Ep59: 【魔法学院の門をくぐれ】
三日が経った。
アドネの拠点の一室。薄暗い石造りの部屋の中で、ゼルは静かに目を閉じていた。
ルーラが恐る恐る声をかける。
「ゼル様……魔力の具合は?」
「問題ない」
短くはっきりと答えが返ってきた。ルーラはほっと胸を撫で下ろす。三日前、ゼルの魔力回路が限界を超えて焼き切れかけたとき、ルーラはずっと傍で見守っていた。
ゼルはゆっくりと立ち上がり、ルーラを真っ直ぐに見た。
「ルーラ。俺の魔法は回復した。お前をルシアナ王国へ送る」
「で、でも」
「細かいことは着いてから考えろ」
ゼルの手がルーラの背を軽く押した。
気づけば、ルーラの視界が白く染まっていた。
―――
眩しい。
ルーラが目を開けると、石畳の広場に立っていた。目の前には、巨大な鉄の門がそびえ立っている。門の向こうに続く並木道。その奥に見える綺麗な建物。正面の壁には王立ルシアナ魔法学院と刻まれた石板が掲げられていた。
「……大きい」
ルーラはぽかんと立ち尽くした。周囲では制服姿の学生たちが行き交っている。みな自分より年上に見えた。ざわざわとした話し声の中、ルーラだけが一人、場違いな格好で突っ立っていた。生徒たちがチラチラとルーラを見ていた。
バ、バレちゃう!? 魔王様の仲間ってバレる!? なんか顔に書いてある!?
心臓がうるさかった。
そのとき、近くから声がした。
「え? 可愛い子ー! どうしたの、お困り?」
振り返ると、金髪をポニーテールにまとめた少女が、首を傾げてこちらを見ていた。澄んだ緑色の瞳が印象的な、はっきりとした顔立ちの美少女だった。その隣には紫髪をゆるくウェーブさせた、どこかのんびりした雰囲気の少女が立っている。
ルーラはぎゅっと拳を握った。
落ち着け、落ち着け。ゼル様に言われた……人間社会に溶け込まなきゃ。
「……入試を、受けたいんです」
「入試! あなた、ルシアナ志望なの? 何歳?」
「え、えっと……15歳? です」
金髪の少女の目が丸くなった。
「えっ!? 私の二個下じゃない!?」
紫髪の少女がゆったりした口調で言う。
「リンちゃん〜、年齢より問題があるんじゃない〜?」
「あ」
リンと呼ばれた少女が、はっとして口元を手で覆った。それからルーラに申し訳なさそうな顔を向ける。
「ごめん、実はね……ここの魔法学院の入試って、15歳は受けられないの。16歳からなんだよね」
ルーラの表情が曇った。ゼル様は行けと言っただけで、そんなことは何も……いやそういう人だ。細かいことは自分で何とかしろって。
「そっか、そうですよね。すみません知らなくて」
「落ち込まないで!」
リンがぱっと明るい顔になった。
「特別編入っていう制度があるから!」
ルーラの目が輝いた。
「え!! どうやって受けるんですか?」
その顔を見た瞬間、リンは胸を押さえた。
か、可愛い……可愛すぎる!!
どうにか平静を保ちながら、リンは説明した。特別編入とは時期や年齢関係なく、優秀な生徒を例外的に受け入れる制度で、条件として学院の成績上位者からの推薦が必要だという。
紫髪の少女がのんびり言う。
「でも推薦者は大丈夫じゃな〜い? リンちゃんあなたのこと、どタイプっぽいし〜?」
「こらっ!」
リンは人差し指を唇に当てて「シー」とやってから、咳払いした。
「それより……魔法は何が使えるの?」
ルーラは一瞬、固まった。
魔法。
自分が使えるものを正直に言えば、それだけで怪しまれる。
でも、ゼル様は
『魔法を聞かれたら水魔法と言え』って。
「……水魔法です」
「いいね!!」
リンの目が輝いた。
「水魔法の上位生徒ってうちの学院少ないんだよね。私、推薦するよ!」
紫髪の少女が「ほら〜やっぱり〜」と笑う。
「シー!」
***
それから数日後。
通常であれば試験まで数ヶ月待たされるところを、Aランク生徒会長であるリンの推薦状一枚で、特例として試験がすぐ開催されることになった。
試験会場は学院内の実技棟。広々とした石造りのホールに、三名の試験官が席に着いていた。
その場を石柱の陰からリンと紫髪の少女サリナが覗いている。
「頑張って……」
リンが小声で呟く。
ルーラは試験会場の中央に立ち、まっすぐ前を向いた。緊張で手が少し震えている。
「得意魔法、属性、魔力量、ランクをどうぞ」
年配の試験官が問う。
「水魔法、水属性。魔力量とランクは……分かりません」
三人の試験官が顔を見合わせた。
リン嬢の推薦で、魔力量もランクも不明?
首を傾げながらも、試験は進む。
「では実技を。あちらの俵的を攻撃してください」
ルーラは的を見た。十メートル先。直径一メートルほどの藁の束。
深呼吸をする。頭の中に浮かぶのはネネとの戦いだった。あの瞬間、体の奥から飛び出してきた技。
「翠閃」
光が走った。
刹那、的が貫通した。その向こうの壁が大きく抉れた。
試験会場に沈黙が満ちた。
陰から覗いていたリンが、全身の力を抜いてその場にへたり込んだ。
「……す、すごい」
しかし若い男性の試験官が眉を寄せた。
「……これ、本当に水魔法?」
「どういう意味ですか」
「水魔法なら水が残るはずだ。しかしあの壁には何も残っていない」
その瞬間、陰からリンが飛び出した。
「速すぎて蒸発したんです!!」
試験官たちの間に、くすくすと忍び笑いが漏れた。
「あら推薦者が必死ですね」
「は、恥ずかしい……」
リンは顔を赤くして引っ込んだ。ルーラも思わず、まずいこと言った!? と焦ったが場の空気は不思議と和んでいた。
「では、他に使える魔法は?」
老年の試験官が静かに問う。
え? 他に。
ルーラは迷った。
若い試験官が続ける。
「一つだけか?」
その言葉が引き金になった。
ルーラの脳裏に、ネネの姿が浮かんだ。六本の腕。あの異形の姿。ルーラはじっと自分の右手を見た。
試してみる。腕を増やすのは難しいと思う。骨格そのものを変えるような感覚で、まだ体が慣れていない。
でも。
腕を、伸ばすことならできる。
右腕がゆっくりと緑色に変色し、あり得ない方向へ伸びていった。二メートル。三メートル。さらにその先端が色は変わらないものの、刃の形にぐにゃりと変形した。
試験官全員、言葉が出てこない。
陰で見ていたリンとサリナも、互いの顔を見て絶句した。
ルーラは勢い良く腕を元に戻した。首を傾げる。
「……これで、受かりますか?」
試験官たちはとても長い沈黙の末、ゆっくりと顔を見合わせた。
そして一言。
「合格です」




