裏切り者は
夜が更け、街の明かりも次第に消えゆく頃。
酒場にいた者達もそのまま酔い潰れ、床やテーブルに突っ伏している兵たちで溢れかえっていた。
どうやら彼らはこのまま酒場で次の日を迎えるらしい。
「なんともいかがな状況であるな」
そんな中、アルカは共に起きている隣の男に毎日こんな感じなのかと話しかけた。
「明日はどうなるか分からない身。コイツらもみんなこの時が一番楽しいですからね」
だから酒を飲んで好き勝手している今が一番楽しいのだと男は顔を赤らめてヒク付きながらアルカに応じた。
「どうなるか分からない、か。そんなにも傭兵団へ来る"依頼"というものは危険なものなのか」
その返答に「ふむ」と一つ唸ってからアルカは口を開いた。
どうなるか分からない。それはつまりいつ死ぬか分からないことであることを察したアルカは民から寄せられる依頼とはそんなにも危険を伴う物なのかと問うた。
「いえ、依頼は大したもんじゃないですよ。そりゃあ魔物の討伐となりゃあ危険は付き物ですけどね」
だが、ドラゴン等の危険種を討伐してくれなどといった度を越えた依頼が民から舞い込んでくることはないという。
精々、傭兵団へやってくる討伐系の依頼は畑を荒らすような小型の魔物の討伐くらいらしい。
「では他に何か脅威になるものでもあるのか」
「そりゃあ決まっているじゃないですか」
グラスに入った酒を回し、見つめながら男はしみじみと続けて言った。
「カイネ様に就いた俺たちゃ云わばガマニアに背いた反逆者。ガマニアにあってガマニアに属さない裏切り者は殺されても文句は言えないですからね」
アルカは以前カイネに話したことを思い出す。
我が物顔で巣に居座っていられるにも期日――、限界がある。
その時が来れば蜥蜴は巣を移動すればいいだけの話だが、人はそうではないことを。
彼らもまたカイネと等しく狙われるべき対象であることを自覚していた。
指揮を執るカイネが一番に狙われていることは周知の事実であるが、ここガマニアに居る限り彼らとて身の保証はないのである。
「……後悔しているのか、カイネ団長殿に就いたことを」
「いえ、後悔はしてないですよ。ガガトロイ様に就いていた時と比べりゃ傭兵団は金回りも良いし何より自由に過ごせる時間が増えた。あそこはあそこで地獄でしたからね」
そしてどこか幸せそうな表情を浮かべながら転がる仲間にチラりと目をやりながら、にへらと口を緩ませて男は語る。
「だけど覚悟を決めた上で俺たちにはもう逃げ場がない。カイネ様は虎視眈々と天帝様の首を狙っていると申されているが、多勢に無勢とは言ったもので攻めることも出来ずにいる俺たちは"その時"が来るのをただ待つしかない。はは――、馬鹿な俺らでも分かりますよ。1万の兵と10万の兵がぶつかったらどっちが勝つか」
元はガマニアの――圧倒的な兵力の一員であった彼らだからこそ思うところがあるのだろう。
「でも今こうやって腹を出して寝ていられるのも貴方が来てくれたおかげでもあるんですよ、アルカ様。最初は驚いてみんなビビッちまってましたけど、当初はアルカ様の話で持ちきりでしたからね。……おっと、すみません。喋り疲れたのか俺もそろそろ御眠のようです」
コトンとグラスを置いた男の身体はフラフラとテーブルに吸い込まれていく。
「そうか。久々に楽しい時間を過ごせた。貴公も良く休まれよ」
ここにいる兵の皆がそうではないだろうがカイネに就く上で各々が覚悟を持っていることを知ったアルカは一息つきながら天井を仰いだ。
皆の上に立つ者としての重責。そして応えなければならないという圧力をカイネは今、どのように感じているのだろうかと思いを馳せる。
次第に先ほどまで話していた男の寝息が聞こえ、酒場に来る前にカイネが用意してくれた部屋に帰るかとアルカは席から立ち上がる。
「あ、アルカ様!! お帰りですか? 」
するとその様子を見ていたのか、厨房の方からディアナが声を掛けた。
「うむ。カイネ団長殿がせっかくの部屋を用意してくれているのでな。足は大事ないか?」
「お気遣いありがとうございます。この通り、もう大丈夫ですよ!!」
「それは何よりである。それと皆はああ言っておったがせっかくなのでな、ここの代金はこれで頼む。釣りはカイネ団長殿に後日にでも返してもらえれば良い」
そう言ってアルカは再び金の入った袋をディアナに渡し、出口へと向かって歩き始めた。
転がっている男たちを踏まぬように。
「あの……!!」
大きなアルカの後ろ姿にディアナは呼び止めるように声を掛ける。
首だけを捻り、アルカは何かあるのだろうかと目をやった。
「また、来てくださいね」
アルカのその目には次こそはしっかりと持て成さんとする酒場の意地が映る。
「うむ。ここの飯は旨かったのでな、また来よう」
そう告げてアルカは酒場の扉を押し開き、酒場を後にした。




