山津波を越えた街、次は鉄の時代へ
山津波による都市破壊イベントを、なんとか無傷で乗り切ることができた。
――街だけは。
住民も、妖精たちも、全員が限界まで疲れ切っていた。
瓦礫を運び、水路を掘り、堤防を築く。
一昼夜ぶっ通しの作業だったのだ。
だから、その夜は誰もが泥のように眠った。
もちろん、俺も例外ではない。
気がつけば、丸一日以上眠り続けていた。
「……よく考えたら、回復早すぎないか?」
目を覚ました俺は、腕を回してみる。
肩も動く。
足も軽い。
筋肉痛らしい筋肉痛すらない。
普通なら、数日は寝込んでいてもおかしくない重労働だった。
やはり、この世界にはゲーム由来の補正があるのかもしれない。
あるいは、レイキの恩恵か。
理由は分からない。
ただ――この回復力には、何度も助けられている。
最近はそれを上回る疲労に襲われても居るが。
「まあ、考えても仕方ないか」
俺はベッドから起き上がった。
今は、それより確認すべきことがある。
洪水イベントを乗り越えたことで、都市管理システムに何が追加されたのか。
俺は叡智の塔の管理画面を開いた。
淡い光とともに、施設一覧が空中へ展開される。
――施設一覧――
【生活施設】
共同住宅。
厨房付き大食堂。
診療所。
公衆浴場。
共同倉庫。
共同井戸。
貯水施設。
交易馬車発着場。
【生産施設】
農場。
製粉設備。
養殖池。
食品工房。
革工房。
繊維工房。
水耕栽培施設。
燻製施設。
製材所。
木工工房。
乾留炉。
採石場。
石工房。
レンガ工房。
精錬所。
鍛冶工房。
炭鉱。
コークス乾留炉。
――そして、軍事施設、学術施設、水利施設。
以前とは比べものにならない。
「……本当に都市らしくなってきたな」
最初は農場と住宅しかなかった。
それが今では、生活、農業、工業、軍事、学術。
都市に必要な機能が、少しずつ揃い始めている。
そして――。
「乾留炉……炭鉱……コークス乾留炉……」
俺は新しく追加された施設を見つめる。
乾留炉は木材を蒸し焼きにして木炭を作る。
炭鉱から採掘した石炭は、コークス乾留炉で加工することで、高温を維持できるコークスになる。
つまり。
「本格的な製鉄に進めってことか」
石の文明から、鉄の文明へ。
都市をさらに発展させるなら、避けては通れない道だ。
俺は続けて都市管理画面を開いた。
――都市管理システム――
都市名 :エマイン・マハ
状態 :小集落(都市 Lv3)
叡智の塔:Lv2
農場 :Lv2
製材所 :Lv2
共同住宅:Lv1
大食堂 :Lv1
採石場 :Lv1
石工房 :Lv1
そして、その下。
【次の目標】
・精錬所と鍛冶工房を建設する。
「やっぱりな」
問題は――そのための鉱物資源だ。
鉄鉱石。
石炭。
そして、それを運ぶための輸送路。
さて、どこから手をつけるか。
そう考えていた時だった。
外から、低い鳴き声が聞こえた。
「……象?」
窓から外を見る。
門をくぐってきたのは、大型の交易車両だった。
その先頭に乗っている人物を見て、俺は思わず声を上げる。
「ナターリア?」
「やあ、久しぶり」
象から軽やかに飛び降りたナターリアが、街を見回して目を丸くする。
「ちょっと見ない間に、とんでもない街になったね」
「ああ」
俺は苦笑した。
「建てたくて建てたというより、建てざるを得なかったんだけどな」
「聞いたよ」
ナターリアの表情から笑みが消える。
「あの山津波で、消えた集落は少なくない」
「私の交易先も、いくつか丸ごとなくなっちまった」
その声には、商人としての寂しさが滲んでいた。
だが、すぐに彼女は街を見回して笑う。
「でも――この街だけは別格さ」
「まさか、本当に山津波を防いじまうなんてね」
「街道じゃ今、この街の話でもちきりだよ」
「大げさだな」
「いいや」
ナターリアは首を横に振った。
「生き残った連中は、みんな言ってる」
「山を削って、川の流れまで変えた街なんて信じられないって」
「でも――実際に助かった」
そして。
「だから今、生き残った商人も、流民も、この街を目指してる」
「……やっぱりそうなるか」
俺は眉を寄せた。
安全な場所には、人が集まる。
食料がある。
水がある。
そして何より――災害から生き残ったという実績がある。
それだけで、この世界では圧倒的な価値になる。
その時。
肩の上のナンシーが静かに告げた。
『周辺集落の被害状況を更新』
『消滅 三』
『壊滅 二』
『大破 四』
『軽微 六』
淡々と並べられる数字。
だが、その次の言葉に俺は固まった。
『本都市への避難民流入を予測』
『七日以内――三十名から百名』
「……百人?」
『一ヶ月以内――三百名』
「三百人だと?」
思わず声が裏返った。
三百人。
共同住宅も大食堂もある。
だが、それだけの人数を受け入れる余裕があるとは限らない。
食料。
水。
寝床。
衣服。
どれか一つでも足りなければ、街は簡単に混乱する。
「もっと来ても不思議じゃないよ」
ナターリアが言った。
「家を失った人間は、安全な場所ならどこへでも向かう」
「それが人ってもんさ」
そして、彼女は荷車を叩いた。
「だから今日は、そのための荷物も持ってきた」
「支援物資?」
「ああ」
幌が開く。
最初に姿を現したのは――ヤギのつがいだった。
続いて、雄鶏と数羽の雌鶏。
「乳と卵」
「これだけでも食生活はかなり変わるだろ?」
「ああ。助かる」
すると。
『ヤギさんです!』
トモロが駆け寄った。
『鶏さんもよろしくです!』
尻尾をぶんぶん振っている。
完全に家畜担当の顔だ。
ヤギもトモロの匂いを嗅ぐと、「メェ」と小さく鳴いた。
「それから、カブ、玉ねぎ、にんにく」
「それにブドウ」
「根菜は育てやすいし、保存も利く」
「ブドウはそのまま食べてもいいし、干してもいい。酒にもできる」
その言葉にノエが胸を張った。
『うむ!』
『畑を広げれば、もっと収穫できるぞい!』
さらにナターリアが取り出したのは、丁寧に包まれた苗木だった。
「栗の苗木もある」
「実が食べられる」
「木材にもなる」
それを見たリッカが目を輝かせる。
『果樹が増えれば、森も豊かになります』
『落ち葉は土を肥やしますし、木陰は家畜にも優しいです』
妖精たちは、自分の専門分野になると本当に嬉しそうだ。
その様子を見ていると、こちらまで笑ってしまう。
街に、少しずつ日常が戻ってきている。
――昨日まで、命懸けで山津波と戦っていたとは思えないほどに。
そんな空気の中。
突然、ガンドが現れた。
『肉と酒はないのか?』
「そっちかよ!」
思わずツッコむ。
ナターリアも吹き出した。
「ああ、少しだけど持ってきたよ」
「危機を乗り越えた祝いくらいは必要だろ?」
『うむ!』
『働いた後は肉じゃ!』
『酒じゃ!』
ガンドが満足そうに頷く。
頑固な老妖精だが、こういうところは妙に人間臭い。
「まあ……慰労会くらいはいいか」
『うむうむ!』
すると。
『ミルクもあるです?』
トモロが顔を上げる。
「ああ」
『やったですー!』
その声を聞きつけ、ベルも飛び込んできた。
『ミルクを独り占めはずるいにゃ!』
『ベルも飲むにゃ!』
『ちゃんと分けるですよ!』
『約束にゃ?』
『約束です!』
二匹が笑い合う。
それを見ていた住民たちからも、自然と笑みがこぼれた。
張り詰めていた空気が、少しずつほどけていく。
ようやく――街に日常が戻り始めていた。
だが。
「……それだけじゃないんだろ?」
俺が尋ねると、ナターリアは笑みを消した。
「ああ」
彼女は地図を広げる。
エマイン・マハを中心に、北、西、南へ伸びる街道。
東には海。
「災害で、いくつもの橋が流された」
「今、多くの商隊が遠回りを強いられてる」
そして。
ナターリアの指が、エマイン・マハを示した。
「だから、この街を正式な中継地として整備する」
「そうすれば――」
「この街は、交易路の中心になれる」
俺は思わず管理画面を見る。
そこには先ほど見つけた施設。
【交易馬車発着場】
「なるほどな……」
都市が大きくなるだけじゃない。
人が集まり。
物が集まり。
情報が集まる。
そうなれば――鉱山の情報だって手に入る。
「もちろん、私も協力するよ」
ナターリアが笑った。
「交易品を回す」
「人も紹介する」
「護衛も貸す」
「その代わり、この街を私たちの拠点の一つにさせてほしい」
悪くない。
いや――かなりいい条件だ。
「ちょうどいい」
俺は管理画面を開いた。
「次の目標が、金属資源なんだ」
「精錬所と鍛冶工房を建てろって出てる」
ナターリアがニヤリと笑う。
「だったら――ちょうどいい知らせがある」
「北西の山岳地帯で、鉄鉱石らしき鉱床が見つかった」
「……!」
「ただし」
彼女の顔が険しくなる。
「そこには、岩の魔物が出る」
なるほど。
鉄鉱石。
未知の鉱山。
そして、魔物。
都市の次の発展に必要なものが、すべてそこにある。
俺は管理画面を見つめた。
すると、新たなクエストが表示される。
【クエスト】
【鉄の時代】
【目標】
・鉄鉱石を確保する
・精錬所を建設する
・鍛冶工房を建設する
「……鉄の時代、か」
文明は次の段階へ進もうとしている。
だが、そのためには未知の山へ踏み込まなければならない。
問題は――誰を連れていくかだ。
ガンドは優秀だ。
石工。
鍛冶。
土木。
測量。
山を読む知識もある。
だが、今回必要なのは、それだけじゃない。
鉱脈を探す。
坑道を掘る。
地下の危険を察知する。
採掘する。
そして、坑内の安全を管理する。
専門家が必要だ。
「……そうだ」
俺は顔を上げた。
「妖精召喚だ」
これまでにも、必要な仕事に合わせて仲間を迎えてきた。
農業ならノエ。
牧畜ならトモロ。
土木ならガンド。
ならば――鉱山には、鉱山の妖精がいるはずだ。
俺は叡智の塔の召喚メニューを開いた。
淡い光が広がる。
そして。
『新規召喚対象を確認』
『管理者権限 Lv3――確認』
『新規系統を解放します』
文字が一つずつ浮かび上がった。
『鉱山系妖精』
『召喚可能』
「……!」
召喚画面が、黄金色に染まっていく。
ナンシーが淡々と続ける。
『推奨召喚』
『鉱脈探査』
『坑道設計』
『採鉱』
『坑内安全管理』
『精錬補助』
『各種技能の保有を確認』
「そこまでできるのか……」
農業に農業の妖精がいる。
牧畜に牧畜の妖精がいる。
土木に土木の妖精がいる。
そして今――。
鉱山にも、その道を極めた妖精がいる。
俺は召喚陣を見つめた。
これから始まる、鉄の時代。
その第一歩は――新たな仲間を迎えることから始まる。
「よし」
俺は召喚ボタンへ手を伸ばした。
「新しい仲間を迎えよう」
その瞬間。
召喚陣が、眩い光を放った。
――次の瞬間。
地下深くから、低い地鳴りが響いた。
まるで山そのものが、目を覚ましたかのように。




