俺の村にやってきた少女は、滅びた文明の最後の希望だった
俺はすぐさま指示を飛ばした。
「アトラ、急いで長の家で診療を始めてくれ!」
「うん!」
「ガードナー、その子を運んでくれ!」
「任せろ!」
返事と同時に、ガードナーがリリィを抱き上げる。
そのまま、俺たちが寝泊まりしている石造りの家へ駆け出した。
「私も手伝います!」
ローズも後を追う。
「水を汲んできます! 体を冷やす布も!」
「ベルにも伝えてくれ。病人でも食べられる、消化のいいものを頼む」
「わかりました!」
ローズも駆けていく。
あっという間に、辺りが静かになった。
俺は残ったダグラスへ視線を向ける。
顔色がひどい。
土気色という言葉が、そのまま当てはまる。
長旅の疲労は、もう限界だった。
「お前も休め」
「……いや」
ダグラスは首を振った。
「リリィが目を覚ますまでは……俺は……」
「その前に、お前が倒れたら意味がない」
俺はダグラスの肩へ手を置いた。
「ここまで無事に連れてきたんだ。あとは俺たちを信じろ」
「…………」
しばらく黙っていたダグラスは、やがて小さく息を吐いた。
「……そうだな」
力なく笑う。
「少しだけ……休ませてもらおう」
そしてユグドラが言った。
『ではこの男はわしが運ぶとしよう』
「ああ、助かるよ」
その瞬間だった。
――ピコン。
【来訪者情報を取得しました】
【名称:ダグラス】
【年齢:四十八】
【状態:極度疲労・栄養失調・軽度脱水】
【評価:護衛】
【危険度:低】
【備考:重要人物を守るため長距離を移動。強い責任感を確認】
続いて、別のウィンドウが浮かび上がる。
【対象情報を解析中……】
【名称:リリィ】
【年齢:解析中】
【状態:解析中】
【職業:解析中】
【解析率:12%】
「……なんだ、これ」
思わず眉をひそめる。
名前以外、何もわからない。
年齢も。
状態も。
職業すらも。
すべてが『解析中』。
こんなことは初めてだった。
まるで――システムそのものが、彼女を認識できていない。
城塞職人の娘。
ダグラスは、そう言っていた。
だが。
本当に、それだけなのか?
「ハーシス!」
その時、アトラが血相を変えて戻ってきた。
「リリィの容体が急変したの!」
「なに?」
俺は弾かれるように走り出した。
石造りの家へ飛び込む。
そこでは、リリィが苦しそうに身をよじっていた。
呼吸が浅い。
額には脂汗が浮かび、顔は真っ赤だ。
「熱が高すぎます!」
ローズが少女の額へ手を当てている。
「このままでは危険です!」
「とにかく冷やそう!」
アトラが水に浸した布を額へ乗せた。
「頭だけじゃない。首も冷やした方がいい」
「首?」
「太い血管が通っている。そこを冷やすんだ」
「わかったわ!」
アトラが慌てて新しい布を用意する。
「薬は?」
「解熱作用のある薬草だけじゃ足りない……!」
アトラの表情が曇る。
「この子、体力そのものが尽きかけてる」
熱だけじゃない。
飢え。
疲労。
脱水。
それだけではない。
何かがおかしい。
その時だった。
リリィの胸元が――淡く輝いた。
「……え?」
黄金色の光。
それが、少女の鼓動に合わせるように脈打っている。
ドクン。
ドクン。
まるで、身体の奥で何かが生きているようだった。
「なんだ……?」
俺が近づいた瞬間。
光が強くなる。
――ピコン。
【未知のエネルギー反応を検知】
【既知データベースとの一致率:0%】
「……一致率、ゼロ?」
そんな表示は見たことがない。
レイキでもない。
生命力でもない。
俺の知っている、どのエネルギーとも一致しない。
【重要人物との接触を推奨】
【解析を開始します】
「重要人物……?」
その直後だった。
リリィの唇が、かすかに動いた。
「……やっと……」
「リリィ?」
「……見つけた……」
掠れた声。
俺は耳を澄ます。
「……光る塔の……ある場所……」
そこで、少女の意識が途切れた。
「おい!」
呼びかけても反応はない。
だが――。
先ほどまで荒かった呼吸が、少しだけ穏やかになっていた。
「熱は?」
アトラが額に触れる。
「……少し下がってる」
ほっと息を吐く。
「でも、まだ危ない」
「そうか……」
俺は胸を撫で下ろした。
最悪の事態だけは、ひとまず避けられたらしい。
だが。
頭から離れない。
『光る塔のある場所』
まるで――この場所を知っていたような言葉だった。
いや。
違う。
この場所を目指して、やって来た?
その時。
――ピコン。
【解析率:23%】
【保有適性:解析中】
「適性……?」
職業でもない。
スキルでもない。
今まで見たことのない項目だった。
「ハーシス……」
アトラが不安そうに俺を見る。
「この子、普通の病気じゃないよ」
「わかるのか?」
「体の中を、レイキでも生命力でもない何かが流れてる」
「何かって……?」
「わからない」
アトラが首を振る。
「病気とも違う。寄生虫とも違う。でも、何かがこの子の身体を動かしてる」
人体や薬草に詳しいアトラでさえ、わからない。
つまり。
本当に未知の現象ということだ。
その時だった。
部屋の隅にいたローズが、小さく息を呑んだ。
「……この気配」
彼女は、黄金の光を見つめている。
「そんな……まさか……」
「ローズ?」
俺が呼びかける。
「何か知っているのか?」
ローズはしばらく黙っていた。
やがて、意を決したように口を開く。
「断言はできません」
「……ああ」
「ですが、もし私の考えが正しければ――」
ローズの視線が、リリィへ向く。
「この子は……本来、この時代に存在するはずのない人です」
空気が凍った。
「どういう意味だ?」
「研究施設にいた頃、旧文明時代の文献を読んだことがあります」
「旧文明の文献?」
「はい」
ローズは静かに続けた。
「世界の滅亡を予見した学者たちは、文明を未来へ残す計画を進めていたそうです」
「未来へ……?」
「知識だけではありません」
ローズは少女を見る。
「技術も、文化も、人そのものも、眠らせた人間にすべてを託す」
その言葉に、背筋が震えた。
「その計画には、『文明の種』と呼ばれる存在が関わっていたそうです」
文明の種。
その言葉を聞いた瞬間。
前世の記憶が蘇った。
滅びゆく文明。
未来へ人類を残すための計画。
そして――冷凍睡眠。
「……まさか」
思わず呟く。
俺の知っている世界にも、似たような構想があった。
滅びを避けられないなら。
あるいは今の医療などでは治らない病気などを治療する手段は未来にあるかもと。
未来へ人間そのものを送り出す。
それが、この世界にも存在していたのだとしたら。
俺は眠る少女を見つめた。
その胸元で、黄金の光が静かに脈打っている。
――ピコン。
【解析率:58%】
【対象の識別に成功】
【旧文明管理権限を照合中……】
【……】
【照合成功】
次の表示を見た瞬間。
息が止まった。
【対象は旧文明都市管理計画に登録された保護対象です】
【保護優先度:最上位】
【生命維持:最低限】
【管理者による継続支援を推奨します】
「……旧文明都市管理計画」
俺の口から、言葉が漏れる。
ローズも、その表情を見て何かを察したらしい。
「やはり……」
「知っているのか?」
「研究施設では、伝承として語り継がれていました」
ローズは少女を見つめた。
「世界が滅ぶ前、人類は都市だけではなく……文明そのものを未来へ残そうとした」
「文明そのもの……」
「知識」
ローズが指を一本立てる。
「技術」
二本目。
「文化」
三本目。
「そして、それらを次の時代へ繋ぐ者たち」
ローズの声が、静かに響く。
「その人たちは――『文明の種』と呼ばれていました」
種。
《SEED》。
俺は、眠る少女を見つめる。
胸元では、黄金の光が脈打っている。
解析率は、まだ五十八パーセント。
彼女が何者なのか。
どんな力を持っているのか。
まだ何もわからない。
それでも。
ひとつだけ、はっきりしたことがある。
この少女を死なせてはいけない。
絶対に。
なぜなら――。
彼女こそが。
滅びゆく旧文明が、未来へ託した最後の希望。
**『文明の継承者』なのだから。**




