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Ep66: 【チビ】

「……な」


ミラドラトは一歩退き、体が勝手にその光線から逃げた。


 俺が、怖がる理由など……いや、あの魔力はまるで性質が違う。根本から違う。何かがおかしい。


フィールドを縦に通過した光線の焦げ跡を、彼は擦るように踏みつけた。


「泣きやみました」

ルーラが言った。平坦で感情の抑揚がないように聞こえた。しかし観客席の誰一人、笑わなかった。


 いや、笑えない。

 こんなに焦げ跡を……床を抉るなんて。このチビ、意外に——


ルーラが動いた。走ってすらいない。ただ地を蹴った、その一歩だった。なのにミラドラトの目から姿が消えた。


「消え——」

腹に何かが入った。肋骨の内側から外へ突き抜けるような感覚。音は後から来た。ゴッと鈍く低く、それは土台の崩れる音に似ていた。


「は?」

ミラドラトは宙に放り投げられていた。


足が地面から離れ、ルーラの肘が彼の腹に突き刺さるように当たり、そのまま体ごと持ち上げていた。どうやって? という問いを組み立てる暇もなく、ルーラの体がしなった。


背骨が逆方向へ曲がるように、全身が波のように順番にうねって、手のひらから緑色の光線が、ミラドラトの腹から出ていった。


「がッ——!」

上へ。さらに上へ。上空20mほどでミラドラトの体が一瞬止まった。


 落ちてくる。


ルーラはすでにその真下に立っている。だがミラドラトは落ちる態勢を立て直そうと土魔法で壁を作ろうとした。


させないとルーラは腕を空高くまで伸ばした。それがミラドラトの体をしっかり掴んだと思った時、


「よーいっしょ!!」

ルーラは伸ばした腕を短くしながらミラドラトの落下速度を加速させる。

そして地面が陥没する音が会場に響き渡る。


瓦礫が跳ね、砂が舞った。フィールドのど真ん中に大きなくぼみができていた。底には大事な金髪が土まみれなミラドラトの姿。


会場が息を止めていた。ルーラはくぼみのへりに立ち、ミラドラトを見下ろした。

横顔に涙の線がまだ残ったままだ。


「……っ、ぐ」

ミラドラトが身じろいだ。


ルーラはゆっくりと、くぼみの中へ降りた。


 えっと……こ、これだけじゃまだ戦闘不能じゃないよね? じゃあ——


ルーラは底へ手のひらを向けた。緑色の光が手のひらに集まっていく。そして至近距離で、


「『翠閃』」


大爆音に会場が震えた。歓声ではなく、どよめきだった。


ルーラがくぼみから出てくる。制服の右袖が半分なくなっていて、緑色の魔力が体から少しだけ漏れている。その様子をリンは観客席の前列から息を呑んで見ていた。

「ルーラちゃん……」


サリナが横でぽつりと言った。

「あれは本物だねぇ。なんか昔のリンちゃんに似てる気がする」


くぼみの中で焦げたミラドラトが唇を動かした。

「……ふざけんな」


誰にも聞こえない声でボソボソと文句を言った。

「こんな、こんなちんちくりんに。ぶっ飛ばされる理由が……あるかよ俺に。あるかよそんなもの」


手で目元を押さえた。

「あー、もうっ! クソチビがっ! ありえねぇ」


客席の最前列の生徒が「あ、なんか言ってる……」と隣の友人に囁いた。

ミラドラトは額を地面に押し当てた。


 くっせえな、土の匂い。


「わかった、わかったよ。俺の……だ、もういいだろ」

三秒の沈黙。審判が一歩踏み出そうとした。その瞬間だった。


ミラドラトが笑った。

今まで見たことのない笑い方だった。唇の端が引きつった。


「やっぱ、無理だわ」


ミラドラトはよろめきながらもゆっくり立ち上がる。

「炎は、俺の中の全部を——食い尽くす。すべて蝕んでその先へ連れて行ってくれる」


立ち上がった体に、まず腕から火がついた。


観客席にいた教師たちが、慌てるようにざわめきはじめた。

「やめろ、これ以上はもう体が持たない」「今すぐに止めろ」「早く!」


一瞬で会場の声は静かになった。

「嫌だねェ!!」

ミラドラトは全員に聞こえる声で叫んだ。


フィールド全体の温度が一瞬で跳ね上がった。ルーラは思わず腕で顔を覆う。


 熱い。ダメ、体が溶けちゃう!


ミラドラトの体が膨れ上がる。土魔法が体を覆い、それが炎を纏う。


「おめえは火が弱いのは知ってる。触れたらどうなるか、試してみろよ」

声が体の内側から複数の音が重なったような、不快な低音になっていた。


ルーラは無気力に腕を下ろした。床面が解けていく。じわじわと、それがルーラの靴底に迫っていた。一歩退けば間に合う。二歩ならさらに完璧に安全だ。だがルーラは退かなかった。


目が考えていた。


体温が上がるのとは違う熱さが、頭の中でぐるぐると回っていた。


 あの炎ゴーレムの芯はどこ。土の骨格に守られた内側、その中心。土が弱いところがある。魔力を揺れを見たらわかる。触れれば焼けて近づけば溶ける。


 でも——


ルーラは右手を見た。翠閃を指の先に集中させた。


 広げるんじゃない。絞る。すべての出力を一本の針に変えるみたいに。手のひら全体からじゃない、人差し指の先端、その一点に。


緑色の光が細く、細く絞られていく。

それでも強く輝いていた。


「……やるの?」

炎ゴーレムが腕を上げた。熔けた石が飛沫を上げる。


ルーラは走った。

ただまっすぐに炎の塊へ向かって走った。


観客席で教師が危険だと叫ぶ。リンが目を細めた。熱波が来てルーラの体が溶けていく。止まろうとはしない。


踏み込みの最後の一歩で、ルーラの体は低く沈む。炎の腕が頭上を通過した。ルーラは翠閃を一点に絞り込んだ指をゴーレムの胸部へ向けて——


「翠閃・一穿(いっせん)!」


緑色の光が一直線に走り、ゴーレムの胸を点で貫いた。炎の層を割り、土の骨格を破り、その奥を。


ゴーレムは内側から砕けていく。膨張した炎が爆発的に散り、フィールドが白煙で覆われた。魔力の壁が限界まで張られ、審判が腕で顔を覆う。


煙が晴れた。ミラドラトが膝をついていた。人の姿に戻っていた。体から煙が出ていて、髪がボサボサになっていた。


ルーラは三歩離れた場所に立っていた。腕の内側が少し赤くなっていた。


「…………」

ミラドラトは口を開こうとする。だが閉じてもう一度開いた。


「……反則だろ、それ」


「ルーラ、強かった?」

男は彼女のその綺麗な瞳を見て呆れるように笑った。


「……強いわ。そう、俺の負けだ」


審判が声を上げた。

「ミラドラト、戦闘不能! 勝者ルーラ!」

会場が割れた。


ルーラはゆっくりと息を吐いた。

そして心の中でだけ、小さく言った。


 ——ゼル様。

 報告、できますよ! 多分……。


観客席でリンが声を失っていた。サリナが隣でそっと目を細めて何も言わなかった。ただ拍手をサレーと共に静かに始めた。


来賓席の端、扇子を持った手が止まっていた。ノンはルーラを見つめたまま、一度だけ口を引き結んだ。


 おもしろくないんだけど。まったく、これっぽっちも。

 なんなの……。あのチビ! 

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