06 洞窟ダンジョン
アランデルの町があるアルトゥール領は、アヴァロン王の統治しているエルヴァンディル大陸の西側にあって、魔界となった大陸東側の対局にある。
大陸中央には、アヴァロン王の直轄領である王都があり、東西南北を守護するように四人のルーラーか統治する軍国的な領地があった。
王都の東を守護するのはリンドブルム伯爵、西を守護するのはアルディアン公爵、南を守護するのはサウスウィンド公爵、北を守護するのはノーザンバレー侯爵である。
【ガラハッド】 【ノーザンバレー】 【魔界】
◎ 【アルディアン】【王都】【リンドブルム】【魔界】
【ランスロット】【サウスウィンド】 【魔界】
※◎は現在地アルトゥール
アリアたちのいるアルトゥール領は、西を守護するアルディアン領と隣接しており、魔法の戦線と呼ばれる魔王軍との戦場に向うには、そこから更に王都アヴァロン、リンドブルム領を通らなければならない。
また北上ルートでは、ガラハッド領とノーザンバレー領、南下ルートでは、ランスロット領とサウスウィンド領を経由することになる。
「つまりアランデルはアルトゥール領の最西端にあり、魔法の戦線から最も遠い平和な町ってことさ」
ラビィは、ガウェインの背負った荷物に腰掛けて、最後尾を歩いているアリアに話しかけている。
アリアたちは今、アランデルの西門から出てモンスターが住み着いた洞窟のダンジョンに向かっていた。
ナビゲーターのウサギは、アリアの視界にエルヴァンディル大陸の地図を表示しながら、自分たちのいる場所が魔法の戦線から最も遠いことを説明している。
「この世界の人間界は有史以来、アヴァロン王の直系にある王族が統治していたのさ。それが時代が変わって、王国の家臣が大陸東側の領主を務めるようになった。ボクも詳しい経緯はわからないけど、西南方面が穀倉地帯で、北東方面が痩せた土地だったことが、家臣たちに領地を払い下げた理由かもね」
「魔王ザムドに寝返った三人の領主は、待遇に不満があったのでしょか?」
アリアは、ガウェインに聞こえないように小声で呟いたが、ラビィは彼女の一部なので聞き逃すことがなかった。
「アルトゥールの北にあるガラハッド伯爵は、南のランスロット公爵より領地面積も小さく、鉱物資源の採掘権をアルディアン公爵に握られている。アリアの言うとおり、同じ支配者でも侯爵や伯爵には、王族との格差に不満もあるんだろう」
「アヴァロンに不満を感じた三人の領主が、人間界であるエルヴァンディル大陸の東にある魔界側についたということですね」
「地政学的に考えれば、そういうことなんだけど、問題は、マギアの物理法則がデタラメでも天動説まで否定されていないことだね」
「どういう意味ですか?」
「世界は有限で、マギアが丸いってことさ」
ラビィが肩を竦めたとき、先頭にいるウィリアムが右手を挙げて立ち止まる。
ウインクしたウサギは『続きはそのうち』と、アリアのフードコートに飛び込んで消えた。
「今回のはダンジョン深部に住み着いたモンスターの種類と規模を調べるだけで、最低討伐数がないクエストだが、俺は、このパーティの実力を見極めるためのテストだと考えている」
振り返ったウィリアムは、アリアたちに真剣な眼差しを向ける。
「師匠、テストというのはいったい?」
「この洞窟ダンジョンは、アルトゥール領のレイラインの外れてにあって魔素が薄い。住み着いているモンスターが龍属だとしても、狩り尽くしてクエストを終了できなければパーティを解散する」
「お言葉ですが、レイラインの末端にドラゴンなんているわけがありません」
アリアは『レイラインとは?』と、腰の引けているガウェインに問いかけた。
そんなことも忘れたのか、といった様子の老騎士は、マギアの生命に宿っている魔力は、大気中の魔素を吸収することで体内で作られており、魔素の流れる地脈が『レイライン』だと教えてくれる。
アランデルのような町や人為的に作られたダンジョンは、複数のレイラインが重なるところに作られており、用途に合わせて豊富な魔素を魔力に変えて活用していた。
「自然地形のダンジョンは、レイライン上にある洞窟や深い森にあるのじゃ。というか、魔素が集まりやすい場所にモンスターが住み着いておるだけじゃがのぉ」
「つまりレイラインは、魔素の送電網ですね。マギアの生命は、レイラインで送られてくる魔素を魔力に変換している。魔素が薄ければ、私たちが戦うモンスターの魔力も弱いということですか?」
「そういうことじゃ。レイラインは、大陸にクモの巣状に広がっておるが、その発生源は10の領地の中心都市に限られておるんじゃよ」
アリアは『では中心都市から離れると……』と、そこまで話してウィリアムが睨むので言葉を飲んだ。
「クラウスの言うとおり、これから潜るダンジョンは、魔素濃度15でドラゴンがいる可能性は皆無だ。住み着いたのは、ゴブリンなどの下級モンスターが十数体だろう。魔王討伐を掲げるパーティが、その程度のモンスターに負けるわけにいかない」
「ダンジョン内では、ウィリアム様たちの魔力も低下するのですか?」
「俺たちは、アランデルで魔素を吸収して魔力として溜め込んでいる。極大魔法を放たない限り、町に戻るまで魔力が尽きることはない」
「魔素は、魔力に変換して蓄電できるのですね」
アリアの視界には、ウィリアムたちの頭上にステイタスバーとともに『MP』が表示される。
ラビィが町で観測したデータに基づいて、冒険仲間の魔力の残量値を可視化したようだ。
それぞれステイタスバーの長さは均等だが、表示されている数値が違っており、ウィリアム12,000kWh、ガウェイン8,600kWh、クラウス5,700kWhである。
魔力の単位が『kWh』なのは、アリアに理解しやすくするための配慮だった。
また電力に換算すると、かなりの大容量バッテリーだが、町ですれ違った人々の魔力平均値を100kWhとした場合、そういう数値になるようだ。
【火属性:ウィリアム・ロス】
【 HP:100% 】■■■■■■■■■■
【 MP:120kkWh】■■■■■■■■■■
続いてMPの上に『HP』と表示されたが、これは現状の体力を100%としたときの残量であり、アリアの状況判断を手助けしてくれる。
「俺が課すテストは、洞窟ダンジョン内に住み着いたモンスターを一掃することだ。クエスト中で逃げ出した奴は、俺たちと魔王討伐の旅を続けることができない」
「師匠は、その条件で僕が逃げ出すと思っていませんよね? 僕らの中に、レベル15のダンジョンから逃げ出すメンバーなんていませんよ……なぁガウェイン!」
クラウスが鬼の形相で振り返ると、さっそく逃げ出そうとするガウェインを猫掴みした。
取り押さえられた彼は、拝むような仕草でアリアを見る。
「ワシは、ただのジジイですじゃ! お嬢さんからも、クラウス坊ちゃんに手を離すよう言ってくだされ!」
「いいえ。ガウェインさんは、クラウスより魔力が高いと表示されています。このメンバーでは、魔王軍と闘った唯一の冒険者とも聞いています」
「ワシは、クラウス坊ちゃんより強いのかのぉ」
「はい。ガウェインさんは、クラウスより強いと思います。実戦経験のあるガウェインさんは、このメンバーで最も強いかもしれません」
アリアに強い強いと煽てられたガウェインは、頬を赤く染めて満更でもない様子だった。
彼女が『ガウェインさんは強いです』と、握り拳で励ましの言葉をかけると、ガウェインはにやりと笑って照れ臭そうに頷いた。
「今回のクエストは、洞窟ダンジョン内のモンスターを一掃して町に戻ることだ」
ウィリアムは、冷静にクエストの内容を再確認した。
クラウスとアリアが気合いを入れて頷くと、彼は地図を広げて洞窟ダンジョンの入り口を指差す。
◇◆◇
洞窟の中は暗く、湿気と悪臭が混じった空気が漂っていた。
ウィリアムが魔法の灯りを翳すと、小さな虫が飛び跳ねて岩陰に隠れる。
彼らは魔力を利用すれば暗闇でも明るく見えるのだが、暗い洞窟を照らすことで、モンスターをダンジョンの奥に追いやって一網打尽にする計画だ。
「風のクラウスは、近接戦闘に長けた剣士だから先頭を歩いてくれ。剣闘士の俺は、クラウスを援護しながら直後に続く。ガウェインさんは……」
「ワシは、水属性の魔法使いですじゃ。炊事担当なので、銃後の守りにつきますじゃ」
「ガウェインは、重い鎧を着ているから重騎士だと思ったが見掛け倒しか」
「喉が渇いたら言ってくだされ、いつでも冷えた水を顕現するでのぉ」
ガウェインは、アリアの背後に回って最後尾についた。
「アリアとガウェインは、俺とクラウスから距離をあけて後方を警戒しろ」
「師匠、アリアさんはソードマンではないのですか?」
「彼女は、モンスターとの戦い方を忘れている。兄弟子のクラウスが、彼女にモンスター戦の手本を見せてやれ」
「僕は、アリアさんの兄弟子ですか?」
アリアが『クラウス、よろしくお願いします』と手を伸ばすと、クラウスは彼女の手を払い除けた。
「前々から気になっていたのだけれど、師匠は『様』で、ガウェインは『さん』付けなのに、なぜ僕だけ呼び捨てなの?」
「私は目覚めたとき、初めて出会ったウィリアム様から世界を学んでいるので、相手との接し方や呼び方も、ウィリアム様に準拠しています」
「でも僕は、君の兄弟子で、冒険者としての等級も格上、それに公爵の息子ですよ。僕の肩書には、もっと敬意を払っても良いのではありせんか?」
「わかりました。クラウス坊ちゃん」
「なんだろなぁ……アリアさんに呼ばれると、小馬鹿にされているみたいで微妙にムカつきます。まだ呼び捨ての方がマシですよ」
「わかりました。クラウス」
クラウスは『イグニスシルフ』と、魔法剣グランドロイヤルブレードの刃に触れて風の顕現魔法を込めている。
風の魔法を宿した魔法剣は、酒場で見たときより輝きが増していた。
彼はアリアとの一戦では、町の警鐘を鳴らさないように魔力を調整していたらしい。
「僕の実力を知れば、アリアさんも評価を見直すでしょう。風を宿した僕の剣速は、火属性の師匠を凌駕しています。魔力の総量が強さではないと、相弟子の君に理解させてあげますよ」
ウィリアムは、微笑んでクラウスを宥めるように言った。
「クラウスの力や実力は、俺も認めている。だが、強さだけが全てじゃないんだ」
「ええ、もちろんです。僕は兄弟子として、アリアさんにモンスターとの戦い方だけでなく、冒険者としての格の違いも教えてあげます」
ウィリアムは困った顔で頷くと、クラウスを先頭にした一行は洞窟の奥へ進んでいった。
洞窟の中はますます暗く、モンスターの気配も感じられるようになった。
しかしモンスターの気配は、明かりの届かない洞窟の奥に退散するだけで襲ってくる気配がない。
冒険者の侵入を察知したモンスターは、通常であれば待ち構えて攻撃してくるか、勝てない相手だと判断すれば一目散に逃げていく。
闇に蠢くモンスターは、ウィリアムたちの動向を伺いながら何処かに誘導しているようだ。
「師匠、このダンジョンおかしくありませんか? レベル15にしては魔素が多すぎるし、モンスターも能無しにして動きに知性を感じます」
先頭に立ったクラウスは、正面に構えていた魔法剣の切先を下ろしてウィリアムに話しかける。
ウィリアムも異変を察していた様子で、顎に手を当てて首を傾げていた。
「レイラインの流れが変わったのか、それとも魔素を放つ魔鉱石の違法採掘が行われているのかもしれない」
「でも師匠、この先に感じる気配は人間のそれじゃありません。モンスターを使った魔鉱石の採掘が行われているなら、このアルトゥール領に魔王軍がいることになります」
「このダンジョンに住み着いたのは、少なくとも能無しじゃなさそうだ」
ウィリアムたちが動きを止めると、様子を窺っているモンスターも足を止めた。
群れで行動するモンスターは、集団で襲ってくることもあるが、罠に誘い込むような戦術をもたない。
モンスターの統率の取れた動きは、背後にモンスターを自在に操る魔族の指揮官がいる可能性がある。
「師匠、敵に居場所を察知されますが、風を飛ばしてダンジョン深部を探索してみますか?」
「奇襲をかけるなら火を灯さんが、藪をつついて蛇を出さんとも限らん」
「しかし本当に魔王軍がいた場合、このまま進んで退路を断たれればパーティは全滅です」
後から追いついたアリアが、二人の会話に割って入ろうとして遠慮がちに手を挙げた。
「敵に知られないように、先の状況を把握すれば良いのですか?」
「アリアさん、そんな真似できるわけがありません。僕が狭い洞窟で風の刃を放てば、その手応えでおおよその敵の規模と実力がわかる」
「でも敵にも、こちらの場所が知られてしまう」
「どうせ師匠のテストは、この洞窟のモンスターを一掃することです」
「私なら、クラウスより正確な情報が得られます」
「なんだい、その上から目線は? 敵が魔王軍だとしても先手必勝! 殺られる前に殺っちまえばいいんだ!」
目を血走らせたクラウスは、敵を前にして興奮すると、いつものキザな言葉が荒くなる。
彼は魔法剣の刃を舐めながら、アリアの顔を覗き込んだ。
「アリアさん、本当はびびってんじゃねぇよな? 僕は、まだ貴様の実力を認めちゃいねぇんだぜ」
「クラウス、後先考えないのがお前の欠点だ。アリアには、きっと何か考えがあるんだろう」
「ないないないねぇー! 僕のソニックブレードを先槍にして、向かってくるモンスターを斬って斬って斬りまくればいいんだぜ!」
「その魔法剣、もしかして呪われてるんじゃないのか?」
アリアは『私が探ってみます』と、両耳を手で塞いで目を見開いて虹彩を青く光らせた。
彼女の額には第三の目としてイージスシステム用に開発されたフェーズドアレイレーダーが装備されており、地上で4.4キロメートル、上空で400キロメートルの探索が可能となっている。
複数のイージスシステムとネットワークで繋がっていれば、地球の裏側で指揮を執る敵将の位置を把握することもできた。
「敵は20メートル先にゴブリンが1体、300メートル前方にコボルトとゴブリンの混成部隊が35体、ギルドの情報資料になかった正体不明が1体です。その先には竪坑が3か所あり、援軍が潜んでいる可能性がありますが−−」
アリアは『竪坑は違法採掘の現場だと思います』と、レーダーで探索した映像を表面が滑らかな岩壁に投影する。
ウィリアムたちは、そこに映し出されたコブリンたちが動き回る様子や、自分たちを誘き寄せている囮の一匹が岩陰に潜んでいる様子に驚愕した。
「アリアの魔法は、そんなことまでできるのか?」
アリアは頷いたが、映し出された映像は彼女の瞳から映写されているので魔法ではない。
彼らは、水晶に絵や文字を浮かびがらせる魔法の占いを見たことがあったものの、彼女のように触媒もなく、崩落した岩肌に映写する魔法を知らなかった。
「問題は、正体不明の敵だな」
ウィリアムは、頭上に二本の突起をもつ人影を凝視する。
そいつはゴブリンたちを見下ろすように一段高い岩で足を組んでおり、魔法の触媒と思われる錫杖を手にしていた。
「ウィリアム様、斥候の位置がわかったので狙撃が可能です。斥候に、こちらの情報を知らさらる前に排除する方が良いと思います」
「深部に魔族がいるなら、正面から踏み込んでも勝ち目がないだろう。敵の位置を正確に把握できるなら、様子を窺いながら奇襲攻撃するしかない。しかしアリアのレールガンでは、こちらの居場所が筒抜けになる」
「そうですか……」
アリアは残念そうに目を閉じた。
彼女の兵装はレールガンだけではなかったのだが、ラビィが機能の一部をパスワードロックしているらしい。
射撃管制装置をコントロールしているウサギは、洞窟の崩落する可能性がある武器使用を拒否しており、記憶を失った彼女は、解除するためのパスワードを忘れていた。
使役獣を名乗ったウサギは、仲間への被害を考慮して機能の一部をロックしているだけで、意地悪しているわけではない。
「僕の魔法ならば、モンスターの隠れている岩まで3歩だ」
「クラウスは、岩ごとコボルトを両断できるか?」
「ふふふ、このグランドロイヤルブレードの斬れ味は、重騎士の鎧だって真っ二つにするぜ」
「それ絶対に呪われてるから、町に戻ったらお祓いしとけよ」
クラウスは魔法剣グランドロイヤルブレードを後ろを回すと、左足を一歩下げて姿勢を低くして標的の岩に狙いを定めた。
「アリアさん見ておけ、これが風の顕現を使いこなす僕の本気だ! 疾風の風車!」
しゅッ
クラウスの姿が消えた次の瞬間、岩陰の奥から血飛沫が舞い上がる。
彼が横一文字に振り抜いた岩は、何事もなかったかのように崩れることがなかったし、コボルトも悲鳴をあげる暇さえなかった。
「うむ、腕を上げたな」
「僕が、ちょっと本気を出せばこんなものです。アリアさんは、僕のこと見直してくれたかな?」
クラウスは魔法剣を柄に収めると、前髪を掻きあげてアリアの肩に手をおいた。
彼女は手を胸の前で組むと、まるで憧れのスターに出会った少女のように目を輝かせている。
マギアの人間には、自分と同じように敵を圧倒する力があった。
「クラウスは、本当にすごいです!」
「アリアさんに褒められると、調子が狂いますね」
【風属性:クラウス・フォン・シュトルヒェン】
【 HP:100% 】■■■■■■■■■■
【 MP: 49kkWh】■■■■■■■■
アリアは、ただの人間だったと再認識して感動する。
ウィリアムは火球を放ち、クラウスは人を超えた剣技でモンスターを斬り裂いた。
魔法を目の当たりにした彼女は、体内に搭載された兵器で敵を蹴散らす自分も、彼らと同じ人間だと実感したのである。




