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Ep67: 【闇魔法の使い方】

 次の試合はコレット VS イザラ。イザラはノンの隣にいつもいる。ただの取り巻きだと誰もが思っていた。


だがそれが錯覚だと気づくまで、時間はかからなかった。


試合開始のブザーと共に、コレットは炎を展開した。明るく、底抜けで、精霊すら燃やしたあの炎をフィールド全体へ広げていく。


イザラは動じない。

右手の指を三本立てた。


空気が収縮した。炎が押し返され、コレットの炎が折り返してくる。コレットは咄嗟に腕を盾にして受けた。


「え、なに——」

コレットの裾はボロボロに燃えて焦げていた。


「圧縮ですね。魔力の圧縮密度を操ることで、周囲の魔法現象を意のままに収束させます。あなたの炎は強いから跳ね返すと痛いでしょう。私、昔から魔法使えなかったんですよ。そんな時、あの御方がいたからこそ、私はこの技を習得することができました」


イザラは扇子で顔を隠しているノンへお辞儀をした。


 そっか……攻撃が通らないし、あたしの炎が武器にならない。


それでも走って距離を詰め、拳を叩き込もうとした。イザラの指が動くたびに空気の壁が生まれ、コレットの踏み込みをことごとく殺した。確かな硬度があるが柔らかくも跳ね返す。


コレットは床に膝をついていた。

「降参……します」


絞り出すような声だ。ノンは何も言わなかった。ただ口の端が少しだけ上がっていた。



***



 三試合目の名前が読み上げられた時、観客席の男子が一斉に前のめりになった。


「やっとだ。やっとピースだ」

「マジか、今日一番の試合じゃないか」

「勝ち負けより顔が見たい」


フィールドに降り立ったピースを見て、サレーは一度だけ眼鏡を押した。


 黄色い長髪が肩を滑り、制服の白が会場の光を受けてやわらかく輝いている。持ち物は黄色く長さ一メートルほどの、しなやかな素材だ。ギャルのような見た目だが、表情は穏やかでどこか申し訳なさそうでもある。全男子の憧れという評判はサレーの耳にも届いていた。


そんなにデカかったら……邪魔だろ、とサレーは内心そう思う。


男子が釘付けになる理由は、彼女の豊かな胸元だった。

男子にはそれ以上でも、それ以下でもなかった。


「よろしくお願いします」

ピースが丁寧に頭を下げた。その仕草が美しかったので観客席がふわりと湧いた。


「うん」

サレーはまた眼鏡を押して、淡々と答えた。


ブザーが鳴る。

ピースの棒がしなる。


半円を描くように曲がり、その先端が地面すれすれをなぞってサレーの足首を払う。回避しながら距離を取ろうとしたが、棒の動きを追いかけた目が一瞬止まった。


しなった棒が、次の瞬間に固くなっていた。


サレーは不満そうな顔をした。


 鞭のように伸ばして姿勢を崩して、剛体として打撃を与える。連続する動作の中で棒の性質が変わり続けるせいで、防御の準備が毎回ずれる。


ピースは棒を巧みに回し、三連撃の三発目、硬化した棒の先端がサレーの左腕を打った。


サレーはただ眼鏡を人差し指で押し、唱えるように呟いた。

「『闇迷(あんめい)』」


光源は変わっていない。ただサレーの足元から滲み出た闇が、戦っているフィールドを覆い尽くす。


「え?」

ピースが足を止めた。


闇のフィールドに足を踏み入れた瞬間、平衡感覚が狂う。距離感覚が揺れる。闇の中で視覚が正しく機能しなくなる。これは単なる暗闇ではない。闇魔法は発動した空間に触れたものの認識を遮断する魔法だ。


ピースが棒を構え直そうとした。しかし腕の振り幅が判断できない。


「本気を出さないのか」

サレーを見ている来賓席の一角で、教師ダルクルは腕を組んだまま立ち上がっていた。


魔法物理の授業を担当する彼は、戦場の匂いを知っている。実戦で魔力を使い続けた体が勝手に反応する。


 ——本気ではない。

 あのサレーという生徒、今の出力は七割に満たない。いや、もしかすると半分以下かもしれない。それでも今すでに、近くのフィールドの構造そのものが歪んでいる。全力を出せばフィールドはもたないだろう。


 いやそんな話ではない。

 問題はそこではない。

 魔力の質が、おかしい。

 成熟していない。まだ若い魔力だ。闇魔法は魔力を異常なほどに取っていく。しかし深さが異常だ。魔力の底が見えないほど。


ダルクルは眉間に力を入れた。

 

 これは教師として警戒すべき生徒だ。この子はいったい……どこからこんな力を手に入れた?


サレーは人差し指を空へ向けた。

指の先端に黒い光が集まっていく。そして球として固まっていく。周囲の闇魔法が吸い寄せられるように中心へ向かい、膨らんでいく。


ピースが足を後ろへ引く。


「待って——」

その声が届く前だった。


サレーの指が前を向いた。黒球が放たれる。


「は?」


割り込んできたのは闇だった。サレーの闇ではない。誰かの楕円の盾のようなもの。それが黒球の軌道上に音もなく現れた。


黒球が盾の表面で押しつぶされ、霧散した。


サレーは即座に視線を動かした。来賓席の最後方。通路側の端。


 先生……。


七十を過ぎているだろう。背中は少し曲がり、生徒から体臭おやじと馬鹿にされている教師。右手だけがこちらに向けられていた。


ダルクルは笑っていた。

サレーは眼鏡の奥で視線を細めた。


「降参です」

ピースが慌てて審判に向かって言った。サレーが視線を戻すと、ピースがすでに棒を手に持ったまま、両手を持ち上げていた。闇の中で姿勢を保てなくなった段階で、すでに降参を意思表示していたらしい。


審判が慌てて手を上げた。

「降参確認! 勝者——サレー!」

拍手が来た。拍手の中に困惑の声も混じっていた。サレーはフィールドを歩いて戻りながら、一度だけ来賓席の方角を振り返った。


老人の席はもう空だった。



***



 三人が自席に戻ってきた。

コレットは少しだけ肩を落としていた。サレーは無表情のまま椅子に座って本を読み出す。ルーラはコレットの隣に座り、腕がくっつくくらい近づいた。


コレットが小さく鼻を啜っる。


「……次、あたし頑張るから」

「うん」

ルーラが頷いた。コレットは目元を手の甲で押さえた。


モニターに準決勝のトーナメント表が映し出される。次の相手チームの名前が並んでいる。


彼は本から目線を上げ、来賓席をもう一度目で走査した。


 老人の姿はない。さっきの盾は遠距離だった。あの席から俺の所まで、優に30メートルはある。それでも黒球の軌道を把握した上で、先回りして——


サレーはこれ以上考えるのを止めた。


 自分の魔力の深さには自信がある。底を感じたことなんて、一度もない。

 でもあいつには。

 測られた。そういう目をしてた。俺に如かずという目。


リンチームのフィールドから歓声が上がった。同時進行されていたリン達の試合の準々決勝は、ストレート勝ちでリンが軍配を上げた。ルーラがそちらを向き、コレットも目線を上げた。


会場の遥か上空では、宙にある男が立っていた。

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