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Ep70: 【■■■■!】

「『翠閃!』」

翠閃がデリュリオンの体に当たって弾けた。


 硬いっ! なんでこんなに硬いの!


ルーラはひたすら腕を振り回す。何度も何度も拳を当てた。


「え……」

だがデリュリオンの鎧に、へこみや歪みが一切生じない。代わりは、その巨体から繰り出される反撃だった。ルーラにめがけて腕を振り回す。


 攻撃は遅い! これならよけられる!


腕から腕へ飛び乗り、デリュリオンの皮膚へ近づいた。鎧で守れていない肩を狙って翠閃を放った。爆音と共に赤い煙が漂った。煙が収まると恐る恐るその箇所を見た。


「攻撃が……しっかり効いてる!」


デリュリオンの肩は無防備であり、非物理耐性があれど物理攻撃には弱かった。

「行ける、勝てる!」


その勇姿を遠くからノンは不服そうに見ていた。そして心の中でこう唱えた。


 負けて負けて負けて負けて、負けてよ!


心の奥底で勝ってしまうのではないかと心配する自分がいた。


「翠閃!」

ルーラは全身から翠閃を放った。見えないほどの超高速打撃を、無防備な肩へ叩きこみ、デリュリオンは膝から崩れ落ちた。


「はやっ」「何した?」「あいつつえーよ」「編入生だろ、リンさんの」

会場は盛り上がった。

「ルーラちゃん! がんばれー!!」

リンの声が会場いっぱいに響き渡った。ルーラは返事の代わりに頷いた。


 もう一発……「『翠せ――』」


刹那、闘技場の床に鋭い金属音が一つ響いた。


それは戦いが終わったから。いや違う。


誰もが理解してしまったのだ。


何かが来たと。何かが来たと。


何かが()()()()と。


「へ?」

思わずリンは裏返った声を出してしまった。とてつもないほどの腐敗臭。上裸で土まみれで表皮には虫が湧いて蠢いている。クチャクチャと音を立てながら蠢くそれは、デリュリオンの腹の中から生まれた。


五体の剥き出しの魔物。


会場は気持ち悪がる者、悲鳴を上げる者、嘔吐する者で溢れかえった。


そいつはもうデリュリオンの面影がない。脱皮するかのように元の四メートルほどの巨体の腹から抜け出し、180センチメートルの体に目が零、一、二、三、四、五。五体全員、筋肉質の体は変わりないが、目の数が違った。


「どういう、こと……」

ルーラは驚く。すると奴らがどこかで会話するのが聞こえた。


「■■■■」


「え?」


「((ぬし)は死んだ、主は死んだァ)」


「ど、どういうこと? なんで……喋れるの」


五体の奴らは嘆き苦しむように各々語りだした。


「(もうだめだ)」

「(主は死んだ、主は死んだァ)」

「(アダマン(ぬし)が死んじまっタ)」

「(主〜)」


「ね、ねえあなたたちは、何を言ってるの……? ど、どういうこと」

ルーラは吐き気をこらえながら口を無理に開いた。


「(主はもういないィ)」

「(死んだ、死んだァ)」


コレットは首をかしげ、サレーは鼻を押さえていた。

「何、喋ってるのルーラちゃんは」

「わからない。でもあの気持ち悪い奴と交信を図ろうとして……るのか?」


サレーが咳き込んだ。すぐにコレットは背中をさすった。


「■■■■■■!」


「■■?」


「■■■■■■、■■■■■」


観客たちは咆哮を上げるルーラと魔物に驚きを隠せなかった。ノンは顔を白くさせ、門を開けてと泣き叫んだ。蛆虫がノンへ近づいてくる。でかい蛆虫だった。


だが誰もそんなことを気にしていなかった。誰も彼もルーラと魔物に注目していた。


「(主って誰? どういうこと)」


「(無理、ムヒムヒムヒムヒムヒぃ!)」


「(お前も、死んじまェ!)」


「■■■■■――」


五体のデリュリオンはルーラへ突撃した。


 速っ!


地面を蹴った瞬間、五つの影が弾丸のように飛び散る。


「っ!」


ルーラは咄嗟に跳び退いた。

さっきまで立っていた床が砕ける。


 何この力……!?


一体の拳が床を叩き割る。

粉塵が舞い上がった。


「■■■■!」


背後から声。

振り向いた瞬間、三つ目の魔物が腕を振り下ろした。


「翠閃!」

ルーラは反射的に放った。

衝撃が魔物の胸に叩き込まれたはずだが、


「硬い?」


魔物の身体はわずかに揺れただけで、吹き飛ばない。


「(効かない、効かないィ)」

三つ目の魔物が笑った。


 さっきの奴は効いたのに……!


ルーラの脳裏に一つの仮説が浮かぶ。


 違う!

 こいつら……デリュリオンじゃない。


「(主は死んだァ)」


「(鎧の主は死んだァ)」


「(だから俺らが出たァ)」


声は重なり、歪み、意味を失いかけながらも叫んでいた。


 主……誰のことなの?


ルーラの瞳が揺れる。


 じゃあ、さっき倒したのは何――


また五体の魔物が同時に地面を蹴った。


「(殺せェ)」


「(殺せェ)」


「(主の仇ィ)」


「(肉だァ)」


「(肉だァァ)」

五方向から同時に拳が迫る。


 避けきれない――!


「ルーラちゃん!!」

リンの叫びが観客席から響いた。


ルーラは歯を食いしばる。


 だったら――


両腕を交差させた。

「『翠閃――』」


 全身の魔力を圧縮するイメージ。


 拳に乗せるんじゃない!

 体の中心、心臓の奥で渦を作る!


胸の奥で緑色の光が圧縮される。


 もっと。

 もっと握る。

 砕けるほど――


交差させた両腕を解放した

「『――(さん)ッ!』」

全身からの爆発と衝撃波が半径十メートルの範囲を吹き飛ばした。


五体の魔物が同時に宙へ弾かれる。


観客席から声が上がる。

「な、何だ今の……!」

「魔法か!?」

「いや、詠唱してないぞ!」


砂煙の中心でルーラは膝をついていた。

「はぁ……はぁ……」


手が震えている。


 今の……

 めっちゃ魔力を使う……


だが。

煙の向こうから――


「(イイ)」


「(臭うゥゥ!)」


「(肉が強いィ)」


「(食べたいィ)」


「(死んだ死んだァ)」

煙の中から五つの影が立ち上がった。


ルーラの背筋が凍る。


 嘘でしょ……ルーラの魔力が効かなかった。ならやっぱり非物理耐性は変わってない。別物でもなんでもないの!?


五体の魔物がゆっくりと円を描いてルーラを囲む。


「(殺す)」


「(食ウ)」


「(臭うゾ、主が死んだァ!)」


「(肉ィ)」


「(肉ィィ)」

ルーラは震える拳を握り直した。


 逃げたい。逃げたい。

 本当は今すぐ逃げたい。


観客席から声が飛ぶ。

「ルーラちゃん!!」


 でもルーラを必要をしてくれてる人は、いるんだ! だからルーラは、逃げちゃダメなの!


目を閉じて、深く息を吸う。


「……いいよ」

翠色の光が拳に灯った。


「来なよ」


五体の魔物が、同時に笑った。

「(肉ィ!!!)」


ルーラの拳が、ほんのかすかに紫色に光った。

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