共同住宅か大食堂か――そして、新たな来訪者
世界樹の種を救い、ユグドラも助け出した。
そして、製材所の建設も無事に終わった。
木材は文明の礎だ。
家を建てるにも、防壁を築くにも、家具を作るにも必要になる。
農具だってそうだ。
この村が本格的に発展していくためには、どうしても安定した木材の供給が必要だった。
その第一歩を、ようやく踏み出せたわけだ。
製材所は順調に稼働している。
なら、次に必要なのは何か。
住民を増やすか。
それとも、加工技術を育てるか。
人手は限られている。
一人をどこへ配置するか。
それだけで、村の未来は大きく変わる。
「まずは、今の村がどこまで成長したのか確認してみるか」
俺は意識を集中させ、都市管理システムを呼び出した。
――都市管理システム――
【都市名】
エマイン・マハ
【状態】
小集落(都市 Lv3)
【施設】
叡智の塔 Lv2
農場 Lv1/Lv2
――畑
――放牧地
製材所 Lv1/Lv2
【建設可能施設】
共同住宅 Lv1/Lv2
厨房付き大食堂 Lv1/Lv2
【次の目標】
・共同住宅と厨房付き大食堂を建設する。
「ふむ……」
思わず頷いた。
都市レベルは、まだ三。
規模だけを見れば、ただの小さな集落にすぎない。
それでも――。
畑ができた。
放牧地も整った。
そして、製材所まで完成した。
数字以上に、この村は確実に成長している。
「次は共同住宅か、大食堂か……」
共同住宅を建てれば、住民を増やせる。
今は旧文明の長の家と思われる石造りの建物を修繕し、なんとか住居として使っている。
だが、それにも限界がある。
一方、厨房付き大食堂も魅力的だ。
食事を一か所でまとめて作れるようになれば、調理の効率は大きく上がる。
保存食の管理もしやすくなるし、村人たちが自然と集まる場所にもなるだろう。
「どっちも必要なんだよな……」
少し考えたあと、俺は肩をすくめた。
「まあ、皆と相談して決めるか」
俺一人で考えるより、それぞれの現場で働いている皆の意見を聞いたほうがいい。
そう考え、俺は村を見て回ることにした。
最初に向かったのは、建設されたばかりの製材所だ。
積み上げられた丸太。
切り出された板材。
木を削る乾いた音。
辺りには、削りたての木材特有の清々しい香りが漂っている。
まだ新しい施設だというのに、すでに立派な職場として動き始めていた。
そこで最初に目に入ったのは、森妖精アルセイス族のリッカだった。
彼は製材所の脇に植えられた苗木を、まるで宝石でも眺めるような恍惚とした表情で見つめている。
「ああ……美しい」
「……何が?」
「この瑞々しい幹。この生命力に満ちた葉。そして、これから何十年、何百年とかけて成長していく姿……」
リッカはうっとりと目を細めた。
「もう百年後が待ち遠しくてたまりません」
「百年後!?」
思わず声が裏返った。
森妖精にとって、百年なんて人間にとっての数年程度なのだろうか。
いや。
寿命そのものが違うのだ。
そもそも時間の感覚が、人間とは根本的に違うのかもしれない。
「……まあ、長生きするって、そういうことなのか」
俺の独り言にリューネが反応した。
「まあ、あの木妖精は少し行き過ぎているが、気持ちは私にもわかるぞ」
「まあ、リューネはエルフだもんな」
俺が妙に納得していると、その隣から声が飛んできた。
「おーい! 板はこんな感じでいいのか?」
ガードナーだった。
汗だくになりながら、一枚の板材を掲げている。
しかし――。
リッカは板材をじっと見つめると、首を傾げた。
「ふーむ……」
「な、なんだ?」
「まだ厚みと幅が均一ではありませんね」
「ぐっ……」
「このまま壁に使えば、隙間風がびゅうびゅう吹き込むでしょう」
ガードナーの肩が露骨に落ちた。
だが、リッカはすぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「しかし、木材は素晴らしい素材です」
「そうなのか?」
「ええ。現場で切り、削り、加工することで、目的に合わせて形を変えられます」
リッカは板材を手に取りながら続けた。
「石材なら、一度削りすぎれば元には戻せません。ですが木材なら、多少の失敗は経験に変えられる」
「……なるほど」
「失敗を恐れず、何度も挑戦してください」
リッカは笑った。
「職人とは、そうやって育つものです」
ガードナーは少しだけ考えたあと、拳を握る。
「よし! もう一回だ!」
「その意気です」
どうやらガードナーは、リッカに鍛えられながら着実に腕を磨いているらしい。
俺は二人を残し、製材所を後にした。
次に向かったのは畑だ。
そこではローズが腰を屈め、一心不乱に雑草を抜いていた。
その隣では、畑妖精ノエが腕を組んでいる。
「うむ。そろそろ休憩じゃな」
「ですが、まだ雑草が残っています」
「無理をしても作業効率が落ちるだけじゃ」
ノエは小さな身体で胸を張った。
「休んでいる間は、ワシがやっておく。心配するでない」
「……わかりました」
ローズは素直に頷いた。
どうやら、ノエはきちんと彼女の体調を見ているらしい。
畑も順調。
製材所も順調。
村の仕事が、少しずつ形になっている。
俺はそのまま放牧地へ向かった。
すると――。
『ご主人様ー』
白いウサギたちを引き連れ、トモロが一直線に駆けてくる。
「お疲れさま」
しゃがみ込んで頭を撫でると、トモロは目を細めた。
耳をぺたんと倒し、俺の手に身体を預けてくる。
尻尾だけは、ぶんぶんと激しく動いていた。
しばらく撫でていると、トモロが顔を上げる。
『ところでです』
「ん?」
『トモロと一緒に放牧地で働いてくれる人間さんは、いつ来てくれるです?』
「……」
俺は言葉に詰まった。
「ごめんな。今は、そこまで人手を回せないんだ」
『……誰も来てくれないです?』
耳がしゅんと垂れる。
尻尾の動きも止まった。
トモロにとって、誰かと一緒に働くことは何より嬉しいことなのだろう。
どうしたものか。
リューネやユグドラに放牧地の管理は合わない気がする。
そう思ったときだった。
少し離れた場所で、アトラが草を観察しているのが見えた。
「アトラ!」
「ん?」
「ヒーラーの勉強はどうだ?」
「もうだいぶ進んだよ」
アトラは採取した薬草を手にしながら答えた。
「切り傷や打ち身、骨折に使う薬草。痛み止めや下痢止め。風邪の予防に使える草や木の葉も、だいたい覚えたよ」
「そうか」
それなら――。
「一つ頼みがある」
「なに?」
「しばらくの間、トモロと一緒に放牧地を管理してくれないか?」
「私が?」
「ああ」
俺は続けた。
「家畜がかかりやすい病気や、その予防法。怪我をしたときの処置も、トモロから教わってほしい」
「……なるほど」
「人間を診られる人間だけじゃない。家畜を診られる人材も必要だからな」
アトラは少し考えたあと、笑った。
「動物のお医者さん、ってことだね」
「ああ。それが一番分かりやすい」
その会話を聞いていたトモロの耳が、ぴんと立った。
『一緒に働いてくれるです?』
「ああ。今日からしばらく、アトラがお前の相棒だ」
『わーいです!』
トモロはその場で飛び跳ねると、嬉しそうに何度も走り回った。
『今日はいっぱい教えるですよ!』
「よろしくね」
『まずはブラッシングからです!』
「え、そこから?」
『基本が一番大事です!』
トモロは得意げに胸を張る。
『うさぎは毛づくろいで毛を飲み込むです。毛が胃や腸に溜まると、大変なことになるです!』
「なるほど……そうなんだ」
どうやらアトラは、かなり実践的な勉強を始めることになりそうだ。
その様子を眺めながら、俺は思った。
――村が育つというのは、建物が増えることだけじゃない。
人が自分の役割を見つけること。
妖精たちが力を発揮すること。
そして、それぞれの知識や技術が次の世代へ受け継がれていくこと。
その積み重ねこそが、文明を作っていくのだ。
そう考えると、この小さな集落も、確実に前へ進んでいる。
ただ――。
まだ足りないものがある。
人手だ。
俺はふと、食料庫のことを思い出した。
猫妖精のベルは、今も一匹で食料庫を管理している。
さすがに、そろそろ人間側にも担当者が必要だろう。
そこで思い浮かんだのは、シャーリスだった。
「……いや」
すぐに首を横に振る。
シャーリスにも帳簿や在庫管理はできる。
だが、彼女には別の仕事を任せたい。
狩りで仕留めた獲物。
屠殺した家畜。
肉は保存食へ。
毛皮は防寒具や寝具へ。
骨や角は道具や武器へ。
素材を無駄なく加工する技術は、これからの村に欠かせない。
いずれは、加工所を作ってシャーリスに任せたい。
なら今のうちに、食料の保存や在庫管理を覚えてもらうのも悪くない。
「……よし」
俺は決めた。
「シャーリスとベルに相談してみるか」
そうして向かったのは、毛皮の鞣し作業をしているシャーリスのところだった。
広場の一角では、獣皮が風に揺れている。
独特の匂いが漂う中、シャーリスは黙々と皮の脂を削っていた。
「シャーリス、少し付き合ってくれ」
「ん? どうした?」
俺は事情を説明した。
ローズとミントを正式な村の住民として迎えたいこと。
そのためにも、食料庫を管理するベルの意見を聞いておきたいこと。
「なるほどね」
シャーリスは手を洗うと、立ち上がった。
「それなら私も一緒に行くよ」
二人で食料庫へ向かう。
扉を開けると、干し肉、穀物袋、干した果実などが整然と並んでいた。
その間を、小さな猫妖精が忙しそうに駆け回っている。
「ベル」
『ハーシスにゃ!』
「今の食料状況は?」
『問題ないにゃ!』
ベルは胸を張った。
『ネズミもちゃんと追い払ってるにゃ。干し肉は十五日分、穀物は三十七日分あるにゃ』
「三十七日か」
『でも農場がちゃんと育てば、少しずつ増やせるにゃ』
そこで俺は、ふと思った。
雑穀は、種をまいてから収穫まで本来なら三ヶ月ほどかかる。
だが、この世界ではその三分の一程度で収穫できる。
なら――。
果樹も同じなのだろうか?
三年かかるはずの果樹が、一年で実をつける。
もしそうなら、食料事情は思った以上に早く安定するかもしれない。
とはいえ、実際に植えてみなければ分からない。
「まあ、それは後で試してみるか」
俺は考えを切り替えた。
「それでベル。実は相談がある」
ローズとミントを正式な住民として迎えたい。
そのために、食料事情についてベルの意見を聞きたい。
俺が説明すると、ベルは腕を組んで考え込んだ。
『ふむふむ……なるほどにゃ』
しばらくして、ベルは頷いた。
『私は賛成にゃ』
「本当か?」
『もちろんにゃ』
ベルは尻尾をぴんと立てた。
『ただし、人口が増えるなら保存食も今まで以上に必要になるにゃ。そこはちゃんと考える必要があるにゃ』
もっともな話だ。
『でも、ローズは料理も上手にゃ』
ベルは嬉しそうに続ける。
『ミントもいっぱい食べるけど、元気な子にゃ』
「いっぱい食べるのは問題じゃないのか?」
『元気に食べる子はいい子にゃ!』
妙に力強い。
『畑をもっと広げて、保存食も増やしつつ、狩猟採集で食料を集めれば問題ないにゃ!』
「なるほど俺はリューネに森での狩猟採集をお願いすればいいんだな」
『そうにゃ』
ユグドラには何をさせればいいかか今は検討もつかないが、何かあったときに戦力になってくれれば十分なきもする。
小さな身体ながら、言っていることは食料庫の管理者として実に現実的だった。
「分かった。ありがとう、ベル」
これで決まりだ。
ローズとミントも、正式にこの村の住民として迎えられる。
食料庫を出ると、村のあちこちから音が聞こえてきた。
製材所では木を削る音。
畑ではローズとノエの声。
放牧地では、トモロとアトラの楽しそうな笑い声。
都市レベルは、まだ三。
人口だって少ない。
それでも――。
この村は確実に前へ進んでいる。
「次は共同住宅か……大食堂か……」
共同住宅を建てれば、新しく迎え入れた住民の寝床を確保できる。
今は長の家の空き部屋を使い回しているが、これ以上人口が増えれば限界が来る。
一方、大食堂を作れば食事を一か所に集約できる。
調理の効率も上がる。
保存食の管理もしやすくなる。
何より、村人たちが自然と集まる場所になる。
「どっちも欲しいんだよな……」
俺は空を見上げた。
「でも結局、人がいなければ何も始まらない」
――ピコン。
「……ん?」
聞き慣れた電子音が頭の中に響いた。
直後。
視界の端に、システムウィンドウが浮かび上がる。
【新たな来訪者を検知しました】
「……来訪者?」
こんな小さな村に?
俺は思わず周囲を見回した。
村の入口。
その先に広がる荒れた大地。
そして――。
遠くから、こちらへ近づいてくる人影が見えた。
【対象――複数】
【敵意――判定中】
……複数?
俺の背筋に、冷たいものが走った。
「まさか……」
製材所が完成し、村が少しずつ発展し始めた。
それを祝うように、新たな住民がやって来た――。
そう単純な話ではないらしい。
俺は反射的に腰の剣へ手を伸ばした。
「アトラ!」
「うん!」
「村のみんなに知らせてくれ!」
次の瞬間。
都市管理システムに、さらに新しい文字が浮かび上がった。
【来訪者の接近を確認】
【推定到着時間――十七分】
俺は村の入口を睨みつけた。
――新たな来訪者。
それが、この村にとって吉報なのか。
それとも――。
新たな災厄の始まりなのか。
今の俺には、まだ分からなかった。




