2:淘汰……不用なものを排除すること
「あ、あああああああッ!!」
視界が歪む。上下左右が消え、自分がどこにいるのかも分からない。本来、テレポートとは繊細な空間移動の産物だ。特に時空を越えるようなテレポートは、生身の体が耐えられるものじゃない。空間の歪みに肉体が挟まり、細胞一つひとつが爆散する――それがこの魔法の絶対的な理だ。
だが、俺の体は存在している。
……温かい?
本来なら俺を引き裂くはずの能力の反動。凄まじい死の圧力を俺じゃない誰かが、外側から肩代わりしている。まるで巨大な掌に包み込まれて守られているような感覚。
……温かい。この感覚は……。
気づいた時には、俺は静まり返った森の奥深くに放り出されていた。 耳鳴りが止まない。鼻をつくのは、焦げた魔力の臭い。しかしその一瞬、俺はすべて思い出した。父の手が優しく頭に触れたあの瞬間を。
「……父上」
震える手で地面を這う。そこにはもう、父の温もりも、あの逞ましい背中もなかった。 あるのは、俺の脳裏に焼き付いた父の最期の言葉と、『ラドウィドル』の懐かしい残りだけ。
俺は瞬時に理解した。いや理解させられた。 なぜ、俺が生きているのか。
「……そういう、ことか!」
拳を地面に叩きつける。 俺をテレポートさせたのは俺ではない。父上だ。そして、その暴走した魔力を用いて俺を強制転送させた主も、父上だった。そして魔法の理は、この転送を『術者:アルフ』による行使と判定したのだ。結果として、時空転移に伴う凄絶な肉体の崩壊は、術者である父上の肉体へすべて注ぎ込まれた。
俺が父上を殺した。 俺を逃がすために、父上は自らを生贄として捧げ、1500年前から助けてくれた。
「……最弱、だったからか」
五歳のあの日、十センチしか飛べなかった俺。 母に見捨てられ、一族の恥と蔑まれたあの小さな『テレポート』。 しかしそれを信じ、空間を拒絶する唯一の手段だと肯定してくれたのは父上だけだった。
俺を生かすためだけに、自らの体を悪魔に差し出した……。
「はは……あはははは!!」
嘆きが笑いとなって漏れる。
温かい? 冗談じゃない。この命は一族の血と絶望で塗り固められた呪いだ。
空を見上げれば遠くの空に、立ち昇る煙が見えた。 勇者ども。父上の生を、俺の居場所を踏みにじった奴ら。
「……生きろ、か。分かったよ、父上」
俺は立ち上がり、こびりついた土を払う。 その瞳から涙はもう枯れていた。
「俺が死ぬときは、魔王の本当の死だと言ったな。……なら、死なない。絶対にだ!」
魔暦2611年。その年、一人の無力な魔王、ゼル・アルヴェルトは死んだ。 そして、後に1500年の長きにわたり、人類を絶望の淵へと叩き込み続ける絶対的最強の魔王が産声を上げた。
「……」
ゼルは煙が立ち上る方角に深く一礼をした。
なんど見たことだろうか。あの立ち上る煙の数とこの瓦礫……。
「……魔王城の瓦礫だ」
足元に転がった瓦礫をゼルは悲しく見つめた。
「行こう」
***
森の中を歩く。ゼルの紫色の髪が風に揺れる。
「久しぶりの外だな。……あいつの言う通り少し怠けていたのかもな。少し走ろう」
森を抜けるゼルはまるで子供のように駆け回った。だが、その魂は魔王のそれだ。
「まずは、この鈍った感覚を研ぎ澄ませる」
ゼルは地を蹴った。瞬時に発動するテレポート。呼吸のように自然にそして精密に空間を繋ぐ。木々の間を縫うように、一瞬で数十メートルを跳ぶ。景色が静止画の連続のように切り替わり、風がゼルの頬を裂くように通り過ぎていく。
数分後。鼻を刺すような獣の腐敗臭と、濃密な血の匂いが気になったゼルは足を止めた。
「一匹目……見つけたか。かつての我が領地の、招かれざる客を」
通常、俺のような魔王の血を引くものを見ると、儡などの下級魔物は怯えて身を潜め、全力で逃げる。異質なものとして、恐怖するからだろう。だが! ここにいるではないか。俺に恐怖しない魔物が!
さあ、どんな生物。どんな魔物か。
「……ちっ、ワーグか――黒の毛並みと血走った眼を持つ、狼型の魔物」
ゼルは石を拾い、ワーグがいる洞窟へ投げた。
「……心外だな。雑魚の集まりか」
数体の群れがゼルを認知する。だがゼルは無造作に歩み寄る。
「ワーグ如き、なんだその偉そうな態度は?」
静かな警告。だがワーグたちは唸り声を上げ、牙を剥き出しにした。
「……そうか。魔王の存在すら気づかんか。それくらいの--」
一匹のワーグが飛びかかってきた。巨大な口がゼルの喉元を食いちぎろうとした瞬間、ゼルの姿が消える。――否。消えたのではない。ワーグの後ろにゼルが立っていた。そして--。
「ギャンッ……!」
悲鳴すら短く途切れる斬撃。残りの群れが、仲間の死に逆上して一斉に襲いかかる。だが、ゼルは一歩も動かない。
「無様に群れるな。不愉快だ
――『アドヴァント・カスケート』」
かつて未来で、勇者たちが古いと笑った絶技。だがこの時代の魔物たちにとっては、防御も回避も不可能な神の断罪に等しかった。 ゼルから放たれる斬撃は、その延長線上にいたワーグたちの首を、ズバッと滑らかに切り落としていく。切断面は空間ごと削り取られる。ドサッ、ドサッ、と重い音が続く。洞窟の中は一瞬にして、千切りにされた首と胴体で埋め尽くされた。ワーグからは真っ赤な血が溢れ出す。
最後に、洞窟の奥で残っていた一匹のワーグを蹴り飛ばし、ゼルは血の海の中で静かに息を整える。
「……ふん、こんなものか」
返り血を拭おうとした、その時だった。
「ッ!?」
背中に、妙に柔らかい感触の衝撃が走った。何かが自分を、背後からぐいと押したのだ。ゼルは咄嗟に身構えた。
「……スライム、か?」
そこにいたのは、透明感のない緑色の液体のような塊。それはゼルの足元に必死にすり寄り、何かを訴えるようにプルプル震えていた。
ゼルが視線のその先にやると、ワーグたちが食い荒らしていた残骸の奥に、もう一匹のスライムが横たわっていた。魔物の核がひび割れ、今にも溶けて消えてしまいそうな小さな個体。
「……お前、あいつを守ろうと?」
ワーグの群れに立ち向かい、俺に助けを求めたのか。ほう……。中々、度胸のあるやつだな。
緑色のスライム――後に、■■軍の最初の将となるルーナとゼルの、これが最初の出会いだった。
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