妖精王、覚醒――都市最終兵器《アーク・エマイン》
# 都市戦術奥義、最終段階
あと一撃。
あと一撃届けば――この怪物を倒せる。
そう思った、その瞬間だった。
【レイキ核 損傷率 三八%】
【提案】
【都市戦術奥義・第二段階】
【解放条件を達成】
視界の端で、都市管理画面が黄金色に輝いた。
次々と浮かび上がる文字。
【新規機能《契約融合》を実行しますか?】
【Y/N】
一瞬たりとも迷わなかった。
「――Y!」
叫んだ瞬間。
世界が止まった。
ベヒモスの咆哮が止まる。
宙を舞っていた瓦礫も。
吹き荒れていた衝撃波も。
すべてが黄金の光の中で静止していた。
動いているのは、俺と――都市管理システムだけ。
【承認】
【都市戦術奥義・第二段階】
【《契約融合》を開始】
【契約対象――オペレーター・リリィ】
【魂魄同期率測定】
【一〇%】
【三〇%】
【五八%】
【八七%】
【一〇〇%】
【同期率――一〇〇%】
【融合開始】
「えっ……?」
リリィが目を見開く。
「ハーシス……これって……」
答える暇はなかった。
俺の胸から、黄金の光が溢れ出した。
光はリリィを包み込む。
その身体が、少しずつ光の粒子へ変わっていく。
「ハーシス……」
リリィは自分の身体を見下ろし、それから俺を見た。
そして。
ほんの少しだけ寂しそうに笑う。
「……信じてる」
その言葉を最後に。
リリィの身体は、完全な光になった。
黄金の光が一直線に俺へ向かってくる。
胸へ飛び込んだ瞬間――。
ズンッ!!
「ぐっ……!」
心臓を直接握り潰されたような衝撃が走った。
「が……ああああああああっ!!」
膨大なレイキが血液のように全身を駆け巡る。
骨が軋む。
筋肉が膨れ上がる。
神経一本一本が焼けるように熱い。
それでも。
痛みに負けて倒れるわけにはいかなかった。
俺は歯を食いしばる。
その瞬間――。
【契約融合――完了】
【個体名:ハーシス】
【管理者権限とオペレーター権限の統合を確認】
【特殊形態を解放】
【妖精王融合形態――起動】
背中から、四枚の光翼が展開した。
純白の翼。
その縁だけが黄金に輝いている。
髪が伸びる。
腰まで届いた髪は、黄金の光を帯びていた。
瞳は深い翠玉へと変わり、その奥では幾何学模様の魔法陣が静かに回転している。
額には、王冠を思わせる黄金の紋章。
白銀の戦装束には、都市管理紋章が浮かび上がっていた。
管理者とオペレーター。
二つの力が一つになった姿。
それが――俺だった。
そして。
止まっていた世界が、再び動き始める。
ドゴォォォォォン!!
目の前まで迫っていたベヒモスの前脚。
百メートルを超える巨体が、全体重を乗せて振り下ろしてくる。
避ける必要はなかった。
俺は片手を伸ばした。
ゴンッ!!
巨大な前脚が、掌にぶつかる。
轟音が響く。
だが――。
俺は一歩も動かなかった。
「……なっ」
ガードナーの声が漏れる。
「止めた……?」
そう。
止めた。
百メートル級の巨獣の一撃を。
たった片手で。
俺はゆっくりと顔を上げる。
ベヒモスの巨眼と視線が合った。
「……遅い」
【身体能力――三二〇%上昇】
【レイキ出力――六〇〇%】
【都市防衛術式――全開】
俺はベヒモスの脚を押し返した。
ズズズズズッ!!
巨体が後退する。
地面を削りながら、あのベヒモスが押し負けていく。
そして俺は右手を掲げた。
すると――。
遠くで黄金の光が生まれた。
叡智の塔。
都市各所に張り巡らされた魔力脈。
そして、地下深くで眠っていた古代魔導炉。
それらが一斉に目を覚ます。
都市中の力が、俺へ集まってくる。
【都市エネルギー接続】
【供給率――一〇〇%】
空気が震えた。
大地が震えた。
そして――都市そのものが、目を覚ました。
【都市戦術奥義――最終段階】
【最終術式を起動します】
黄金の文字が、最後の一行を表示する。
【《アーク・エマイン》】
【起動】
その瞬間。
空が――黄金になった。
天穹を覆い尽くすほど巨大な魔法陣が出現する。
幾重にも重なった術式が回転し、都市全域へ光の線が走った。
叡智の塔の頂から、一本の光が天へ伸びる。
その光が天空の魔法陣と接続した。
――ドクン。
まるで都市そのものが心臓になったかのように。
大地が脈打った。
ベヒモスが震える。
「G……」
さっきまで怒り狂っていた巨獣が。
初めて――怯えた。
「GGGGGGAAAAAAAAAッ!!」
咆哮。
漆黒の瘴気が爆発的に膨れ上がる。
津波のような闇が、こちらへ押し寄せてきた。
だが。
俺は動かなかった。
黄金の翼を広げたまま、ただベヒモスを見つめる。
【都市防衛権限――最終承認】
【脅威指定】
【終末級魔獣】
【排除を開始します】
機械的な声が響いた。
次の瞬間。
天空の魔法陣が輝いた。
一本。
十本。
百本。
千本。
無数の黄金の光槍が、空から降り注ぐ。
ズガガガガガガガガガッ!!
大地が砕ける。
山が揺れる。
黄金の光が、ベヒモスの巨体を次々と貫いていく。
「GGGGGAAAAAッ!!」
咆哮が悲鳴へ変わった。
漆黒の瘴気が消し飛んでいく。
逃げることすらできない。
どこへ逃げても、黄金の光槍が先回りする。
当然だ。
これは俺一人の攻撃じゃない。
エマイン・マハ。
この都市そのものが――敵を狙っている。
最後の光槍が、天空から落ちてきた。
それは他の光槍よりも遥かに巨大だった。
まるで天から伸びる一本の柱。
俺は静かに手を下ろす。
「終わりだ」
――ズドォォォォォン!!
黄金の柱が、ベヒモスの胸を貫いた。
閃光が世界を覆う。
轟音が消える。
そして。
静寂。
百メートルを超える巨体が、ゆっくりと傾いていく。
ズゥゥゥゥゥン……。
大地が大きく揺れた。
倒れたベヒモスの身体から、黄金の粒子が舞い上がっていく。
やがて。
その巨体は完全に光となって消えた。
誰も声を出さなかった。
ガードナーも。
シャーリスも。
そして俺自身も。
ただ、目の前の光景を見つめていた。
終わった。
勝った。
俺たちは――勝ったのだ。
だが。
正確には違う。
勝ったのは、人間でもない。
俺でもない。
英雄でもない。
この都市そのものだ。
かつて数え切れないほどの人々が暮らし、そして滅びた古代都市。
エマイン・マハ。
その都市が今。
何百年もの眠りから目を覚まし――。
自らの敵を裁いたのだ。
そして。
ベヒモスだけではなかった。
周囲に群がっていた魔獣たちも、いつの間にか黄金の光に包まれている。
次々と。
一匹、また一匹。
悲鳴すら上げる暇もなく、黄金の粒子となって消えていく。
まるで都市が――。
「ここから先へは、一歩も入れるな」と告げているかのように。
俺は黄金の翼を広げたまま、静かにその光景を見つめていた。




