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Ep63: 【模擬戦団体形式、開始】

 一ヶ月が経った。

ルーラにとって、その一ヶ月は、これまでの生涯で最もヤンチャな一ヶ月だった。


良い意味で。


「ルーラちゃーん! 席、とっといたよ!」

闘技場の観客席から、金茶色の髪をした少女が大きく手を振っている。Cクラスの同級生、コレットだ。


入学一週間後に後ろの席で「名前なんて読むの? ルーラ? 可愛い! あたしコレット! よろしく!」と一方的に名乗ってきた圧の強い友人。


その隣で眼鏡の少年がコレットと正反対の温度で本を広げているサレーだ。「お前が騒ぐから読めない」と文句を言いながら、ちゃんとルーラの分の席を鞄で確保している。


一ヶ月前、この二人がいなかったら学院での最初の一週間はもっと怖かったとルーラは思う。


「ありがとう」


「さっさと座れ、始まるぞ」サレーが本から目を上げずに言った。


学院大祭、年に一度の全学院行事で、外部から王都の貴族や軍の関係者が大勢詰めかけると聞いていた。実際、正門から見えた馬車の数は、ルーラの一ヶ月で見たことがない数だった。


闘技場は石造りの円形アリーナで、砂を敷いた競技エリアを三方向から観客席が囲んでいる。今日はその全席が埋まっていた。一番上の区画の来賓席と書かれた場所には、見慣れない礼装の人間が並んでいる。


「すごい熱気ですね」

ルーラは言った。


「去年も来たけど今年は特に多いねー」

コレットが手で扇ぎながら答えた。

「魔王が出たせいで、魔法使いの需要が上がってるって父さんが言ってた。うちの学院の卒業生を引き抜きに来てる軍の人も混じってるらしいよ」


魔王という言葉がルーラの耳で小さく跳ねた。


 ゼル様のことだ。


「そういう事情があるんですか」


「あるよ。だからルーラちゃんも、今日目立ったら勧誘されるかも。気をつけて」


「勧誘……?」


「軍の魔法部隊に、ってこと。逃げるの難しいよ? あたしの母方の従兄は学院の大祭で良い成績出して、そのまま専属契約のお話が来て、断ったら半年くらい家への手紙が止まったって——」


「コレット」サレーが静かに遮った。「軍の勧誘なんて滅多に起きない。心配することじゃない」


コレットが「確かに」と言って口を閉じた。


ルーラはなんとなく了解した。ゼル様のこともあるし、あまり目立たないほうがいい。


「じゃあルーラ、お手洗い行ってくるね」



***



 トイレから出てきたルーラに、リンが人混みの中でも聞こえる声量で呼んだ。

「ルーラちゃん!」


大きな目と長く綺麗なまつ毛。人が集まる場所でも、リンさんはいつでも光の中心にいる。そしてその隣にサリナがいた。二人がいつもの二人だったと思ったら、今日はもう一人いた。


赤みがかった三つ編みの少女。


「紹介するね。サシュナ。同じ寄宿舎の後輩でBクラス」


「サシュナ・ロアです」

ルーラと目が合った。


それからすぐに視線が横にずれた。


「どうも」と言いながら、サシュナはリンの隣に立つ。リンとサリナたちが歩き出すとサシュナは隣を死守するように、スタスタと歩幅を真似る。そして腕が微かにリンのほうへ傾いていた。


「どうも」

ルーラも返した。


 やっぱりリンさん人気だなぁ。


「サシュナちゃんはね〜」

サリナが何か察したようにルーラへ語り始めた。


「リンちゃんのこと、す〜ごく——」


「サリナさん!」

サシュナが首まで赤くなった。


リンが笑った。ルーラは嫉妬をどこに当てはめればいいか分からなかった。ただ、サシュナがとても分かりやすい子だとは思った。


「あなたがどんな種目に出るかは知らないけど」

サシュナが言った。視線はアリーナのほうに向いている。

「頑張ってください。応援しますから」

声の温度と目の方向が合っていない。頑張れとは言っているが、ルーラを一度も見ていない。


「ありがとうございます」


サシュナがちらりとルーラを見て、またすぐに視線を外した。


「……ルーラちゃん」

リンが少し真剣な顔で言った。


「出る種目、ちゃんとチェックしたよね? 私とルーラちゃん、応募別々にしちゃったから……念のため確認したかったんだけど」


「えっと、まきょうえんれん? って書いてありました」


リンの顔が一瞬引きつった。

「……え?」


そこで一つのアナウンスが入った。


《——第十七回王立ルシアナ魔法学院大祭、全種目の参加者を発表します》


「ね、ねえ嘘でしょ? ルーラちゃん」


闘技場の壁に埋め込まれた魔導具から、魔力で増幅された声が会場全体に広がった。観客がざわめきを収めていく。


種目名が次々と読み上げられる。魔法精度測定。速詠唱競技。模擬戦団体形式——。


《——特別実戦種目、魔境演練》


会場にいる二人、コレットが「え?」と口を抑え、サレーがゆっくり本を閉じる。

会場の空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。


《参加者一名。Cクラス、ルーラ》


「ルーラ? 誰だそれ」「嘘だろ」

「魔境演練、叡ランクだぞ?」

「死ぬぞそいつ」「え、悲惨な姿見たくないんだけど」


ざわめく観客の中で、一人だけ黙っている生徒がいた。

ミストだった。彼は眼鏡を押し上げた。

「君なら、もしかしたら」


リンの足が止まる。

「……ルーラちゃん」

ルーラの肩を掴んで揺さぶった。

「あれ、あれは……本当なの?」


サリナが眉をひそめる

「魔境演練って、あの魔境演練?」


「まきょうえんれん……あ、確認書に書いてあったやつです」


サシュナが「ちょっと待って、意味が——」と呟いた。


リンが今までにない声で張り上げた。

「魔境演練は、二年前に生徒が両腕を失いかけた種目よ? (えい)ランク以上の実在の魔物と戦う本物の実戦で、なんで名前が! エントリーなんて——!」


「エントリー確認書が来てたので、てっきり普通の演習かと思って」


「普通じゃない!!」


周囲が少しざわついた。


ルーラはリンの顔を見た。


 自分のことをこんなに心配する人が、いる。なんか変な感じ。でも……嫌じゃない


そしてルーラは、少し考えた。


 叡ランク以上の魔物との実戦。ランクで(らい)よりも、(がい)よりも……圧倒的に強い実力。


「でも頑張ってみる」

ルーラは言った。


 もう一ヶ月もゼル様と会ってないから。そろそろ良い報告を持ち帰りたい。だから頑張んなくちゃ!


リンが絶句した。サシュナが震える声で「叡ランクだよ……怖くないの?」と言った。


「うん、怖くない。これはルーラが望んだ戦い」

ルーラは自席へと歩き出す。そこには顔面蒼白なコレットとサレーが居た。



***



 会場の上、来賓席の端。


ノンは扇子で口元を隠したまま、闘技場を見下ろしていた。


アナウンスはきちんと機能した。書類は通った。事務局の副担当者は、今頃何事もなかった顔で仕事をしているだろう。


 はよ、死になさい。


どこの馬の骨とも分からない特別編入生が、叡ランクの魔物の前で泣きながら転げ回る。その姿をリン先輩に見せる。それだけでいい。


 あぁ楽しみ。リン先輩の隣は相応しい者だけが立てばいい。お前なんかリン先輩に近づくことすら許されない。


扇子が一定のリズムで揺れた。



***



 模擬戦団体形式、第一試合——


「行ってきます!」


ルーラが大声で言うとリンが叫んだ。

「頑張って」


コレットも続いて「がんばれー!」と叫ぶ。サシュナは何も言わなかったが、視線だけはルーラを追っていた。


団体戦は三人でチーム一つ。決着は二本先取で、チームの代表者同士が戦い、先に二人が勝てれば勝利というもの。


相手が降参または戦闘不能になった時、試合は決まる。もちろん試合後はすぐに回復魔法使いに治癒される。この競技は学院大祭の中でも特に人気で、今年の参加者は120名となった。


ルーラ、コレット、サレー。この三人がチーム一つとしてトーナメントに参加することになった。

リンが参加したチームのメンバーは、サリナとサシュナ。


ルーラたちは生憎一試合目。ルールもあまり把握できていないルーラは困惑していた。だが向かい側の敵チーム全員は、落ち着いた顔つきをしていた。先頭に立つ背の高い男子が腕を組んでこちらを眺めている。風魔法の使い手で、昨年の大祭でも好成績を出したとコレットから聞いていた。


その男、ヴェルの視線がルーラで止まった。


「Cクラスに特別編入が来たのは聞いてたが……妙な魔力してるなお前」


「そうですか?」


審判役の先生が手を挙げた。

「模擬戦団体形式——第一試合、第一回戦。開始」


ヴェルが動いた。風の刃がアリーナの床を切り裂くように進む


「ルーラ!」

コレットが叫んだ。


刃を避けるのに必死で、右から回り込んできたヴェルに気づくのが遅れた。腰のサーベルに手がかかっていた。


ルーラは一歩退いた。

退きながら考えた。


 翠閃はだめ!


Sランクの勇者を吹き飛ばした出力を今ここで出せば、人を本当に傷つける。大祭は実戦じゃない。ルーラでもそんなことわかる。勝てばいいけど無事に勝たなきゃいけない! 目立っちゃだめだから。


だから。


ルーラは右腕を前に出した。


腕が緑色に変わり、一メートル伸びた。それだけだったが相手の踏み込みの着地点をずらすように、足元を静かに払った。


「なっ!」

ヴェルは体勢が崩れた。


ルーラは今度は左腕を伸ばし、ヴェルのお腹に拳を伸ばした。

ヴェルの体が数メートル先まで弾き飛ばされた。


 あ、やりすぎちゃった……。


観客席がざわめいた。


「今……あの子の腕が」

「見えた? あの動き方」

「水魔法だろ、そんな技あった?」


だがヴェルはまだ立ち上がる。そしてルーラを睨んだ。

砂の戦場の上で、緑色のツインテールが揺れた。

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