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Ep1: 【屈辱と討伐動画】

 来る日も来る日も、同じ勇者だ。

剣の光り方が違う。鎧の重さが違う。目の色は毎回、少しずつ違う。だが結末は変わらない。俺が勝ち、相手は死に、また次が来る。

ゼル・アルヴァルト。魔王という名の1500年。飽きた、という感情すら、とうに消えていた。


 魔暦(まれき):2611年

「魔王様、いかがお過ごしで」

 リリースが跪き、いつもの笑顔を向けてくる。玉座の前で膝をつくこの男の所作は完璧だ。

「昨日と変わらん」

変わらないことが、この城の誇りだった。かつては。

「ですが魔王様、最近……少し、鈍っておられるのでは」

一拍、間があった。


「何?」

「蔑んでいるわけではございません。ただ勇者がいつ来るとも知れぬ今、体の調子が万全でなければと」

手を振った。刃が、リリースの耳たぶを薄く裂いた。血の一筋が顎まで伝う。リリースは目を剥き、床に尻をついた。

「次はない」

「は、はい。では……外へ体を動かしに」


ゼルは視線を護衛へ向けた。

「静思の間に一ヶ月。連れていけ」

「ちょ、待ってください魔王様、私はただ――」

「一ヶ月だ」

引きずられるリリースの声が遠ざかる。玉座の間が静まり返る。


 静かだ。


ゼルは肘掛けに頬杖をつき、目を閉じた。耳の奥で、波の音がする。実際にはそんなものはない。ただの幻聴だ。この城に海などない。あるのは石の廊下と、空気中に漂う魔力と、何百年も前から変わらない瓦礫の匂いだけだ。


 鈍った?

 俺が?

 その思考が胸の底まで達する前に——警報が鳴った。


「勇者一行、魔王城に侵入。現在、第二関門を突破」

「第二関門だと?」

 こめかみに当てていた指が止まる。


「精鋭は全滅。その他の魔物は……逃走したものと思われます」

玉座の肘掛けを、拳の甲で叩いた。革張りが歪む。

「残り時間は」

「一分も、残っていないかと」


 一分。

 第二関門まで無音で来て、一分。

 何百年ぶりか。いや——もしかすると、これは初めてかもしれない。

 玉座から立ち上がった。眉が吊り上がり、唇を噛む。


「全部、俺だけで殺ろす」

咆哮ではなかった。静かな、宣告だ。


城が、崩れていく。

四方から放った無数の斬撃が、柱を断ち、壁を貫き、千年の石を粉にする。護衛も、死体も、崩れた天井も区別なく切り刻んでいく。魔物が逃げた空白の城。最初から俺一人で十分だったのだと、今更のように思う。

月光が差し込んできた頃、瓦礫の向こうに四つの影が現れた。

「魔王だな!」

降り注いでいた瓦礫が地に落ちる。轟音が静まり、残ったのは月に照らされた廃墟と、四人だけだった。


 ——違う。

 何かが、違う。


俺は眼を細めた。剣が光っている。防具が魔力を遮断している。そこまでは分かった。だがそれより先に、俺の目を引いたのは、中央に立つ少女の剣に埋め込まれた、青黒い輝きだった。


「その剣——魔物の核が、入っている」

「気づくのが遅いのよ」

少女は答えた。

「あんた、魔物たちはもうエネルギー源。精錬して、加工して、人間に力を与えるための素材。それが今のお前ら」

——素材。腸が煮えくり返る。核を抜かれた魔物がどれほどあるのか、想像した。どんな悲鳴を上げたのか。そしてそれを、この少女がどんな顔で見ていたのか。


「――いいだろう」

体重が自然と前に傾いた。地面が爆ぜ魔王の姿がかき消える。


「ターゲット捕捉。回避行動――不要。迎撃します」

勇者の隣にいた魔導師が、手にした機械の杖を地面に突き立てる。 魔王の拳が届く寸前、空間そのものが硬化したかのような不可視の壁に阻まれた。


「……!?」

「古いよ魔王。あなたの力は1500年分のデータとして既に解析済み。移動魔法を極めたということも」


放たれたのは、光を一点に収束させたレーザーだった。ゼルの肩を容赦なく貫く。左肩は焼き切れ、腕は落ちた。

痛みより先に音があった。焼ける臭いがした。腕が落ちた。気づいたのはその順番だった。膝が砕かれると、地面が迫ってきた。月が、霞んだ。


 意識はある。

 体の再生が追いつかなくとも——今ここで、一つ。

 瞼を閉じた。テレポート。あの技。父が「十センチを正確に使え」と言い続けた、あの技を。

 全力で放つ。


「『アドヴァント・カスケート』」

斬撃が四方八方へ放たれた。



***



 歓声があった。

笑い声がした。

「はい寄って寄ってー!」

「サムネ映えしないって!」


 俺は動けなかった。

 ——なぜ、死んでいない。

 視線を上げた。少女の手には、発光する板がある。こちらを向いている。

 その板の表面に、文字が流れていた。


〈テレポート読まれてて草〉

〈魔王よわ〉

〈これが1500年の成果?〉

〈おもんな。低評価押しとこ〉


俺は自分の手を見た。粒子に変わりはじめていた。魔力が霧散している。指の先が、もうそこにない。その光景を、誰かが板越しに見ている。笑いながら見ている。


 ああ。

 これが。


「……俺は、滅びぬ」

少女はスマホから視線を上げた。無表情だった。ただ淡々と作業をするように、剣を胸に押し込んだ。


 視界が白くなっていく。

父の手が頭に触れた感触が、どこかにある。五歳のあの夜、暴風の塔の上、俺が十センチ飛んで「できた」と言った時——父が初めて泣いた。

 

 その顔を、俺はずっと忘れようとしていた。

 なぜ。

 なぜ今それを思い出す。


【早く刺せww】

【魔王ダサ】

#魔王討伐 #時代遅れ乙 #映え死


 手のひらが、消えていく。

 ならば——と思う。

 文明ごと壊す、などという言葉は浮かばなかった。ただ、消えていく指先を見ながら、俺はひとつのことだけを考えた。


 もう一度だけ。

 今度は——もっと、繊細に。

 肺に血が溜まっていた。だが乾いた笑いが漏れた。そこだけは、父に似ているかもしれない。

 意識が沈む。深く、どこまでも深く。

 ああ。

 本当にここで——終わるのか。

 ゼルは白くぼんやりした視界で、消えかけた手のひらを、最後まで見つめていた。



***



 魔王という"絶対悪"が消え、数時間が経過した。世界を震撼させた魔王城の崩壊も、今やネットニュースの速報ランキングで一位を飾るコンテンツだ。


高層ビルが立ち並び、移動手段も魔力が燃料のエア・カー中心の近代都市。そのメインストリートは、歓喜に沸く群衆で埋め尽くされていた。


「勇者、レゾナンス様! 勇者ミナちゃん! 大好きー!」

「魔王討伐ありがとうー!! これで世界が平和に!」

黄色い声援。 大通りをゆっくりと進むのは、魔導装甲を施された重厚車だ。 車の上には死闘を繰り広げたはずの勇者一行が、傷一つない姿で座っていた。


「……ねえレゾナンス。さっきの、なんて言ったっけ? あのアド……何とかっていう最後の足掻き」


勇者ミナが自撮り棒を片手に、隣に座るレゾナンスへ話しかける。魔王が放った決死の斬撃――『アドヴァント・カスケート』。空間そのものをテレポートさせる技は、彼女たちにとってはなかったことに等しかった。


「『アドヴァント・カスケート』だ。……まあ古臭い空間移動だな。俺たちには効かなかったがな」

レゾナンスは熱狂するファンに向けて完璧なスマイルを振りまいていた。


「ふーん。なんかさ、最後すごい顔して『受け取れ』とか言ってたけど、結局空振り? ウケるんだけど。あ、今の笑顔、保存しとこ。SNSのフォロワー増えるかな」


ミナはケラケラと笑い、魔王の最期を小馬鹿にするように画面をスワイプした。

「ひえ〜、もう一度見ても結構だっさ〜いーw あ、うちビジュわるっ」


「1500年。人類の発展を全て見てきたはずだ。なのに座標固定すら破れないとは」レゾナンスはファンに手を振りながら、独り言のように言った。「それが、哀れだと言っている」


レゾナンスが車のシートに深く背を預ける。


『さあ勇者よ。最後のプレゼントだ。受け取れ……』

魔王の最期の言葉が、街中のスピーカーからデジタル加工された音声で流れる。群衆からどっと笑い声が上がった。


「プレゼントって、何あれ〜」

「センスなさすぎだわ!」

重厚車の上で、レゾナンスは空っぽになった魔王城の方角を一度だけ見やり、鼻で笑った。

「さらばだ、魔王。君のデータは……まあいつか、利用させていただくよ」


「ほらほらふたりとも。あんまりそういうこと言わないの!」

勇者一行であるカンナ。彼女は冗談のように止めに入った。

「だってそんなこと言ったら、先代の敗れちゃった勇者たちが可哀想じゃん?」


「ははっ、たしかにな!」


数千万の再生回数。だが三日後には、誰もその名を口にしない。

——知られない。思われない。それは永遠の死。ゼルがもっとも拒んだものだった。

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