ガルドの働きぶりは予想以上だった
翌日から、ガルドたちは仕事を始めた。
いきなり街の中へ三十人全員を入れることはせず、まずは街道の警備と畑の見回り、それに荷車の護衛を任せる。
ガルド自身も、そのほうがいいと言った。
「俺たちだって、いきなり信用されるなんて思っちゃいねえ」
門の外で、ガルドは自分の仲間たちへ肩をすくめて見せながら、周囲を見回した。
「仕事をして、使えるところを見せりゃいい。こっちにだって、そのくらいの分別はある」
「そのほうが助かる」
俺が頷くと、ガルドは納得したように口元を緩め、仲間たちへ視線を巡らせた。
「二班に分けるぞ。半分は街道。もう半分は畑と周辺の見回りだ」
「分かった」
仲間の一人が頷き、すぐに周囲へ目を向ける。
「荷車の護衛は?」
別の男が手を上げて尋ねると、ガルドがそちらを振り返った。
「今日は俺が行く。街道の様子も見ておきたい」
以前は傭兵団の副隊長を務めていたからだろう。
指示を出すことにも慣れていて、仲間たちは素直に従っている。
そこへ、ガルドの仲間の一人が俺へ近づいた。少し周囲を気にするように視線を動かしてから、声を落とす。
「なあ、ハーシス」
「どうした?」
俺が顔を向けると、男は門の向こうへ目をやった。
「俺たち、街の人間から嫌われてるよな」
苦笑を浮かべているものの、その視線にはどこか居心地の悪そうな色があった。
「まあ、仕方ないさ」
俺がそう答えると、男は肩をすくめ、困ったように笑う。
「そうなんだけどな」
「それなら、仕事で少しずつ変えていけばいい」
俺が励ますように言うと、男は一瞬目を丸くしてこちらを見た。
「……簡単に言うなあ」
「簡単じゃないのは分かってる」
俺は苦笑しながら首を振る。
「だから時間をかけるんだ」
男はしばらく俺の顔を見つめ、それから小さく笑った。
「悪くねえ考えだな」
そう言ったものの、門の向こうから農民がこちらを見ていることに気づくと、男の背筋がわずかに伸びた。
視線を逸らすように顔を横へ向ける。
まだ、向けられる視線に慣れてはいないらしい。
*
最初に変化が起きたのは、その日の夕方だった。
畑の見回りを担当していたガルドたちの一人が、泥の付いた靴のまま門をくぐって戻ってきた。
男は俺のところまで来ると、息を整えながら真剣な顔で口を開いた。
「畑の北側で、妙な足跡があった」
「人間か?」
俺が眉を寄せて尋ねると、男は頷き、森の方向へ手を向けた。
「たぶん。複数だ。街道から入った跡がねえ。森側から来てる」
近くで農作業をしていた住民がその声を聞き、手を止めて顔を上げた。
「森側から?」
農民が不安そうに聞き返す。
「ああ」
男が農民へ向かって頷く。
「畑の中まで入った跡がある」
農民の顔に不安が浮かび、手にしていた道具を握り直した。
「……前から獣が入った跡はあったが、人間まで来てるのか」
「だから、しばらく気をつけたほうがいい」
男が真剣な表情で告げると、農民は複雑そうに彼を見た。
「お前さんに言われると、なんだか妙な感じだな」
農民が苦笑すると、男も困ったように頬を掻く。
「俺もそう思うよ」
その返事に、農民の口元も少しだけ緩んだ。
まだ距離はある。
それでも、最初の頃のような拒絶ではなかった。
ガルドは報告を聞くと、地図を広げて森と畑の境目を覗き込んだ。
「明日から、ここに二人多く回す」
森側を指で示しながら言う。
「増やすのか?」
仲間の一人が地図を覗き込みながら尋ねる。
「ああ」
ガルドは指先で森と畑の境目を叩いた。
「森側から来るなら、街道警備とは分けたほうがいい。道を見張ってるだけじゃ横から抜かれる」
リューネが興味深そうにガルドを見て、何度か頷いた。
「森に詳しいのね」
「盗賊だからな」
ガルドは苦笑しながら肩をすくめる。
「隠れる場所を見るのも、見つからない道を探すのも仕事だった」
「それを今度は防ぐ側に使うわけか」
リューネが感心したように言うと、ガルドは口元を少し上げた。
「そういうことだ」
*
翌朝。
畑へ向かったガルドの仲間たちは、昨日の見回りで見つけた場所をもう一度確認していた。
北側の柵の前では、一人の農民がしゃがみ込んでいる。
「おい」
ガルドの仲間が声を掛けると、農民が振り返った。
「昨日言ってたところか?」
「ああ。ここだ」
農民が壊れた柵を指差す。
「今日中には直すつもりなんだが、手が足りなくてな」
「じゃあ、やっとく」
男はしゃがみ込みながら、外れた杭へ手を伸ばした。
「……え?」
農民が驚いて男を見る。
「ここが開いてたら、また獣が入るだろ」
男は拾い上げた杭の状態を確かめながら、何でもないことのように答える。
「でも、お前さんたちの仕事は見回りだろ?」
農民が遠慮がちに尋ねると、男は手を動かしたまま顔を上げずに返した。
「見回りのついでだ」
ぶっきらぼうにそう言って、男は柵を直し始める。
しばらくして、農民がぽつりと呟いた。
「……助かるよ」
「別に」
男は顔を上げず、杭を固定しながら答えた。
「壊れてると気になるだけだ」
けれど、立ち上がったときには、本人も隠し切れないほど、ほんの少しだけ満足そうな色が顔に浮かんでいた。
昨日までなら、そんなことを自分からやろうとはしなかっただろう。
*
翌日の昼過ぎ。
街道から一台の荷車が、ゆっくりとエマイン・マハへ近づいてきた。
荷車の前後には、ガルドの仲間がそれぞれ付いている。
門前で荷車が止まると、御者をしていた商人が大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
「いやあ、助かったよ」
「何かあったのか?」
俺が商人へ尋ねると、商人は振り返って街道の向こうを指差した。
「途中で街道脇に人影があったんだ。前なら、見つけた時点で引き返してた」
「それで?」
俺が続きを促すと、商人はガルドの仲間たちへ目を向ける。
「この人たちが先に見つけてくれた」
商人は安心したように笑いながら続けた。
「向こうがこちらを狙っているかもしれないってことで、少し道を変えたんだ。案の定、街道の先に怪しい連中がいたらしい」
ガルドの仲間の一人が肩をすくめ、苦笑する。
「まあ、あんなに堂々と隠れてたら分かる」
「堂々と隠れるってなんだよ」
俺が思わず笑うと、男もつられるように苦笑した。
「盗賊なんて、慣れてる奴ほど隠れる場所が決まってるんだよ」
それを聞いた商人は、少し気まずそうに男を見る。
「……最初、あんたらを見たときは怖かったよ」
「だろうな」
男は気まずそうに後頭部を掻きながら頷いた。
「俺だって逆の立場なら怖い」
商人は一瞬驚いた顔をしたが、やがて小さく笑う。
「正直な人だな」
「嘘ついたって腹は膨れねえからな」
男が冗談めかして肩をすくめると、商人も笑った。
「それもそうだ」
二人のやり取りに、俺は少しだけ笑った。
商人は帰る前に、もう一度頭を下げる。
「助かった。またこの道を通るときは、頼りにさせてもらうよ」
「ああ」
男は小さく頷き、商人の目を見て答えた。
そのやり取りを少し離れたところから見ていたナターリアも、小さく息を吐く。
「……少しずつ、変わってきたね」
「まだ始まったばかりだけどな」
俺がそう言うと、ナターリアは門の外へ視線を向けながら、ほんの少しだけ笑った。
「そうだね」
*
それから数日。
ガルドたちは淡々と仕事を続けた。
街道の警備では、怪しい場所や不自然な馬車の轍を見つけ、畑の見回りでは獣の足跡や人の侵入跡を探す。荷車の護衛では、前後を挟むだけではなく、途中にある細い道や森の出口まで確認するようになった。
その働きぶりを見て、住民たちの態度も少しずつ変わっていった。
最初は、ガルドたちが歩いているだけで会話を止めていた住民たちが、今では遠くから声を掛けるようになった。
「おーい!」
畑から手を上げる農民に、ガルドの仲間が振り返る。
「なんだ?」
男が足を止めて聞き返す。
「北側の柵が壊れてるんだ。帰りに見てもらえないか?」
農民が身振りを交えながら頼むと、男は一度柵の方向へ目をやり、すぐ頷いた。
「ああ、いいぞ」
「助かるよ」
「そっちも直せそうなら直しといてくれ」
男が少し笑いながら言うと、農民も苦笑して頷いた。
「分かった」
少し離れた場所で、その様子を見ていた別の農民が隣の男へ声を掛ける。
「……ずいぶん馴染んできたな」
それを聞いた男はガルドたちを眺めながら、複雑そうに口元を歪めた。
「まだ盗賊だって思ってるけどな」
「俺もだ」
隣の農民も頷く。
そう言いながらも、その声音には以前ほどの険がなかった。
そんな中でも、ナターリアの隊商にいた男だけは、ガルドたちへ馴れ馴れしく声を掛けようとはしなかった。
ある夕方、ガルドが門のそばで仲間と話していると、男が少し離れたところから声を掛けた。
「おい、ガルド」
ガルドが振り返る。
「ん?」
「この前の仕事、聞いたぞ」
「商隊の護衛か?」
ガルドが首を傾げると、男は腕を組んだまま頷いた。
「ああ」
男は少し考えるように眉を寄せる。
「ちゃんと守ったらしいな」
「契約だからな」
ガルドが何でもないことのように答える。
「……それだけか?」
「他に何かあるのか?」
ガルドが首を傾げると、男は呆れたように鼻を鳴らした。
「いや。そういうところがお前らしいと思っただけだ」
そう言って、男はほんの少しだけ口元を緩める。
「俺はまだ、お前らを許したわけじゃねえ」
「知ってる」
「信用もしてねえ」
「ああ」
「でも……仕事をしてることまで否定するつもりはない」
そこまで言って、男は気まずそうに視線を逸らした。
「だから、その……」
「なんだ?」
ガルドが不思議そうに男を見る。
「これからも、ちゃんと働け」
ガルドが一瞬きょとんとした。
それから、やがて小さく笑った。
「おう」
男はそう言って背を向けた。
数歩進んだところで、ふと立ち止まる。
「……ガルド」
「ん?」
ガルドが振り返る。
男は振り返らないまま、少しだけ顔を横へ向けた。
「次に商隊が出るときも、お前らがいるなら……そのときは、よろしく頼む」
ガルドは少し目を見開いた。
それから、口元を緩める。
「ああ。任せろ」
男は今度こそ歩いていった。
ガルドはその背中を見送りながら、少しだけ目を細める。
「……悪くねえな」
「何が?」
俺が尋ねると、ガルドは照れくさそうに鼻を擦った。
「こういうのも」
少し間を置いてから、肩をすくめる。
「飯を食わせてもらうために働いて、ついでに認めてもらえるならな」
俺は思わず笑った。
「ちゃんと働けば、次の契約にもつながるぞ」
そう言うと、ガルドもニヤリと笑った。
「そう言うと思った」
その日の夕方、門をくぐるガルドたちの後ろから、農民が一人、軽く手を振る。
「また明日な!」
「おう!」
ガルドの仲間も振り返り、手を上げて応える。
少し離れたところでは、まだ彼らを警戒している者もいる。
けれど、以前のように露骨に避けることは減っていた。
変化は小さい。
それでも、三十人の男たちが一日ごとに少しずつ、この街で働く人間になっていくことは確かだった。
そして俺は、そんな様子を見ながら思う。
街を守るというのは、外から敵を追い払うだけじゃない。
昨日まで他人だった人間が、少しずつ同じ街で暮らす人間になっていく。
そうやって、人が増え、関係が増え、街そのものが少しずつ形を変えていく。
それを見ていると、胸の奥が妙に嬉しくなった。
……やっぱり、街づくりは面白い。
「ハーシス?」
背後から声が飛んできた。
振り返ると、ナターリアが呆れたような顔で腕を組んでいる。
「また何か考えてるだろ」
ナターリアが眉を上げて尋ねると、俺は少しだけ視線を逸らした。
「……少しだけ」
「アトラに怒られても知らないよ」
ナターリアが呆れたように肩をすくめる。
俺は思わず苦笑した。
「分かってるって」
そう答えたものの、視線は自然と街の先へ向いていた。
ガルドたちが増えた。
なら、次は警備体制そのものを整えるべきか。
見張り台を作るのもいい。
街道の案内所があれば商人も――。
「ハーシス?」
再び呼ばれて、俺は我に返る。
「……なんでもない」
今度は何も言わず、俺は考えるのを止めた。
少なくとも、今日は。
*
そんな日々が続いたある日の夕方。
門の向こうから、一人の男が息を切らして駆けてきた。
「ガルド!」
男が叫ぶと、ガルドがすぐに振り返る。
「どうした?」
ガルドが身を乗り出すと、男は膝に手をつきながら息を整え、それから山の方を指差した。
「マウンテン・コアへ向かう古い道で、妙な跡を見つけた!」
その言葉に、俺もすぐ顔を上げた。
「詳しく聞かせてくれ」
俺が男へ向き直ると、男は何度か息を吸ってから続ける。
「馬車の轍があった。けど、普通の荷車じゃねえ。かなり重い荷を運んでたみたいだ」
「何台だ?」
俺が問い返すと、男は指を三本立てた。
「少なくとも三台。まだ新しい」
その報告を聞いていると、近くにいたガンドが小さな石妖精たちを連れてこちらへやってきた。
「その跡なら、俺たちも見てきたぞ」
「ガンド?」
俺が振り返ると、ガンドは山の方を指差しながら頷いた。
「古い道に、確かに三本の轍が残っていた。雨で少し崩れてるが、新しい跡だ。車輪が沈んだ深さを見る限り、軽い荷物じゃない」
「やっぱりか」
俺は眉を寄せる。
ガンドたちは地面の状態を確かめるようにしばらく話し合っていたが、その横でガルドが腕を組み、山の方をじっと見ていた。
「……その道、まだ使えたのか」
ガルドが目を細める。
「知ってるのか?」
俺が尋ねると、ガルドは少し黙った。
「ああ」
昔を思い出すように遠くを見る。
「俺が知ってる古い道だ。目立たねえし、街道からも外れてる。わざわざ使う理由があるとすりゃ、人目を避けたい奴だろうな」
「昔、使ったことがあるの?」
俺がさらに尋ねると、ガルドは一瞬だけ黙り込み、やがて視線を山へ戻した。
「……まあな」
それ以上は言わない。
けれど、さっきまでの軽い調子とは違い、その目には少しだけ険があった。
ナターリアも俺の横へやってくる。
「マウンテン・コア……」
ナターリアが山を見上げながら、名前を確かめるように呟く。
ガルドは山を見つめたまま、低い声で続ける。
「誰かがあそこを探ってる可能性はあるな」
「偵察、ってことか?」
俺が問い掛けると、ガルドは首を振った。
「断定はできねえ」
それから轍の残る道へ顎を向ける。
「ただ、普通の荷車なら、わざわざこんな古い道を使う理由は薄い。何を運んでたのかも気になる」
俺は地図を思い浮かべた。
これまで気になっていた妙な動き。
そして、マウンテン・コアへ続く、人目につきにくい古い道。
偶然なのか、それとも何かがつながっているのか。
まだ分からない。
けれど、新しい情報を手に入れると、どうしても確かめたくなる。
「ガルド」
俺が呼ぶと、ガルドが振り向く。
「ああ」
「その道、案内できるか?」
ガルドは一瞬だけ俺を見る。
それから、昔を思い出すように山へ視線を戻した。
「できる」
腰の剣へ手を置き、静かに笑う。
「今度は盗むためじゃねえ。何が起きてるのか、確かめに行こうぜ」
俺は頷いた。
「ああ。頼む」
ガルドたちがエマイン・マハに加わったことで、街の守りは少しずつ変わり始めていた。
そして同時に、彼らの経験が、これまで見えていなかったものまで拾い上げ始めている。
俺は山の向こうへ視線を向けた。
まだ、何があるのかは分からない。
ただ――。
マウンテン・コアについて、確かめるべきことが増えた。
そう思うと、また頭の中でいくつもの考えが浮かび始める。
……いや。
俺は小さく首を振った。
「これは明日にしよう」
そう呟いた俺の横で、ナターリアがくすりと笑った。
「少しは学習したみたいだね」
「少しだけな」
俺も笑い返した。




