人造英雄の告白――捨てられた二人を、俺は仲間として迎える
森から戻った俺は、まず留守の間のローズとミントの様子を聞いた。
二人とも、すっかり村に馴染んでいるらしい。
ローズは料理や家事だけではない。
朝になれば畑へ向かい、雑草を抜き、作物の様子を確認する。
昼には食事を作り、空いた時間には洗濯や掃除まで手伝う。
誰かに頼まれたわけじゃない。
自分から仕事を探して動いている。
「ローズさん、働きすぎなくらいだよ」
アトラが苦笑した。
「休んでいいって言っても、『何もしないほうが落ち着きません』って」
「……なるほど」
なんとなく、その理由が分かる気がした。
ローズは働くことが好きなのではない。
誰かの役に立つことで、自分の居場所を確かめているのだ。
一方のミントは――。
「今日も元気いっぱいだったよ」
アトラがさらに苦笑する。
「朝から村中を走り回ってた」
「まあ……ミントらしいな」
畑を走り。
製材所を覗き。
ガードナーに話しかけ。
動物を追いかけ。
最後には誰かに捕まって怒られている。
そんな光景が簡単に想像できる。
「それなら問題なさそうだな」
「うん。二人とも、この村で暮らすことに慣れてきたみたい」
「なら――」
俺は少しだけ考えた。
そして、決める。
「正式に住民として迎えよう」
ローズとミントは、まだ正式な住民ではなかった。
村に滞在しているだけ。
けれど。
今さら二人を「お客様」として扱うほうがおかしい。
畑を耕し。
料理を作り。
森を歩き。
危険を一緒に乗り越えてきた。
もう、とっくに仲間だ。
「二人に伝えてくるか」
そう言った――その時だった。
「……」
森での出来事を話していたローズの顔から、笑みが消えた。
「ローズ?」
俺が声をかける。
ローズは俯いたまま、何度も口を開きかける。
だが、言葉が出てこない。
やがて。
隣にいたミントの頭を、そっと撫でた。
まるで、そこにミントがいることを確かめるように。
「……今なら、お話ししなければならないと思います」
その声には、覚悟が滲んでいた。
「以前お話ししたことは……すべてではありませんでした」
「……どういうことだ?」
ローズはしばらく黙っていた。
そして――静かに口を開く。
「私たちがいたのは、とある組織の研究施設です」
「研究施設?」
「はい」
ローズは頷いた。
「そして私たちは――兵器として造られました」
「……」
空気が凍った。
「兵器……?」
アトラが息を呑む。
「生まれたんじゃなくて……造られたってこと?」
「はい」
ローズは淡々と答えた。
「私たちは、人の手で作られた命です」
誰も言葉を返せなかった。
ミントだけが、よく分からないという顔でローズを見上げている。
その小さな顔を見た瞬間、胸の奥に嫌な感覚が走った。
この子は、自分がどういう存在なのか。
本当の意味では、まだ理解していないのかもしれない。
「……命を道具として扱うなど、森では決して許されません」
リッカが静かに呟いた。
声は穏やかだった。
だが、その瞳には明確な怒りが宿っている。
「胸くそ悪ぃ話だ」
ガードナーも拳を握った。
「子供を作って、兵器にするだと?」
リューネも険しい顔をしている。
「これだから人間は……」
吐き捨てるような言葉。
だが、その隣でユグドラが低く唸った。
『なるほど。妙だとは思っていたが……そういうことじゃったか』
「ユグドラ?」
『あの二人からは、生まれながらのものとは異なる力の流れを感じておった』
世界樹の守護者であるユグドラには、俺たちには見えないものが見えているらしい。
『人工的に組み合わせられた血と魔力……か』
ローズは否定しなかった。
「そして私は……人間ではありません」
「……そうは見えないが」
実際、今のローズはどこからどう見ても人間の少女に見える。
栗色の髪。
穏やかな瞳。
柔らかな表情。
料理をしている姿だけを見れば、普通の村娘だ。
だが。
「今からお見せする姿が、本来の私です」
次の瞬間。
ローズの身体が淡い光に包まれた。
髪が揺れる。
栗色だった髪が、見る間に銀色へ変わっていく。
耳が細く、長く伸びる。
瞳の色まで変わった。
そこに立っていたのは――。
人間とは思えないほど美しい、エルフだった。
「……エルフか」
俺は思わず呟いた。
森そのものが人の姿を取ったような。
そんな神秘的な存在感がある。
だが。
リューネとは明らかに違う。
光と闇。
二つの相反する魔力が、同時にローズの中に存在している。
「私は純粋なエルフではありません」
ローズが静かに告げた。
「シャイニングエルフとダークエルフ。本来なら交わることのない二つの血を掛け合わせて生み出されました」
「……混血ってことか」
「はい」
ローズは頷いた。
「そして、それを人工的に行ったのが、あの研究施設です」
血統すら材料として扱った。
まるで道具を作るように。
「ミントも同じです」
ローズが隣を見る。
「ただし、ミントの場合はエルフではありません」
ミントは首を傾げた。
「最強のドワーフと、最強のノーム」
ローズの声が低くなる。
「英雄級の血統だけを掛け合わせ、『英雄を超える兵器』を作る」
一拍。
「それが――《人造英雄育成計画》でした」
「英雄を……造る?」
俺は眉をひそめた。
そんな設定、ゲームにはなかった。
少なくとも、俺が知っているゲームには。
「私たちは子供ではありません」
ローズは言った。
「実験体でした」
胸の奥が重くなる。
「親の顔すら知りません」
「……ひどい話だな」
ガードナーが吐き捨てる。
「そんな奴ら、俺がぶっ飛ばしてやる」
「ありがとうございます」
ローズは苦笑した。
「ですが……計画は、うまくいきませんでした」
「失敗したのか?」
「はい」
ローズは胸元に手を当てた。
「私は光と闇、二つの魔力を融合させ、それを破壊的な魔法として放つことを求められていました」
「光と闇の融合……」
「成功すれば、都市を一撃で消し飛ばすほどの力になる――そう説明されていました」
「……」
それはもう、兵士でも英雄でもない。
人間の姿をした大量破壊兵器だ。
「ですが、私はそれができなかった」
ローズは目を伏せた。
「二つの力を融合させることができなかったのです」
そして。
「私は――価値がないと判断されました」
「つまり……失敗作、と」
「はい」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
「俺には、むしろ大当たりに見えるが」
「失敗作?」
ガードナーも納得できないらしい。
「そんな便利な力を持っていて失敗なのかよ」
「彼らの基準では、そうでした」
ローズは静かに答える。
「組織が求めていたのは、大規模な破壊でした」
「都市を消せないなら、失敗作」
「……そういうことです」
馬鹿げている。
だが。
それが、彼女たちのいた世界だった。
役に立たなければ価値がない。
命ではなく、性能で判断される。
「ですが、代わりに別の力を得ました」
「別の力?」
「幻影を操り、認識を阻害する力です」
ローズが指を一本立てる。
すると――。
俺の目の前にいたローズが、三人に増えた。
「……!」
どれも本物にしか見えない。
右。
左。
中央。
どれが本物なのか、まったく分からない。
次の瞬間。
三人のローズが同時に消えた。
「この力は、単なる幻覚ではありません」
ローズが言う。
「相手の認識そのものに干渉します」
「……かなり厄介だな」
「そして――」
ローズは俺を見た。
「世界を管理するシステムそのものさえも、欺くことができます」
「……システムを?」
その言葉に、俺の中で何かが引っかかった。
管理者権限。
都市管理。
マザークリスタル。
そして――《パッチワーク》。
もしローズの力が、本当にシステムの認識そのものへ干渉できるなら。
かなり危険だ。
同時に。
かなり希少な力でもある。
「その力を利用され、私は潜入や諜報を担当するようになりました」
「なるほど」
「農民、商人、酒場の給仕……どこにでもいる人間になりすます必要がありましたから」
そこでローズが、ほんの少しだけ笑った。
「料理や農作業を覚えたのも、そのためです」
「……え?」
アトラが目を丸くする。
「じゃあ、料理が上手なのも?」
「潜入先で怪しまれないように覚えました」
「畑仕事も?」
「同じ理由です」
「……」
アトラが複雑そうな顔をする。
「なんか……思ってたより凄い理由だった」
「俺もだ」
ローズが村に馴染むのが早かった理由。
単純に器用だからだと思っていた。
だが違った。
彼女は、生き延びるために何でも覚えたのだ。
「ミントの場合は、少し違います」
ローズがミントを見る。
「ドワーフの怪力と頑丈さ」
そして。
「ノームの強力な地属性魔法」
「それなら成功なんじゃないのか?」
「能力だけなら、そうです」
「能力だけなら?」
「問題は……性格でした」
ローズが苦笑する。
「ドワーフとノーム、両方の頑固さを受け継いでしまったんです」
俺はミントを見る。
「好きなことには夢中になる」
「嫌いなことは、絶対にやらない」
「そして――誰の指示も聞かない」
「なるほど……」
俺は頷いた。
「確かにミントだな」
「うん!」
なぜか本人は嬉しそうだった。
「威張るな!」
ガードナーが吹き出す。
「それで?」
俺はローズを促した。
「研究施設では、どうなった?」
ローズの表情から笑みが消える。
「ミントは、ずっと砂遊びばかりしていました」
「……砂遊び?」
「はい」
「研究施設で?」
「はい」
無機質な研究施設。
冷たい石床。
白衣の研究員。
そして。
そんな場所で、一人だけ砂を集めて遊ぶ小さな子供。
「当然、研究員たちは怒りました」
ローズの声が低くなる。
「言うことを聞かないミントは、何度も怒鳴られました」
一瞬、言葉が止まる。
「時には……殴られることもありました」
「……!」
空気が凍った。
ミントは俯いている。
泣いてはいない。
泣かないことに慣れてしまったのか。
それとも――。
もう昔のことだと思っているのか。
「私は組織の命令に従順だったので、ミントの教育係を任されました」
「それで……二人は仲良くなったのか」
「はい」
ローズはミントの頭を撫でる。
「私はミントを守るようになりました」
「でも、ミントは他の人の指示をまったく受け付けませんでした」
「それで?」
「私自身も、教育係として役に立たないと判断されたのです」
ローズは目を閉じた。
「そして――廃棄処分が決まりました」
「……廃棄?」
まるで物を捨てるような言葉だった。
「その日、ミントは泣いていました」
ローズはミントの手を握る。
「私も、どうすればいいのか分かりませんでした」
「でも……」
ローズの声が震える。
「私が連れていかれそうになった時――」
ミントを見る。
「ミントが叫びました」
「『ローズねえをいじめるな!』って」
その瞬間。
ローズの手が、ミントの手を強く握った。
「石壁が盛り上がりました」
「床が裂けました」
「大地が震え――研究施設そのものが崩れ始めたのです」
ミントは、ただローズを守ろうとした。
それだけだった。
「人も、設備も、区別なく岩と砂に飲み込まれていきました」
「……」
「あれほど巨大だった研究施設が、半日も経たず瓦礫になりました」
俺はミントを見る。
小さな身体。
無邪気な顔。
いつも村中を走り回っている少女。
その中に。
そんな力が眠っている。
「私たちは命からがら逃げ出しました」
ローズは続ける。
「その時に……この場所を見つけたんです」
「この村を?」
「はい」
ローズは周囲を見渡した。
「当時は、荒れた遺跡しかありませんでした」
今、俺たちが暮らしている村。
その足元には、かつて文明が存在していた。
「研究所では、この場所に文明の《遺失技術》――ロステクが存在していたことを教えられていました」
「研究所も、この場所を知っていたのか?」
「はい」
「なら、なぜ放置した?」
「彼らも以前、ここを調査していたそうです」
ローズは淡々と答える。
「ですが、装置を起動できなかった」
「……だから価値がないと?」
「はい」
俺は苦笑した。
もし、あいつらがマザークリスタルを起動できていたら。
今、この村は存在していなかったかもしれない。
俺自身、この世界に来ていなかったかもしれない。
「でも……」
ミントが小さく呟いた。
「ローズねえが、ずっと守ってくれたんだ」
全員の視線が集まる。
「ぼくが怒られてると、ローズねえが庇ってくれて」
「……」
「ぼくが泣くと、ずっとそばにいてくれて」
ミントは笑った。
「だから、ぼくもローズねえを守ったんだ」
ローズの瞳が揺れた。
俺はミントを見る。
森で見せた、あの異常な力。
地面を持ち上げ、岩を操り、敵を飲み込んだ力。
あれは――制御できない力なのではない。
制御する方法を、誰も教えてやらなかっただけなのだ。
守りたい相手を守る。
ミントにとって、それだけが力の使い道だった。
「それで?」
俺はローズに尋ねる。
「その組織は、一体何を目的にしている?」
ローズの表情が曇った。
「詳しくは分かりません」
「分からない?」
「私は研究員ではありませんから」
だが。
ローズは少しだけ間を置いてから続けた。
「研究員たちは、こう言っていました」
「何を?」
「この世界を洪水で滅ぼした神を殺す」
「……」
「あるいは――」
一拍。
「新たな神を生み出す」
誰も喋らなかった。
森を抜けてきた風だけが、木々を揺らしている。
『神を殺す、あるいは自らが神になる、か』
ユグドラが低く唸った。
『なんと不遜な……』
俺の頭の中で、いくつもの情報が繋がっていく。
世界樹を侵食していた黒い結晶。
森で遭遇した異形。
神を殺すための兵器。
人工的に生み出された英雄。
そして、この世界を滅ぼした洪水。
(偶然……なのか?)
俺は、この世界をゲームとして知っている。
デバッグも何百時間と繰り返した。
攻略情報だって頭に入っている。
それなのに。
こんな設定は知らない。
(未実装だったのか?)
いや。
もしかすると――。
(《パッチワーク》が、世界そのものを変えている?)
壊れたものを繋ぎ合わせるだけだと思っていた能力。
だが、もし。
《パッチワーク》が、世界に存在する「可能性」そのものを繋ぎ合わせているのだとしたら。
俺が知っているゲーム世界と。
俺が今、生きている世界は。
もう別物になり始めているのではないか。
(だとしたら……俺の知識は、これから先どこまで通用する?)
その不安が、胸の奥に沈んだ。
「それと……」
ローズが言った。
「私たちを作ったのは、あの研究施設だけではありません」
「……他にもあるのか?」
「はい」
「何を?」
「魔獣の交配や、強化実験などです」
その言葉を聞いた瞬間。
森で見た黒い結晶に蝕まれた鹿が脳裏に浮かんだ。
あれは、本当にただの魔獣だったのか。
黒い結晶。
異形。
強化実験。
研究施設。
嫌な予感が、一本の線になっていく。
「つまり――」
俺はローズを見る。
「すぐに大軍が来るわけじゃない」
「はい」
「だが、送り込まれてくるものは……かなり危険な可能性が高い」
ローズは静かに頷いた。
村の空気が重くなる。
アトラが不安そうに俺を見る。
「ハーシス……どうするの?」
俺はローズとミントを見る。
少しだけ考えて。
そして、答えた。
「決まってる」
ローズの目をまっすぐ見る。
「この村は、逃げ場を失った奴を見捨てる場所じゃない」
「……え?」
「追い出す気はない」
「ですが……」
ローズは苦しそうに首を振った。
「私たちがいるせいで、皆さんを危険に巻き込むことになります」
「違う」
俺は即座に否定した。
「巻き込むんじゃない」
自分の胸を指す。
「俺が勝手に首を突っ込むだけだ」
「……!」
「そもそも、この世界は放っておいても危険だ」
俺は周囲を見渡す。
「飢える」
「病気になる」
「盗賊も来る」
「魔物だって出る」
一つずつ言葉を重ねる。
「危険だから捨てるなら――」
ローズを見る。
「それは、俺が作りたい村じゃない」
そして。
「それに、多分俺も、その組織にはとっくに喧嘩を売ってる」
世界樹を侵していた黒い結晶。
森で遭遇した異形。
あれが連中と無関係だとは思えない。
「俺たちの敵が同じなら、なおさらだ」
ローズは何も言えなかった。
「俺は村長だ」
「……」
「住民を守るのが仕事だろ?」
俺は、はっきりと言った。
「この村では、過去じゃなく今を見て仲間を決める」
ローズの瞳が揺れた。
「だから――」
一歩、二人に近づく。
「ここでは、命令されるまま利用される側じゃなくていい」
「……」
「自分の意思で生きればいい」
長い沈黙。
やがて。
「……そんなことを言われたのは、初めてです」
ローズの声は小さかった。
「ずっと、役に立たなければいけないと思っていました」
自分の手を見る。
「役に立てば、生きていていい」
「役に立たなければ、捨てられる」
「それが……当たり前だと思っていました」
「ローズ」
俺は静かに呼びかける。
「ここでは違う」
「……はい」
一粒の涙が落ちた。
ローズは慌てて拭おうとする。
だが、その前に。
「がはは!」
ガードナーが豪快に笑った。
「その通りだ!」
拳を握る。
「村に入った時点で、お前らももう仲間だ!」
「仲間を売るような真似、俺ぁ嫌いだからな!」
シャーリスも頷いた。
「私も反対だ」
アトラも笑顔になる。
「それに、ローズさんの料理、おいしいしね」
「……それ、理由になってる?」
俺が苦笑すると。
「大事な理由だよ」
アトラは胸を張った。
「そうか……」
確かに。
この村において、食事は重要だ。
かなり重要だ。
『なるほど、わしの力が必要とされるわけじゃ』
ユグドラが胸を張る。
「いや、ユグドラは料理担当じゃないからな?」
『む? わしは戦いしかできぬわけではないぞ?』
「そ、そうなのか?」
『うむ』
重かった空気が、少しだけ和らいだ。
リューネも腕を組む。
「世界樹を汚した連中が敵なら、私も容赦はしない」
「敵として来るなら、こちらも相応の対応をする」
俺は頷いた。
そうだ。
恐れるだけでは何も変わらない。
敵が来るなら。
迎え撃てる村を作ればいい。
「防壁が必要ですね」
リッカが言う。
「罠も必要だな」
俺が続ける。
「見張り台も欲しい」
シャーリスが頷いた。
「敵を早く発見できれば、それだけ対応する時間が増える」
「食料庫も守らないと」
アトラも続ける。
「長期戦になったら、食料が一番大事だから」
次々と意見が出てくる。
さっきまで重苦しかった空気が、少しずつ変わっていく。
敵の話をしているはずなのに。
皆の顔には、怯えよりも前向きな表情が浮かんでいた。
そんな会話が続く中――。
「……つまり?」
ミントが首を傾げた。
「ぼく、ここにいていいの?」
「ああ」
俺は頷いた。
「これからも、ここにいればいい」
「……!」
ミントの顔が、一気に明るくなった。
「やったぁ!」
次の瞬間。
ドンッ!!
「うおっ!?」
小さな身体が、もの凄い勢いで飛び込んできた。
腹に衝撃が直撃する。
「ぐっ……!」
肺から空気が抜けた。
俺は数歩よろめく。
危うく、そのまま倒れそうになる。
「お、おいミント!」
ガードナーが目を丸くする。
「加減しろ!」
「あっ……」
ミントが慌てて離れた。
「ご、ごめんなさい……」
しゅん。
さっきまでの笑顔が消える。
「いや、大丈夫だ……」
腹を押さえながら立ち上がる。
「ちょっと胃が潰れかけただけだから」
「全然大丈夫じゃないよ!」
アトラから即座にツッコミが飛んできた。
ガードナーが腹を抱えて笑う。
「はっはっは!」
「さすが英雄候補だ!」
「歓迎の抱擁で人を吹っ飛ばすとはな!」
「英雄候補……?」
ミントの目が輝いた。
「ぼく、英雄なの?」
「いや、まだ候補だからな?」
俺が訂正する。
「それ以前に、今は抱きつく力を覚えよう」
「普通に抱きつくって、どのくらい?」
「……卵を割らないくらい」
「あ、それなら分かる!」
「よし」
ローズが深々と頭を下げた。
「後で必ず教えます……」
その様子を見ていたリッカが、小さく微笑んだ。
「賑やかな村になりそうですね」
「ああ」
俺も笑った。
そして、村を見渡す。
農場ではノエたちが畑を管理している。
放牧地では動物たちが草を食んでいる。
製材所では木材を加工する音が響いている。
ガードナーたちは建築資材を運び。
ローズは生活を支える。
ミントは――。
まあ、そのうち力の使い方を覚えるだろう。
少しずつ。
本当に少しずつだが。
この場所は、確かに村になり始めている。
最初は、ただの廃墟だった。
食べ物もない。
住む場所もない。
敵が来れば逃げるしかない。
そんな場所だった。
それが今では。
畑がある。
家畜がいる。
製材所がある。
仲間がいる。
そして――帰ってくる場所がある。
俺は、その事実を噛みしめた。
けれど。
同時に、新たな問題も見えている。
ローズが語った《組織》。
文明を滅ぼした洪水。
神を殺すための兵器。
人工的に生み出された英雄。
そして、魔獣の強化実験。
どれも放置していい問題ではない。
(いずれ、相手を知る必要がある)
だが――今ではない。
今、最優先すべきなのは。
この村を、生き延びられる場所にすることだ。
食料は確保した。
木材も手に入る。
なら、次は――。
住居。
防壁。
監視塔。
罠。
そして、村を守る戦力。
(追手が来るなら、その時までに準備すればいい)
俺は完成したばかりの製材所を見た。
木材を加工する音が響いている。
コン。
コン。
コン。
規則正しい音だった。
文明が進んでいる証だ。
俺は、そこにいる仲間たちを見る。
まだ小さな村だ。
何もかも足りない。
それでも――。
「まずは、この村を」
俺は小さく呟いた。
「誰にも奪えない場所にしよう」
「うん!」
隣でミントが笑った。
ローズも静かに頷く。
「……はい」
その声には、もう以前のような怯えはなかった。
ここが、自分たちの居場所だと。
少しだけ信じ始めているようだった。
コン。
コン。
コン。
製材所から、木槌の音が響く。
今日もまた。
村は一歩、前へ進んだ。
――だが。
俺はまだ知らなかった。
この小さな開拓村が。
やがて世界の命運を左右する場所になることを。
そして――。
森の向こう。
木々の隙間から。
こちらを見つめる、一対の目があった。
「……見つけた」
低い声が、闇の中に落ちる。
「人造英雄――二体」
男は、ゆっくりと笑った。
「やはり、ここにいたか」
その手には。
黒い結晶が握られていた。
「報告しろ」
男は背後に控える何者かへ告げる。
「実験体ローズ、ミントを確認」
そして――。
「管理者と思われる男と、接触している」
一瞬。
黒い結晶が、不気味に脈打った。
「……計画を、次の段階へ移す」
森の奥で。
何かが、静かに動き始めた。




