鉱山妖精を召喚したら、山から『助けて』と呼ばれた
# 鉄の時代への第一歩
そして、鉄探しの旅へ出発する前に――。
「『鉱山系妖精の召喚』はしておくべきだろうな」
俺がそう呟くと、ガンドがニヤリと笑った。
『ようやく気付いたか、小僧』
「やっぱり必要か?」
『当然じゃ』
ガンドは石槌の柄で地面を軽く叩いた。
――ゴン。
低い音が大地へ響く。
『山には山の理がある』
『鉱脈を読む者』
『危険を察する者』
『坑道を掘る者』
『それぞれ役目が違うんじゃ』
『ワシ一人でも何とかならんことはない。じゃが、効率は段違いじゃ』
「なるほどな」
確かにその通りだ。
橋を架ける技術と、鉱脈を探す技術は違う。
石垣を積む技術と、坑道を安全に掘る技術も違う。
都市建設に必要な知識と、鉱山開発に必要な知識は別物なのだ。
ならば――専門家を呼ぶべきだ。
『妖精召喚システムを確認』
ナンシーの声とともに、青白いウィンドウが宙へ浮かび上がった。
『管理者権限Lv3により、新規契約対象を解放』
――召喚可能妖精――
【ガンド】
種別:ドヴェルグ
担当:土木・石工・測量
契約済み
【デルブ】
種別:ノーム
担当:鉱脈探査・鉱石鑑定
契約可能
【コル】
種別:ノッカー
担当:坑道掘削・落盤探知
契約可能
【フラム】
種別:サラマンダー
担当:炉火管理・精錬補助
契約条件未達成
【ベル】
種別:ケットシー
担当:倉庫管理
契約済み
「今必要なのは、デルブとコルだな」
『推奨します』
『鉱山開発効率が大幅に向上します』
洪水対策で大量のレイキを消費したが、一昼夜の休息で七割近くまで回復している。
『二体同時召喚に支障なし』
「よし」
俺は迷わず決断した。
「デルブとコルを召喚する」
管理画面へ指を伸ばす。
その瞬間――。
叡智の塔最上部。
眠っていたマザークリスタルが、ゆっくりと輝き始めた。
黄金色の光が塔の窓から幾筋も差し込み、街の広場を包み込んでいく。
住民たちが一斉に空を見上げた。
大地が、小さく震える。
『契約術式展開』
『妖精召喚開始』
広場いっぱいに魔法陣が広がった。
幾重もの光の輪が回転し、無数の光粒子が渦を巻く。
その中心から、一つ目の影が浮かび上がった。
小柄な老人だった。
背丈は子供ほど。
だが、胸元まで届く茶色の髭は見事に整えられている。
腰には地質槌、鑿、ルーペ、小さな試薬瓶。
そして――何より大きな鼻。
ひくひく。
ひくひく。
まるで獣のように動いている。
『ほほう……』
老人は膝をつくと、地面の土を一つまみ摘まんだ。
指先で擦り合わせる。
香りを嗅ぐ。
そして、ほんの少しだけ舌先へ乗せた。
数秒後。
老人は満足そうに笑った。
『鉄の匂いがするのう』
『実に面白い土地じゃ』
『まだ誰も気付いておらん鉱脈が、あちこちで目を覚まし始めておる』
契約画面が表示される。
――契約成立――
【デルブ】
種族:ノーム
専門:鉱脈探査・鉱石鑑定
スキル
・鉱脈感知
・鉱石鑑定
・希少鉱物探索
・地下水探知
「おお……」
まさに鉱山の専門家だ。
続いて――。
魔法陣から二つ目の光が弾けた。
「よっと!」
軽快な声とともに飛び出してきたのは、若い職人風の妖精だった。
デルブよりさらに小柄。
だが、その肩には自分の身長ほどもある巨大なつるはしを担いでいる。
頭には革と鉄板を組み合わせた兜。
腰には縄、滑車、杭、木槌、金具。
坑道工事に必要な道具が、これでもかというほど吊り下がっていた。
妖精は周囲を見回し、白い歯を見せて笑う。
『俺ぁコルだ!』
『穴掘りなら誰にも負けねぇ!』
『岩だろうが鉱脈だろうが、任せときな!』
――契約成立――
【コル】
種族:ノッカー
専門:坑道掘削・採掘
スキル
・高速掘削
・落盤察知
・坑道補強
・爆裂楔
ガンドが二人を見回し、満足そうに頷いた。
『うむ』
『これでようやく鉱山らしい面子になったわい』
『ワシが山を読み』
『デルブが鉱脈を探し』
『コルが坑道を掘る』
『人間どもは鉱石を運び、安全を守ればええ』
「役割分担は完璧だな」
『探索シミュレーション更新』
ナンシーが即座に演算結果を表示する。
『鉱脈発見確率』
六一%
↓
九六%
『探索時間』
二日
↓
一日
『人的被害予測』
三七%減少
『採掘成功率』
四二%上昇
「これは召喚して正解だったな」
都市が発展すれば、施設だけではなく専門家も必要になる。
妖精たちは、それぞれの分野において、人間が何世代もかけて積み重ねる知識を最初から備えている。
つまり――妖精との契約は、そのまま都市の技術力を底上げすることになる。
デルブが突然、地面へ耳を当てた。
しばらく無言で大地の音を聞いている。
やがて――。
『……北西の山か』
「何か分かったのか?」
『山が泣いておる』
デルブはゆっくりと顔を上げた。
『地脈が乱れておる』
『鉄だけではない』
『あの山には、まだ何か眠っておるようじゃ』
「まだ何かある?」
『行ってみねば分からん』
デルブがニヤリと笑う。
『じゃが――面白い探索になることだけは保証しよう』
コルも待ちきれない様子で、つるはしを肩へ担いだ。
『宝探しってやつだな!』
『俺ぁ、そういうの大好きなんだ!』
ガンドも石槌を肩へ担ぐ。
『さあ、小僧』
『鉄を掘りに行こうか』
「ああ」
俺は頷いた。
「同行者はガードナーとシャーリスだ」
ガードナーは手斧を肩へ担いだ。
「山歩きなら任せろ」
シャーリスも短剣の刃を確認する。
「索敵は私が担当する」
さらにナターシアが貸してくれる護衛二人。
これだけ揃えば、探索隊としては十分な戦力だ。
――そう思った、その時だった。
「パパ!」
元気な声が響いた。
「ぼくも一緒につれていって!」
振り向く。
そこにいたのは――ミントだった。
小さな背嚢まで背負っている。
「ミント?」
「うん!」
どうやら完全に出発するつもりらしい。
「ダメだ」
「えー!」
「今回行くのは未開の山だ。魔物がいる可能性もある」
「でも!」
ミントは北西の山を指差した。
「ぼく、わかるんだ!」
「何が?」
「あっちのお山!」
小さな指が、山を示す。
「お山がね」
「『おいで、おいで』って言ってる!」
空気が止まった。
ガンドが眉をひそめる。
『……ほう』
デルブもミントを見つめた。
『小僧、この子は何者じゃ?』
「事情があって保護している子だ」
「普通の子じゃないことは確かだけどな」
デルブはミントの周囲をゆっくり歩いた。
鼻をひくひくと動かす。
そして――。
『なるほどの』
小さく頷いた。
『山の声が聞こえるか』
『珍しい』
「どういうことだ?」
『地脈は生き物じゃ』
『普通の人間には聞こえん』
『じゃが、ごく稀に山の囁きを感じ取る者がおる』
デルブがミントへ問いかける。
『お嬢ちゃん』
『どんな声がする?』
ミントは少し考えた。
「うーん……」
やがて、小さな顔が真剣になる。
「さみしいって」
「それから……くるしいって」
「あと……」
ミントが山を見る。
「『たすけて』って言ってる」
『……』
『……』
ガンドも。
デルブも。
コルも。
誰一人、言葉を発さなかった。
俺はデルブを見る。
「何か心当たりがあるのか?」
『分からん』
『じゃが――』
デルブの表情が険しくなる。
『ワシの感じた地脈の乱れと、このお嬢ちゃんの言葉は一致しておる』
『偶然とは思えんな』
ナンシーが分析結果を表示する。
『対象ミント』
『発言内容をデルブの地脈探知結果と照合』
『一致率――九二%』
『偶然である可能性、低』
「……」
俺は腕を組んだ。
どうやら、ミントの言葉はただの子供の空想ではない。
この子には、俺たちには聞こえない何かが聞こえている。
それでも――。
「ダメだ」
俺はきっぱりと言った。
「もし何かあったら、ローズに顔向けできない」
「……」
ミントがしゅんとうつむく。
「……はぁい」
今にも泣き出しそうな声。
すると――。
「ハーシス」
ローズが静かに前へ出た。
「もし許されるのでしたら、私も同行いたします」
「ローズ?」
「私がいれば、この子は決して危険な真似をしません」
ローズはミントの肩へ手を置いた。
「戦うこともできます」
腰の短剣へ手を添える。
「研究施設では、生き残るための訓練も受けました」
ガードナーが腕を組む。
「確かに、この人は普通じゃねえ」
シャーリスも頷いた。
「気配の消し方も足運びも慣れている」
「戦えます」
俺は考え込んだ。
戦力としては申し分ない。
だが、問題はミントだ。
その時――。
『安心せい』
デルブが笑った。
『危なくなったら、ワシが担いで逃げる』
コルも胸を叩く。
『落盤なんか絶対させねぇ!』
『危ない場所には近づけさせねぇから安心しな!』
ガンドも豪快に笑った。
『ドヴェルグがおる山で、人一人守れんようでは看板倒れじゃ』
『同行させてやれ』
ナンシーが演算結果を更新する。
『ローズ同行』
『探索成功率 三%上昇』
『ミント同行』
『未知要素増加』
『地脈異常解明率 一九%上昇』
『総合成功率』
九六%
↓
九八%
「……二%上がるのか」
思わず苦笑する。
ゲーム時代にも、こういうイベントはあった。
一見すると、ただの寄り道。
だが、そういうイベントが隠しダンジョンや重要人物へ繋がっていることも多い。
そして――この世界はゲームを元にしている。
ならば。
ミントの「山が呼んでいる」という言葉にも、何か意味があるのかもしれない。
俺はゆっくり息を吐いた。
「分かった」
ミントの顔が一気に明るくなる。
「ただし条件がある」
「うん!」
「絶対に一人で動かないこと」
「ローズの側を離れないこと」
「危険だと言われたら、必ず従うこと」
「できるな?」
ミントは満面の笑みで何度も頷いた。
「うん!」
「やくそくする!」
ローズも深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
こうして――。
探索隊が決まった。
ハーシス。
ガンド。
デルブ。
コル。
ガードナー。
シャーリス。
ローズ。
ミント。
そしてナターシア配下の護衛二名。
総勢十名。
目的は魔物討伐ではない。
鉄鉱石を探し、安全に持ち帰ること。
それが、この都市を次の時代へ進めるための第一歩だ。
だが――。
誰も、この時はまだ知らなかった。
ミントが聞いた「山の助けを求める声」が。
単なる鉱脈の存在を示すものではないことを。
その山の奥深くに――。
かつてこの世界を支配した古代文明の秘密が眠っていることを。
そして、それこそが。
この都市の歴史を大きく変えることになるとは――。
まだ、誰も知らなかった。
こうして俺たちは、新たな鉱山妖精たちを仲間に加えた。
石の文明を築き始めた都市は、今、新たな段階へ進もうとしている。
鉄を手に入れる。
それは単なる資源確保ではない。
武器が変わる。
農具が変わる。
建築が変わる。
都市そのものが変わる。
――石の時代から。
――鉄の時代へ。
俺たちは今、その最初の一歩を踏み出そうとしていた。




