表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

164/171

鬼か、熊か

 昨年、縫霰市内のとある場所で、一頭の熊による被害が発生しました。



 その熊は異常なまでに大きく、また昼夜を問わずに街中に現れては街を歩き回り、災害のような被害をばらまきました。


 その熊によって農作物に多大な被害が出ました。


 その熊によって養豚所が破壊されました。



 その熊は人を恐れません。


 逆に付近の者たちはその熊を大層恐れ、「鬼熊」と名を付けました。


 防犯カメラに写り込んだ「鬼熊」の姿はネットを通じて拡散され、さらに多くの恐怖を集めました。

 

 

 早急な駆除が求められましたが、当時近くに居を構えていた似非環境保護団体の妨害もあり、被害はさらに拡大しました。



 物置に入る直前、不審な音で中にいる鬼熊に気がついてからくも難を逃れた人がいました。


 町はずれの公園では鬼熊によって何台もの自動販売機が倒されました。


 鬼熊によって夜のうちに車の窓が割られ、ボンネットがへこんでいたという話もあります。



 もしかすると、これらの被害の全てが鬼熊によるものではないのかもしれません。


 でも人はその全部を「鬼熊」のせいにしました。


 「鬼熊」の名は熊による被害の代名詞のように使われました。


 

 やがて冬が来て、鬼熊は姿を消しました。


 災害が去ったことに人々は心から安堵しました。


 

 でもそれからおよそ一年がたって。


 

「鬼熊」は再び現れたのです。



――――――――――


 

 颯とクロは、昨年鬼熊が養豚所に入り込んだ様子を撮影した動画を見ていました。


 防犯カメラの画像がSNSにアップされていたものです。

 

 画像は荒く、はっきりとしませんが、画面の手前側に横たわっている影は犠牲になった豚でしょう。


 その奥には黒く蠢く影。

 

 はじめは黒い塊にしか見えなかった影はやがて伸びあがり、獣の形をとりました。


 影の上部には小さな光の点が二つ。闇の中、まるでこちらを見ているかのように白く冷たく輝いています。



「大きいですね」


「だよなあ。こんなヤツは俺も初めて見たよ」



 画面の奥で飼料袋を引き裂いてその中身を漁っていた鬼熊でしたが、それも僅かばかり口を付けただけで興味を無くしたようです。


 何が面白いのか、無造作に周りの柵や機材を壊し始めました。


 無音の画面の中、振り下ろされた手によって金属の柵がいとも簡単にひしゃげます。そこにさらに追撃を加え、柵は根元からぽっきりと折れてしまいました。



「……ったくやりたい放題だな。こん畜生が」



 颯が不快感もあらわに吐き捨てました。

 

 昨年この動画を見たた時には余程銃を手に駆け付けようかと思ったものです。


 でもその頃颯の家にはとある団体やそれに触発された者たちからの熱意ある脅迫状が届いていたこともあり、娘を置いて家を空けるわけにはいきませんでした。

 

 

 この日殺された豚は三頭。



 動画からは分かりませんが、鬼熊が口を付けたのはそのうち一頭だけで、残りはただ殺された上、無意味に腹を裂かれて転がされていたそうです。

 

 過去の映像の中、鬼熊はその後もまるでそのこと自体が目的であるかのように執拗な破壊を続けました。


 確かに気分が悪くなりそうな光景です。

 


「酷いです。農家の方が可哀そうです」


「ああ。もう消されちまったみたいだが、豚が殺された瞬間の動画も上がってた。ひでえもんだったぜ」



 散々荒らしまわった後、鬼熊の光る眼が再びこちらに向きました。



「あれっ?」


 

 その行動に、クロは微かな違和感を覚えました。単にこちらを向いたのとは違うような気がしたのです。


 のそりと近づいてきた鬼熊はやおら立ち上がり、そして。


 激しくぶれて突如ほんの一瞬だけ天井を映した後、画面がザーッとノイズで覆われて、動画はそこで終了しました。


 

「カメラを壊した?」


「ああ、あれだけでも偉い損害だったらしいぞ。ったく何が気に食わなかったんだか」


「どうしてカメラなんか……」

 


 熊にカメラが何なのかわかるはずもありませんから、カメラを壊すという行動に意味なんかありません。


 他の物を壊すついでになんとなく目に入ったカメラも壊してやろうと思った、そのあたりが当たり前の解釈です。


 

 でもクロはどうにも気になって仕方ありません。


 暗くて荒い画面の中、鬼熊の目は単にこちら側を向いただけではないような気がしてならないのです。




 クロは再び動画を再生しました。


 やっぱりです。


 惨状の中、飼料を漁っていた鬼熊の光る眼は何度も、まるでこちらを伺うかのように向けられて——



「……違う」


 

 クロは違和感の正体に気がつきました。

 

 まるでカメラ(こちら)を見ているかのような、鬼熊の目。


 でもそうではありません。逆です。



「見せつけてる?」


 

 熊はそれ自体が目的であるかのように、執拗に冊や機材を破壊します。


 それからこちらに来て立ち上がると、高い位置に設置されたカメラに向かって無慈悲に腕を振り下ろしました。


 鬼熊はただの熊です。熊にはカメラが何なのか分かりませんから、その行為に意味はありません。ないはずです。



 

 でももしも仮に、鬼熊がカメラながんなのか分かっているとしたらどうでしょう。


 ちらりとこちらを見た後で散々な破壊行為を行い、挙句こちらを叩き壊す。


 その前には、彼は哀れな豚たちをカメラの前で惨殺し、その腹を引き裂いたのだといいます。


 その行為にはいったい、どんな意味があるのでしょう。




 これは馬鹿げた仮定です。


 神秘の廃れた現代に、そんなことが起きるはずはないのです。



 でももしも、彼が強く何かを望み、それに応えたモノがいたならば。


 鬼熊の耳元で、彼にしか聞こえない言葉で望みの叶え方を囁くモノがいるとしたら。



 無意味に見える執拗な破壊にも、意味があることになる。


 


「――こいつ、人に恐れられようとしている?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ