旧文明の中枢を発見したら、六百年待ち続けた守護騎士が目覚めた
だが、あまり、時間はない。
「ハーシス」
「急いで、地下への入口を探そう」
「うん」
リリィは真剣な顔で頷く。
「中央管理区画へ続く通路は、普通の人には見つけられないようになってる」
「隠し通路か?」
「ううん。
結界」
「結界?」
「管理者とオペレーター、その両方の認証が揃わないと見えないの」
なるほど。
だから数百年もの間、誰にも発見されなかったのか。
普通なら、塔を隅々まで調べれば入口くらい見つかる。
しかし、入口そのものが認識できないのなら話は別だ。
「行ってみよう」
俺たちは叡智の塔へ向かった。
石造りの塔は朝日に照らされ、静かにそびえ立っている。
ここが都市の中心。
そして、その地下には旧文明の中枢が眠っている。
塔へ入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
俺たちは最上階へ向かうのではなく、一階の奥へ歩いていく。
リリィは迷うことなく進み、一枚の壁の前で立ち止まった。
「ここ」
どう見ても石壁だ。
継ぎ目一つ見当たらない。
「本当にここなのか?」
「うん」
リリィはそっと壁へ手を伸ばした。
彼女の手から腕にかけて光の文様が走った。
「システムダイレクトリンク開始」
すると――。
壁面いっぱいに黄金色の魔法陣が浮かび上がる。
幾何学模様が幾重にも重なり、文字とも紋様ともつかない古代文字が光を放ちながら回転し始めた。
思わず息を呑む。
リリィの上にも同じような幾何学模様が走っていた。
これがオペレーターの能力か。
『管理者認証を開始します』
機械的な女性の声が響いた。
【都市管理者 ハーシス 認証】
続いてリリィが壁へ手を触れる。
『オペレーター認証を開始します』
【オペレーター リリィ 認証】
黄金の魔法陣がさらに強く輝く。
【共同認証を確認】
【封鎖解除】
【中央管理区画への通路を解放します】
重低音が塔全体を震わせた。
ゴゴゴゴゴ……。
石壁が左右へ滑るように動き始める。
その向こうから、冷たい空気がゆっくりと流れ出してきた。
長い年月、一度も開かれることのなかった空気。
どこか懐かしく、それでいて張り詰めた気配が漂っている。
壁の奥には、地下へ続く巨大な螺旋階段が姿を現した。
階段の両脇には青白い水晶灯が一本、また一本と灯り始める。
まるで訪問者を迎えるように。
『中央管理区画、起動シーケンス開始』
『管理者の帰還を確認』
『施設各部へ通達』
『最終守護者、待機状態を解除』
俺とリリィは顔を見合わせる。
「……今の声」
「あの奥から聞こえた」
嫌な予感がした。
管理システムは、俺たちが来ることを歓迎している。
だが、それと同時に何かも目覚め始めている。
ナンシーが肩の上で小さく震えた。
『マスター。この先より、極めて高密度のレイキ反応を検知』
『現在も出力が上昇しています』
「生きてるのか……?」
『はい。推定対象数、一』
一体だけ。
だが、その一体が桁違いだった。
俺はゆっくりと剣の柄へ手を添える。
戦うためではない。
いつでも動けるよう、自分を落ち着かせるためだ。
「行こう」
「うん」
俺たちは並んで階段へ足を踏み入れた。
その瞬間――。
遥か地下最深部で、黄金の瞳が再び静かに輝いた。
螺旋階段は、どこまでも続いていた。
石ではない。
白銀とも水晶ともつかない未知の素材で造られた階段は、数百年の時を経ても傷一つなく、淡い青白い光を放っている。
足音だけが静寂の中へ吸い込まれていく。
コツ――。
コツ――。
やがて村の気配は完全に消えた。
代わりに漂っているのは、濃密なレイキ。
息を吸うだけで全身へ魔力が染み込んでくるような、不思議な感覚だった。
「すごい……」
リリィが思わず呟く。
「こんなに濃いレイキ……昔でも滅多になかった」
ナンシーも肩の上で驚きを隠せない。
『通常環境の約二十五倍を観測。
マスター、この区域では妖精魔法の効率が大幅に向上します』
「そんな場所が、ずっと地下に眠っていたのか」
俺は周囲を見回す。
壁には無数の魔法陣が刻まれ、その間を黄金色の光が血管のように流れている。
まるで都市そのものが生き物だ。
ここは地下ではない。
都市の心臓部――。
そんな表現が、自然と頭に浮かんだ。
さらに進むと、螺旋階段はようやく終わりを迎えた。
その先には、巨大な円形広間が広がっている。
天井は遥か高く、無数の水晶が夜空の星のように輝いていた。
中央には直径十メートルを超える黄金の魔法陣。
その中心に、一つの台座が設けられている。
だが、俺の目を奪ったのは、その奥だった。
壁一面を埋め尽くす巨大な光の地図。
すべてが黄金の光となって浮かび上がっている。
「これが……都市管理システム」
思わず息を呑む。
俺がゲーム内で何度も見てきた管理画面とは比較にならない。
まさに都市そのものを制御する中枢だった。
『管理者の来訪を確認』
静かな女性の声が響く。
『中央管理区画へようこそ』
『管理権限を照合します』
【都市管理者 ハーシス】
【権限 Lv1】
【オペレーター リリィ】
【認証率 68%】
【照合完了】
【仮管理者として登録】
直後。
広間全体が淡い光に包まれた。
壁という壁に文字が浮かび上がる。
【都市稼働率 4.8%】
【外周防壁 停止】
【迎撃兵器 停止】
【都市結界 停止】
【魔導工房 停止】
【転移門 停止】
【生産施設 停止】
【中央演算機関 低出力稼働】
【最終守護者 起動済】
俺は最後の一行で視線を止めた。
「最終守護者……起動済?」
その瞬間だった。
ゴォォォン――。
広間全体が大きく震えた。
重々しい足音。
一歩。
また一歩。
まるで巨人が歩くような振動が、通路の奥から近づいてくる。
リリィの顔から血の気が引いた。
「あ……」
震える指が暗い通路を指差す。
「来る……」
闇の向こうで、二つの黄金の光が灯る。
それは目だった。
やがて巨大な影がゆっくりと姿を現す。
白銀の鎧。
二メートルを優に超える巨体。
全身を覆う装甲には黄金の魔法回路が走り、その腰には一本の長剣が提げられている。
その姿は兵器というより、一人の騎士だった。
騎士は俺たちの前で足を止める。
静寂。
緊張で誰も動けない。
ゆっくりと騎士が右膝をついた。
ガシャン――。
重い金属音が広間へ響く。
そして胸へ右拳を当て、深々と頭を垂れる。
『都市防衛機構・最終守護者』
『都市管理者、およびオペレーターの共同認証を確認』
『数百年にわたる待機任務を終了します』
黄金の瞳が、まっすぐ俺を見上げる。
『管理者殿』
騎士はゆっくりと立ち上がると、その巨大な身体をわずかに横へ退いた。
その先には、さらに奥へ続く純白の通路がある。
「まだ奥があるのか?」
『はい』
『中央管理区画は都市中枢の一部に過ぎません』
その言葉と同時に、壁一面へ立体映像が広がった。
黄金の都市。
何層にも重なる地下施設。
無数の工房。
飛空艇格納庫。
魔導研究棟。
巨大農業プラント。
都市全体の立体地図だった。
しかし、その大半は赤く染まっている。
【封鎖】
【損壊】
【機能停止】
【未接続】
「……これ全部、この都市なのか」
『はい』
『現在復旧率、四・八パーセント』
絶望的な数字だった。
つまり、俺が今まで使っていた叡智の塔ですら、この都市のほんの一部に過ぎなかったということだ。
その事実に、思わず言葉を失う。
俺がこれまで「都市」だと思っていたものは、巨大な氷山の一角に過ぎなかった。
目の前に広がる立体地図は、地下深くまで幾重にも重なり合い、まるで一つの世界そのものだった。
居住区。
生産区。
研究区。
軍事区。
農業区。
水源管理区。
それぞれが独立しながらも、一本の巨大な光の幹で結ばれている。
『旧文明都市』
『総管理人口――百二十万人、内「行政区」1万5千人』
その数字に、俺は思わず息を呑んだ。
「百二十万……行政区だけでも一万五千人?」
人口が百二十万人というと、さいたま市などの政令指定都市レベルだ。
その中の一区画である区だけでも一万五千人もいたというのか。
今の村は、ようやく数十人。
比較にもならない。
これほどの都市が、かつてこの世界に存在していたというのか。
リリィも震える声を漏らす。
「……やっぱり」
「知っていたのか?」
「ううん……知識として残っていただけ。実際に見るのは初めて」
彼女は巨大な立体地図を見上げ、小さく呟く。
「こんなに大きかったんだ……」
アーク・ナイトが静かに口を開く。
『旧文明末期、世界各地に建設された管理都市の一つです』
『本都市は、大洪水災害発生時、人類保護計画第二十三号拠点として運用されました』
聞き慣れない単語に眉をひそめる。
「人類保護計画?」
『はい』
『文明存続を最優先目的として策定された最終計画です』
立体映像が切り替わる。
青く輝いていた世界地図が、赤い光に染まっていく。
海面は急速に上昇し、大陸が次々と飲み込まれていく。
巨大な津波。
崩壊する都市。
空を覆う黒雲。
まるで世界の終わりだった。
リリィが唇を震わせる。
「これが……大洪水……」
『全人口の九十九・八七パーセントが消失』
『文明維持は不可能と判断』
『最終段階へ移行』
映像はさらに変わる。
無数の眠りの棺。
その中で静かに眠る人々。
子どもや若い男女が多いが研究者や兵士らしいものなど、さまざまな人間が、黄金の光に包まれている。
『文明の種、保存開始』
『各管理都市へ分散』
俺はリリィを見る。
彼女も俺を見ていた。
「……文明の種」
その言葉の意味が、ようやく繋がった。
アーク・ナイトは静かに頷く。
『リリィ様は、数少ない目覚めに成功し、その計画の中核を担う管理補佐人格です』
『多くは凍結処理や保存処理、解凍処理メレグリー供給停止などの理由により失敗し再び目覚めることはありませんでした』
『文明継承計画における、最後のオペレーター』
リリィが小さく目を伏せる。
「だから……わたしだけが眠っていたんだ……」
『はい』
『都市管理者不在により、緊急保存モードへ移行』
『六百三十二年間、待機を継続しました』
「六百三十二年……」
想像もできない時間だった。
彼女は、その間ずっと一人で眠り続けていたのか。
誰も来ない都市で。
誰にも起こされることなく。
アーク・ナイトはリリィへ向き直ると、深々と頭を下げる。
『長らくお待たせいたしました』
その一言だけだった。
しかし、その言葉には六百年以上という歳月の重みが込められていた。
リリィの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「……ただいま」
小さな、本当に小さな声。
それでも、その言葉を聞いた瞬間。
広間中の水晶が一斉に輝きを増した。
『オペレーター帰還を確認』
『都市中枢、同期開始』
【共同認証率 六十八パーセント】
【同期処理開始】
【六十九パーセント】
【六十九・五パーセント】
黄金の文字が次々と流れていく。
俺は思わず目を見開いた。
「認証率が上がってる?」
『オペレーターの記憶回復に伴い、認証率は自動上昇します』
つまり、リリィが失われた記憶を取り戻すほど、この都市は本来の機能を取り戻していくということか。
その時だった。
ピコン、と軽い電子音が鳴る。
【管理者権限 更新】
【Lv1→Lv2】
【新規権限を取得しました】
【施設情報閲覧】
【管理端末接続】
【都市資源検索】
俺の管理画面へ、新しい項目が追加される。
「権限が……上がった」
アーク・ナイトが静かに説明する。
『管理者権限は、都市復旧率および共同認証率に連動して拡張されます』
『なお、権限レベル3へ到達した場合――』
騎士の黄金の瞳が静かに輝く。
『本機を含む、すべての都市防衛機構への直接命令権が解放されます』
ついに、その条件が明らかになった。
俺たちが目指すべき場所。
管理者権限レベル3。
そこへ辿り着いた時、ガーディアンは敵ではなく、人類を守る力となる。
しかし、その直後だった。
広間の空気が、突如として凍りつく。
耳障りな警報音が鳴り響いた。
『――警告』
『都市中枢の再起動に伴い、封印されていた高密度レイキが地上へ漏出しました』
『高位魔獣は高濃度レイキへ本能的に引き寄せられます』
『特に《森王級》は縄張りを侵されたと判断し、都市を破壊します』
【都市外周部に超高濃度レイキ反応を確認】
【個体識別開始】
【識別完了】
【危険度:《森王級》】
【脅威判定――A】
【推定戦力】
【大型魔獣 一】
【上級魔獣 二】
【中級魔獣 九】
【下級魔獣 二十】
俺は思わず息を呑んだ。
「……軍勢だ」
ガーディアンが一体ではない。
魔獣の群れそのものが、この都市へ向かって進軍している。
アーク・ナイトの黄金の瞳が静かに細められる。
『推定目的――都市中枢の破壊』
『現戦力では迎撃成功率、一二・四%』
低い。
あまりにも低い数字だった。
だが、続いて新たな表示が浮かび上がる。
【管理者権限Lv2を確認】
【緊急防衛プロトコルを解放】
【転移機能 一回限定使用可能】
【転移先:《叡智の塔 一階》】
【都市内における妖精の戦闘形態での実体化を一時的に許可します】
【都市内限定】
【レイキ供給開始】
【対象】
トモロ
ベル
ノエ
リッカ
そして眩い黄金の光が足元から溢れ出す。




