都市再建、最初に必要なのは立派な家と温かい食事
# 文明再建の第一歩
現状、建設できる施設もかなり増えているはずだ。
ベヒモスとの戦いを経て、俺の管理者権限はLv3へ上昇した。
さらに、リリィから文明継承者としての知識も受け継いでいる。
ならば――。
都市管理システムで扱える機能も、以前とは比べものにならないほど増えているだろう。
「一度、確認しておくか」
俺は深く息を吸い、意識を集中させた。
「――都市管理システム」
胸の奥にあるレイキが反応する。
淡い青白い光が空中へ滲み出した。
幾何学模様の魔法陣が幾重にも重なり、静かに回転を始める。
無数の光粒が集まり、半透明の情報ウィンドウを形成した。
――都市管理システム――
都市名 :エマイン・マハ
状態 :小集落(都市 Lv3)
施設
:叡智の塔 Lv2
:農場 Lv2(畑・放牧地)
:製材所 Lv2
建設可能施設
:共同住宅 Lv1/Lv2
:厨房付き大食堂 Lv1/Lv2
:製粉設備 Lv1/Lv2
:監視塔 Lv1/Lv2
:外部防壁 Lv1/Lv2
:共同倉庫 Lv1/Lv2
:学舎 Lv1/Lv2
:図書館 Lv1/Lv2
:研究所 Lv1/Lv2
:石工房 Lv1/Lv2
:採石場 Lv1/Lv2
石材が必要
:公衆浴場 Lv1/Lv2
:井戸 Lv1/Lv2
金属材が必要
:住民保護シェルター Lv1/Lv2
:資源保護シェルター Lv1/Lv2
次の目標
・共同住宅と厨房付き大食堂を建設する。
「……かなり増えたな」
学舎。
図書館。
研究所。
どれも魅力的だ。
学舎があれば、子供たちに文字や計算を教えられる。
図書館があれば、知識を次の世代へ残せる。
研究所があれば、旧文明の技術を解析し、新たな技術を生み出せるかもしれない。
文明を復興するなら、どれも必要になる。
だが――。
「まだ早い」
俺は首を横に振った。
叡智の塔の地下には、旧文明の高度な設備が眠っている。
けれど、地上はどうだ?
住民たちは、いまだ半壊した家で暮らしている。
雨が降れば雨漏りを心配し、夜になれば隙間風に耐える。
食事を作る場所だって十分じゃない。
知識だけでは、人は生きていけない。
まず必要なのは――。
雨風をしのげる家。
温かい食事。
安心して眠れる場所。
そうした当たり前の暮らしがあって、初めて人は未来を考えられる。
「今のエマイン・マハに必要なのは、発展じゃない」
俺は静かに呟いた。
「まずは――復興だ」
迷いはなかった。
「最優先は、共同住宅と厨房付き大食堂だな」
俺は共同住宅を選択する。
――建設レベルを選択してください。
▼共同住宅
Lv1
・居住人数:10名
・木造平屋1R
・寝台・収納付き
・共用便所
Lv2
・居住人数:20名
・木造平屋1K
・各室収納強化
・室内暖炉
――現在資材では石材が不足しているため、Lv2建設は不可能です。
「やっぱり石材不足か」
続いて、大食堂を確認する。
▼厨房付き大食堂
Lv1
・収容人数:10名
・木製調理台
・囲炉裏一基
・大型かまど一基
・給水設備
Lv2
・収容人数:20名
・石製調理台
・石窯追加
・食糧保存庫
――現在資材では石材が不足しているため、Lv2建設は不可能です。
こちらも同じか。
「まあ、今はLv1で十分だ」
無理に背伸びをする必要はない。
都市は、一歩ずつ成長させればいい。
俺は建設地点を見渡した。
崩れた石壁。
半ば土に埋もれた石畳。
柱だけを残した廃屋。
かつては住宅街だったのだろう。
「ここならいいな」
内壁にも近く、防衛面でも悪くない。
農場からも遠くない。
それに――。
廃墟を再利用できる。
「よし」
俺は右手を前へ突き出した。
「共同住宅」
続いて。
「厨房付き大食堂」
二つの施設を選択する。
――その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
「な、なんだ……!?」
大地が震えた。
足元から伝わってくる振動に、俺は思わず身構える。
次の瞬間。
崩れていた地盤が、ゆっくりと持ち上がった。
土が押し退けられ、砕けた石材が宙へ浮かぶ。
まるで見えない巨人が、この街を組み立て直しているかのようだった。
浮かび上がった石が、次々と所定の位置へ収まっていく。
そして――。
製材所から木材が飛び出した。
丸太が空中で加工される。
柱へ。
梁へ。
床板へ。
次々と形を変えながら、寸分の狂いもなく組み上がっていく。
「速い……!」
あまりにも速い。
人間なら何日も、いや、場合によっては何週間もかかる作業が、目の前で一気に進んでいく。
「材木が……勝手に飛んでるぞ!」
騒ぎを聞きつけて駆けてきたガードナーが叫んだ。
「家が……勝手に建っていく!」
シャーリスも目を丸くしている。
アトラは胸の前で手を合わせた。
「まるで……神様の奇跡みたい」
騒ぎを聞きつけ、住民たちも次々と集まってくる。
そして――。
「パパ!」
ミントが飛び跳ねた。
「おうちがおっきくなってる!」
「ああ」
俺は思わず笑った。
「本当に……街が戻ってきてるな」
共同住宅が完成する。
木造平屋。
厚い木板の壁。
鎧戸付きの窓。
雨を流す切妻屋根。
豪華ではない。
だが、今までの半壊した家とは比べものにならない。
頑丈で、雨風をしっかり防いでくれる。
続いて、その隣に大きな建物が姿を現した。
厨房付き大食堂。
長い食卓。
大量の椅子。
広い調理台。
複数のかまど。
巨大な炉。
そして給水設備。
「これが……旧文明の力……」
ダグラスが呆然と呟いた。
大工である彼には、この光景がどれほど異常なのか分かるのだろう。
本来なら一本の柱を立てるだけでも、木を切り、乾かし、削り、寸法を測り、組み上げる必要がある。
それを――。
誰一人として手を動かしていない。
それなのに、一棟の家が完成していく。
隣ではスミスも、建物の金具を眺めながら唸っていた。
「……なあ」
「どうした?」
「これじゃ俺たち職人は、いらねぇんじゃねえか?」
その言葉に、何人かの住民が顔を見合わせる。
無理もない。
木槌も鋸も使わず、建物が完成したのだ。
これでは職人の仕事がなくなる。
そう思うのも当然だった。
「いや」
俺は首を横に振った。
「むしろ逆だ」
「逆?」
「ああ」
完成した共同住宅へ歩み寄り、壁に手を触れる。
滑らかな木肌。
均一な厚み。
隙間一つない精密な造り。
「これは都市管理システムによる初期建設にすぎない」
俺は建物を見渡した。
「丈夫だし、使いやすい。生活するには十分だ」
けれど――。
「どこか無機質だろ?」
ダグラスが頷く。
「……確かに」
「装飾もない。個性もない。必要なものだけが揃っている」
俺は笑った。
「これは、誰が建てても同じになる規格品なんだ」
規格化された住宅。
規格化された食堂。
それは文明の土台にはなる。
だが――。
「文明そのものじゃない」
俺は二人を見る。
「壮麗な神殿も、巨大な橋も、複雑な水路も、遠くの都市へ続く街道も――人間の知恵がなければ生まれない」
「……」
「システムは基盤を作る」
そして。
「文明を育てるのは、人間だ」
ダグラスの目が変わった。
「だから、お前たちの仕事はこれから増えていく」
住宅。
橋。
工房。
家具。
荷車。
農具。
武器。
街が大きくなればなるほど、必要な技術も増えていく。
「街が発展すれば、職人はいくらいても足りなくなるぞ」
スミスがニヤリと笑った。
「……なんだ」
頭を掻きながら、肩をすくめる。
「本気で失業するかと思ったぜ」
「逆だよ」
俺も笑う。
「忙しくて泣きたくなるくらいになる」
「だったら――」
ダグラスが拳を握った。
「負けてられねぇな」
スミスも笑う。
「ああ。システムじゃ作れねぇ建物を、俺たちが作ってやる」
「後の時代まで残る建物をな」
二人の目に、職人としての炎が戻っていた。
そのとき――。
ゴゴゴ……。
最後の振動が大地を伝う。
カシャン。
木製の扉が収まり、蝶番が固定された。
窓の鎧戸が閉じる。
まるで建物が――。
初めて呼吸をしたようだった。
そして。
静寂。
次の瞬間――。
「おおおおおっ!」
「完成した!」
「本当に建ったぞ!」
歓声が爆発した。
子供たちが駆け回る。
大人たちが笑う。
ミントは真っ先に共同住宅へ飛び込んだ。
「すごい!」
ベッド。
収納棚。
木箱。
窓。
隙間のない床。
「パパ! ベッドがある!」
「ちゃんと使っていいぞ」
「やったー!」
ミントが飛び跳ねる。
ガードナーは壁を拳で軽く叩いた。
コン。
乾いた音が返ってくる。
「……しっかりしてる」
ローズは窓から差し込む光を見つめた。
「これなら……雨の日も安心ね」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
たったそれだけのこと。
雨の日に、雨を心配せずに眠れる。
それが――今の彼女たちにとって、どれほど大きなことなのか。
ダグラスは部屋を見渡し、深く息を吐いた。
「まともな家で眠れる日が……また来るとはな」
ユグドラも、部屋の中を見回す。
『こんな場所に住まうことになるとは思いもしなかったわい』
リューネは少しだけ首を傾げた。
「しかし、何もありませんね」
「できたばかりだからな」
俺は苦笑する。
「必要なら、もとの住処から物を運んでくるか?」
「いえ」
ローズが穏やかに微笑んだ。
「あそこはあそこで、いざというときに使うかもしれません。ここはここで、必要なものを別に揃えます」
「そうか」
ローズはもう一度、新しい家を見渡した。
その顔には――笑みが浮かんでいた。
大食堂でも歓声が上がる。
「調理台がこんなに広い!」
アトラが厨房を見回している。
「これなら、一度にたくさん料理できる!」
スミスは給水設備を眺めていた。
「水まで引かれてるのか……」
住民たちは、まるで新しい世界を発見した子供のように建物を見て回っている。
その光景を眺めていると――。
「パパ」
ミントが俺の手を握った。
「みんな笑ってる!」
「ああ」
俺も笑った。
これまで住民たちは、崩れた建物で暮らしていた。
雨が降れば雨漏りを心配する。
夜になれば隙間風に震える。
食事を作る場所も足りない。
明日を生きられる保証さえない。
そんな暮らしが――今日、変わった。
たった二つの施設。
それだけだ。
それでも。
一棟の家が、誰かの命を守る。
一つの食堂が、人々を繋ぐ。
そして、小さな復興の積み重ねが――いつか都市になる。
そのときだった。
淡い光が目の前に集まった。
――施設建設完了。
――共同住宅 Lv1を建設しました。
――厨房付き大食堂 Lv1を建設しました。
――都市復旧率が上昇しました。
――住民満足度が上昇しました。
――新たな建設候補が解放されました。
「……やっぱりな」
俺は小さく笑った。
施設を建てる。
都市が成長する。
復旧率が上がる。
新たな技術が解放される。
ゲームでは、何百回と繰り返した流れだ。
けれど――。
あの頃とは、決定的に違う。
画面の向こうにいた住民たちは、数字だった。
人口。
満足度。
生産効率。
ただのデータ。
ゲームを動かすための、無機質な数字だった。
でも、今は違う。
笑っている。
泣いている。
働いている。
愛する人がいる。
そして――。
未来を願っている。
一棟の家が、一つの家族を守る。
一つの食堂が、人々の笑顔を作る。
一つの街が、未来への希望になる。
俺は完成した二つの施設を見渡した。
さっきまで廃墟だった場所に、人が暮らす街が生まれている。
まだ小さい。
まだ脆い。
けれど――。
確かに、ここから始まる。
「この街を……もっと大きくしよう」
誰に聞かせるでもなく呟く。
エマイン・マハを。
かつてゲームの中で思い描いた理想を超える都市へ。
誰もが安心して眠り、腹いっぱい食べ、笑って暮らせる街へ。
そしていつか――。
この世界に、もう一度文明を取り戻す。
俺は、静かに拳を握った。
この世界は、まだ終わっていない。
文明は――。
必ず、取り戻せる。




