Ep3: 【第二形態】
テレポートで森を縦横無尽に駆け巡る。
「にしても魔物が少ない。やはり魔王の脅威におびえているのか」
ゼルはテレポートで森の中を探索していた。目指すは大きな街。その道中、明らかに魔物が少ないことに異変を感じる。
「いや違う、これは」
胸の奥がざわついた。森の音が一瞬だけ静まり返る。
「この感じ」
重力を操る魔法を持つ魔獣。燼の魔物!
「久しいな。『絶重の過獣、バラルガ』生きていたのか!」
あれは——ゼルが魔王城に座り続けていた頃のことだ。父を失ってから、まだ数十年しか経っていなかった。ゼルは自らのテレポートを移動から、空間を断裂させる刃へと昇華させ、その力に絶対の自信を持っていた。
奴に遭遇した瞬間、ゼルはいつものように『アドヴァント・カスケート』を放った。
だが。
「何だ……? 斬撃が、届かない」
放たれた斬撃は下に曲がり、ただの地面を削った。
『絶対重力圏』
周囲の重力や空間を圧縮する技。
父を超えたと思った自信。それが崩れる音がした。
「ガハッ……。座標がズレて……俺がこんなところで」
バラルガの目はすでに興味を失った、冷たい目だった。
意識がなくなり、気づいた時にはゼルは森に捨てられていた。
バラルガに、トドメを刺す価値すらない弱者として見逃されたのか。真偽は不明だがゼルは敗れた。
***
「まさかこんなところで再会するとは」
ゼルの手は無意識に震えていた。
今度こそは。
1500年前の重力の感触がフラッシュバックする。
巨大な岩で出来ているドラゴン型の獣、バラルガ。
「バラルガ。俺は、お前より遥かに不愉快な状況を何度も見てきたんだ」
未来の勇者どもが使っていたシステム。人類による魔物殲滅計画。仲間の死。
「だが新技は使わん。あの日、お前に敗北した斬撃だけでお前を殺す」
ゼルはあえてバラルガの『絶対重力圏』へと一歩を踏み出した。
「ふんっ」
ミシミシと骨が鳴る。バラルガの岩の翼がゼルを吹き飛ばそうとする。ゼルは動かない。
「『アドヴァント・カスケート』」
「褒めようではないか」
放たれた斬撃は対象とは違う方向に向かった。
俺が思うに、『絶対重力圏』は常時発動だ。巨体を守るのに、切り替えなどしていられないだろう。
ゼルは目を細める。
「ほう」
斬撃がバラルガの硬い岩肌を断ち切る。しかし一瞬で岩により接着された。肝心の核はまだ見えない。
「剥き出しにしてやるまで」
ゼルは距離を取る。テレポートで位置を変えながら、斬撃を放つ。
バラルガは咆哮とともにその巨体を震わせた。汗が目に入るのを拭う暇もなく、木々が次々と引き抜かれ、飛来する。
なんだ?
ゼルは身構えた。
バラルガの動きが変わったのだ。バラルガを覆っていた巨大な岩の防護が、剥がれ落ちる。
それだけではない。妙な異変……。
「『絶対重力圏』を解いたのか」
次の瞬間、ゼルの視界からバラルガが消えた。
「速い――!」
バラルガの姿は、すでにゼルの目の前にあった。それは人型の魔獣へと変貌していた。
お前と俺の間の空間を圧縮したのか!
「ぐっ」
近接戦闘が始まる。 だが違和感がゼルの体を巡る。
バラルガが拳を振り抜く。ゼルの顔が自らバラルガの拳へと接近した。
強烈な一撃。ゼルは咄嗟にテレポートで距離を取った。
口に手を当てると、ヒリヒリ痛み、
血が滲み出る。
血……。
赤い色とその匂いが記憶を引きずり出した。
***
父の城門が破られた日のことをゼルは思い出した。
勇者と無数の兵。人間を盾にし、数で押す戦術だった。
「卑劣な——!」
父上が薙ぎ払った。
一人で何十人も。それでも足りなかった。
数が、多すぎた。
背後からの閃光。
聖剣が、父上の胸を貫いた。
「父上——!」
駆け寄るゼルを、父上は突き飛ばした。
「来るな」
その声は、静かだった。
あれほどの傷を負いながら、
なぜそんなに静かなのか。
勇者の魔法陣が展開される。
逃げ場が、なくなっていく。
父上は笑った。ゼルはなぜ父上が笑ったのかわからなかった。
血まみれの口で。
剣が刺さったまま。
それでも笑った。
「制限は二回……」
意味が分からなかった。
何の制限が、二回なのか。
でも唯一知っていたのは、父上の魔法が対象の魔法を暴走させるというものだということ。
「父上、何を——」
「永久を、手のひらに……」
血まみれの手が、ゼルの額に触れた。
温かかった。
それが最初で最後だと、
なぜかその瞬間に分かった。
魔力が暴走する。
勇者たちの身体が軋む。
父上の体が、裂ける。
「やめろ——!」
「ゼル」
名前を呼ぶ声は、
もう半分も残っていなかった。
「お前は、弱くない」
爆発。
崩壊。
静寂。
父上が死んだ。
俺を生かすために。
俺の代わりに。
俺が弱かったから。だから俺が死んだその時、魔法が暴走するようにしてくれた……。
『魔法の肩代わり』……そんなことをしてでも俺を……。
「1500年、無駄ではなかったはずだ」
奥歯を噛んだ。
それ以上は、何も出てこなかった。
「もう出し惜しみはしない」
バラルガをまっすぐ見つめ、強く拳を握る。
--『肆虐態・ラドウィドル。
ゼルの肉体から出た紫色の何かが彼の全身を覆う。
無数のテレポートの門を極限まで薄く引き伸ばし、皮膚の上に定着させた概念の鎧。『肆虐態・ラドウィドル』
バラルガは瞬時に警戒態勢に入り、跳躍した。
「無駄だ」
バラルガの引力パンチが、ゼルを引き寄せる――はずだった。拳が紫の皮膚に触れると、抵抗もなく吸い込まる。
バラルガ自身の後頭部から拳が飛び出した。
「……!?」
体勢が崩れた瞬間、ゼルの反撃が始まる。
「往復してろ。『開門』」
ゼルが正面に拳を突き出す。
バラルガはすぐに腕を十字に防御する。しかし拳はバラルガに届く前にテレポートする門へと消え、バラルガの脇腹から出現した。
打撃は、すべて問答無用に体へ穴を開けていた。
バラルガは空いた体を岩で塞ごうと、逃げた。だが地面を蹴って跳躍するバラルガの足元に門を開き、頭上に繋げる。
永遠に空中から地面へと落ち続けるバラルガに、拳を叩き込んだ。バラルガの岩の肉体にまた穴が空く。
バラルガは地に伏した。岩の破片が土にまみれている。ゼルのテレポートの鎧は剥がれ落ちる。
「お前は知らないかも知れないが、仕返しだ。空の味を教えてやろう」
ゼルが右手をゆっくりと振り上げる。嘲弄の仕返し。斬撃がバラルガの核を切りつけた。ゼルは彼を背に立ち去ろうとする。
その時だった。ピクリとも動かなかったバラルガの顎が、微かに動いた。
「なぜ、そんなに強いのだ」
地を這うような掠れた声だった。
ゼルは立ち止まり、ため息をついた。
「答えてやらんこともない。俺は、元魔王だ」
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