2:淘汰……不用なものを排除すること
気づいた時には、俺は静まり返った森の奥深くに放り出されていた。 耳鳴りが止まない。鼻をつくのは、焦げた魔力の臭い。
「は? どういうことだ。俺は死んだんじゃ……」
ゼルは辺りを見渡した。魔王城も都市もなにもない、ただ広がっているのはどこか懐かしい光景だった。
ゼルは立ち上がり、森の中を歩く。ゼルの紫色の髪が風に揺れる。
「あいつの言う通り少し怠けていた」
ゼルは地を蹴り、テレポートを発動させる。呼吸のように自然に空間を移動する。木々の間を通り抜け、数十メートルを跳ぶ。
「ここは、どこだ? 俺は……生かされた?」
鼻を刺すような獣の腐敗臭と、くちゃくちゃと何かを食べる音が気になったゼルは足を止めた。
獣の腐敗臭を嗅いだのは久しぶりだった。そしてなにより、魔王を見ると最下級の魔物:儡などは怯えて身を潜め、全力で逃げるはずなのだが、ここに逃げない魔物がいる。
ゼルの眉はピクピクと動き、目がわずかに輝いた。深く息を吸う。ここはどこか、聞くチャンスだと思った。
は?
ゼルは肩を落とした。大きなため息もつく。
「ワーグ――狼型の魔物」
ゼルは石を拾い、ワーグがいる洞窟へ投げた。
「心外だな。烏合が」
数体の群れがゼルを認知する
「儡ごとき、その偉そうな態度はなんだ? そうか俺の存在に気づかんか。それくらいの――」
一匹のワーグが飛びかかり、口がゼルを食いちぎろうとした。
ゼルはあくびを噛み殺した。
だがワーグが着地した場所にはもうゼルはいなかった。
すでに背後に立っていた。
ワーグが振り向く前に——
「『アドヴァント・カスケート』」
斬撃が首を断ち切る。
残りの四匹が、同時に動いた。
次の瞬間、四つの首が同時に落ちた。
動きを見ていた者は誰もいない。
いたとしても、見えなかった。
「ふん、こんなものか」
滴る血が、指先を伝う。
赤黒い液体。誰しも体内に流れているそれ。
ゼルは何気なく、自分の手の甲を見下ろした。
血。
「なんだ?」
ゼルにふと、妙な既視感がよぎった。
血を媒介に、何かを“与えた”記憶。
だがそれが何だったのか覚えていない。
魔王の血は濃密な魔力を含む。
それ以上でもそれ以下でもない。
――本当に?
記憶が霧に沈むような違和感。
いや。
「いい」
ゼルは小さく吐き捨てた。
過去は過去。
俺は今、生きている。自分が自分を認識している。
永遠を紡ぐと決めた。
胸の奥に、小さな棘が刺さったままだった。
返り血を拭おうとした。
その時だった。
背中に、妙に柔らかい感触の衝撃が走った。何かが自分を、背後からぐいと押したのだ。
「なんだ!」
そこにいたのは、透明感のない緑色の液体のような塊。
「スライム」
ゼルが視線のその先にやると、瓦礫の下に埋もれている一匹のスライムがいた。魔物の核がひび割れ、今にも溶けて消えてしまいそうな小さな個体。
ゼルは首を少しだけ傾けた。口元が少しだけゆるむ。
「お前、あいつを守ろうと?」
俺に助けを求めたのか。中々、度胸のあるやつだ。
瓦礫の山を前に、ゼルは冷徹に構えた。
「まどろっこしいが」
ゼルは大きく一歩を踏み込み、目を瞑る。
「『アドヴァント・カスケート――ポイントセット』」
スライムを押し潰していた巨大な岩石が、細かく切断され崩れ落ちた。特定の範囲のみに斬撃を飛ばす『ポイントセット』。
瓦礫の砂の中から、小さなスライムが救い出されたが、核が傷ついていた。
核が傷つけばもう助からない。
ゼルは耳の穴をかっぽじり、森へと進もうとしたが奇妙な音が後ろから聞こえる。緑のスライムは、すぐさま仲間に駆け寄っり、自らの体液を分け与えるようにして包み込む。すると瀕死で白色だった核が綺麗な光を取り戻した。
ゼルはあんぐり口を開けた。
「関心した。今何をした?」
「……」無言を貫くその物体に彼はため息をついて
「まあいい。行け。今の俺に、お前たちを構っている余裕はない」と手を動かした。
緑のスライムはもう一匹を背負うようにして、軽やかな動きで森へと消えていった。
ゼルは一瞬だけ振り返ったそいつの姿を、弱々しいスライムではなく、"個"として完成していると感じた。
最下級の儡すら未来を選ぶ。俺は――。
一人残された洞窟前。血の臭いと、砂になった岩の埃が舞う。




