鉱山奪還と勝利の宴
街へ戻ると、ガルドが出迎えてくれた。
「戻ったか、ハーシス。鉱山のほうはどうだった?」
「取り戻せたよ。ジョー本人には逃げられたけどな」
「そうか。あいつを捕まえられなかったのは残念だが、鉱山を取り返せたなら上出来だろう」
ガルドの部下たちも、街の守りをしっかりと果たしてくれたらしい。修復中の城壁は持ちこたえ、残っていたジョーの手下たちも武器を取り上げられていた。
「助かった。こっちも何とか目的は果たせたよ」
「ならよかった。街のほうは軽い怪我をした者が何人かいる程度だ。部下たちが診療所へ運んでいる」
その話を聞いたところで、セレナがこちらへやってきた。
「それで、怪我人や病人はいないのですか?」
彼女は真っ先に俺たちの顔を見回した。
「鉱山のほうは大丈夫だよ。街の怪我人も、ガルドの部下たちが運んでくれたそうだ」
「それならよかったです。でも、皆さんも無理をして隠さないでくださいね」
セレナは念を押すように言いながら、一人ずつ様子を確かめていく。
続いてアトラが俺の前に立った。
「ハーシス、腕を見せて」
「いや、本当に怪我はしてないぞ」
「いいから」
有無を言わせない口調に、俺は苦笑しながら両腕を差し出した。
アトラは腕や肩を確かめ、痛みがないかまで確認する。ようやく納得したのか、彼女はほっと息を吐いた。
「今回はちゃんと無事に帰ってきたのね」
「ああ。皆に任せるところは任せたからな。俺一人で何とかしようとはしなかったよ」
俺がそう答えると、アトラは安心したように微笑んだ。
「それならよかった。お帰りなさい、ハーシス」
「ただいま」
以前なら、俺は何でも自分でやろうとしていたかもしれない。
けれど、仲間の得意なことを任せ、互いに補い合うほうがうまくいく。今回の件では、そのことを改めて実感した。
◇
街の運営についても、特に大きな問題は起きていなかった。
「ハーシスがいない間も、物資の管理や通常の業務は滞りなく進められました」
リリィが報告してくれる。
「ナンシーとも連携していましたし、防衛についてもガルドたちと調整していました。皆さんが協力してくださったおかげです」
「よくやってくれた。リリィがいてくれて助かったよ」
「いえ、私一人の力ではありませんから」
リリィは控えめに微笑んだ。
俺が鉱山へ向かっている間も、街には生活があり、仕事がある。そこを支えてくれる人たちがいるからこそ、俺も外へ出て行動できるのだ。
一方、交易を担当するナターリアは、鉱山を取り戻したと聞いて目を輝かせていた。
「これで交易にも弾みがつきますね! 金や銀に加えてミスリルまで手に入るなら、取引できる品物の幅も広がります」
「ただし、全部を売るわけにはいかないぞ。街の施設を整える分は確保しておきたい」
「もちろんです。必要な分を残したうえで、余剰分を交易に回します。こちらに足りない物資も手に入れたいですし、きちんと利益も出さなければなりませんから」
「相場を確認して、こちらが不利にならないように進めてくれ」
「はい。せっかく手に入れた資源ですもの。安売りなんてしませんよ」
ナターリアは自信たっぷりに答えた。
その話を聞いていたガルドも口を挟んだ。
「交易が再開できるなら、こちらも助かる。兵たちの装備や食料を安定して確保できるようになれば、防衛の計画も立てやすくなるからな」
ナターリアは彼のほうへ顔を向けた。
「必要な物資が分かれば、調達できるものを調べます。ただし、商売ですから、価格についてはきちんと相談させてくださいね」
「もちろんだ。こちらだって、商人に利益を出すなと言うつもりはない。必要なものを適正な価格で仕入れられるなら、双方にとって利益になるだろう」
「……話が早くて助かります」
ナターリアは少し意外そうにしたあと、柔らかく笑った。ガルドも小さく頷く。
以前からのわだかまりが、これだけですべて消えたわけではない。それでも、互いの仕事を認め、必要なことを相談できる関係にはなりつつある。
交易が動き出せば、二人の仕事はつながっていく。ナターリアが物資を調達し、ガルドが必要な数量や時期を伝える。互いに無理な要求を押しつけず、きちんと利益と責任を分かち合えば、仕事上の信頼も少しずつ育っていくだろう。
まずは仕事相手として、以前ほど険悪ではなくなる。それだけでも大きな前進だ。
◇
今回、街の最後の切り札として待機していたユグドラは、少々物足りなさそうな顔をしていた。
『結局、出番がありませんでしたね』
「出番がないのはいいことだろう?」
『それは分かっていますが……せっかく準備していたものですから』
「ドラゴンが出なきゃならないような事態が、しょっちゅう起きてたまるか」
『次も、出番がないことを願っています』
「そうしてくれ」
俺が笑うと、ユグドラもようやく小さく笑った。
そのそばでは、リューネがユグドラの無事を喜んでいた。
『ユグドラ、何事もなくてよかった』
『リューネも無事で何よりです』
二人が嬉しそうに顔を合わせているのを見て、俺も安心した。
さて、これでひとまず一段落だ。
……と思っていたのだが。
「ハーシス! ベルが食料庫で寝てるぞ!」
ガルドの部下の声が聞こえてきた。
「またか!」
俺は思わず額を押さえた。
食料庫の管理を任せていたベルは、どうやら中で異常がないことを確かめたあと、そのまま寝てしまったらしい。
「ベル! 何をしてるんだ!」
『寝てるにゃ』
食料庫の隅で丸くなったベルが、眠そうに答えた。
「そうじゃない! 食料の管理を頼んだだろう!」
『ちゃんと確認したにゃ。食料は足りてるし、変なものもないにゃ』
「なら、どうして寝てるんだ!」
『数を数えるのはあきたにゃ』
悪びれた様子もなく、ベルはあくびをした。
『お前ら、うるさいにゃ』
「せめて寝るなら食料庫で寝ろー!」
『だから、ここで寝てるにゃ』
「そういう意味じゃない!」
どうやらベルには、在庫を一つずつ数えさせる仕事は向いていないらしい。異常がないかを確認して報告する役目なら、きちんと果たしている。
それを見ていたガルドが、笑いながら口を挟んだ。
「ハーシス。食料の数を数えるのは、俺の部下にでも任せればいいんじゃないか? 帳簿と照らし合わせる仕事なら、そっちのほうが向いているだろう」
「……そうだな。ベルには食料庫に異常がないかを確認させて、数の管理は別の者に頼もう」
『異常なしにゃ』
ベルはそう答えると、また目を閉じた。
「報告したら仕事が終わりってわけじゃないぞ!」
俺の叫び声に、ガルドがとうとう吹き出した。
「はははっ。ハーシス。街を守るほうが、よっぽど楽そうだな」
「俺も今、そう思い始めていたところだよ!」
まったく、どうして俺の周りには、こんな連中ばかりいるのだろう。
◇
そんな騒ぎのなか、ガードナーが鉱山から持ち帰った荷車の話を聞きつけてやってきた。
「鉱山も取り戻したんだ。ささやかな戦勝パーティーでもやろうぜ!」
「ずいぶん景気がいいな」
「そりゃそうだろ。せっかく勝ったんだぞ? 酒もある、肉もある、パンだって残ってる。こういうときに食わずに、いつ食うんだよ」
ガードナーは楽しそうに笑った。
「それに、外壁の修復を頑張ったダグラスやスミスたちにも、ちゃんと回してやらないとな」
「珍しく気が利くじゃないか」
「珍しくは余計だろ。……まあ、俺の分の酒と肉も、ちゃんと確保しておいてくれよ」
「そっちが本音か!」
「両方だよ、両方。頑張った連中にはうまいもんを食わせたいし、俺だって飲みたい。何か問題でもあるか?」
「いや、問題はないけどさ」
むしろ、そのくらい正直なほうが気持ちいい。
仲間をねぎらいたいし、自分も楽しみたい。街のために頑張ったのだから、それなりの報酬も欲しい。どれも普通の気持ちだろう。
「よし、宴会を開こう。ガルドの部下たちにも声をかけてくれ。ダグラスやスミスたち、外壁の修復に力を尽くしてくれた職人たちにも、きちんと振る舞おう」
「任せとけ!」
ガードナーは嬉しそうに頷いた。
本人にとっては、仲間への気遣いと自分が酒や肉を楽しむことに、何の矛盾もないらしい。
◇
夕方になると、街の一角に料理と酒が並べられた。
集まった兵士たちと街人たちは、最初こそ少しよそよそしかった。兵士同士、街人同士で固まって座っている。
ガルドの部下たちは、エマイン・マハの住人と長く一緒に暮らしてきたわけではない。街を守るために協力してきたとはいえ、互いに遠慮が残るのも無理はなかった。
そんな彼らを見て、ガードナーが大きな声を上げた。
「おいおい、何を遠慮してるんだ。今日はみんなで勝利を祝うんだぞ!」
「いや、俺たちは兵士だからな。街の人たちと一緒に騒ぐのも、どうかと思って……」
兵士の一人が、少し気まずそうに頭をかいた。
すると、料理を運んでいた街の職人が笑った。
「何を言ってるんだ。城壁を守ってくれたのは、あんたたちだろう? 遠慮せずに座りなよ」
「だが、そっちだって城壁の修理で大変だったはずだ」
「そりゃあ大変だったさ。おかげで腰は痛いし、腕もまだだるい。だからこそ、今日はうまいものを食いたいんだよ」
「ははっ、それなら俺たちも同じだ。巡回や警備で腹が減って仕方なかったからな」
「だったら、遠慮する必要なんてないじゃないか」
職人が大皿を置くと、兵士たちの間からも笑い声が上がった。
「そうか。なら、遠慮なくいただくとするか」
こうして、兵士と街人が同じ卓を囲み始めた。
城壁の修復に携わった職人が、警備に当たっていた兵士に、あそこの補強はどうだったかと尋ねる。兵士は、あの場所を守るのは骨が折れたと笑いながら答えた。
「そういえば、あのとき石材を運んでくれたのは、あんたたちだったな」
「ああ。資材が足りなくて、運べるものは自分たちでも運ぶしかなかったからな」
「助かったよ。こっちは修理を急いでいたから、運搬まで手が回らなかったんだ」
「いや、あの壁を直してくれたから、俺たちも安心して守れたんだ。お互いさまだろ」
職人は少し照れくさそうに笑い、兵士と杯を合わせた。
別の席でも、街人が兵士に料理のおかわりを勧めている。
「ほら、パンも食べな。明日からも警備があるんだろう?」
「ありがたいな。腹が減ったままじゃ、まともに見張りもできないからな」
「だったら、遠慮せずに食べなよ。こっちだって、あんたたちがしっかり食べてくれたほうが安心だ」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらうよ」
最初は少しぎこちなかった兵士たちも、今では笑いながら食事を楽しんでいる。
ガルドは少し離れたところから、その光景を眺めていた。
「部下たちも、ずいぶん馴染んできたようだな」
「ああ。一緒に街を守り、同じ場所を直し、同じ苦労をすれば、少しずつ変わってくるんだろうな」
「そうだな。俺たちは、ついこの前まで別々にやってきたんだからな」
ガルドは杯を傾けた。
「だが、これからは同じ街を守る仲間だ。今日のように気兼ねなく話せるようになれば、いざというときにも協力しやすい」
「それは間違いないな」
街を守る兵士と、そこで暮らす住人。互いの仕事を知り、苦労を認め合うことが、街を作っていくうえでも大切なのだと思う。
◇
そのとき、少し離れた席でナターリアとガルドが話しているのが目に入った。
「兵たちが必要としている物資をまとめて教えていただけますか? こちらで調達できるものと、時間がかかるものを分けて見積もりを出します」
「分かった。食料はもちろんだが、消耗品や装備の補修に使う資材も必要になる。必要量をまとめておこう」
「助かります。こちらも、どの品をどれだけ確保できるか、早めに確認しておきますね」
「頼む。ただ、無理に急ぐ必要はない。確実に届けられる数量と時期を教えてくれれば、それに合わせて計画を立てる」
ナターリアも、以前ほど身構えてはいないようだった。
「せっかく交易を再開できるのですから、長く続けられる関係にしたいですし」
「こちらも同じだ。必要な品を安定して仕入れられるなら、街の守りを考えるうえでも助かる」
「ただし、価格の交渉では譲りませんよ?」
「ははっ、そこは商人らしいな。こちらも必要な支出は抑えたい。互いに納得できるところを探そう」
「ええ。そうしましょう」
二人は笑みを交わした。
以前からのわだかまりが完全になくなったわけではない。それでも、互いの仕事を認め、必要なことを相談できる関係にはなりつつある。
ナターリアは利益を求める商人で、ガルドは街の安全を預かる立場だ。見ているものも、優先したいことも違う。
それでも、交易が動き出せば二人の仕事はつながっていく。互いの利益を確保しながら必要な物資を融通し合えれば、仕事上の信頼も育っていくだろう。
無理に仲良くしてもらう必要はない。まずは以前ほど険悪ではなくなり、きちんと協力できるようになる。それだけでも大きな前進だ。
「ハーシス、何をにやにやしてるんだ?」
いつの間にか隣へ来ていたガードナーが、肉を頬張りながら尋ねた。
「いや、ちょっとな。街がうまく回り始めた気がして」
「そりゃ、いいことじゃねえか。街が回って、仕事が増えて、俺たちの食い扶持も増える。最高だろ?」
「結局、お前はそこか」
「当たり前だろ! 街が豊かになったって、俺たちが腹を空かせてたら意味がないじゃないか」
ガードナーは大真面目な顔で言い切った。
……まあ、否定はできない。
◇
もちろん、皆が皆、殊勝な気持ちで宴会に参加しているわけではない。
コルとデルブは、まだミスリルの話で盛り上がっていた。
『やっぱり、あの鉱脈はすごかったね!』
『ああ。一週間も採掘禁止だなんて、もったいなさすぎる……』
「聞こえてるぞ!」
俺が釘を刺すと、二人はそろって肩をすくめた。
追跡の最中にミスリルへ夢中になって、ジョーを逃がす一因を作ったのだから、当然の処分だ。
「採掘は禁止だ。鉱石を掘るのも、拾うのも、調べるために触るのも駄目だからな」
『そ、そんな!』
『せめて、製錬所の設計ならいいだろう?』
「設計の相談くらいなら構わない。だが、鉱石を持ち出して調べようとするなよ」
『うう……分かったよ』
二人は不満そうだったが、今度ばかりは言い逃れできないと理解したらしい。
その近くでは、ガンドが酒樽を恨めしそうに眺めていた。
『……一週間も禁酒とは、あんまりじゃないかのう』
「ジョーを追う場面で酒に気を取られていたんだから、自業自得だろ」
『いや、しかし、どんな酒か確認するくらいは……』
「駄目だ。一週間、禁酒だ」
『そんな殺生な!』
ガンドの嘆きに、ガードナーが笑い声を上げた。
「おい、何をやらかしたら禁酒なんて食らうんだ?」
『酒が置いてあったから、ちょっと気になっただけなんじゃ!』
「それで敵を逃がしたのか? そりゃあ、ハーシスも怒るだろうな!」
『おぬしまで、わしを責めるのか!』
「いや、俺ならもう少しうまく酒を確保するぞ!」
「反省してないだろ、お前!」
俺が突っ込むと、ガードナーは悪びれもせずに笑った。
その様子を見ていたシャーリスが、小さく息を吐いた。
『……まったく、騒がしいこと』
酒や肉を前に盛り上がるガードナーたちと、ミスリルの話でまだ盛り上がっているコルたちを眺め、シャーリスは呆れたように首を振った。
けれど、その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
『でも、こういう和やかな雰囲気も悪くないわね』
誰に聞かせるでもなく、シャーリスはそっと呟いた。
宴会の席では、兵士と街人が入り交じり、笑い声が広がっている。料理が足りなくなれば街人が追加を運び、兵士たちも率先して皿を片づけていた。
さっきまで少し離れて座っていた者たちも、今では同じ卓を囲み、互いの仕事の苦労を話している。
自分の欲しいものを素直に欲しがり、仕事が終われば仲間と笑い合う。兵士も、職人も、商人も、妖精も、それぞれに欲望や不満を持ちながら、互いの役割を認め合って暮らしている。
ガルドの部下たちと街人の間にも、ようやく気兼ねなく言葉を交わせる空気が生まれ始めていた。ナターリアとガルドも、交易を通じて協力できる関係になろうとしている。
街の資源が戻っただけではない。人と人とのつながりも、少しずつ育ち始めているのだ。
「ハーシス、ほら。お前も飲めよ!」
ガードナーに杯を差し出され、俺は苦笑した。
「俺はまだ仕事が残ってるんだけどな」
「そんなこと言うなって。今日は俺たちが頑張った日だろ? お前だって、たまには休めよ」
「……少しくらいならな」
俺も杯を受け取った。
「よし、今日は楽しもう!」
俺が杯を掲げると、仲間たちから歓声が上がった。
兵士と街人の区別もなく、あちこちで杯が掲げられる。
ジョーは逃げた。これからも何かを仕掛けてくるかもしれない。街の発展のためにやるべきことも、いくらでも残っている。
それでも、今は皆が無事に戻り、街を守り抜き、奪われた鉱山も取り戻せた。
俺は賑やかな光景を眺めながら、杯に口をつけた。
……うん。こういう日があるからこそ、街を作るのも悪くない。




