俺たちの物を奪われたままにはしない
集めたものを失わない仕組み。
それもまた、都市を作るということだった。
その翌日、俺たちは、さらに悪い知らせを聞くことになった。
「門を開けろ!」
昼過ぎ、見張り台から切羽詰まった声が響いた。
「怪我人がいる!」
俺はナターリアと顔を見合わせ、すぐに門へ向かった。
門の外には、数人の人間が立っていた。いや、立っているというより、互いに支え合いながら、どうにかここまで辿り着いたような有様だった。
服は泥だらけで、一人の男は腕から血を流している。女は幼い子供を抱えていた。
「どうした!?」
俺が駆け寄ると、男が苦しそうに顔を上げる。
「……襲われた」
「誰に?」
「盗賊だ」
その言葉を聞いた瞬間、バルドの表情が変わった。
「どこの集落です?」
「アルマ村だ」
俺は頭の中に地図を思い浮かべた。
昨日、バルドたちが盗賊に襲われた街道から、それほど離れていない。
「いつだ?」
「今朝だ」
男は荒い息を吐きながら答えた。
「朝方……急に来た」
「何人くらいいた?」
「分からない。十人……いや、もっといたかもしれない」
「何を奪われた?」
俺が尋ねると、男は一瞬だけ黙った。
「……食料だ」
「それだけか?」
「金も、道具も、家畜もだ」
そして、男の声が震えた。
「逆らった者もいた」
周囲の空気が重くなる。
「……死者は?」
「いる」
短い答えだった。
だが、それだけで十分だった。
*
「同じ連中でしょうか」
ナターリアが尋ねる。
「可能性は高い」
俺は地図を見る。
バルドたちが襲われた場所と、アルマ村。距離はそれほど離れていない。
「荷車を奪う、集落を襲う……」
バルドが低い声で呟いた。
「目的は同じでしょう」
「物資か」
「ああ」
俺は頷いた。
食料、金、家畜、道具。そして荷車。
盗賊たちは、ただ通りかかった商人を襲っているだけではない。
「……集めている」
「え?」
フィンが俺を見る。
「盗賊たちは、物資を集めている」
食料だけなら、飢えた人間がその場しのぎで奪った可能性もある。
だが、荷車まで奪った。家畜も、道具もだ。
それはつまり――。
「どこかへ運ぶためだ」
バルドが頷く。
「拠点がありますね」
「ああ。しかも……」
俺は続ける。
「一人や二人で生き延びるための隠れ場所じゃない」
盗賊が組織として動いている。
そう考えた方が自然だった。
*
「……助けに行くんですか?」
フィンが不安そうに尋ねた。
当然だ。
昨日、自分たちは盗賊に襲われたばかりなのだから。
俺はすぐには答えず、地図に目を落とした。
エマイン・マハ。アルマ村。そして街道。
「今から全員を連れて討伐には行かない」
「え?」
「情報が足りない」
盗賊の人数、拠点、武器、逃げ道。何も分かっていない。
そんな状態で、怒りだけを理由に人間を送り出す。それは、指揮官として一番やってはいけないことだ。
「まず怪我人を治療する」
「それから?」
「村の状況を聞く」
生き残った人間はどれくらいいるのか。盗賊はまだ村にいるのか、それともすでに去ったのか。次に襲われる可能性はあるのか。
確認しなければならないことは多い。
「でも……」
フィンが言葉を濁す。
「村の人たちは……」
「ああ」
俺にも分かっている。
今、俺たちがここで話している間にも、村では怪我人が倒れているかもしれない。火をつけられた家が燃えているかもしれない。食料を奪われ、明日をどう生きるかも分からない人間がいるかもしれない。
だからこそ――。
「偵察を出す」
俺はそう言った。
「少人数で?」
「ああ。盗賊と戦うためじゃない。村の状況を確認するためだ」
バルドが俺を見る。
「俺が行きます」
「昨日襲われたばかりだぞ」
「だからです」
バルドは静かに答えた。
「道を知っています。それに、盗賊が現れた場所も」
俺はしばらく黙ってバルドを見る。
すると、バルドが少しだけ笑った。
「それに……今度は、荷車を持っていきません」
思わず俺も苦笑する。
「冗談を言えるなら大丈夫か」
「たぶん」
「たぶんかよ」
*
その日の夕方、偵察から戻った男がいた。
その顔を見た瞬間、俺は嫌な予感を覚えた。
「どうだった?」
「……酷い状態です」
男は沈んだ声で答えた。
「家が何軒か焼かれています。怪我人も多い」
「盗賊は?」
「もういません」
「村に残っている人間は?」
「います」
ただし、その数は多くない。
「逃げた者もいます」
「どこへ?」
「分かりません」
俺は目を閉じた。
集落を襲われる。住民が逃げる。住む場所を失う。そして、安全な場所を探す。
……エマイン・マハへ来る可能性は高い。
「避難民が増える」
ナターリアが言った。
「ああ」
「でも、今の在庫では……」
「分かってる」
まただ。
一つの問題が、次の問題を連れてくる。
盗賊。集落の襲撃。避難民。人口増加。食料不足。治安。
どれか一つだけを解決しても、他の問題が残る。
「……本当に面倒だな」
思わず呟く。
「今さら?」
ナターリアが呆れたように言った。
「今さらだな」
俺は苦笑した。
しかし、笑っている場合ではない。
*
その夜、俺はバルドたちと地図を囲んでいた。
「盗賊は、また襲うと思います」
バルドが言う。
「どうしてそう思う?」
「今回、かなりの物資を奪っています」
「でも?」
促すと、バルドは地図を指で示した。
「盗賊たち自身も、食料を必要とします」
人数が多ければ、それだけ消費する量も多い。
盗んだ食料だけで、いつまでも暮らせるわけではない。
「つまり」
ナターリアが言う。
「また奪う必要がある」
「ああ」
俺は頷いた。
「次はどこだ?」
バルドが地図を見る。
「分かりません。ただ……」
指が、エマイン・マハへ続く街道の近くをなぞった。
「この周辺の集落は危険です」
俺はその線を目で追う。
そして、一つの事実に気づいた。
盗賊が活動する場所。
それは、エマイン・マハと外の世界を繋ぐ場所でもある。
「……まずいな」
「何がです?」
「盗賊にとっても、この街道は価値がある」
俺は地図から顔を上げた。
「商人が通る。物資も通る。そして、これからはエマイン・マハへ人も集まり始める」
俺たちが交易路を作ろうとしている。
盗賊から見れば、その交易路は格好の狙い目になる。
バルドの顔が険しくなる。
「つまり……」
「ああ」
俺は頷いた。
「放っておけば、いつかエマイン・マハそのものが狙われる」
部屋の中が静かになった。
都市が豊かになれば、人が集まる。商人も来る。
だが、豊かさは善意の人間だけを呼ぶわけではない。
奪う者も呼ぶ。
「……荷車を取り返すかどうか」
俺は小さく呟いた。
「それだけの話じゃなくなったな」
ナターリアが頷く。
「盗賊をどうするか」
「ああ」
俺は地図を見つめる。
「そして、周辺の集落をどう守るかだ」
エマイン・マハだけを守る。壁を高くし、門を閉める。それだけなら簡単だ。
だが、周囲の集落が次々に襲われれば、交易路は死ぬ。人が逃げ、農地が放棄され、食料は減っていく。
その結果、盗賊の支配する土地が広がることになる。
「……都市の外まで考えなきゃならないのか」
「都市が大きくなればね」
ナターリアが静かに答えた。
俺は大きく息を吐いた。
エマイン・マハを作る。
最初は、ただ人間が安全に暮らせる場所を作りたかった。
しかし、都市が外の世界と繋がった瞬間、守るべき範囲も広がった。
「まず、盗賊の情報を集める」
俺は言った。
「拠点を探す。人数を調べる。武器を調べる」
そして、地図の上に記された盗賊に襲われた街道へ目を向ける。
「……奪われた荷車も探す」
バルドが静かに頷いた。
「取り返すんですか?」
「まだ分からない」
俺は答える。
「だが……」
拳を握る。
「俺たちの物を奪われたままにはしない」
荷車一台。
小さな損失に見えるかもしれない。
だが、それはエマイン・マハが外へ伸ばした、最初の手の一つだった。
そして、盗賊たちはその手を叩き落とした。
「……だったら」
俺は地図から顔を上げる。
「今度は、こっちから手を伸ばす」
ただし、無謀に剣を振り回すためではない。
奪われたものを取り戻すため。
周辺の人間を守るため。
そして、エマイン・マハが外の世界と繋がり続けるために。
盗賊たちのいる場所を、俺たちは探し始めることになった。




