4-7 嘘
「あのまま彼女達に持ち帰られるところでした」
ようやく戻ってきた真琴(何故か恰好が乱れていた)は、開口一番そんな事を言った。
俺達も真琴を追って駅へ下りたんだが、ようやく外に出られた頃には向かいの電車に乗せられてしまったらしい。
で、這々の体で抜け出して戻ってきたというわけだ。
これ、犯人が女子高生だからまだいいものの、男だったら事案だぞ。
さすがに不憫になったので、真琴に謝罪と慰めの言葉を掛けておく。
陽花も抱きつきにいったが、それはOKらしい。真琴は癒やされたような表情で陽花の頭を撫でている。
俺も抱きつかれたい。癒やされたい。
「とりあえず、これで地下鉄ダンジョンはクリアか……。あー、つっかれた……」
「最後はどうして倒し方がわかったんですか?」
「わかんねーよあんなの。ただ、ウンディーネに文字を読んでもらったら、それっぽい事が書いてあったから試しただけだ」
「へえ……。陽花を座らせたのは、どうしてですか?」
真琴に聞かれ、俺は鼻高々に語った。
「あーあれな。あれはなかなかファインプレーだったろ。最も脆き者って書かれてたし、ダンジョンの中で脆いって言ったらDEXの数値じゃないかと思って。陽花の方が俺よりDEXの数値が低いんで、まあ危ないとは思いつつも試してみたってわけだ」
「マジでセンパイの事ぶん殴ってやろうかと思ったっす」
お、これ怒ってるな。
シュッ、シュッ、と肩パンを繰り出してくる陽花をいなしつつ平謝りする。
「ごめんって。焼き肉連れてってやるから、機嫌直して」
「もーほんと、綿菓子作りまくるっすからね今日は」
「それ安いところだろ。ちょっとは夢見ようぜ。……ん、どうした? 真琴」
「……いえ。陽花、ちょっと、ステータスカードを見せてくれるかな」
「ん? いーっすよ。ほい」
陽花が財布からステータスカードを取り出す。
何でこのタイミングで陽花のステータスなんて気にしてんだ。
更新してないんだから数値が上がってるわけでもないのに。
……更新してないんだから?
数値が?
上がってるはずがないって?
あれ、俺、さっきなんて言ったっけ。
「陽花、最後に更新したのはいつ?」
「マコと初めて会った日っす」
そうだ。俺も陽花も、更新はサボり気味なタイプで、一緒に行こうぜとでも言わない限り1人で更新に行ったりはしない。
そうだ。俺も、更新はしていない。
「じゃあ、曽良さん。ステータスカードを見せてくれませんか?」
「……えっと」
まずい。
俺のカードに記されたステータスは、赤点確実のカスみたいな数値だ。
陽花より強いなんて事は、どう贔屓目に見たってあり得ない。
「曽良さん。カードを見せてください」
「あー、あの、な? カードは、その」
「見せられない理由が?」
「ない、です。はい」
何でこんなに詰めてくるんだ。
見せて「さっきのは言葉の綾で、単なる勘で陽花に行ってもらった」とか取り繕えば納得させられるだろうか。
それはそれで、別の疑念を生みそうだ。
そもそも真琴は何かを警戒しているのか? さっきから、俺を見る目が険しい。
「どうしてこのダンジョンの敵の事を知っていたんですか」
「し、調べたから」
「モンスターの情報は確かにネットを探せば載っています。けれど、ボスの事なんてどこにも載っていない。載るはずがない。あなたじゃなきゃ、攻略できないダンジョンなんだから」
「推測だよ、推測。雑魚モンスターが蛇なら、ボスだって蛇だってわかりそうなもんだろ」
「攻撃方法や、特殊能力まで?」
「神話だよ神話! 真琴が教えてくれ……」
……てねえんだよな、この世界だと。
俺、もう喋らない方がいいかもしれない。
「曽良さん。私を見て」
ずいっと顔を近付けられる。
真琴の目は怒っているのか、それとも他の感情なのかは読み取れないが、少なくとも穏やかなものが宿ってはいない。
どう言い訳をすればいいのか。
それとも真実を話してしまうか? 真琴に殺され、死後の世界から時を超えて戻ってきた、と。
どうする事もできずに、俺は真琴を見つめ返した。
しばらくすると、真琴はふい、と目線を外して離れた。
「あ、あの、さ」
「曽良さん。陽花。付いて来てほしい」
そう短く告げて、真琴は歩き出した。
ここは渋谷の地下鉄だったらしい。真琴の後を追って駅を出ると、人で賑わう広場に出た。
「曽良さん。あれを見てください」
真琴が指さしたのはヒカリヤシアター、その最上階だ。
そこには劇場があり、今はダンジョンになっている。
「あなたの嘘を暴くのに、私が嘘を吐いたままなんて、フェアじゃないですよね。だから、2人には話します」
真琴は少しだけ間を置いてから、意を決したように話し始めた。
「あのダンジョンが、私の人生の目的です。私のエクスプローラーになった理由は、あそこだけにあります。あそこには、私の家族がいるんです」
ヒカリヤシアター。国内屈指の難関ダンジョン。
なんとなく、真琴がエクスプローラーやってる理由は誰かのためなんじゃないかとは思っていたけれど、まさか出会った当初から嘘を吐かれていたとは。
それだけ、俺は警戒されてたって事か。
いやまあ、ショックはない。正直、逆の立場でも、明かしたくない事は初対面の相手には明かさないのが普通だし。
ショックはないはずなんだが、それ以上に、罪悪感のような気持ち悪さが湧いてきた。
「8年前、ダンジョンが出現した日。両親の結婚記念日に家族で観劇に行きました。両親と、姉と、私です。そして私が1人で劇場を出た時に、ホール内がダンジョンになってしまいました」
「それで、家族は今まで……」
「はい。あのダンジョンはご存じの通り、誰も攻略のできないダンジョンです。モンスターの強大さだけじゃない、根本的に、誰も攻略のための道が拓けないでいる。曽良さん、あなたを見て確信しました。ダンジョンは、人間だけでどうにかできるものじゃない、と。だから……」
「……俺を利用したかった?」
恐る恐る投げた問いに、真琴はこくんと頷いた。
さっきショックはないなんて言ったけどありゃ嘘だ。
今、かなりショック受けてる。利用されてた事なんかじゃなく、信用してもらえてなかった事に対して。
「言ってくれりゃよかったのに……って、事でもないんだよな、たぶん。なんか、すまん。信用に足る人間じゃなくて」
「……私は陽花も利用していました」
「え? そーなんすか?」
どういう事? という目で陽花が俺を見てくる。
この子はそういうの気にしないタイプなのはもはや絶対真理みたいなもんなので、この際蚊帳の外に置いておいてもいいんじゃないかと思う。
でも、怒るに怒れねえなあ~。
何故なら俺も、陽花を利用しているから。そこはごまかすつもりも一切ない。
悪い悪いと心中で思いながらも、こいつが付いて来てくれるからと平然と危険な場所に飛び込んで行っている。
なんなら戦闘は任せちゃえみたいな、卑怯卑劣な考え方もしてる自信はある。
で、それで失敗した。
陽花は大怪我したし、天罰なのか俺は死んだ。
そういう事にならないよう戻ってきたってのに、またこうして話が拗れる。
本当に、上手くいかないもんだ。
「お金が欲しいなんて嘘です。世界に行きたいなんていうのも嘘。私はただ、家族を助けたいだけです。これが、私の吐いた嘘。どんな誹りも甘んじて受ける覚悟は、あります」
あーやだやだ、大袈裟なんだよ話が。
俺はただ、ゆるくダンジョン攻略に勤しんで、寿命が延びればそれでいいってのに。
俺の意思に反して事態はどんどん面倒な方向に転がっていく。
「わかった。じゃあ、その話は一旦置いとこうか」
「置い……!?」
「とりあえずさ」
俺が目をやるのと同時に、陽花のお腹が不満そうな音を立てた。
「飯、行くか」




