Ep4: 【一人目の仲間】
「最後に何か言い残すことはあるか。燼の位階を持つお前だ、冥土の土産くらいは聞いてやる」
弱々しく口を開いた。
「あなたの、血を……この核に……」
「あ?」
ゼルは眉をひそめた。
「死に際に、魔王の血を啜ってみたいとでも言うのか? 悪趣味な」
「予感がするんです。あなたの……魔力に」
なんと。負けを潔く認めず、更には敵に死に際を選ばせてもらうと。だが魔力の予感? それはなんだ。俺の知らない何か。だがこいつに血をやることで、記憶の靄が消えるかもしれない。消えなくとも、何か手がかりを掴めるはずだ。
「よかろう」
ゼルは指先を自らの歯でわずかに噛み、白い核へと血を数滴垂らした。
ポタリ、ポタリ。
「ッ!? あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
瀕死だったはずのバラルガの体が跳ね上がる。 魔王の因子を含む濃厚な魔力が、バラルガの核に再定義を強制した。
「……なんだ、この反応は。魔王の血は魔物を回復させる。いや、これは」
言いかけて、ゼルは言葉を止めた。
違う。
“回復させる”?
そんな性質があったか?
魔王の血は、魔力の凝縮体。確かに魔物にとっては極上の滋養。
だが――核を復活させ回復させるなど。
「こんな効能は、知らん」
静かに呟く。
だが知らないはずがない。1500年魔王として君臨した。無数の魔物を強化し、合成し、実験もした。
血の作用など最も把握しているはずだ。
それなのに。
記憶に、穴がある。
脳裏に浮かぶはずの記録が、霧のように掴めない。戦争。契約。研究。
どこかで似たような事例を見た気がした。
だがそこだけが、黒く塗り潰されている。
「……」
単なる失念ではない。削られている。
ゼルは無意識にこめかみを押さえた。
転生した時から、違和感はあった。1500年の時間は、確かにある。
だが、ところどころが……
“飛んでいる”。
百年単位で、記憶が薄い区間がある。
戦ったはずの勇者の顔が曖昧だ。
築いた城の構造が思い出せない。
配下の名が、いくつも抜け落ちている。
まるで。
何者かに、消されたかのように。
「くだらん」
永遠を語る魔王が、己の記憶すら完全ではない。
笑えない冗談。
だが事実は消えない。
俺は、本当に完全な魔王なのか。永遠になれるほどの完璧な魔王なのか。
鼓動が響く。
ドクン。
血による継承。
どこかで、俺は一度やっている。
だがその記憶に靄がかかっている。
「気味が悪い」
バラルガを覆っていた岩の破片が、内側から弾け飛ぶ。やがて光を放ち始めた。光が収まった時、巨大な魔獣の姿はなかった。
横たわっていたのは銀色の髪に褐色の肌を持つ、一人の青年だった。
「驚きました。これほどの魔力は、はじめてだ」
人間の姿となったバラルガは、自分の新しい手足を確かめるように握り、ゼルの前に膝をついた。
「バラルガ……。その姿は」
「私の核は、主の血によって上書きされました。もはや主の血族、そう言っても過言ではありません」
「血族。どこがだ」
「血もやった。もう十分だろ? さっさと去れ」
「主? 私はあなたの部下ですよ。去ろう必要がありますか」
「いや待て。俺はお前を部下にしたつもりも、したいつもりもない」
「命を救われ、その上力を授かったのです。この恩を返さずして燼の誇りは保てません。さあ、主。どこへ向かわれますか」
「勝手についてくるな。俺はこれから、人間の文化を盗む。目立つお前はついてくるな」
「承知した。では気配を殺して背後に控えよう。影として、常に」
どうせすぐ飽きるはずだ。軍隊や城など今の俺に大層なものはない。
ゼルは溜息をつき、再び歩き出した。独りで行くはずだった運命の旅路。森に二つの影が長く伸びていく。




