05 冒険の前日
「これが冒険者の証ですか?」
アリアは、クラウスに案内された冒険者ギルドの受付けで、軍隊の階級章のような三つ星に逆三角の銀バッジと、アランデルの町章である盾とユニコーンをあしらったデザインのワッペンを手にしている。
ウィリアムは『そうだ』と、彼女の疑問に頷いた。
「バッジは冒険者の等級で、ワッペンは所属している冒険者ギルドの町章を表している。冒険者に登録したばかりのアリアは、アランデルの冒険者ギルドに所属した下位三級の冒険者だ」
「私は新兵ですね」
「アリアの実力なら、すぐ俺たちに追いつくだろう」
アリアの記録は、部隊章を町章、階級章をバッジに上書きする。
彼女が改めてクラウスとウィリアムを見れば、二人とも胸にアランデルの町章を付けており、腰ベルトに付いているバッジは一つ星の金バッジだった。
「ウィリアム様とクラウスは、同じ階級ということですね」
「ああ、アリアの銀バッジは、下向き矢印が『下位』、三つ星が『三級』を表して下位三級となる。横一『中位』、上向き矢印『上位』となり、それぞれ三級から一級に昇級していく。俺とクラウスの金バッジ『旅団のリーダー』で、星一つは『一つ星のリーダー』と呼ばれている。金バッジは、星の数が多いほど上位になる」
「では、お二人は一つ星のリーダーですね」
「そのとおりだ」
アリアは、ウィリアムの説明で冒険者の階級を理解したものの、古代遺跡に単独で挑んでいるベテランの冒険者と、騎士団を率いても攻略できない貴族の息子クラウスが同じ階級なのが腑に落ちない。
年頃だってクラウスは自分と同じ十代後半、ウィリアムとは親子ほど離れている。
「僕と師匠の等級は、冒険仲間を率いることができる金バッジです。もっとも師匠は、ギルドの依頼達成などで昇級した叩き上げですが、僕の金バッジは、貴族の肩書に与えられたものです」
クラウスが肩を竦めながら言うと、ウィリアムは冒険者の階級に限らず、アヴァロンでは、身分の差で扱いが変わると付け加えた。
「アリアには以前、冒険者ギルドが冒険に必要な情報や装備の提供、報酬の支払いを行っていると言ったが、等級が高いほど手当が厚くなる。それに加えて貴族であるウィリアムは、俺と同じ等級でも得られる情報や装備、報酬が支配者と同等になる」
「ルーラ?」
「ルーラは、魔王ザムドの魔王軍と戦っている領主たちのことだ。駆け出し冒険者のクラウスだが、魔王軍と戦う貴族なので得られる情報や装備、報酬が領主と同じということだ」
ウィリアムがクラウスを冒険仲間として認めた理由は、平民の冒険者では得難い情報や装備、それに依頼達成の報酬の増額にある。
「僕が、ただの公爵の息子だとしたら、開示されない魔王軍の情報も多いのです。しかし魔王討伐を掲げた貴族の冒険者ならば、たとえ若輩でもルーラと同等の権限が与えられる」
クラウスは『それに魔王ザムドを倒せば……』と、何かを言い淀んで口を閉じた。
含みのある笑顔を見せる彼には、好奇心だけで冒険者になったわけではなさそうだ。
「しかしクラウスの口利きがあったとはいえ、私のような素性が明らかではない者が、こんな簡単に冒険者として登録できて良いのでしょうか?」
アリアは、ダンジョンでウィリアムと出会った自分が、冒険者ギルドで無許可の盗掘者として裁かれることを恐れていたが、クラウスの紹介であっさり冒険者に登録できたことに首を傾げる。
彼らの話を聞けば、騎士団が魔王軍と戦闘する正規軍だとすれば、冒険者は遊撃隊のような位置付けなので、身辺調査が緩いのかもしれないが、それにしても戦時下で出自の分からない者に身分証を発行してしまうのは脇が甘すぎると思った。
「アリアの身元保証人は、ルーラの男子直系であるハイリッヒ・フォン・シュトルヒェンの息子だよ。冒険者ギルドのマスターが逆らえる肩書ではないし、そもそもアランデルの統治者は、我がシュトルヒェン家だからね」
クラウスの説明では、エルヴァンディル大陸にはアヴァロン王を頂点として、10の領地を統べる支配者と呼ばれる貴族がおり、それぞれの領地にある集落に統治者を配置していた。
彼の父親であるハインリッヒ公爵は、領主の弟で騎士団長、アランデル周辺の集落を統治する貴族である。
「つまり私の登録には、貴族の立場を利用したのですね」
「それだけじゃない。記憶を失っているアリアには、登録する戸籍がないから俺の妹ってことにした」
「ウィリアム様には、妹がいるのですか?」
「俺の故郷は、領主の寝返りで魔界となった大陸の東側にある。俺に妹がいたのか、ここの連中には調べようがないのさ」
アリアは妹の存在をはぐらかされたと思ったが、ウィリアムが寂しげに俯いたので真偽を問わなかった。
彼の表情が全てを物語っていると、彼女は感じたからだ。
「さてガウェインの再登録も済んだことだし、お互いの実力を知るために簡単なクエストを受注しました」
クラウスは、アリアに続いて受付けから戻ってきたガウェインを一瞥すると、ダンジョンクエストの羊皮紙を取り出した。
羊皮紙に書かれた依頼内容は、アランデルの西にある洞窟ダンジョンに住み着いたモンスターの討伐で、最低討伐数のない難易度の低いクエストだった。
「クラウス、このパーティのリーダーは俺だと忘れてないか?」
「もちろん、忘れていません。ただクエストは、僕の名前で受注しないと定額の報酬しかもらえません。このパーティの実質リーダーは師匠ですが、多くの情報、快適な装備、報酬の増額を望むのであれば、僕の名義が必要なのです。師匠は、それが目的で僕を冒険仲間にしたのでしょう?」
「確かにそうだが、パーティの方針やクエストの受注は、俺が決定するから出しゃばるな」
「では、今後はそのようにします」
クラウスは、丸めた羊皮紙をウィリアムに手渡す。
クエスト内容を一読した彼は、あまりの難易度の低さに項垂れる。
冒険仲間の初顔合わせとなるクエストは、アリアの秘密を探るついでに、各々の実力を測ろうと古代遺跡を目指すつもりだった。
「今回は、クラウスの受注したクエストを受けよう。クエストをキャンセルすれば、冒険者ギルドから受けられるクエストのランクを下げられてしまう」
ウィリアムは、そうと知りつつ勝手にクエストを受注してきたクラウスを睨みつける。
洞窟にモンスターが住み着いた自然地形のダンジョンは、人為的に作られた古代遺跡のようなダンジョンより難易度が低く、得られる報酬が少なかった。
クラウスは、ウィリアムの連れているアリアの実力を測りかねており、いきなり高難易度のクエストを受注して全滅を避けたかったのである。
◇◆◇
アリアたちは、クラウスが受注してきた洞窟ダンジョンの準備のために二手に分かれることになった。
ウィリアムとクラウスが冒険者ギルドに残って情報と装備を調達するので、アリアは、ガウェインと一緒に食料品の買出しに出る。
シュトルヒェン家の侍従長だった老人は、クラウスが生まれたときから身の回りの世話を焼いており、当主のハインリッヒから旅に出る息子の世話役を任された。
彼は冒険仲間ではなく、世間知らずのクラウスの世話役として同行していただけである。
「ガウェインさんは、冒険者だったのですね」
アリアは、しょんぼり肩を落として歩くガウェインに話しかけた。
老騎士のような鎧を着ているガウェインは『ええ、まあ』と、ゆっくり立ち止まって小さく頷いた。
「ワシの冒険の旅は、とっくに終わっておるのじゃ」
不服そうな横顔を向ける老人は、冒険者に戻るつもりがなかったらしい。
「ワシが冒険者だったのは、もう二十年前のことじゃ。ワシは当時、ハインリッヒ公爵の冒険仲間じゃったが、先代の領主が亡くなって彼が公務に就くというので引退したんじゃよ」
「クラウスのお父様も冒険者だったのですか?」
「ハインリッヒ様は先代のアルトゥール陛下が亡くなったとき、親族とのお家騒動を避けて騎士団長に就任し、アランデルの統治者となったのじゃ」
「では今のアルトゥール陛下は、ハインリッヒ公爵のお兄さんなのですね。クラウスにも、領主の継承権があるのですか?」
「アルトゥール陛下には何人も子どもがおるし、クラウス坊ちゃんが、アルトゥールの領主になるのは難しいじゃろうな」
クラウスの伯父は、エルヴァンディル大陸のアルトゥール領を統べるルーラであり、冒険者の彼は、伯父のルーラと同等の権利が与えられている。
彼やハインリッヒ公爵が冒険者だったのは、アルトゥールを襲名した実兄と並ぶ権力を欲したからではないのだろうか。
ガウェインは、ハインリッヒ公爵が冒険者を辞めて公職についた理由を内紛を避けるためだと言ったが、言葉通りに受け取れない。
「お嬢さんは、クラウス坊ちゃんが野心で冒険者になったと思っておるじゃろ?」
「はい」
「魔王の手に落ちた領地のルーラは、魔王から領主を拝命されてもアヴァロン王から改易されておるのじゃ。クラウス坊ちゃんが領地を得るには、魔王から領地を取り戻して新たな領主になるしかないからのぉ」
「クラウスが魔王討伐を目指す理由は、やはり領主になりたいからですね」
ガウェインは『無理、無理、無理ですじゃ』と、のべつまくなし否定した。
「ワシは、魔法の戦線で魔王軍と戦ったが、きゃつらは、神々の遺物を以てしても勝てない化け物集団じゃ。剣の一振りで百の命が奪われ、顕現魔法で一つの町が消える。クラウス坊ちゃんも、ハインリッヒ様から魔法の戦線の惨状を聞かされておれば、魔王討伐は本気じゃない……と思いたいですじゃ」
「思いたいとは?」
「クラウス坊ちゃんは、想像の斜め上を行くからのぉ」
ガウェインは膝から崩れ落ちると、両手を地面に付けて体を支えている。
彼が自分の言葉に確信が持てない理由は、クラウスが魔王討伐を本気で目指しているとすると、それは自分の想像をはるかに超える行動だった。
しかしクラウスをよく知る彼は、初対面のアリアに剣を抜く好戦的で無謀な性格を熟知している。
師と仰ぐウィリアムの冒険仲間となれば、本気で魔王討伐に向かうかもしれない。
「ワシは、クラウス坊ちゃんが挫折すると信じておったのじゃ。それなのに、ウィリアム様が魔王討伐なんて言い出すから、あのバカ皇子が調子づきおったのじゃ」
ガウェインはクラウスの可能性を否定することで、自分自身の恐怖を取り除こうとしている。
アリアは、這い蹲った老人の背中を擦った。
「お嬢さんは、優しいのぉ。ワシの気持ちを理解してくれるのは、お嬢さんだけですじゃ」
アリアは、魔王軍を恐れるガウェインに優しく微笑んだ。
「はい。経験を積んだ兵士ほど、敵の戦力を知って臆するものです。でも安心してください。私たちは、きっと魔王を倒して平和な世界を作れます」
「あんた鬼じゃ! ワシの気持ちを全く理解しとらんじゃないか! ワシは、もう戦いたくないんじゃ!」
ガウェインは、見事なクラウチングスタートで逃げ出そうとしたものの、アリアに回り込まれてしまう。
彼女は、彼の襟首を掴んで持ち上げた。
「なんて素早い動きじゃ……お嬢さんも、クラウス坊ちゃんと同じ風属性なんかのぉ。しかし、この力強さは、土属性かのぉ」
「ガウェインさん」
「なんじゃ?」
「ガウェインさん、もう少し冷静になってください。私たちは一人ではありません。仲間がいて、助け合いながら戦います。そして、勝利への道は決して簡単ではありませんが、必ずやり遂げることができます」
アリアは静かに語りかけました。
「そうかもしれんな……。でもワシはもう若くない。こんな戦争に巻き込まれるなんて、最悪じゃ」
ガウェインはつぶやきました。
アリアは、彼を立たせて肩を軽く叩く。
彼女は『大丈夫です』と、魔王を恐れる老人の心に少しでも勇気を与えようとした。
「年齢なんて関係ありません。私たちは、自分ができることを精一杯やります。そしてガウェインさんの行動は、きっと次の世代に勇気と希望を与えることができます」
アリアは微笑みました。
ガウェインは、アリアの言葉に少し救われたような表情を見せる。
彼女の優しさと、前向きな姿勢が彼の心を穏やかにしたようだ。
◇◆◇
アリアとガウェインは、冒険者だけが集まる風変わりな食品店で、乾物を『UN』と書かれた箱型の鞄に詰められるだけ買い込んだ。
老人が背負った大きなリュックは、中身が乾物なので見た目ほど重くないのだが、後ろを手ぶらで歩く彼女に周囲の視線が集まる。
彼らの様子が、祖父に荷物持ちさせる孫娘に見えるからだ。
「ガウェインさん、ちょっといいですか?」
「荷物のことなら気にせんでくだされ、こう見えても体力はありますのじゃ」
「そのミリタリーバッグは、どこから入手したのですか?」
「なんじゃ、荷物を持ってくれるんじゃないのかい」
アリアが興味を示したのは、ガウェインの背負っているミリタリーバッグに書かれた『UN』の白い文字である。
夜空に二つの月が浮かび、人々が魔力を利用して魔法を放つマギアは、アリアに記録された情報と大きく異なっており、ここが異世界なのが明白だった。
二つの世界に共通する『UN』の概念が存在するとは思えないので、彼女は首を傾げている。
「この鞄は、古代遺跡で拾ったアイテムじゃよ。宝箱から出てくる神々の遺物は、魔王軍と戦うための武器として個人の取引きが禁止されておるが、ダンジョン内に落ちているアイテムは、冒険者ギルドで売買されておるのじゃ」
「そういえば、ウィリアム様も古代遺跡から持ち帰ったアイテムを換金していました」
「神々の遺物は、アヴァロンの国軍が高値で買取っておるが、冒険者ギルドが管理しているアイテムにも、こうして使い勝手の良い品物もあるんじゃ」
ガウェインの話を聞いたアリアは、古代遺跡そのものが魔法陣となっており、何かしらの不具合で宝箱を経由しない異世界の品々が召喚されると考えた。
ウィリアムの説明でも、古代遺跡が人為的に作られたダンジョンだと言っていれば、宝箱が、古代人が彼女のいた世界から武器を召喚するための道具だと推察できる。
「古代遺跡に召喚されるアイテムは、武器だけではないのですね。そして、それらは自由に取引きされている」
「この鞄は水に強くて掘り出し物じゃが、ほとんどが用途不明のガラクタじゃ」
「私であれば、もっと掘り出し物が見つかるかもしれません」
「なんでじゃ?」
「私には、それらの用途を理解できるからです」
ガウェインは、アリアが記憶喪失だと聞かされていたものの、古代遺跡のアイテムに既知感がある彼女の言動に違和感がある。
記憶を失っている彼女は、神々の遺物や元の世界の品々に触れることで、自分の過去を思い出せるのではないかと考えて、ウィリアムたちと合流する足取りが軽くなった。
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