干ばつの工事現場
翌朝。
調整池には、必要な道具と資材を運ぶ人々が集まっていた。
人間の作業員たちは測量用の杭を打ち、地面の高さを確認していく。掘り出した土砂を運ぶ荷車も用意され、石材や粘土は使う場所ごとに分けて置かれていた。
その周囲では、ゴーレムたちが待機している。
運搬先と作業範囲は、あらかじめ設定してある。ゴーレムが指定された場所まで土砂や石材を運び、人間たちは運ばれた材料の仕分けや、次の工程に必要な資材の準備を担当する。
これなら、人間が暑い中で重い荷物を運び続ける必要はない。
ダグラスも現地に来ており、川から水を引く候補地点と、取水口の設置位置を確認していた。
「この高さなら、川の水位が十分にあるときは自然に流し込めそうです。ただ、川の水位が下がった場合にどれだけ取水できるかは、実測が必要ですね」
「水路の勾配も確認しておこう。途中で水が滞留したり、勢いがつきすぎたりしないようにしたい」
「はい。水門の位置も、水路の設計と一緒に決めます」
ダグラスが図面へ印をつけていく。
一方、ガルドの部下たちは町の外周や農場、川沿いの道を巡回していた。工事現場にも定期的に顔を出し、不審な者が近づいていないか確認することになっている。
悪辣ジョーの襲撃を乗り越えたからといって、もう何も起きないとは限らない。
工事と防衛を並行して進める。その方針は変わらなかった。
そして、調整池の中央では、コルが張り切っていた。
『よーし! 掘るぞー!』
「待て、コル! まずは測量で決まった範囲からだ!」
ガンドの声が響いた。
『分かってるって!』
「ならば、なぜ印の外を掘ろうとしておる!」
『そこにも掘れそうな場所があるから!』
「掘れそうかどうかで決めるな!」
……早くも先が思いやられる。
その一方で、デルブは掘削予定地の地面を調べ、締め固める場所を確認していた。
『ここは土の状態を見ながら進める必要があるの。水が漏れるからといって、むやみに全部を固めてはならん』
「ミズハ、地下へ流れる水の道は分かるか?」
『うん。こっちは、さっき言った泉につながっているみたい。ここの下は、今すぐふさがない方がいいと思う』
「分かった。そこは避けて、別の場所を調べよう」
人間の作業員が、ミズハの指示を聞きながら位置を記録していく。
ミズハには水の流れが感じ取れても、工事に必要な正確な位置や深さを測るのは人間たちの仕事だ。そうして情報を組み合わせながら、どこを掘り、どこを固めるか決めていく。
やがて、ガンドが作業開始を告げた。
『よし。まずはこの区画からじゃ。コル、掘削を始めてくれ!』
『おう!』
コルが地面を掘り始める。
土が勢いよく掘り起こされ、次々と脇へ積み上がっていった。その土砂を、待機していたゴーレムたちが運搬用の荷車へ積み込み、指定された仮置き場まで運んでいく。
人間たちは、運ばれた土を堤に使うものと別の場所へ移すものに分け、次の作業に備えていた。
少し離れた場所では、デルブが掘削の進み具合を確認しながら、次に固める場所を整えている。
思った以上に順調な出だしだった。
……ただし、コルの掘削速度が速すぎて、ゴーレムたちの運搬も追いつかなくなり始めていた。
『おーい! 土を運んでくれ! 次を掘れないぞ!』
「だから、掘る速度を少し落とせと言っただろう!」
『でも、まだ掘れるよ!』
「掘れることと、掘ってよいことは違う!」
ガンドの叱責が調整池に響き渡った。
俺は思わず苦笑した。
「……ゴーレムを入れて正解だったな」
「うん! これなら、みんなが暑い中で重い土を運ばなくても工事を進められるね!」
ミントが嬉しそうに頷いた。
「ああ。人間には測量や資材の準備、仕上げを手伝ってもらえばいい。もちろん、暑い時間帯は休憩を優先してもらうけどな」
「うん、それがいいと思う!」
セレナの指示もあり、日中は人間の屋外作業を減らし、休憩と水分補給を優先することになっていた。ゴーレムに任せられる重労働は任せ、人間は朝夕の涼しい時間帯に測量や仕上げを進める。
水不足を解消するための工事で、作業員まで倒れてしまっては意味がない。
だが、自然の暑さは、こちらの都合などお構いなしだった。
◇
昼前、診療所には畑や工事現場で倒れた者たちが、次々と担ぎ込まれてきた。
「大変だ! 畑で人が倒れた!」
駆け込んできた男の後ろから、二人の作業員がぐったりした農夫を担いでくる。その顔は赤く、衣服は汗でびっしょり濡れていた。呼びかけても返事が弱く、手元には飲み水の入った空の容器があった。
診療所では、リゼが入口近くの机に座り、患者の受け入れと記録を担当していた。
セレナとアトラが診察や処置のために動き回ることになる以上、診療所に人間が一人残り、患者の情報や必要な物品を管理する必要がある。リゼは、誰がどこで倒れ、いつから具合が悪くなったのかを聞き取り、記録に残す役目を担っていた。
「こちらへ寝かせてください。お名前と、どこで倒れたのか教えてもらえますか?」
リゼは患者を運んできた男に声をかけながら、帳面を開いた。
「畑で倒れたんだ。名前は……」
「分かりました。朝から作業をしていたんですか? 具合が悪くなったのは、いつごろでしょう?」
男が答える間にも、リゼは手早く記録を進めていく。
『患者はどこですか!?』
セレナが白衣を翻し、すぐさま駆け寄った。
『こちらへ寝かせてください! アトラさん、意識と呼吸を確認してください。水分補給は、意識の状態を見てから判断します!』
「分かった!」
アトラもすぐに動き、患者の状態を確認する。
リゼは記録を続けながら、患者を寝かせる場所を確保し、診察に必要なものを手元へ用意した。
「セレナさん、こちらの方は畑で作業中に倒れたそうです。朝から働いていて、具合が悪くなった時間は、まだ確認中です」
『分かりました。ありがとうございます』
別の農夫も、強いめまいと吐き気を訴えていた。朝から畑で働いていたものの、暑さに耐えきれず、立っていられなくなったらしい。
さらに、荷物を運んでいた作業員が途中で座り込んで動けなくなったという報告も入ってきた。
「こちらの方は工事現場から運ばれてきたそうです。ほかにも具合の悪い方がいるか、運んできた方に確認しています」
リゼは必要な情報をセレナに伝え、次の患者を受け入れる準備をした。診察室と入口を何度も往復するのではなく、入口近くにとどまり、患者の到着と情報を整理することに集中している。
『こちらも診ます。無理に立たせないでください!』
セレナは次々と患者の状態を確かめ、必要な処置を指示していく。その表情は真剣そのものだったが、声にはいつも以上に力がこもっていた。
「セレナ、頼む。みんなを助けてくれ」
『もちろんです!』
セレナは迷いなく答えた。
『救うのが医療ですから!』
その言葉とともに、セレナは再び患者へ向き直った。
アトラと協力しながら、意識や呼吸の状態を確認し、必要な処置を進めていく。熱中症が疑われる患者は涼しい場所へ移し、身体を冷やす。症状の重い者は特に注意して経過を見なければならない。
次の患者が運び込まれると、セレナはすぐにそちらへ向かった。
『こちらの方も診ます! アトラさん、先ほどの方の様子を見ていてください!』
「分かった。こちらは任せて!」
リゼは入口近くの机を離れず、患者の名前や症状、処置を受けた時間などを記録していく。必要な物品が足りなくなりそうなら、早めに気づいて補充を頼めるようにしていた。
患者が次々と運び込まれると、診療所の中は慌ただしくなった。だが、誰がどこから来て、どのような症状を訴えているのか、記録が残っていれば状況を整理しやすい。
診療所の中では、患者を運ぶ者、容体を確認する者、処置に必要なものを用意する者が慌ただしく動いていた。
セレナは忙しさに気後れするどころか、むしろ医療を担う者としての使命感を強くしているようだった。
俺はその様子を見守りながら、拳を握った。
セレナが警告していたとおりだ。
水を確保するための工事を始めても、それまでの暑さで人が倒れることはある。農作業も止めるわけにはいかないし、住民全員が危険を十分に理解しているとも限らない。
ゴーレムに重労働を任せるだけでは足りない。作業時間の管理を徹底し、休憩と水分補給を確実に行わせなければならない。
しばらくして、セレナがこちらを振り返った。
『ひとまず、運ばれてきた方々の処置を続けます。ただ、今後も同じような患者が来る可能性があります。農地と工事現場の両方で、対策を徹底してください』
「ああ。すぐに指示を出す」
『お願いします。私は、ここで患者を診ます』
セレナはそう告げると、また別の患者のもとへ向かった。
リゼも記録を続けながら、患者の状態が変化していないか目を配っている。アトラが処置を補助し、セレナが治療に専念できるよう、診療所の中で必要な仕事を分担していた。
その瞳に迷いはなかった。
人が倒れたことを喜んでいるわけではない。助けを必要としている人がいる以上、医療を担う者として力を尽くす。その使命に、全力で向き合っているのだ。
俺は診療所を出ると、すぐにガルドと工事責任者へ連絡を入れた。
日中の屋外作業をさらに減らすこと。作業員には必ず休憩を取らせること。飲み水を各現場に確保し、体調の変化を見逃さないこと。
そして、具合が悪くなった者がいれば、無理をさせず、すぐに診療所へ運ぶこと。
今度は、俺たちが人間の命を守る番だった。




