4-6 フリースタイルダンジョン(IQ3)
深淵の王。これはもうヒュドラの事だろう。
高い所に行くってのはたぶん階段だ。ここにはそれくらいしか、高い所に行く手段がない。
なんか跪くとかなんとか言ってたが、ヒュドラの前にそんな事が果たして可能なのか。跪いてる間に丸呑みされちまうんじゃないのか。
迷っていても仕方ない。2人を促し、階段へ向かう。
ヒュドラはそんな俺達を追って階段を目指し始めた。おい、というかこれ、上ったらあの謎生命体が来るんじゃないのか?
だあー、くそっ! 最も脆き者とかなんとか、この中で、たぶん一番脆いのは……。
「陽花!」
「うえっ、な、なんすか!?」
「階段の前で跪け!」
「えええっ!? ぼ、ボク、生贄とか嫌っすよ!」
「曽良さん、駄目だ! 陽花が危険でしょう!?」
「大丈夫だから! 『一番脆い』奴がそうすれば、何かが起こる!」
脆いの定義とは何か。
前の世界で、陽花と行ったステータス更新を思い出す。
あの時、俺達が見せ合ったステータスの中で、ひとつだけ、陽花がこの3人の中で最も低い数値の物があった。
俺が大ダメージを受けたのは階段で謎生命体に踏み荒らされた時だ。その時にDEXが爆上がりした……と、一応の推測をすると、おそらくだが、今の陽花は俺よりもDEXが低い。
つまり、最も脆い者って事じゃないだろうか。
こんなもんはあくまで俺の咄嗟の推測であるし、本当は陽花にそんな危険な事させたくはないけれど……。
でもやらなきゃ、ここで全滅もある。
というわけですまん、陽花!
「絶対、絶対ヤバかったら助けてくださいね!? 絶対っすよ!?」
「わかってる! ほら、王様来たぞ、跪くんだ!」
「ううう……」
曽良もハラハラしながら見守っている。何度も飛び出しそうになるのを堪えているようだ。
俺も同じ心境。
俺達は売店の陰に隠れたが、ヒュドラはこちらには気づいていないようだった。
「今不意を突けば倒せますよ」
「それじゃ駄目だ。首は再生する」
「陽花が咬まれたらどうするつもりですか?」
「そん時は……俺が死んでも助ける」
死んでも助けるっていうか、もう一回死んで助けてやる。
もう一回あそこに行ける確証はないけれど、そのくらいお安いご用だ。
うう、ヒュドラがにじり寄って行くのを見守るのは、心臓に悪いぜ……。
手汗でべったりのアクア・ネビュラの柄を握り直した時、ヒュドラに異変が起こった。
『……答えよ』
「喋ったァァァァッ!?」
「陽花、しーっ! しーっ!」
「だってあの、あえ、これ、なん、なんなんすかー!?」
『答えよ。汝、火を畏れるか』
「え……? えっと……今、4時っす。夕方の」
は? 何であいつ、時間気にして……。
あ、ああーっ!? 違うよ、陽花!
その『なんじ』じゃないから!
たぶんその蛇が聞きたかったの、『汝』! お前って意味だよ!
『左様か』
「さよ……? だから、4時っすよ!」
『答えよ。汝、光を見るか』
「だから4時! どんだけ聞く耳ないんすか。てか、耳どこっすか?」
『答えよ。汝、風を』
「4時―! 4時4時4時4時4時4時、4時っす!!」
駄目だこれ、完全に通じてねえし。
ヒュドラ黙っちゃったじゃん。
すげえよあいつ、モンスターにフリースタイルの口撃で勝っちゃったよ。
一番脆いっていうか一番オモロい奴出しちゃった。ダンジョン製作者に怒られちまいそうだ。
そこで、さらなる異変に気が付いた。
売店の商品が小刻みに揺れている。
ドドドドド、と地鳴りのような音。
これは聞き覚えがある。俺は時間を戻ってまで、嫌というほど味わったから。
くわっ、とヒュドラが牙を剥く。同時に、俺と真琴は弾かれたように駆けた。
固まってる陽花の腕を2人で抱えて、思いきり跳ぶ。俺の靴をヒュドラの口が掠めた。
その瞬間、
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
『ジャァァァァァァァァァァァ…………ッッ!!』
階段の上から下りてきた謎生命体達がヒュドラの体を踏み荒らしていく。
そしてそいつらは一斉に線路へ突進し、ホームから出た瞬間に消えていった。
大量の下半身、下半身、下半身。全てが通り過ぎるまでに、たっぷり1分は掛かったんじゃないだろうか。
下半身達が去り、呆然と見守る俺達の前に転がっていたのは、頭の全てを潰されて痙攣するヒュドラだった。
その体が、徐々に崩れてゆく。
「ああ、なんだか、攻略法がわかった気がします」
「嘘、マジで?」
「頭の全てを同時に潰す……事じゃないでしょうか?」
「あー……そりゃ、シンプルだわ。1人じゃ100%不可能だけどな……」
真琴がナイスな意見を出してくれたのはいいんだが、それが発揮される事はおそらく今後一生ないだろうなと思う。
瞬きの間に、気が付けば俺達3人と、広場に集まっていた人間達はみんな、満員電車の中で人波に潰されていたからだ。
電車内は大騒ぎになった。
なにせ、数十人からなる人間が急に狭い車内にワープしてきたのだ。なんなら、小型の屋台も一緒に出現している。
元々この車両には100人ほど乗っていたもんだからもうしっちゃかめっちゃかになっていた。
「むぎう……」
「ひ、陽花、こっち来い、こっち、ちょっと空けてるから……」
小柄なせいで上手い事太めのサラリーマンの間に挟まってしまった陽花の手を引っ張り、ドア際へ引き寄せる。腕で空間を作ってやり、多少マシな所へ移動ができた。
大きく呼吸する陽花。本当に、今回は大変だった。
「そ、曽良さん、陽花、無事、ですか?」
真琴も真琴で大変そうだ。女子高生らしき少女に押しくら饅頭状態で囲まれている。ていうかあれ、女子高生達が体押し付けに行ってないか? なんか顔赤いぞ。あれはちょっと、放っておく方が何かといいんじゃないか。
「か、可能であれば私も助けてもらえると……。ああ、キミ達がどうというわけじゃないんだ。ごめんね。ただその、キミ達にも負担が掛かるだろう? だからそんな顔をしないで? あの、すまない、開けてくれるかな。あの……だ、誰か体の匂いを嗅いでないかい? 呼吸を感じるよ。ああ、キミか。悪い子だ。でも匂いは今はその……曽良さん!」
珍しく困り顔の真琴は、駅に着いた時に人波に流されていった。
俺の名を呼ぶ声が虚しく離れていく。
すまん真琴、もうちょっと耐えてくれ。




