黒い結晶に蝕まれた守護竜を、俺は救う
次の瞬間――。
森全体を揺るがす咆哮が轟いた。
『グオオオオオオオオッ!』
だが、それは敵意ではなかった。
苦痛。
そして――抗う意志。
ユグドラは、まだ戦っている。
自分自身の身体を蝕む汚染と。
それでも。
『逃げ……ろ……』
竜の口から、掠れた声が漏れた。
直後。
黒い瘴気が爆発した。
「散れ!」
俺の叫びと同時に、全員が左右へ飛び退く。
ドォンッ!
黒い霧が地面を覆う。
触れた草花が、一瞬で黒く変色した。
そして――枯れた。
「触るな!」
リューネが叫ぶ。
「生命力を奪われる!」
「厄介な奴だな!」
ガードナーが舌打ちし、弓を引き絞る。
狙いはユグドラではない。
頭上。
巨大な枝だった。
「ハーシス! 道を作る!」
「頼む!」
ヒュンッ!
放たれた矢が枝を射抜く。
ミシミシ、と軋み――。
巨大な枝が落下した。
ドォン!
舞い上がった木片が瘴気を遮る。
一瞬。
安全な空間が生まれた。
「今だ!」
俺は地面を蹴った。
走る。
ユグドラへ。
だが――。
ズンッ!
「なっ!?」
地面が隆起した。
世界樹の根が、蛇のようにうねりながら地面を突き破る。
俺の進路を完全に塞いだ。
直後。
視界に赤いウィンドウが浮かぶ。
――――――――――
【警告】
世界樹防衛機構 起動
対象認識:侵入者
――――――――――
「防衛機構まで……!」
最悪だ。
本来なら世界樹を守るはずの根が、汚染によって俺たちを敵と認識している。
「ハーシス!」
シャーリスが短剣を投げた。
ヒュッ!
刃が根へ突き刺さる。
バキッ!
根が裂けた。
「前!」
「助かる!」
俺は止まらない。
そのまま走り抜ける。
――その時だった。
『契約者』
頭の中へ、機械的な声が響いた。
パッチワーク。
『救済対象の生命維持を最優先とします』
『新機能を一時展開』
黄金の文字が視界を埋める。
――――――――――
【補助機能解放】
《レイキリンク》
対象と生命力を一時接続可能
発動条件:
契約妖精全員の協力
成功率:18%
――――――――――
「十八パーセント……?」
低すぎる。
だが。
「ゼロじゃない」
『肯定します』
俺が剣を握り直した、その時。
『ハーシス!』
ナンシーが飛んできた。
『わたしも手伝います!』
彼女の身体から、緑色の光が溢れる。
そして――。
森の奥から、さらに光が現れた。
一つ。
二つ。
三つ。
やがて無数の光が、木々の間から姿を現す。
「……妖精?」
淡い緑。
青。
金。
今まで瘴気を恐れて隠れていた妖精たちが、次々と姿を現していた。
リューネが目を見開く。
「精霊たちが……」
彼女は呆然と呟いた。
「ハーシスに応えている……」
『外部レイキ供給を確認』
パッチワークの声と同時に、数字が変化する。
【成功率:18%】
――24%。
――31%。
――39%。
「上がってる……!」
さらに。
俺の頭の中へ、ユグドラの声が響いた。
『……我を……斬れ』
「違う」
俺は首を振った。
「斬るのは、お前じゃない」
視線を胸元へ向ける。
そこにあるのは――。
黒い結晶。
「あれだけだ」
ユグドラが静かに目を閉じる。
そして。
巨大な身体を、ゆっくりと横へ倒した。
胸元が露わになる。
「道を開ける!」
ガードナーが叫んだ。
矢が次々と放たれる。
シャーリスは根を切り払い、リューネは笛を吹く。
森の妖精たちは光を放ち続ける。
俺は、その中心を走った。
黄金のウィンドウが輝く。
――――――――――
【レイキリンク】
接続率:68%
対象:
緑守竜ユグドラ
汚染核位置:固定
除去可能時間:
残り十五秒
――――――――――
「十五秒……!」
俺は剣を握り締めた。
「一撃で決める!」
根を蹴る。
さらに上へ。
その瞬間。
システムの表示が変わった。
――――――――――
【解析完了】
汚染核構造:解析成功
侵食経路:表示開始
推奨切断軌道:算出
成功確率:92%
――――――――――
「九十二……!」
十分だ。
黒い結晶が脈打つ。
ドクン。
ドクン。
心臓のように。
そのたびに黒い筋がユグドラの身体を走り、世界樹の根へ伸びていく。
「こいつが媒介か!」
『正解です』
パッチワークが即答する。
『汚染核破壊後、0.7秒以内に浄化を実施してください』
「浄化……?」
『レイキリンクによる逆流です』
理解した。
結晶を壊すだけでは終わらない。
破壊した瞬間、汚染された魔力が世界樹へ流れ込む。
それを――。
逆流させる。
時間は、わずか0.7秒。
失敗すれば。
世界樹そのものが傷つく。
「ハーシス!」
ナンシーが俺の肩へ戻ってきた。
『みんなのレイキを繋ぎます!』
ナンシーの身体が、眩い翡翠色に輝く。
次の瞬間。
無数の妖精たちから放たれた光が、一つの奔流となって俺へ流れ込んだ。
「ぐっ……!」
熱い。
身体中を生命力が駆け巡る。
その時だった。
ユグドラが咆哮した。
『グオオオオオオオオッ!!』
黒い結晶から、無数の触手が飛び出す。
俺を殺すためではない。
汚染が――。
俺の邪魔をしている。
「させるか!」
ガードナーの矢が飛ぶ。
一本。
二本。
三本。
シャーリスの短剣が閃く。
リューネの風魔法が触手を吹き飛ばす。
「ハーシス!」
ガードナーが叫んだ。
「今だ!」
俺は跳んだ。
ユグドラの胸元へ。
目の前に黒い結晶。
そして――。
黄金色の軌道が浮かび上がった。
斬る場所は一つ。
そこだけなら。
ユグドラの命は傷つかない。
「パッチワーク!」
剣が黄金の光を纏う。
システムが告げた。
――――――――――
【救済処理開始】
対象:
緑守竜ユグドラ
実行者:
契約者ハーシス
――――――――――
「終わりだァァァッ!!」
一閃。
剣先が黄金の軌道をなぞる。
そして――。
黒い結晶だけを斬り裂いた。
ガァァァンッ!!
轟音。
黒い結晶が砕け散る。
――だが。
「っ!」
砕けた結晶から、濁流のような黒い魔力が噴き出した。
『今です!』
ナンシーが叫ぶ。
「レイキリンク!」
俺は両手をユグドラの胸へ押し当てた。
「戻れぇぇぇぇッ!!」
妖精たちの光が、一斉に流れ込む。
黒と緑。
二つの奔流が激突する。
森が震えた。
世界樹が輝いた。
視界が、真っ白になる。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ。
手のひらから伝わる温かさだけが残っていた。
そして――。
静寂。
ゆっくりと光が消えていく。
俺は恐る恐る目を開いた。
「……」
黒かった世界樹の根から。
淡い翠色の光が溢れている。
亀裂を覆っていた黒い筋は消えていた。
そこにあるのは。
瑞々しい樹皮。
生きている。
世界樹が――生きている。
森を風が抜けた。
温かな風だった。
チチッ。
どこかで鳥が鳴いた。
一羽。
また一羽。
そして。
森中から鳥の声が返ってくる。
「……成功したのか」
ガードナーが呟いた。
リューネは世界樹へ手を触れる。
その頬を、涙が伝っていた。
「戻った……」
震える声。
「世界樹が……息を吹き返した」
その時。
巨大な身体が動いた。
ユグドラだ。
全身から黒い瘴気を吐き出していく。
濁っていた片目が――。
澄んだ翡翠色へ戻る。
黒ずんでいた鱗も。
一枚。
また一枚と。
鮮やかな緑を取り戻していく。
そして。
巨竜は静かに首を垂れた。
『……契約者よ』
その声には、もう苦痛はなかった。
『礼を言う』
直後。
黄金のシステムウィンドウが開いた。
――――――――――
【特殊イベント《世界樹救済》達成】
世界樹損傷率
12% → 0%
守護竜汚染率
73% → 0%
報酬を算出中……
【新たなパッチワーク権限を解放します】
――――――――――
「……終わった」
俺は剣を鞘へ納めた。
長かった。
それでも。
ようやく終わった。
そう思った。
――その直後。
黄金のウィンドウに、新たな文字が浮かび上がった。
――――――――――
【警告】
汚染核は一つではありません。
世界各地で同型反応を確認。
黒幕の存在を推定。
メインシナリオを更新しました。
【新章】
『世界樹の守護者』
開始。
――――――――――
「…………」
俺はしばらく、その文字を見つめた。
「……また、予定外か」
思わず苦笑が漏れる。
だが。
今度は違う。
一人じゃない。
仲間がいる。
妖精たちがいる。
そして――。
世界樹と、守護竜ユグドラもいる。
俺は顔を上げた。
森の向こう。
そのさらに先。
まだ見ぬ世界を見据える。
「いいだろう」
胸の奥で、静かに闘志が燃え上がった。
「どんな敵が待っていても――」
俺は拳を握る。
「この世界は、俺たちで救ってみせる」
世界樹の葉が揺れた。
まるで。
その言葉に応えるように。
翠色の光が、森の奥へと広がっていった。
――新たな物語が、始まる。




