表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/71

Ep61: 【リナvsゼル】

 アドネの貴族拠点の屋上。バラルガは眼下の広場を見下ろしている。


広場の中央に、ゼルが立っている。魔王の外套が朝の潮風に揺れていた。その正面にリナが来た、とバラルガは確認した。


 これが、主とリナにとって正しい選択のはず。


止めに行く気はなかった。あの二人の間に割って入れるほど、バラルガは鈍くない。


「三日も経ってるわ」

リナは歩きながら言った。近づきながら言った。止まらずに言った。


「報告くらい入れなさいよ」


「言う必要を感じなかった」


「私が感じてる!」

リナが立ち止まった。ゼルとの間に、五メートルほどの距離があった。


「あの戦いのこと全部聞いた。Sランクとやり合ったんでしょ。そのうち二人は宇宙に飛ばされた。あなた一人で全部やった。それで三日間魔法が使えなくなった」


「ルーラから聞いたのか」


「いいえ、もう有名よ」


ゼルがわずかに眉を上げた。あの回復魔法使いめ、と思ったが声には出さなかった。


「なんで連れて行ってくれなかったの」

怒りを抑えるように声を低くしていた。


「なんで、また置いていったの。あの日の夜、あんたは私が死んだってわざと思い込んだんでしょ! 知ってるよ。強くなってみせるから。逃げないで認めてよ」


「認める、認めないの問題じゃない」


「分かってる。そういうこというと思ってた。いつまでもそうやって逃げるんだね、魔王」

リナは手から氷剣を作り出す。だがすぐに氷剣を砕いた。


「決闘を申し込む」


「装備はいらないのか」


「そう。剣なし拳で。あんたもテレポートなんて姑息な手使わないで」

リナは短く息を吐いた。


 これで条件が同じ……なわじゃない。あんたの身体能力は人間以上なのは知ってる。私が全力で行っても、普通にやったら話にならない。でもそれでいい。それでも来た。私がここまで来たことをあんたに直接受け取ってほしい。


「置いていかれた回数、数えてないけど多いわ。迷子になるな、なんて言っておいて自分勝手ね」


「さっきも言ったはずだ。認める、認めないの話じゃない」


「話がズレてるよ、魔王。私を置いていってSランク勇者と戦う? もともと戦うつもりだったんでしょ。ならなんで私も一緒にやらせてくれないの」


「お前が死ぬからだ。あの戦場にお前がいれば死んでいた」


「それはあなたが決めることじゃない!」

広場に声が響いた。


「やりましょ。やった後で話す」


ゼルはしばらく、リナを見ていた。


 リナが死んでいなかったのは、ずっと前から分かっていた。だがあの後、ここにつれてこなかったのは正解だったと今でも思っている。あの戦場はお前が入れる場所ではなかった。


だがこの女が今ここに来た事実は、別の話だ。

ゼルの口元が、わずかに動いた。


「来い。置いていかれないほどの力を、俺に見せてみろ」


最初の一撃は、予想より速かった。リナは踏み込みが小さい。体重を前にかけるより先に、腰の回転で打つ。


左の拳がゼルの顎骨に当たって頭が揺れる。口の中に血の味が広がった。


「……」


「当たった」


「うるさい」

ゼルの右の拳がリナの脇腹に叩き込まれた。


「っ——!」


リナの体が横に流れた。流れながら、左腕でゼルの腕を絡めとって体ごとぶつかってくる。


リナがゼルの胸ぐらを掴んだ。

「なんで」


リナが言った。

「なんで一言も言わないの」


「何を」


「危ないとか、お前は来るなとか、そういうの!」


「言わなくてもわかるはずだ」


「わからないから、ここにいるの!!」

リナがゼルを突き飛ばした。リナは大きく踏み込んだ。


右、左、右。連打が来る。全部が体の中心を狙っている。ゼルはそれを腕で受けながら、体を動かして逃がしながら下がった。


「お前が死ぬから止めた」


「死ぬかどうかは私が判断する!」


「お前が判断する前に死ぬ場所だったと言っている」


リナの連打が一瞬止まった。その隙をゼルは使わなかった。

「死ぬかもしれなくても行きたかった!」


リナが拳を打つ。ゼルは両腕で受け止めた。


「私は弱いから! 居場所を作り出したかった」


それだけでリナの力が伝わってくる。この女はあの時より、ずっと強くなっている。


「分かった」とゼルが呟いた。


リナが顔を上げた。「何が」


「お前が怒っている理由は、分かった。だからといって、止めたことは間違ってない」


「はぁ!?」

リナの顔が赤くなった。そのまま右の拳を振り切った。ゼルは首を傾けてかわそうとする。拳が頬骨に当たった。ゼルの体が半歩横によろめいた。


リナが息を整えながら、拳を引いた。手の甲が赤くなっている。


「……今のは、いい一撃だった」


「そういうこと言って誤魔化さないで」


「誤魔化していない」


「誤魔化してる」


ゼルは胸に手を当てた。1500年、勇者や魔物にやられた傷は多いが、この女の攻撃を受けたのは初めてだった。

「聞くが」


「何よ」


「お前は今、俺への怒りと自分への苛立ち、どちらが大きい」


「両方」


「どちらが先にある」


「……自分への苛立ちが先。あなたへの怒りはその後から来た」


ゼルは「そうだ。だから俺はお前の決闘を受けた。それは俺への怒りじゃなく、お前自身のけじめだろう。それなら受ける価値があると見たんだ」


「はあ。……ほんっと、あんたって性格悪いよ」


「事実を言っただけだ」


「ほんと嫌なやつ」


リナが再び踏み込んだ。今度は構えから入った。氷魔法の身体強化が指先に薄く青白く光った。ゼルも足の裏に微量の魔力を通した。


「魔力あり、魔法なし。これでいいな続けるぞ」


「ええ言いわ! 当たり前よ!!」



***



 バラルガは窓から離れなかった。


広場では二人が殴り合っている。声は距離で聞こえないが、動きは見える。リナが打ち、ゼルが受け、ゼルが返しリナがまた来る。


殺し合いではない。それはバラルガには最初から分かっていたことだった。


ゼルが本気でリナを排除するつもりなら、この場所にすら来させない。気配を察した瞬間にアドネの外でけりをつけている。受け入れた時点で、あの主にとってこれは受けるべき何かなのだ。


 そういう主だ。


銀色の髪が風で揺れた。


あの主は冷酷に見える。事実、冷酷な判断を下す。感情を出さない、言葉を省く。必要なことだけをやって、不要なことには一切関与しない。


だが。


置いていくのと見捨てるのは、あの主の中では別の話だ。リナを渓谷に置いていった夜も、きっとそうだったのだろう。


今回も。


「……やっかいな御方だ」


呟いた。批判ではなかった。むしろそういう複雑な歪み方をしているゼルを、バラルガはどこか好ましいと思っていた。化け物と呼ばれることが相応しい力を持ちながら、立ち向かってくる者の覚悟だけには正面から応える。


広場ではリナの連撃でゼルの体が後方へ下がる。


そして最後の一撃。リナが渾身の右拳を振った。ゼルはそれをまた腕で受けようとするが、視界がぼやけ、顔に当たる。


リナは石畳に片膝をついた。両手も地面についた。


ゼルも息が上がっていた。頬が腫れている。腹部に鈍い痛みがある。


しばらく、広場に音がなかった。


潮の匂いの風が吹いた。

「……殺してよかったのに。勇者が来た時、私も呼んで、前線に立たせてよかったのに。死んだとしても、それはそれで私の責任だった」


「死んでいた」


「だから何」


「死んでいた、と言っている。お前が死ぬ場所だった。それだけだ」


「それだけって——」


リナが顔を上げた。


「それだけって、言えるの? あなたは本当に、それだけなの?」


ゼルは答えなかった。


リナはゼルを見上げたまま、短く笑った。


「……嘘つき」


「何が嘘だ」


「何でもない」

リナは膝を折って、ゆっくりと立ち上がった。右肩を押さえ背筋は伸ばした。


「次は呼んでよね」


「場合による」


「場合によらず呼んでよね」


「…………場合による」


「次に置いていったら、また来るから」


「好きにしろ」


リナは鼻を鳴らした。怒りというより、仕方ないに近い音だった。背を向けた。歩き出した。城の方角ではなく大通りの方へ。


「リナ」

ゼルは呼んだ。


リナは振り返らず止まった。


「今日の打撃は……良かった」


しばらく、リナは動かなかった。


「よかった」とだけ言った。


潮風が広場を抜けていった。


昨日までの瘴気の色はどこにもなく、ただの青い空だった。どこかで鳥が鳴いていた。ゼルにとってはどうでもいい音だったが、なぜか今日だけは、もう少し聞いていてもいいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ