調整池の隣に眠る超古代文明の石切場
干ばつを乗り越え、ライ麦とオーツ麦の収穫を終えたエマイン・マハでは、次の季節に向けた準備が始まっていた。
収穫量は平年を下回ったものの、食用の麦に加えて、次の播種に使う種と非常用の備蓄も何とか確保できた。取水路と調整池を整備していなければ、もっと厳しい結果になっていただろう。
ようやく一息つけたところで、俺は今後の街づくりについて考えていた。
悪辣ジョーとの戦いで傷んだ外壁は修復を進めているが、街の拡張も考えれば、城壁や城門をもっと頑丈なものにしていきたい。
特に、城門の基礎や重要な構造部分には、丈夫な花崗岩を使いたいところだ。石材を安定して確保できれば、今後の建築計画も立てやすくなる。
そんなことを考えていたところへ、リリィがやってきた。
「ハーシスさん。調整池の周辺について、気になることが分かりました」
「調整池? 何か問題でもあったのか?」
「いえ、今のところ水利施設に問題はありません。ただ、調整池の北側にある岩壁を調べていたところ、不自然な構造が見つかったのです」
リリィが周辺の地形図を表示した。
調整池の北側には、岩壁が続いている。その内部を示す表示には、不自然な空洞や、人工的な構造物らしきものが描かれていた。
「この岩壁の奥に、何かあるのか?」
「はい。現在の調整池は、超古代文明が採石によって削り出した地形を利用しています。その周辺を改めて調べたところ、北側の岩盤に人工的な加工の痕跡が見つかりました。さらに調査を進めた結果、その奥に大規模な施設が残っている可能性が高いと分かったのです」
「採石場の続きなのか?」
「正確には、採掘場所に付属していた加工施設かもしれません。まだ内部を確認できていないので、用途までは分かりませんが」
リリィ自身も、これまで把握していなかった施設らしい。
ゲームの知識に頼ることはできない。ここにあるのは、俺たちが実際に調べて正体を確かめなければならない未知の遺跡なのだ。
「石材の加工施設なら、街づくりに役立つかもしれないな」
「私もそう思います。ただし、長い年月が経過しています。設備がどの程度残っているかも分かりませんし、内部の安全を確認する必要があります」
「よし。探索隊を編成しよう」
◇
翌日、俺たちは調整池の北側に集まった。
同行するのは、俺、リリィ、リューネ、ガードナー、シャーリス、ガンド、デルブ、コル、ローズ、ミント、トモロ、リカオンだ。
未知の施設を調べる以上、戦闘に備えるだけでは不十分だ。岩盤や建造物の構造を見極める者、異変を察知する者、そして古代文明とは異なる物質が持ち込まれていないかを調べる者も必要になる。
ガードナーは大盾を担ぎ、シャーリスは弓の具合を確かめている。
「何がいるか分からないからね。全員、勝手に先へ進まないように」
「分かってるよ。お前こそ、危なくなったらちゃんと下がれよ」
ガードナーが笑った。
「周囲の警戒は私が担当するわ。何かが出入りした痕跡があれば報告する」
シャーリスも頷く。
リューネには内部のレイキ反応を調べてもらい、ローズとミントには、古代文明の設備とは異なるものが紛れ込んでいないか確認してもらう。
以前の事件で見つかった黒の結晶と関係する物質が、ここにも存在する可能性を考えてのことだ。
「もし不自然なものを見つけたら、勝手に触らず、まず私たちに知らせてね」
ローズがミントに声をかけた。
「分かってるよ。岩盤や鉱物の状態もよく調べてみるね!」
ガンドとデルブには、岩盤や施設の構造を確認してもらう。
コルには障害物の除去を頼むつもりだが、勝手に掘り進められても困る。
「コル、今回は施設を壊さないように頼むぞ」
『分かってるって!』
元気よく答えたコルだったが、いざ岩壁を見上げると、少しつまらなそうな顔になった。
『……なあ、ここって、もう掘ってあるんだよな?』
「採石場なんだから、そうだろうな」
『じゃあ、俺が掘るところ、あんまりないんじゃないか?』
「まだ中を見ていないだろう。掘る必要があれば、そのときに頼むよ」
『そりゃそうだけどさ……』
一方、ガンドは岩壁の切断跡を食い入るように見つめていた。
『むむっ……。この切断面、自然に割れたものではないな。しかも、角がきれいにそろっておるぞ!』
「そんなに違うものなのか?」
『違うとも! これほど硬い岩盤を、これだけ正確に切り出しておるのじゃ。いったい、どんな道具を使ったのか……!』
ガンドは切断面を指先でなぞり、興奮した様子で岩壁のあちこちを調べている。
『おい、ハーシス! これは期待できるぞ! もし石材の加工設備まで残っておるなら、城壁や城門に使う石材も、今までよりずっと効率よく用意できるかもしれん!』
「まだ中を見ていないんだから、落ち着けって」
『これを見て落ち着いておられるか!』
ガンドは、すっかり乗り気だった。
その横で、コルはますます肩を落としていた。
『……俺、帰ったら駄目か?』
「駄目だ」
『だよなあ……』
◇
「入口は、この岩壁の向こうです」
リリィが示した場所には、周囲とほとんど区別のつかない岩肌が広がっていた。
しかし、近づいてよく見ると、不自然な直線が走っている。自然にできた亀裂ではなく、人の手で加工された跡らしい。
リリィが岩壁に触れると、かすかな光が走った。
低い駆動音とともに岩壁の一部が左右へと動き、その奥から石材と金属でできた巨大な扉が現れた。
「おおおっ!」
ガンドが思わず声を上げた。
『見よ、この構造! 岩盤を支える部分と、扉を動かす機構が一体化しておるぞ! しかも、扉の周囲には余計な隙間がない!』
「ガンド、まだ入口だぞ」
『入口だけでも、これほどの技術が使われておるのじゃ! 奥には何があるのか、気になって仕方がないわい!』
リリィは扉の周辺を調べた。
「設備の一部は、今も動いているようです。ただし、どこまで機能が残っているかは分かりません。慎重に進みましょう」
俺たちは警戒しながら、扉の奥へと進んでいった。
内部には、想像していた以上に広い空間が広がっていた。
床には石材を運ぶためのレールが敷かれ、壁際には大型の機械が並んでいる。奥には岩盤を切り出すためと思われる装置があり、その先には別の作業区画へ続く通路も見えた。
「ここが、石材を加工していた施設なのか……」
「その可能性が高いと思います。切断機構らしき設備のほか、石材を一定の寸法に整えるための機械も確認できます」
リリィが設備を調べながら答えた。
ガンドは、さっそく大型機械の前へ駆け寄った。
『これは切断機構か? いや、こちらは表面を整えるためのものかもしれん! おい、ハーシス! こんな設備が使えれば、城壁の石材を大量に用意できるぞ!』
「分かったから、勝手に触るなよ」
『分かっておる! 見るだけじゃ!』
ガンドはそう言いながらも、機械の周囲を忙しく歩き回っていた。
その一方で、コルは通路の壁を眺めている。
『……ここも、もう掘ってあるんだよな』
「そうだな」
『俺、何をすればいいんだ?』
「今のところは、周囲の様子を見ていてくれ」
『分かった……』
すっかり元気がなくなったコルを見て、俺は苦笑した。
ところが、その直後だった。
ミシッ……。
天井の奥から、かすかな音が響いた。
「……今の音、聞こえたか?」
デルブが顔を上げる。
天井の岩盤には細い亀裂が走り、その隙間から砂粒がぱらぱらと落ちてきていた。
デルブはすぐに周囲を確認し、天井と壁の接合部を調べ始めた。
「ハーシス、ここは少し危険だ。長い間、整備されていなかったせいか、支えが弱くなっている場所がある」
「崩落する可能性があるのか?」
「ああ。今すぐ崩れるとは限らないが、このまま奥まで進むのは危ない。先に補強した方がいい」
デルブは亀裂の位置と、天井を支えている岩盤の状態を見極めた。
「ガンド、この柱のような部分は、もともと天井を支える構造だったのか?」
『そのようじゃな。じゃが、根元の岩が少し傷んでおる。ここに負荷が集中しているのかもしれん』
「なら、先に支えを追加しよう。コル、崩れそうな岩を取り除くのを手伝ってくれ」
その言葉に、コルの表情がぱっと明るくなった。
『おっ! 掘っていいのか!?』
「デルブが指定した場所だけだ。支えを設置する前に勝手に掘るなよ」
『分かってるって!』
デルブが補強する場所を決め、コルはその指示に従って、崩落の原因になりそうな岩を慎重に取り除いていった。
『この岩は外しても大丈夫そうだけど、こっちは上を支えてるんだな?』
「ああ。そこは残しておけ。先に支えを入れてから、こちらの弱い部分を取り除く」
『なるほどな!』
デルブが周囲の構造を確認し、コルが必要な部分だけを掘り進める。
やがて補強材を設置できる場所が確保され、デルブたちは傷んだ部分を支える作業に取りかかった。
『よし、これで少しは安全になったはずだ。じゃが、奥にも同じような場所があるかもしれん。引き続き注意して進もう』
「助かったよ、二人とも」
『へへっ! こういう仕事なら任せとけ!』
さっきまで退屈そうだったコルは、すっかり機嫌を直していた。
その横では、ガンドがまた加工設備を眺めている。
『しかし、この施設は素晴らしい……。安全に使えるようになれば、城壁の石材だけでなく、補修用の部材も効率よく用意できるはずじゃ!』
『ガンド、まだそれ見てるのかよ……』
『当たり前じゃろうが!』
同じ場所にいるのに、三人が注目しているものはまるで違うらしい。
俺は思わず笑ってしまった。
◇
さらに奥へ進むと、床の隅から小さな機械音が聞こえてきた。
ウィーン……。
カシャッ、カシャッ。
「何かいるぞ!」
シャーリスが弓を構える。
しかし、角から現れたのは魔物ではなかった。
丸みを帯びた胴体に小さな車輪。前方にはブラシと吸引口らしい装置を備えている。
小型の自動清掃機だった。
「これは……マウンテンコアにいたお掃除ロボットに似ているな!」
俺が声を上げると、その機体は俺たちを気にする様子もなく、床に積もった埃を吸い取り始めた。
『清掃区域を確認。通路清掃を開始します』
「本当にまだ動いているんだ……!」
ミントが目を輝かせた。
清掃機は俺たちの足元まで近づくと、コルが靴につけた泥を吸い取ろうとした。
『清掃対象を検出』
『清掃を開始します』
「お、おい! それは泥だから、そこまでやらなくてもいいぞ!」
俺が慌てて足を引くと、ローズが思わず笑った。
「仕事に忠実なのね」
清掃機は一度向きを変えると、床のレールに沿って奥へ走っていった。
「この機械も、施設の維持管理用なのかな?」
「その可能性は高いですが、詳しい機能はまだ分かりません」
リリィは清掃機の動きを観察した。
やがて機体は、床の隅でぴたりと停止した。
『警告。未登録物質を検出』
小さなランプが赤く点滅する。
『異物を確認。物質識別を開始します』
清掃機は床の隅に埋め込まれた黒い物質へ近づき、その周囲の埃を吸い取り始めた。
すると、岩盤の表面に、黒い結晶状の物質が露わになった。
「……これは」
ローズの表情が変わった。
ミントもすぐにしゃがみ込み、結晶の周囲を調べ始める。
「ちょっと待って。この結晶、周りの岩とはつながり方が違うよ」
「どういうことだ?」
「自然にできた結晶なら、岩の中で成長した跡があるはず。でも、これは違う。岩盤を削ってから、あとで埋め込まれたように見えるの」
ローズは、結晶の周囲に刻まれた模様を確かめた。
「この痕跡……以前に見た黒の結晶に関係するものと似ているわ」
俺は二人を見た。
「ということは、誰かがここに仕掛けたのか?」
「まだ断定はできない。でも、古代文明の設備に最初から備わっていたものではない可能性が高いわ」
ローズは険しい表情で続けた。
「もし、これがこれまでの事件と同じものなら……教団が関与している可能性がある」
ミントも頷いた。
「しかも、この結晶は、ただ岩盤の中に埋まっているだけじゃないみたい。下の方にも何かが続いているように見えるよ」
デルブが結晶の周辺を調べ始めた。
「無理に引き抜くのは危険だな。床の下にある構造にまで影響が及んでいる可能性がある」
コルもしゃがみ込み、岩盤の状態を確かめた。
『なるほどな。これを取り除くなら、周りを少しずつ掘って、どこに固定されているか確かめないと駄目なんだな』
「ああ。だが、まだ掘るな。先に結晶の仕組みを調べる必要がある」
『分かってるって!』
コルはそう答えたが、今度は退屈そうではなかった。
掘削が必要だと分かったことで、ようやく自分の出番が見えてきたらしい。
ローズは結晶を見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
「教団が、超古代文明の痕跡を破壊するために、こうした物質を仕掛けているのだとしたら……ここにあるものも、ただの汚染物質ではないかもしれないわ」
「施設を壊すためか?」
「ええ。まだ証拠は足りないけれど、そう考えると、この位置に埋め込まれている理由にも説明がつくの」
俺は結晶を見つめた。
もし教団が古代文明の遺産を破壊しようとしているのなら、ここに仕掛けられたものも、その一環なのかもしれない。
だが、まだ断定するには早い。結晶の正体も、設置された目的も、調べなければ分からないことが多かった。
そのとき、リューネが突然顔を上げた。
『待ってください。奥から、強いレイキ反応が感じられます』
「奥?」
『はい。普通の機械が動いているだけの反応ではありません。何かが、異常なほど強い力を放っています』
リリィも、周囲の設備の動きを観察していた。
「黒い結晶の近くでは、機構の反応が不自然に乱れています。奥の設備にも、何らかの影響を与えている可能性があります」
その直後だった。
ズゥゥゥン……。
足元が大きく揺れた。
奥の通路から、岩盤が砕けるような音が響いてくる。
ガリッ。
ゴリゴリゴリッ。
何かが石を噛み砕いているような音だった。
ガードナーが大盾を構え、シャーリスが弓を引き絞る。
ガンドは周囲の機械を確認し、デルブは天井や壁に新たな亀裂が入っていないかを調べた。コルも、いつでも掘削に取りかかれるよう身構えている。
トモロとリカオンは、通路の奥から漂ってくる異様な気配に警戒していた。
そして、リューネが低い声で呟いた。
『この反応……世界樹の森の地下で感じたものに近い』
「世界樹の森で?」
『ええ。マウンテンコアで遭遇したデバウアーにも通じるものがあります。まだ正体は分かりませんが、普通の魔物と同じように考えてはいけない相手です』
そのとき、リリィを通じて、ユグドラから連絡が入った。
『ハーシス、聞こえるか』
「ユグドラ! ここの地下から、異常なレイキ反応があるらしい」
『こちらでも感じ取っておる。大地の奥から、何かが強い力を放っておるようじゃ。自然の鉱脈が生み出すものとは違う』
「正体は分かるのか?」
『まだ分からぬ。ただ、その気配はマウンテンコアのデバウアーに通じるものがある。用心せよ。相手が単なる魔物であるとは限らぬ』
俺は通路の奥を見つめた。
黒い結晶が何らかの影響を与えているのなら、あの異常な反応も無関係ではないのかもしれない。
そして、その直後。
壁の向こうで、何か巨大なものが動いた。
岩盤が砕け、石材が床に崩れ落ちる。
暗闇の奥から、赤黒い光がゆっくりと浮かび上がってきた。
次の瞬間、岩石の装甲に覆われた巨大な魔物が姿を現した。
その身体には、黒い光が脈打っている。
魔物は床に積まれていた石材をつかむと、口らしき器官へ放り込んだ。
バキバキバキッ!
石材が砕け、飲み込まれる。
すると、身体の傷ついた部分が、岩石によって再び覆われていった。
「石を食べて、身体を修復しているのか……!」
ガンドが驚きの声を上げる。
リューネは魔物を見つめ、表情を険しくした。
『あのレイキの流れは不自然です。まるで、何かに力を吸い上げられ、無理やり増幅させられているような……』
まだ断定はできない。
だが、黒い結晶が見つかった直後に、これほど強大な存在が現れたのだ。
無関係だと考える方が難しかった。
魔物が、俺たちを見据えた。
その巨体が一歩踏み出すだけで床が震え、壁に亀裂が走る。
「全員、戦闘態勢!」
ガードナーが俺たちの前に立ち、シャーリスが弓を構える。リューネは魔法を展開し、デルブは崩落の危険がある場所を確認した。
ローズとミントは黒の結晶の様子を見つめ、リリィは施設の機構を調べ続けている。
そして、デルブがコルに声をかけた。
「コル、結晶を取り除くことになったら、俺の指示した部分だけを掘ってくれ。周囲の構造を壊さずに作業できる場所を見つける」
『おう! そういうことなら任せろ!』
さっきまで退屈そうだったコルの目に、力が戻っていた。
ガンドは巨大な魔物を警戒しながらも、背後の加工設備を気にかけている。
『あの機械を壊されるわけにはいかんぞ……! せっかく見つけた、これほどの技術なのじゃ!』
「分かってる。施設も、仲間も、どちらも守るぞ!」
俺は剣の柄を握り直した。
まずは、目の前の敵を抑えなければならない。
そのうえで、黒の結晶が何をしているのかを突き止め、施設を傷つけずに取り除く方法を見つける必要がある。
ローズとミントが結晶の性質を調べ、リューネがレイキの流れを見極める。リリィが古代の機構を解析し、ガンドが施設の構造を把握する。そして、デルブとコルが、安全に結晶を取り除くための道を切り開く。
仲間たちの力を合わせなければ、簡単には解決できない相手だろう。
俺たちは、超古代文明の石切場の奥に潜む強大な存在と対峙したのだった。




