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自分が作ったゲーム世界に転生した俺、都市管理システムで文明を一から復興する~ゲーム開発者の建国記~  作者: 水源


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文明再建、まずは風呂から始めます

 そんなこんなで――ベヒモスとの死闘を終えたあと、俺はそのまま意識を失ったらしい。


 次に目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、見慣れた石造りの天井だった。壁の隙間から差し込む柔らかな朝日と、鼻をくすぐる薬草の香り。額には、誰かが何度も取り替えてくれたのだろう、ひんやりと冷たい布が載せられている。


 ……生きている。


 その事実に胸を撫で下ろした瞬間、ベヒモスとの激戦が脳裏によみがえった。


 契約融合によって全身を焼くような莫大なレイキが流れ込み、都市そのものと一つになったような感覚を覚えたこと。そして、すべてを賭けた最後の一撃――。


「……っ」


 身を起こそうとした途端、全身に鈍い痛みが走った。


「痛っ……!」


「もう、無理しないで」


 アトラが心配そうに眉を寄せながら、俺の肩へそっと手を添える。無理に起き上がろうとする俺を諭すような声音だったが、その表情には安堵も滲んでいた。


 ベッドの脇にはアトラだけでなく、リリィとダグラスの姿もある。その足元では、ミントがベッドに突っ伏したまま、すやすやと寝息を立てていた。どうやら看病を続けるうち、そのまま眠ってしまったらしい。


 小さな背中が規則正しく上下する様子に、自然と頬が緩む。


「ふう……よかった。本当にようやく目が覚めたのね」


 アトラは胸元に手を当て、大きく息を吐いた。張り詰めていたものが一気に抜けたような顔をしている。


「……そんなに心配かけたか?」


 俺が苦笑しながら尋ねると、アトラは一瞬だけ目を細め、それから少し怒ったように唇を尖らせた。


「そんなに、なんてものじゃないわよ」


 責めるような口調なのに、その声はどこか震えている。


「あなた、丸三日も眠ったままだったんだから」


「……三日?」


 思わず目を見開いて聞き返す。


「三日三晩よ」


 アトラは指を三本立てるようにしながら、呆れたような、それでいて泣きそうな表情で言い聞かせる。


「げっ、そんなにか」


 俺が思わず顔をしかめると、アトラはようやく少しだけ笑った。


「ええ。何度呼びかけても起きないんだもの。ミントなんて、ずっと『パパ、起きて』って言ってたのよ」


 アトラが足元へ視線を落とす。


 その言葉に、眠っているミントの小さな手が俺の服の裾を掴んでいることに気づいた。


「……そうだったのか」


 俺はそっと、その手を握った。


 予想以上だった。


 契約融合の反動は、俺の想像をはるかに超えていたらしい。ゲーム時代には存在しなかった能力なのだから、当然、副作用に関するデータなんてあるはずもない。


(……命があっただけでも儲けものか)


 胸の内でそう呟きながら、俺が小さく息を吐いたところで、ふと気になっていたことを思い出した。


「そういえば……ガーディアンは?」


 俺が顔を上げてリリィへ視線を向けると、彼女は穏やかに微笑みながら小さく首を傾げた。


「私がここにいる時点で、おおよその察しはついていると思いますが」


「ああ。管理者権限が上がったんだろ?」


 俺が確認するように尋ねると、リリィは嬉しそうに頷いた。


「はい」


「管理者権限が第三段階まで昇格したことで、二体のガーディアンは正式に都市管理システムへ再登録されました。現在はどちらも管理者であるハーシスの指揮下にあります」


「そうか!」


 思わず声が弾み、俺は痛みを忘れて上半身を少し起こしかける。


「ってことは、今後はガーディアンを戦力として運用できるのか?」


 戦闘力評価S。ベヒモスを上回る圧倒的な戦闘力が味方になる。それだけで、この都市の防衛力は桁違いになるはずだった。


 だが、リリィは申し訳なさそうに眉尻を下げ、静かに首を横へ振った。


「残念ながら、現状では困難です」


「え?」


 俺が拍子抜けしたように瞬きをすると、リリィは指先を軽く動かして空中に光の画面を浮かび上がらせる。


「アーク・ナイトも、私を追跡していたもう一体のガーディアンも、数百年という長い休眠期間によって内部機構が著しく劣化しています」


 画面には複雑な魔導機構の断面図と、赤く点滅する警告表示が並んでいた。


「関節摩耗率八十七%。魔導回路多数断線。装甲内部腐食。現状では戦闘行動は推奨できません」


 淡々と説明するリリィとは対照的に、俺は画面を覗き込みながら眉を寄せた。


「つまり?」


「人間で言えば、骨も筋肉もボロボロの老人に全力疾走させた状態です」


 リリィが少し困ったように微笑んで言う。


 画面が切り替わり、巨大な騎士が膝をついたまま動かない姿が映し出された。装甲の隙間には錆が浮き、関節から白い粉がこぼれている。


「今のアーク・ナイトは、何年も放置されていた荷馬車を無理やり走らせたような状態です」


「ああ、それなら分かる」


 俺も納得したように頷く。


「動いたこと自体が奇跡ですね」


「特に手入れをしなくても大丈夫ってわけじゃなかったんだな」


 俺が苦笑交じりに尋ねると、リリィは真面目な顔へ戻った。


「はい。あの戦闘では都市全域のレイキ濃度が異常なまでに上昇していました。その膨大なエネルギーを利用して、管理システムが本来必要な整備工程を強引に省略し、アーク・ナイトの緊急起動を行ったのです」


 なるほど。


 だから動けた。


 いや、正確には――無理やり動かされていたのだ。


「私を追跡していた個体はさらに状態が悪く、ここまでたどり着いたこと自体が奇跡だったと言えるでしょう」


 リリィが少し目を伏せながら付け加える。


「つまり、今は完全にオーバーホール待ちってことか」


 俺が肩を竦めると、リリィは素直に頷いた。


「はい。そのためには特殊な魔導素材や希少金属、さらに専用設備が必要になります」


「全部、今の俺たちにはないものばかりだな」


 俺が苦笑すると、リリィも困ったように小さく頷いた。


「その通りです」


 夢の超兵器を手に入れたと思ったら、修理費だけが残ったようなものだ。


 少し残念ではあるが、動かないものを嘆いても仕方ない。


「まあ、逆に考えれば敵に奪われる心配もないってことだ」


 俺が肩をすくめると、リリィは口元を緩めた。


「そうですね」


 そして、彼女は少しだけ表情を改める。


「ですが、修復そのものが不可能というわけではありません。都市復興率が上昇すれば、管理工廠や魔導整備区画も順次再起動します。その時には専用設備で本格的なオーバーホールが可能になるでしょう」


「それはありがたいな」


 俺は少しだけ安堵して、枕へ背を預け直した。


 いつになるのかは分からない。だが、道が残されているだけでも十分だった。


 すると、それまで黙って話を聞いていたダグラスが一歩前へ出た。大柄な体を折り曲げ、深々と頭を下げる。


「ハーシス。本当にすまなかった」


 低い声には、明らかな悔しさが滲んでいた。


「ん?」


 俺が顔を向けると、ダグラスは拳を強く握り締め、目を伏せる。


「あの戦いで、俺は何一つ力になれなかった」


 その横顔から伝わってくる悔しさは、痛いほどだった。


 俺は小さく息を吐いてから首を横に振る。


「そんなことはないさ」


 穏やかにそう告げながら、俺はダグラスを真っ直ぐ見た。


「リリィが無事ここまで来られたのは、あんたが命懸けでここまで連れてきたからだ。そのせいで、あれほどまでにぼろぼろだったんだろう?」


「……」


 ダグラスはしばらく黙ったまま俺を見つめていたが、やがて肩の力を抜き、小さく息を吐いて顔を上げた。


「ああ……ありがとう」


 先ほどまで強張っていた表情から、少しだけ陰りが消える。


「だが、それでも俺は俺なりに、この街に貢献したい」


 そう言って、ダグラスは背負っていた筒を机の上へ置いた。筒を開き、大きな紙を二枚取り出すと、丁寧に広げる。


 そこに描かれていたのは、共同住宅と大食堂の設計図だった。


 部屋割りだけではない。日当たり、雨水を集める樋、換気窓、梁の太さ、石材の積み方、排水経路まで細かく記されている。


「これは……」


 俺が身を乗り出して図面を覗き込むと、ダグラスは少し誇らしげに胸を張った。


「共同住宅と、大食堂の設計図だ」


「なるほど、よくできてるな」


 俺が頷きながら図面を眺めていると、外から人の声が聞こえてきた。


「こっち、もう運んでいいぞ!」


「待て、まだそこは乾いてない!」


「食堂の鍋、そろそろ火を弱めてくれ!」


 窓の向こうから、何人もの声が重なって聞こえてくる。


 以前なら、こうして朝から人の声が響くことなんてなかった。


 それぞれが小さな仮住まいで身を寄せ、必要な仕事だけをしていた頃とは違う。


 今は、誰かが家を建て、誰かが食事を作り、誰かが荷物を運んでいる。


 街が、朝を迎えていた。


「……だが、可能なら食堂の外に増設してほしい施設がある」


「増設してほしい施設?」


 ダグラスは眉を上げ、不思議そうに俺を見る。


「ああ。厨房にデカいパン焼き窯があるだろう? その予熱を使って、小さくて構わないから入浴施設を作ってほしい」


 その一言に、アトラがぱっと顔を輝かせた。


「お風呂……? 入れるようになるの?」


 期待を隠しきれず、彼女は身を乗り出して俺を見る。


「ああ。うまく設計できればな」


 俺が笑って頷くと、アトラは胸の前で手を組み、嬉しそうに微笑んだ。


「それは嬉しいわ……! いままでは水で濡らした布で毎日体を拭くことしかできなかったから……ちゃんとお湯に入れるなら、本当に嬉しいわ」


 その声を聞いていたミントが、眠そうな顔のまま顔を上げる。


「おふろ?」


「そう。みんなで温かいお湯に入れるようになるの」


 アトラが笑いながら答えると、ミントの目が一気に輝いた。


「ぼくも入っていい?」


「もちろん」


「やった!」


 小さな声が部屋に響き、俺たちは思わず顔を見合わせた。


 風呂なんて、文明の発展という言葉だけで考えれば後回しにしてもいい施設だ。


 でも――。


 毎日泥や汗にまみれて働く人たちが、仕事の終わりに温かい湯へ浸かれる。


 それだけで、明日も頑張ろうと思える人はいるだろう。


「素晴らしい発想ですね」


 隣でリリィも頷きながら、いつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「旧文明ではバスルームは標準設備でした。そして、熱エネルギーの再利用も基本的な設計思想の一つです。製鉄所や発電所などの熱源から複数の設備へ熱を供給することで、燃料消費を大幅に削減できます」


「俺は『窯の熱がもったいない』くらいしか考えてなかったが、そこまで理屈があるとはな」


 俺が頭を掻きながら苦笑すると、ダグラスは感心したように腕を組んだ。


「水も貴重な資源だろう? そんな贅沢をしていいのか?」


 心配そうに眉を寄せるダグラスへ、俺は手を軽く振りながら答える。


「いや、贅沢なんかじゃない。清潔を保つことは、そのまま人の命を守ることなんだ」


 それを聞いて、アトラも真面目な顔で頷く。


「体を清潔に保てれば皮膚病や傷口の化膿も減りますし、体調管理もしやすくなります」


「それに、燃料を節約できるなら、今の俺たちにとっては十分現実的だ」


 俺がそう付け加えると、ダグラスも納得したように頷いた。


「なるほどな。なら、ただの風呂じゃない。みんなが長く働くための設備ってことか」


「そういうことだ」


 俺が笑うと、ダグラスも少しだけ口元を緩めた。


 そして設計図の余白へ炭で線を引きながら、建築士らしい顔つきになる。


「浴場そのものは大きくなくてもいい。湯船が一つと、体を流せる洗い場があれば十分だ。窯の熱を煙道で回して水を温めれば、薪を余計に使わずに済む。煙道を床下へ巡らせれば浴場全体を暖められるし、煙突の引きを利用すれば湿気も抜ける」


「さすが建築士だな。俺じゃ思いつかなかった」


 俺が感心して言うと、ダグラスは少し照れたように頬を掻いた。


「長年、食ってきた知恵だからな」


 そう言ってから、彼は図面の上へ視線を落とし、職人らしい真剣な顔で続ける。


「立派な建物を造るだけが建築士じゃねえ。限られた資材で、どう暮らしを良くするか。それを考えるのも俺たちの仕事だ」


「頼もしいな」


 俺が素直に笑うと、ダグラスも嬉しそうに口元を緩めた。


 そのとき、部屋の隅で黙っていた見知らぬ男が、おずおずと手を挙げた。


「……話の途中、失礼します」


 遠慮がちな声に、俺はようやく男へ視線を向ける。


「ん? そういえばこの男は?」


 俺が首を傾げると、ダグラスが振り返って男へ目を向けた。


「ああ。元は俺と同じ都市で働いていた石工のスミスだ」


 ダグラスに促されるように、一人の男が進み出る。


 肩幅が広く、腕は丸太のように太い。腰には大小様々なノミ、革袋には石工用コンパス。手の甲には石で擦れた無数の傷跡があり、爪の隙間には白い石粉が入り込んでいる。


 長年、石を相手にしてきた職人であることが一目で分かった。


「スミスと申します。石積みや石切り、水路や橋の建設を生業としております」


 スミスは胸の前へ手を添え、緊張した面持ちで一礼した。


「スミスは腕のいい石工だ」


 ダグラスは少し誇らしげに口元を上げながらスミスを紹介する。


「石積みだけじゃない。石の切り方、削り方にも熟練しているし、橋や水路、城壁まで何でも造れる。俺が最も信頼している職人だ」


 スミスは腰から小さな石槌を取り出し、手の中でゆっくりと撫でる。


「これは親父から受け継いだ道具です」


 そう呟いてから、少し遠くを見るような目をした。


「街はいくつも滅びるのを見ました。でも石だけは残る」


 握った石槌へ視線を落とし、その手に力を込める。


「だから私は、人が何百年後に見ても誇れる街を造りたい」


 その言葉に俺は頷き、スミスへ正面から向き直った。


「歓迎するよ、スミス」


「ありがとうございます!」


 スミスは深々と頭を下げた。


「この街はまだ何もない。立派な城壁もなければ、橋も、水路も、石畳の道すらほとんどない。これから全部、一つずつ造っていくことになる」


 俺がそう告げると、スミスは顔を上げ、力強く頷いた。


「望むところです」


 その目には、仕事を前にした職人らしい熱が宿っている。


「私の腕が、この街の礎になるのであれば、これほど職人冥利に尽きることはありません」


「頼もしいな」


 さらに人手の話になると、スミスは少し困ったように眉を下げた。


「正直に申し上げれば不足しています。ですが、基礎や石積みはコツさえ教えれば素人でも手伝えます。重要な部分だけ職人が担当すれば十分進められます」


「なら、ミントに手伝ってもらうか……」


 俺はベッドの足元で眠っているミントの肩へ手を伸ばし、優しく揺する。


「ミント」


「ん……パパ?」


 ミントは眠そうに目をこすりながら顔を上げ、そのまま俺へ勢いよく飛びついてきた。


「あ、こらこら」


 俺が笑いながら受け止める。


 今回はきちんと力加減をしているらしく、以前のように息が止まるほど抱き締められることはなかった。


「心配かけたな」


 俺が頭を撫でると、ミントはぷくっと頬を膨らませた。


「ほんとうだよ」


「もう大丈夫だ。それより一つお願いがある」


「お願い?」


 ミントが首を傾げながら俺の顔を覗き込む。


「この人と一緒に石を切り出したりするのを手伝ってくれないか? 危険だったり細かな作業はしなくていい。石を運んだり、力仕事を少し手伝ってもらう程度でいい」


 俺がスミスを指し示すと、ミントはじっと彼を見つめた。


「うん、いいよ」


 すぐに笑顔になる。


「この人、石と土をいっぱい触ってきた人の匂い。悪い人じゃないよ。それにパパのお願いなら、ぼくがんばる!」


「ちなみに、岩を割るくらいならぼくでもできるよ?」


 ミントが得意げに胸を張ると、スミスが驚いたように目を見開いた。


「……まじか」


 俺が思わず呟くと、スミスは困惑した顔で自分の石槌を見下ろす。


「普通は楔とハンマーを使うんだがな」


「ハンマーで?」


 ミントが不思議そうに首を傾げる。


「そうだ」


「へぇ……人間って大変なんだね」


 無邪気な一言に、スミスの顔が引きつった。


「……今なんと?」


 ミントはそんなスミスの様子も気にせず、嬉しそうに拳を握る。


「こう、えいって」


 腕を振り上げる仕草までしてみせると、スミスは完全に言葉を失った。


「俺のノミが泣く……」


 肩を落として呟くスミスを見て、ダグラスも堪えきれないとばかりに苦笑する。


「建築の常識が崩れたぞ」


 その様子に、俺も思わず吹き出した。


 やがてミントとスミスが採石場の話を始める。


 どこから石を切り出すのか。


 どんな石なら建物に向いているのか。


 ミントが運ぶなら、どこまでなら安全なのか。


 さっきまで知らない者同士だった二人が、もう一緒に仕事をする話をしている。


 俺はそれを眺めながら、妙に嬉しい気持ちになった。


 こういう光景を見るのは、初めてだった。


 施設を作るのは俺だ。


 でも、その施設をどう使うかを決めるのは、俺じゃない。


 ここにいる人たち自身なのだ。


 建築士ダグラス。


 石工スミス。


 農夫たち。


 狩猟採取を担う者たち。


 食事を作る者たち。


 そして、ミント。


 少しずつだが、この街に「暮らし」が生まれ始めていた。


 その光景を見ながら、俺は改めて都市管理システムを開いた。


 ――都市管理システム――


 都市名:エマイン・マハ

 状態:小集落(都市Lv3)


 施設

 ・叡智の塔 Lv2

 ・農場 Lv2(畑・放牧地)

 ・製材所 Lv2


 建設可能施設は、以前とは比べものにならないほど増えていた。


 共同住宅や厨房付き大食堂といった生活施設だけではない。診療所や公衆浴場、共同井戸などの衛生・医療施設、製粉設備や石工房、精錬所、鍛冶工房などの生産施設、さらに監視塔や防壁、兵舎といった防衛施設まで並んでいる。


 学舎、図書館、研究所といった、文明を次の世代へ繋げるための施設まである。


 以前の俺なら、この一覧を見ていたら「次は何を建てるか」と考えていただろう。


 けれど、今は少し違った。


 診療所ができれば、怪我をした人が助かる。


 公衆浴場ができれば、仕事を終えた人たちが温かい湯に浸かれる。


 学校ができれば、子供たちが文字を覚える。


 石工房ができれば、スミスのような職人が腕を振るえる。


 施設は、建てて終わりじゃない。


 そこから、人の暮らしが始まる。


「……すごいな」


 俺が画面を見ながら感嘆すると、リリィも横から画面を覗き込み、静かに頷いた。


 文明を復興するための選択肢が、一気に増えていた。


 だが、建てられる施設が増えたからといって、全部を一度に作れるわけではない。


 俺は必要資材を確認しながら、今の都市に本当に必要なものを考える。


 木材だけで作れる施設も多いが、より本格的な施設になると石材や金属材が必要になる。そして、その中でも特に目につくのが石材不足だった。


「……まず、石だな」


 俺が画面の石材欄を指でなぞるようにしながら呟くと、リリィもその意味を察したように頷く。


 共同井戸も、公衆浴場も、診療所も石材が必要になる。なら、先に石を確保しなければ、その先へ進めない。


 もちろん製粉設備も重要だ。収穫した雑穀を粉にできれば、パンや麺も作れるし、保存性も上がる。医療だって早いうちに整えておきたいし、人口が増えれば教育や研究も必要になる。防衛施設だって、都市が発展すればするほど重要になるだろう。


 だが、全部を今すぐというわけにはいかない。


「……優先順位をつけないとな」


 俺が腕を組んで考え込むと、目の前に淡い光が集まった。


【推奨建設順を表示しますか?】


「……そんな機能まであるのか」


 思わず笑う俺を見て、リリィが小さく微笑む。


 俺が開発していた頃には、こんな機能は存在しなかった。リリィから文明継承者としての権限を受け継いだことで、都市管理システムそのものが変化したのだろう。


 俺は表示された項目を眺めながら、ゆっくりと頷いた。


 どれも必要だ。


 だが、今必要なのは「いつか」ではない。


 今、生き延びるために必要なものだ。


「まずは採石場」


 俺がそう言い切ると、リリィが静かに頷く。


 石がなければ、次の施設へ進めない。


「その次に石工房。採掘した石を加工できれば、建設効率も上がる」


 俺は指先で項目を順に追っていく。


「それから共同井戸、診療所、公衆浴場だな」


 アトラが少し嬉しそうに「公衆浴場」の文字へ目を向ける。


「製粉設備も重要だが、まずは都市の基盤を整える方が先だ。教育や研究、防衛も、土台ができてからになる」


 俺がそう言うと、ダグラスが横から図面を覗き込んだ。


「なら、採石場ができたら次は石工房だな」


 スミスも頷く。


「石が確保できれば、共同住宅の基礎も強くできます。水路を造るにも石は必要です」


「そうね。診療所ができれば、怪我人を寝かせておく場所も増えるわ」


 アトラが続ける。


「それに、お風呂も……」


 その声に、ミントがすぐに反応した。


「おふろ!」


「はいはい。お風呂もだな」


 俺が笑うと、みんなの顔にも自然と笑みが浮かんだ。


 文明は、一人で作るものじゃない。


 必要なものを考える俺がいて、設計するダグラスがいて、石を扱うスミスがいて、治療する者がいて、食事を作る者がいて、畑を耕す者がいる。


 そして、彼らにはそれぞれ「こういう街にしたい」という思いがある。


 俺は採石場の項目を選択した。


【施設:採石場】


【建設条件を確認】


【木材:○】


【石材:――】


【労働力:○】


【建設可能】


「よし」


 俺が小さく頷きながら建設開始を選択する。


【採石場の建設を開始します】


【都市開発フェーズ:第一次基盤整備】


【新たな建設目標が設定されました】


【連動施設の解放条件を確認】


【石工房】


【共同井戸】


【診療所】


【公衆浴場】


 その文字を見た瞬間、俺は思わず笑った。


「……そういうことか」


 石を手に入れる。


 石を加工する。


 水を確保する。


 医療を整える。


 そして――風呂を作る。


 文明再建の第一歩は、思った以上に地味だった。


 だが、さっきまで聞こえていた声を思い出す。


 石を運ぶ者。


 食事を作る者。


 図面を描く者。


 これから採石場へ向かうミントとスミス。


 その先には、怪我をしても治療を受けられる人がいて、仕事を終えれば風呂に入れる人がいて、子供たちが文字を学ぶ日も来る。


 そう考えると、目の前に表示された採石場という小さな施設が、妙に大きなものに見えてきた。


 石を積む者がいる。


 畑を耕す者がいる。


 狩猟採取をする者がいて、食を作る者もいる。


 そして、人が安心して暮らせる場所を造る職人がいる。


 今日建った共同住宅と大食堂は、都市管理システムによって作られた規格品にすぎない。


 それでも、ここから先は違う。


 システムが土台を作り、人間がそこへ知恵と技術を積み重ねていく。


 俺は新しく建ち上がった共同住宅と大食堂を振り返った。


 さっきまで廃墟だった場所に、もう人が暮らせる街が生まれている。


 そして、その街にはもう、俺以外の人間たちが「次に何をしたいか」を考え始めている。


 まだ小さい。


 まだ脆い。


 けれど――確かに、ここから始まる。


「この街を……もっと大きくしよう」


 エマイン・マハを、かつてゲームの中で思い描いた理想を超える都市へ。


 誰もが安心して眠り、腹いっぱい食べ、笑って暮らせる街へ。


 俺は新たに働き始めた採石場へ目を向ける。


「まずは、ここからだ」


 この小さな街の礎となる石を、これから俺たち自身の手で積み上げていく。


 それが――文明再建の本当の始まりだった。

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