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第2話 日常

律の朝は早い。


窓の外が白み始めるより少し前。

体に染みついた習慣のように、彼女はぱちりと目を開けた。


まずは時計を確認する。


午前六時。


ほっと息を吐いてから、律は毛布をそっと捲った。


主人を物音で起こせば機嫌を損ねる可能性がある。


それはこの一か月で嫌というほど学んだ。


だからベッドから降りる時も、床板が軋みそうな場所は避ける。


扉を閉める時も、ドアノブを最後まで握ったままゆっくり戻す。


与えられた部屋の扉を静かに開き、律は一階の

バスルームへ向かった。


洗面台の蛇口をひねる。


冷たい水が指先を濡らした。


ぱしゃりと顔を洗い、歯を磨き、鏡を見る。


そこに映るのは肩まで無造作に切り揃えられた黒髪と、まだ眠気の残る顔。



櫛を手に取り、寝癖を丁寧に整えていく。


サーカスにいた頃なら考えられない行為だった。



ショーの最中こそ派手な化粧を施していたが、それ以外の時間は身なりなどどうでもよかった。



実際、ジャスパーと契約した翌日も、律は寝癖だらけの頭のまま朝食を作った。


その時、ジャスパーは紅茶を飲みながら穏やかな笑みでこう言ったのだ。



“身だしなみは最低限の敬意の証だよ”


“朝から不快なのはいただけないな”



その言葉に脅しは含まれていなかった。


しかし律は直感した。



命までは取られない。


だが指の一本や二本なら平気で持っていきそうだ、と。



以来、朝一番に身支度を整えることが律の日課となった。


鏡の中の自分を確認し、律は小さく頷く。




よし。


これなら文句は言われない。




そうしてバスルームを後にすると、次は主人の寝室へ向かった。


彼を起こすためではない。


目的はクローゼットだ。


扉に手をかける。



ゆっくり。


慎重に。


しかし。


きぃ。



木の軋む音が静かな部屋に響いた。


律は反射的に目を閉じる。



終わった。


そう思った。



だが数秒経っても何も起きない。



恐る恐る目を開けば、部屋の主は相変わらず穏やかな寝息を立てていた。


朝日が薄く差し込む部屋の中で、ジャスパーはまるで善良な青年のような顔で眠っている。



知らない人が見れば、誰も彼を殺人鬼だとは思わないだろう。



むしろ優しそうな好青年だ。



その事実が一番恐ろしい。



律は足音を殺しながらクローゼットへ向かう。


昨夜アイロンをかけたワイシャツ。


綺麗に畳まれたズボン。


下着。



必要なものを抱えると、盗人のように静かに部屋を後にした。


無事に脱出できたことに胸を撫で下ろしながら、律は再びバスルームへ向かう。



ワイシャツをハンガーにかける。

ズボンを整える。

下着も用意する。


これで彼の身支度は完璧だ。



律は満足そうに頷いた。



少なくとも今日は、朝から不機嫌なジャスパーを見ることはないだろう。




次は朝食だ。


主人は毎朝、紅茶とトーストをご所望する。


彼曰く、朝は必要最低限のエネルギーを摂取できれば問題ないらしい。


それと紅茶は一日を彩る最初のエッセンスなのだとか。



律にはよく分からない理屈だったが、少なくともジャスパーが本気でそう思っていることだけは理解していた。



まず朝食のお供に欠かせない新聞を郵便受けから持ってくる。



朝露で少し湿った紙の感触が指先に残った。


新聞を机の上に置き、次は紅茶の準備に取りかかる。



やかんのお湯が小さく音を立てる。


茶葉にお湯を注ぐと、ふわりと甘く上品な香りが立ち昇った。



花のような香り。


ほんのり柑橘にも似た匂い。



最初の頃は違いなんて全く分からなかったが、一ヶ月も同じ紅茶を淹れ続ければ流石に覚える。



今日は機嫌が良さそうな香りだ。



もっとも、紅茶の出来で人を殺すことはないだろうが。


たぶん。





机を布巾で丁寧に拭き、真っ白なランチョンマットを二枚並べる。


向かい合わせの席。


最初の頃、律は当然のように立ったまま給仕をしようとした。


しかしジャスパーは不思議そうな顔で言ったのだ。



“君はメイドではないだろう?“


“それとも私が一人で食事をする姿を眺めたいのかい?“




結局押し切られ、今では向かい側が律の席になっている。


ありがたいとは思わない。



しかし、一人で食事を済ませるサーカス時代よりは多少ましかもしれなかった。





ここまで終えた頃。


二階から小さな物音が聞こえた。



床板が軋み、寝室の扉が開く。



どうやらジャスパーが目を覚ましたらしい。




ナイトガウン姿の彼がバスルームへ向かう足音が聞こえる。




ここからが忙しい。


律は急いで二人分の食パンをトースターへ入れた。


しばらくすると部屋中に香ばしい匂いが広がる。



紅茶の香りと焼けるパンの匂いが混ざり合い、妙に幸福そうな朝の空気を作り出していた。



こんな平和な匂いのする家に殺人鬼が住んでいるなど誰が信じるだろう。



花柄のティーポットから慎重に紅茶を注ぐ。



透き通った琥珀色の液体がカップを満たしていく。


注ぎ口が細く長い特徴的なポットを扱うのは最初こそ苦労した。


一度だけテーブルクロスに零してしまったことがある。


その時のジャスパーの笑顔は今でも忘れられない。




怒鳴られたわけではない。

殴られたわけでもない。




ただ、笑顔のまま十五分ほど紅茶の淹れ方について講義された。



律はその日のうちに完璧に覚えた。


二度と失敗しないために。



二人分の紅茶が出来上がり、トースターから軽快な音が鳴る。



焼きたてのトーストが飛び出したのとほぼ同時に、きちんと身支度を整えたジャスパーが現れた。




ワックスで整えられた黒髪。


皺一つないワイシャツ。


銀縁の丸眼鏡。


どこからどう見ても育ちの良い好青年だ。



昨夜、人を殺していたと言われても誰も信じないだろう。


むしろ律の方が頭を疑われるに違いない。




「おはよう、Ms.インプ」


「おはようございます。ジャスパー」



ジャスパーは椅子に腰掛けると、真っ先に新聞を広げた。


ぱさり、と紙が鳴る。



律は出来立てのトーストと紅茶を机へ運ぶ。


焼き立てのパンから立ち上る香ばしい匂い。

紅茶から漂う柔らかな香り。


穏やかな朝だった。




あまりにも穏やかすぎて、昨夜の出来事が夢だったのではないかと錯覚してしまいそうになるほどに。



ジャスパーの前へ皿とティーカップを置き、横にバターを添える。



律も自分の席へ腰を下ろした。


向かい合わせの席。


まるで仲の良い兄妹か、あるいは家族の朝食のような光景だ。



実態は殺人鬼とその共犯者なのだが。



ジャスパーは紅茶を一口含む。



琥珀色の液体をゆっくり味わい、満足そうに目を細めた。


それから新聞に目を落としたまま、肩を震わせる。



「ははっ」


笑った。


次いで、



「いやぁ昨夜は傑作だったね。実によかった。新聞の見出しも最高じゃないか」




堪えきれなかったらしい。


くくく、と喉を鳴らしながら笑い続ける。



律は無言でトーストを齧った。


新聞の見出しなど見なくてもわかる。


昨日の被害者だ。




ジャスパーとの取引には、もちろん彼の歪んだ趣味を手伝うことも含まれていた。




基本的にジャスパーは一人で狩りに出る。


しかし、彼が退屈を感じた時だけは別だ。



そんな時、律は決まって連れ出される。




ショーの演者として。


あるいは共犯者として。




ジャスパーは新聞を畳みながら続けた。



「私は死体で遊ぶことに何の価値も感じないんだが、君の才能には脱帽するよ!」



彼の灰色の瞳が楽しそうに細められる。



「こんな風に新聞に載れば、よりたくさんの人を楽しませることができるだろう!」



まるで舞台の成功を語る役者のようだった。


人殺しの話をしているとは思えない。



「そうですね」



律は適当に相槌を打つ。



褒められているらしい。


全く嬉しくないが。



ジャスパーは気づかない。


いや、気づいていても気にしないのかもしれない。



律はトーストを一口齧った。


ぱりっ、と心地よい音がする。



共犯者になったばかりの頃は食事など喉を通らなかった。



昨夜の光景が脳裏に浮かび、何を口にしても吐き気しかしなかった。



しかし人間は慣れる生き物だ。


慣れなければ生き残れない。


だから律は無理やり食べた。

無理やり飲み込んだ。


そうしているうちに、いつしか普通に朝食を取れるようになっていた。


それが良いことなのか悪いことなのかは考えない。


考えたところで何も変わらないからだ。

 




ジャスパーはお喋りだ。


食べ物を口に入れれば多少静かになる。


だから律は早くトーストを食べてくれないものかと切実に願った。


もちろん願いは叶わない。



「でも、やはり“心臓を傷つける”の衝撃には勝てないな」



ジャスパーは夢見るように天井を見上げる。



「はぁー。あれは道にでも飾ればよかったね。とんだ失敗だ」



「そうですね」



律は紅茶を啜る。


温かい液体が喉を通る。


それでも胃の奥は冷えたままだった。




殺人鬼の考えることなんて共感したくない。


理解もしたくない。


理解してしまった瞬間、自分も同じ場所へ落ちてしまう気がした。



「さて、今日はアメリカ独立記念日、つまり祝日だ。何をしようかな、Ms.インプ」



ジャスパーは優雅にティーカップを持ち上げながら言った。


窓の外では朝日が庭を照らし、鳥の鳴き声が聞こえる。


どこまでも平和な朝だった。


まるで昨夜、人が死んだことなど存在しなかったかのように。



律はトーストを齧りながら考える。


祝日か。


普通の人間なら花火を見たり、友人と騒いだりするのだろう。


しかし目の前にいる男は普通ではない。


彼にとっての祝日が何を意味するのか、考えるだけで胃が重くなる。


だからこそ、ほんの少しだけ意地悪したくなった。



「そうですね、殺人鬼さん」



さくり。


トーストを噛み砕きながら何気ない口調で言う。



しかしその一言は確かに意図的だった。


一ヶ月。


たった一ヶ月。


それだけの期間で律は学んでいた。



ジャスパーは気まぐれだ。


残酷だ。


理不尽だ。


だが意外と沸点は高い。



少なくとも、この程度で即座に首を飛ばされることはない。


だからこそ出来る、小さな反抗だった。




案の定、ジャスパーの動きが止まる。


引き上がっていた口角がわずかに下がった。


目尻がぴくりと痙攣する。


笑顔はそのまま。


なのに空気だけが冷える。



暖炉の火が突然弱まったような感覚だった。



「それはなんだい?」



穏やかな声。


怒鳴りもしない。

脅しもしない。


それでも律は知っている。


今の彼は不機嫌だ。




紅茶の香りすら薄くなった気がした。


質問に対して下手くそすぎる相槌を打つ律の態度が気に入らなかったのか。


あるいは呼び方か。




どちらにせよ機嫌を損ねたことだけは間違いない。




それでも律は動じない。


この一ヶ月で学んだ。


ジャスパーの機嫌は天気予報のようなものだ。




晴れの日もあれば曇りの日もある。


いちいち振り回されていては身が持たない。


律は何事もない顔でトーストを一口齧った。



「なんのことですか?」


「先ほどの失礼極まりない呼び方だよ」



ジャスパーはティーカップを静かに置く。


かちゃん。


小さな音なのにやけに大きく聞こえた。



「私の名前はジャスパーだ。わかるかい?」



その瞬間だけ、律は猛獣を連想した。


獲物を前にした獅子。


牙こそ見せていないが、いつでも飛びかかれる距離を測っている。



そんな目だった。


律は心の中で納得する。



あぁ、そっちか。



ジャスパーはどうやらあだ名で呼ばれるのが嫌いらしい。


妙なところで神経質だ。



しかし。


それは律も同じだった。



「わかりますとも。しかしあなたも私の名前がインプではないことを理解しているのでは?」



言葉を発した瞬間、サーカス時代の記憶が脳裏を掠めた。


観客の笑い声。


団員たちの嘲笑。


『インプ』


ちっぽけで愚かな小悪魔。


間抜け。


役立たず。


その全てを込めて呼ばれた名前。


ショーの最中なら我慢できた。



生きるためだ。

食べるためだ。


けれど今は違う。


もうサーカスではない。


あの檻の中ではない。



それなのにジャスパーだけが当たり前のようにその名で呼ぶ。


それが少しだけ気に入らなかった。



ジャスパーは新聞を畳む。

紅茶も置く。


そして両肘を机につき、長い指を組み合わせた。

灰色の瞳がまっすぐ律を見据える。



「しかし君はピエロのインプだろう?」



まるで裁判官のような口調だった。



「サーカスをやめてもピエロをやめたわけではない。違うかな?」


「インプはサーカスでの役名です」



律は負けじと言い返す。



「あなたが望むピエロとして生きるために、新しい役名を与えてくれてもいいのでは?」



正直、名前で呼ばれるとは思っていなかった。


ジャスパーのことだ。


どうせ『ネズミ』だの『チビ』だの、ろくでもない呼び名を考えるに決まっている。


だからインプ以外なら何でもよかった。


ジャスパーは目を閉じる。


数秒。


思考するように指先で机をとんとんと叩いた。

それから静かに頷く。



「君の言い分はわかった」



そして。



「律。これでいいかい?」



律は固まった。


予想外だった。

あまりにも予想外だった。


もっと捻くれた答えが返ってくると思っていた。

だから思わず目をぱちくりと瞬かせる。


胸の奥が少しだけ温かくなった。



「はい! ジャスパー!」



思った以上に明るい声が出てしまう。

ジャスパーは満足そうに微笑んだ。



「気に入ってくれて何より」



だが次の瞬間には目を細める。


「では今後、私をふざけた名前で呼ばないことを約束しろ。わかったな」



穏やかな声だった。


だが命令だった。

否定を許さない種類の。


律は背筋を伸ばす。



「あ、はい。ジャスパー」



こういう時は逆らわない。


この一ヶ月で嫌というほど学んだ。


ジャスパーが本気で意思表示した時だけは絶対に逆らってはいけない。

そのルールだけは身体に刻み込まれていた。



律の返事に満足したのか、ジャスパーはようやくトーストに齧り付いた。



かりり、と香ばしい音が静かな食卓に響く。



律は内心で安堵の息を吐く。



あぁ、これでやっと少しは静かになる。



機嫌が良い時のジャスパーは恐ろしい。


不機嫌な時はまだわかりやすいのだ。

目が冷たくなるし、声の温度も下がる。


だが機嫌が良い時は違う。


まるで蛇口でも壊れたかのように延々と喋り続ける。



しかも話題の大半が殺人か死体か、自分には到底理解できない趣味についてだ。



律としては朝くらい静かに食べたい。


そんなささやかな願いを抱いた矢先だった。




「先ほどの話の続きだが、今日は君にプレゼントでも贈ろうと思っていたんだ」



律の動きが止まった。


喉に入れかけていたトーストが変なところに引っかかる。

ごほっ、と小さく咳き込みながら慌てて紅茶を流し込んだ。


温かい液体が喉を通り過ぎる。



「どういう風の吹き回しですか?」



警戒心を隠そうともせずに尋ねる。


ジャスパーはそんな律の反応を面白がるように肩を揺らした。



「君もうちに来てそろそろ一ヶ月が経つだろう?」

 


彼はティーカップをくるりと回す。



「君の仕事ぶりは私も買ってるんだよ。だから何か贈り物をしようと思ってね」




快楽殺人鬼が。


他人に。


贈り物。




律は数秒考えた。

そして結論を出す。



絶対に裏がある。



というか裏しかない。



善意だけで動くジャスパーなど、空を泳ぐ魚くらい信用できない。


律は訝しげに目を細めた。



贈り物を受け取った日には、きっと倍の対価を求められる。


あるいは殺人の手伝いを増やされる。


そんなのは御免だった。



「結構です」



即答だった。


ジャスパーはぱちりと目を瞬かせる。

本気で断られると思っていなかったらしい。


それから八の字に眉を下げ、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。



「全く君は欲がないな」


やれやれと首を振る。



「そんなに警戒しなくても毒物や爆弾を渡したいって話じゃないんだ」

 



むしろその方が安心できる。




律は真顔でそう思った。


毒物なら毒物。

爆弾なら爆弾。



用途が明確だ。



だがジャスパーの『贈り物』は何を企んでいるかわからない。


その方がよほど怖い。



こんな偏見を持つなと言われても無理がある。


律の偏見をここまで育て上げたのは他ならぬジャスパー本人なのだから。


ジャスパーは椅子から立ち上がる。

 



磨き上げられた床を靴音も立てずに回り込み、律の隣までやって来た。


それでも律は椅子から逃げない。


逃げたところで無駄だと知っているからだ。



ジャスパーは腰を屈め、律と目線を合わせる。

灰色の瞳が楽しそうに細められた。




「贈り物という言葉はとても便利だと思わないかい?」




まるで講義でも始めるような口調だった。



「自分本位の理由や物であっても、相手を期待させ、喜ばせることができる」


「……何が言いたいんですか」



律が眉を寄せる。

するとジャスパーはにっこりと笑った。



「そのみすぼらしい服を朝食で見せられる私の身にもなってくれ、ということだよ。My ピエロ」



ぽす。


長い人差し指が律の鼻先を突く。



まるで子どもをからかうような仕草だった。



律は思わず自分の服へ視線を落とす。


サーカス時代から着続けているシャツ。

何度洗っても取れない泥汚れ。


色褪せた布地。


肘の部分は擦り切れて薄くなり、肌色が覗いている。



みすぼらしいと言われれば否定はできない。



むしろ事実だった。


ジャスパーから貰ったワイシャツもある。

しかし一着しかない。



昨日洗濯した以上、今日はこれを着るしかなかった。


律は肩を竦める。



「替えの服がこれしかないんです」



するとジャスパーは楽しそうに笑った。



「ははっ。間抜けなふりはやめたまえ、My ピエロ」



鼻先を押される。


むにっ。


少しだけ上に持ち上げられた。



「私の話を聞いていたかい?」



律はしばらく考えた。

遠回しな言い方ばかりするこの男の言葉を翻訳する。


つまり。


おんぼろシャツが気に入らない。


新しい服を買う。


拒否権はない。


そういうことだろう。



「ではありがたく贈り物を受け取ります」



律は鼻を押されたまま言った。


そして仕返しとばかりに、



「ぶひぶひ」



と鳴いた。



ジャスパーの動きが止まる。


数秒。


きょとんと目を丸くした。


その顔が妙に間抜けで、律は少しだけ満足する。


次の瞬間。



「HAHAHAHA!!」



食堂に爆笑が響いた。


ジャスパーは腹を抱え、椅子にもたれかかる。



「こんな名演技は久しぶりに見たな! いやー、全くもって素晴らしい!」


「どうも」



律は無表情で返した。

豚の演技が上手いと言われて喜ぶ女性はいない。



しかしジャスパーはまだ笑っている。

肩を震わせながら、楽しそうに。



そんな主人を横目に、律は残っていた最後のトーストを口へ放り込んだ。


どうせ今日も振り回される。


それだけは確実だった。

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