Ep5: 【持つものは力だけ】
ゼルはとても昔のことを思い出していた。俺が生まれてから数年。魔法発現の儀のこと。
玉座の間に幹部たちが並ぶ。幼いゼルは中央に立っていた。
「怖いか?」
膝を折った父、アルフの問いかけに、ゼルはわずかに視線を上げる。
「少しだけ」
「問題ない。どんな力であれ、お前は私の息子だ」
母、リリが告げる。
「見せなさい、ゼル。あなたは強い子よ」
ゼルは目を閉じ、空間に意識を向けた。
わずかな揺らぎ。
次の瞬間、立ち位置が十センチずれる。
沈黙が落ちた。
「……今のは」
幹部のひとりが低く呟く。
「移動、か」
ざわめきが広がる。
リリの表情から血の気が引いていく。
ゼルはもう一度それをしてみる。
移動。
結果は変わらない。
「アルヴァルトの血から、移動魔法だと」
失望が、言葉よりも先に伝わる。
リリはゆっくり息を吐いた。その目から母の色が消える。
「よりにもよって……」
ゼルは、自分の掌を見つめた。
「ねえ、ねえ? 何かの間違いよね?」
笑っている。だがその目は笑っていない。一歩、ゼルに近づく。ゼルは何も言えなかった。
「ねえゼル。もう一度やりなさい。今度は“本気で”」
固まってしまったゼルに怒号が響く。
「早く、やりなさい」
もう一度。
はっきりと息を吐いた。
「最悪……っ」
リリは手を振りかざすが、ゼルの数センチ手前で手は止まった。ゼルは目をつぶっていた。
空気が凍る。
アルフが立ち上がる。
「リリ」
「じ、事実よ!」
振り向きざまに言い放つ。
「笑止千万よ! これは災厄よ。血統の汚点」
ゼルは遠くの景色をボーと見ていた。耳鳴りも激しくなっていく。
リリは視線を落とした。
その目には愛情ではない何かが見えた。
「この子は、使えない」
言い切った。
「せめて、誇りを汚さないように飼うしか……それか新しい子供を作ってその子を次に――」
「それ以上喋るなリリ」
アルフが叫ぶ。
「いいじゃないか。ゼルは生きている。それだけで価値がある!」
リリは冷たく笑う。
「あなたは甘いのよ、アルフ!」
***
だが森を抜ける道中、背後からの視線と声が止まない。
「主、先程のあの紫色の鎧は何ですか? あれは闇魔法の類でしょうか? それにしては魔力の質が違いすぎる」
「……まずとりあえずだ。服を着ろ」
「服ですか。ありませんよ?」
「はぁ。魔法をあまり使いたくないんだが、これでどうだ?」
「ふぉ!」
肆虐態をバラルガに巻いた。
「ふ、ふこひしゃへりふらいでふね」
ゼルは指を鳴らすと顔だけ出せるようにタイツが変形した。
ほんと陽気な。
「それにしてもですよ。主の斬撃、風魔法にしては鋭すぎる。主は一体、いくつの魔法を操るのですか?」
バラルガは好奇心を隠そうともせずに問いかけ続ける。 ゼルは足を止めた。
「……うるさい。お前は少し黙っていられないのか」
「申し訳ありません。ですが、純粋に私は主の強さを知りたいだけなのです」
バラルガは真剣な眼差しで食い下がる。瞳には純粋な敬意があった。
強さを知る……。俺が敗北し森に捨てられた時もそうだが、弱者にはとことん興味がないらしい。
「いいだろう。どうせ街に着くまでの暇つぶしだ。一度しか言わん、よく聞け。魔法の理には二つの種類がある。『実態系』と『非実態系』だ」
ゼルとバラルガは再び歩き出す。
「はい。存じております。炎や水、風、土、光といった質量や形を持つ、または非概念が実体系。対して、回復や強化、状態異常のような概念系が非実体系。……そして非実態系の魔法を持ってしまうと、他の魔法を扱うことができないので、戦闘面では優れていないと言われています」
「そうだ。テレポートなどその最たるもの。移動しか能がない、戦場では逃げ回るだけの臆病者の魔法。……俺もかつて周りに馬鹿にされた」
ゼルの言葉に、バラルガは目を見開く。
「まさか……主の魔法は?」
「俺が使えるのは『テレポート』ただ一つ」
「なッ……。あり得ない!」
バラルガは思わず声を荒げた。
「テレポートは移動魔法です! ですが主は、私を遠隔からでも切り裂き、拳を受け止めたではありませんか! あんな芸当、ただの移動魔法でできるはずがない!」
ゼルはテレポートを修行する時の達成感を思い出し、笑みをこぼした。
それは魔法の義の後、リリが城を去ってからのことだった。別れの言葉はなかった。振り返りもしなかった。
ただ一言。
「失望したわ」
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
だがそんな言葉に屈しないで、城の塔の上でアルフとゼルは特訓を重ねていた。
「十センチでいい」
アルフは言った。
「その十センチを、誰よりも正確に使え」
何千回も跳んだ。吐き、落ち、血を流した。
それでも父はただ一言、「もう一度だ」と言い続けた。
十五歳の夜。
暴風雨の中、ゼルは塔の上から落ちた。だが地面に叩きつけられる寸前――消えた。すでに地面に足がついていたのだ。
自分でも理解できない。
「できた」
父は初めて泣いた。
「ゼル、お前は私の誇りだ」
……懐かしい記憶だな。
「俺のテレポートでも、『昇華』させれば出来る」
「昇華……?」
聞き慣れない単語に、バラルガが首を傾げる。
「非実体系の魔法に、強固な意志と魔力を流し込み、無理やり触れられる形へと変換する。それを『魔法の昇華』と呼ぶ」
「通常のテレポートは、自身をA地点からB地点へ移動させるというもの。だが、移動させるためのテレポートを物質化させたらどうなる?」
「テレポートを……物質化?」
「そうだ。俺の斬撃はテレポートの門を極限まで薄く、長く引き伸ばして飛ばしたものだ。空間を繋ぐ門の断面が触れればどうなる? 物質の硬度など関係ない。座標がテレポートする」
「……」
私が聞くにテレポートはただの移動手段であるはず……。テレポートを物質にして、刃として成形して飛ばす。そんな発想、聞いたこともない。
「そして、お前が着ているそれ」
ゼルはバラルガの皮膚を指差す。
「テレポートの入り口と出口という概念を、全身を覆う薄い膜として定着させたものだ。俺の体に触れた攻撃は、触れた瞬間に『入り口』に入り、俺が指定した『出口』へと強制排出される」
「なんと。では、あの時私の拳が自分に当たったのは……!」
「ああ。攻撃時に門へ入り、お前の後頭部という門の出口へワープした。防御魔法などの狡い応用ではない。俺の体表すべてが、どこへでも繋がるワープホールになっている状態だ」
バラルガは絶句した。
回復魔法を固形化して触れるだけで治す薬にする、といった伝説は聞いたことがある。だがそれを実戦レベルの次元まで高めるなど、神の業だ。
「本来、形のないものに形を与えるなど、人類が10000年生きられたとしても、辿り着けるか怪しい難易度だ。未来ですら、これを実用化できたのは一握りの天才だけだった」
「それを……主は……」
「才能がなかったからな」
ゼルは自嘲気味に笑った。
「五歳の時、俺は十センチしか移動出来ない落ちこぼれだった。だから研究し尽くしたんだ。テレポートとは何か、空間とは何か。来る日も来る日も、移動魔法一つを極めるために」
バラルガはその背中を、改めて畏怖の念を持って見つめた。 目の前の魔王は、強大な魔力を持って生まれただけの存在ではない。 誰よりも弱く、誰よりも執念深かったからこそ、最強へと至ったのだと。
「『雑魚の魔法』と笑う奴らを見返すためにな」
ゼルは吐き捨てるように言い、再び歩き出した。
「理解したか? この強さは魔法の強さじゃない。こだわりの強さだ」
「はい、主。私は本当にあなたの部下になれて、嬉しいです」
バラルガは深く頭を垂れ、背中を追う。
「ふん。……さっさと行くぞ。街が見えてきた」
森の開けた先には、城壁に囲まれた人間の都市『城塞都市ガラード』の威容が見えていた。
***
「ここが、1500年前の人間の街か」
ゼルたちは検問の列に並んでいた。
「主、大丈夫でしょうか。私は人間の姿にはなれたのですが、慣れない部分もあり……バレてしまうかもしれません」
「問題ない。俺がどうにかする」
兵士が、無愛想にゼルたちを見やった。
「次はそこの二人。身分証を」
「……ない。田舎から出てきたばかりでな」
ゼルは平然と嘘をつく。
「身分証なしか。なら新規登録が必要だ。銀貨二枚」
「……銀貨?」
魔王ゼルの致命的な欠落。
……金は、持っていない。
所持金ゼロ。
「おい、どうした? 払えないなら通せねえぞ」
ゼルが強行突破するかと指に魔力を込めかけた、その時だった。
下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします! 面白いと感じたなら5つ、つまらなかったな〜と思ったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です! ブックマークもしていただけると、めっちゃうれしいです!
よろしくおねがいします。




