布告、闇夜にて
酒場より外に出ると街の雰囲気は賑わっていた時とは打って変わって、酒で火照っていた身体を冷ますかのように冷えた空気がアルカを包んだ。
しかし、アルカに当てられたのは空気だけではなかった。
(――見られている )
静まり還った街の中でアルカは自身に向けられた視線を確かに感じていた。
だが、果たしてこちらから仕掛けて良いものなのか。
ここは敵地でありながら自陣でもある、妙なことを起こせば事によっては次第に大事へと繋がりかねない。
どうしたものかと悩んだが警戒を怠らぬようまずはカイネが用意してくれている部屋を目指すかと歩を歩ませたその時、行く手を阻むようにアルカの目の前に人影が三体現れる。
「様子見とは、無敗の騎士とも恐れられた団長殿らしくありませんな」
幸か不幸か仕掛けずとも暗闇から姿を現したのはアルカの事を団長と呼び、ガマニアの羽織を身に纏い、手に持つ杖はかつてのローランドの物ではなくガマニア指揮官の物。
まだローランドがあった頃と比べるとどこかふくよかになったその声の持ち主はアルカが良く知る男だった。
「久しいな、イグニスよ」
アルカは目の前に現れた男、元ローランド指揮官でありかつては智将とも呼ばれたイグニスに声を投げた。
イグニスは三年前の戦いの中で予定とは違う指揮を執り、アルカが敗退する原因の一端を担った人物でもある。
まるで開口一言目の煽りとも取れるイグニスの言葉を冷静に受け流すのは酒のおかげか、はたまたアルカの持つ人格か。
「姿から察するにいかんなくその才をなお振るっているようで何よりである。して、その指揮官殿である貴殿が一介の兵である私に何ようであるか」
いや、酒が入っているせいか柄にもなく少々挑発的だった。
「いやはや、団長殿に比べれば私の才など微々たるもの。その団長殿が御帰りになられたと聞きましては私とてご挨拶に伺わずにはいられますまい」
しかし対面するは国の脳に位置する指揮官、表情一つ変えずに答えてみせる。
「挨拶とな。ふむ、ではその後ろにいる二人は何故の護衛か」
イグニスの言う挨拶とやらに来るにしても夜更けという時間帯選んだそのもの自体がおかしいのは勿論のことだが、黒鎧の暗殺者を引き連れているとなるとまた事情は変わってくる。
「三年も経ちました故、忘れられるのも無理はありませぬ。彼らも元はローランド兵、今はその能力を買われ暗殺者としてガマニアに従事しておりますが団長殿の教えを受けた同郷のよしみ。彼らの申し出を無碍に出来ませんで」
引き連れて来たのだとイグニスが言い終わると後ろに控えるようにして立っていた二人が踏み出して口を開いた。
「お久しゅうございます団長殿、ご存命であったと聞き嬉しく思います」
「あぁ、団長殿……。よくぞご無事で……ッ!!」
感極まったのか目には涙を浮かべながら二人の男は言った。
これを受けたアルカは「ふむ」とまた一つ頷いてから応える。
「お前たちも良く無事でいてくれた。だが今や私は敵対する身、あまり迂闊な行動を取るでないぞ」
「そのことで団長殿にお伝えすべきことがあり、人目の付かぬこの様な時間に伺ったのです」
アルカの言葉をまるで待っていましたとでも云わんばかりにイグニスは間髪入れずに口を開いたのだった。
彼は元より自己主張の激しい性格であったが故、そういえば作戦を立てる上でも随分と手を焼いたものだったなとアルカは思い出す。
「して、その内容は」
ここは目を盗んでせっかく来てくれたのだから、とアルカは問う。
「既に団長殿もご存知の通り、天帝レーヴァテインの娘であるカイネ様のことについてです」
自身の仕える王を敬称なしに呼び捨て、そのままイグニスは続けた。
「団長殿がカイネ様の手に渡ったと聞き、天帝がまもなく淘汰すべく兵を動かさんとしております。しかしいくら立場が違えど我らとて元団長、兵たちを討つような真似はしたくありませぬ。それはガマニアの者も同じこと。ついてはここから退く様に団長殿から促してはもらえないかと」
ようするにイグニスは天帝レーヴァテインが動く前に退いてくれと示談しにきたのだ。
「ほう、それは随分と私の事を買ってくれているようであるな。しかしいくら私を交えようと兵力に歴然の差があるというに何を戦く必要があるというのだ」
「それを幾度となく可能にしてきたお方が何を申されますか。その可能性が沸いて出た以上、天帝は動きますぞ。これは決して忠告などではなく我らの元団長殿であるからこそ私は申しているのです、何卒賢明なご決断を」
イグニスが言うにはここから退けということだろう。
しかし、その方法を具体的に語りはしないがそれが何を意味するかはアルカも理解していた。
理解した上でアルカは答えた。
「あいわかった。カイネ殿には貴殿らの思い、しかと伝えておこう」
カイネを連れ戻そうとする彼らに向かって。
「な――ッ!? 血迷いましたか団長殿!? 」
アルカからの答えを受けたイグニスは自分が何を言っているのか分かっているのかと、冷静になれと静寂に包まれた街の中で声を大にして言った。
身を案じて言っているというのに何故、わからないのだと。
しかしそれに対しアルカは指をさして言った。
「血迷うたのはどちらか、あまり私を見くびるでないぞイグニス。たかが三年――その二人、ガマニアの者であろう? 私が軍の者を覚えていないとでも思うたか。んん? 」
アルカは決してローランド時代の兵達の顔を一人たりとも忘れてはいなかったのだ。
故に先程は涙を浮かべた二人が偽物で、演技であったこともすぐに見抜いていた。
見抜いた上で話を合わせていただけにすぎなかったのである。
まさしくそれは計算外――。
まさかアルカが何万もの兵の顔を覚えていようとは思いもしなかったイグニスはギリッと苦虫を噛んだような表情を浮かべた。




