吠えた。
身体を覆う岩石が震え、赤黒い光が強くなる。
リューネの魔法が押し返され、魔物の動きが再び速くなった。
「まずい!」
魔物が床に積まれていた石材を大量につかみ、一気に飲み込んだ。
次の瞬間、傷ついていた装甲が盛り上がるように再生し、巨体がさらに大きく見えるほどに岩石をまとった。
「これ以上、石材を取り込ませるわけにはいかない!」
俺はリリィに声をかけた。
「この施設の搬送機構を止められないか? 石材を集めている場所へ、あいつが近づけないようにしたい」
「確認します。搬送用のレールと一部の可動機構は、まだ制御できる可能性があります」
リリィが操作盤へ駆け寄った。
しばらく操作を続けると、床の奥で重い機械音が響いた。
『搬送機構の一部を起動します』
レール脇の石材搬送台が動き出し、巨獣が向かおうとしていた通路の一部を塞いだ。
魔物はそれを破壊しようと腕を振り下ろす。
「今だ!」
俺はガードナーへ叫んだ。
ガードナーが一歩踏み込み、盾で魔物の腕を受け止めた。
その隙に、シャーリスの矢が再び装甲の継ぎ目を狙う。
リューネも魔法を展開し、魔物のレイキの流れを抑え込んだ。
『今です! 結晶の反応が弱まっています!』
「デルブ、コル! いまだ!」
デルブが結晶の固定部分を確認し、コルが指定された箇所を慎重に掘り進めた。
そして、最後の固定具が露出した。
「これで切り離せるはずだ!」
リリィが操作盤を調整し、古代の切断機構を部分的に起動させる。
甲高い音が響いた。
結晶を固定していた金属部品が切り離され、黒い結晶がわずかに浮き上がる。
「ミント、今だ!」
「分かった!」
ミントが専用の器具を差し込み、結晶を慎重に取り外した。
パキンッ!
黒い結晶が、固定具から切り離された。
その瞬間、魔物の身体を覆っていた赤黒い光が大きく揺らいだ。
まるで、何かを無理やりつなぎ止めていた糸が切れたかのようだった。
『レイキの流れが変わりました!』
リューネが叫ぶ。
『再生能力が低下しています! ですが、まだ油断しないでください!』
魔物の装甲が崩れかけた。
それでも、巨体はまだ立っていた。
「黒の結晶を外しただけでは、倒れないか……!」
俺は剣を構え直した。
あの魔物は、結晶の力だけで強くなっていたわけではない。もともと、とてつもない力を持っていたのだろう。
結晶はその力を歪め、異常なまでに増幅させていたのかもしれない。
そして、その影響はまだ完全には消えていない。
魔物が、再び咆哮した。
今度は、先ほどまでのような赤黒い光ではなく、岩石の隙間から淡い光が漏れ始めていた。
『……これは』
リューネが目を見開く。
『黒い力が弱まっています。ですが、あの存在そのものの力は、まだ非常に強い……!』
「つまり、ここからが本当の戦いってことか」
俺は仲間たちを見回した。
ガードナーは盾を構え直し、シャーリスは次の矢を番えている。リューネは魔法を維持し、ガンドは施設の設備を守れる位置へ移動した。
デルブとコルは、取り外した結晶の周囲を確認している。ローズとミントは、結晶を安全な容器へ移そうとしていた。
お掃除ロボットは、結晶が外れた場所の周囲を走り回り、残った黒い粉を吸い取り続けていた。
『清掃区域の異常反応が低下』
小さな機械音が響く。
「……よく働くな、本当に」
俺は思わず呟いた。
だが、感心している場合ではない。
魔物が、ゆっくりとこちらへ向き直った。
黒い結晶による異常な強化は弱まった。それでも、その巨体から発せられる圧力は凄まじい。
俺たちは、ようやく敵を弱体化させることに成功したのだ。
しかし、勝利したわけではない。
「全員、気を抜くな! このまま守護者を止めるぞ!」
俺は剣を構え、目の前の巨大な存在を見据えた。
超古代文明の石切場を破壊しようとする教団の工作を止めるためにも、そして、ここに残された施設を守るためにも、ここで退くわけにはいかなかった。
黒の結晶を失った守護者が、再び大きく咆哮した。
俺たちの戦いは、まだ終わっていなかった。




