外伝その2 オウロのその後
ヒコ王国にある高台はとても見通しの良く、港が一望できることで有名だ。
そのため住む人間は金持ちか貴族以外というわけである。
そこに白いサンゴで作られた屋敷があった。ヒコ王国の金持ちであるポーロ商会の持ち家だ。
広い庭には噴水やブランコなどの遊具があり、ポーロ商会の富の強さを見せつけているようであった。
この家の主人はスセッソといい、コバンザメの魚人である。数年前から父親の跡を継ぎ、他国の貿易に力を入れていた。
ちなみに両親は寂しい田舎に引っ込み、自給自足の生活を送っている。
今まで人を使うことに疲れたからだ。自ら望んで掘っ立て小屋に住み、息子の援助を一切絶っていた。
その様子はポーロ商会の手綱を握っていたより晴れやかな表情だと言われている。
さて二階のテラスにひとりの女性が安楽椅子に座りながら、編み物をしていた。
下半身は金色の鱗に覆われた魚の尾である。これは両足がくっついた人魚症と呼ばれるものだ。
もっとも下半身の強さは人間の数倍ほどで、足の指は三倍ほど長く、水かきがついていた。彼女は人魚なのである。
もっとも鰓呼吸などないので、魚のように泳ぐことはない。海女のように長時間の潜水は可能である。
彼女は上半身にゆったりした絹のローブを身に着けていた。年齢は三十代を超えているが、元々ある健康的な美貌は年齢を感じさせない、自然な美しさがあった。
名前はオウロといい、スセッソとは幼馴染の関係だったのだ。
「おお、オウロ。ここにおったでおじゃるか」
奥から声がした。すたすたとテラスに近づくが、現れた姿はオウロよりも体が一回りも小さく、ずんぐりむっくりした体格の男であった。カイゼル髭を生やしている。
頭にターバンを被っており、赤いマントに高価そうな服、先端がとがった革の靴を履いている。
彼がオウロの夫であるスセッソだ。
「あらあなた、お早いお帰りでございますね」
オウロは編み物をやめると、すっと床に立った。スセッソは他人行儀な妻を制し、そのまま座っていろと指示する。
「ほっほっほ。今日はプラタが帰国する日でおじゃる。この時のためにすべての仕事は終わらせたでおじゃるよ。さらに言えば緊急事態でもまろなしで対処できるようマニュアルを作っておいたでおじゃる」
あらゆる事態に対策するのがスセッソだ。彼にとってプラタはかけがえのない友人である。
ついでに言えば私掠船の免除を持ち、世界各国を旅する彼からもたらされるおみやげも期待していたが。
「そうでしたね。プラタが旅立ってからもう6年も過ぎたのですね」
「そうでおじゃるな。今までは年に一度は帰国できたでおじゃるが、今回は厄介な事案に巻き込まれていたようでおじゃる」
ちなみにプラタはオウロの双子の兄だ。彼女は自分が姉だと主張している。
プラタは海賊であり、海の守り神ネプチューンヘッドの息子でもあった。
彼は大頭船で七つの海をまたにかけている。その際にデリバリーヘッドという翼を持つビッグヘッドが、手紙とわずかばかりの荷物を運んでくるのだ。
二本の旗を使い、行き来するのである。世界各国の珍しい宝石や種はポーロ商会に絶大な富を膨らませる結果となっていた。
「密林に住むトカゲ人の集落では国を作ったとありますね。さらに北の大地には真っ白な毛に覆われたゴリラ人の戦争にも参加したとあります。
太平洋のとある島では魚人の王国で王子と王弟の争いにも巻き込まれたそうですね。
まったくあのバカは何を考えているんだか……」
話している途中で、オウロの眉間にしわが寄っている。プラタと関わると毒づく性格は変わっていないようだ。
スセッソもそれがわかっているので、止めることはない。
「まったくプラタも大変でおじゃるな。もっともオウロもあいつの息子たちの面倒に手を焼いているでおじゃるが……」
「おば上―――!!」
そこに乱入してきたのは巨大なカエルであった。オオヒキガエルである。
二メートルほどの大きさででっぷりと太っているように見えた。
下半身は腰巻のみであり、男である。
「父上と母上が帰ってくるとはまことか―――!!」
彼の声はまるで暴風であった。部屋にある壺やガラスがピリピリと震えている。
このままでは割れてしまうかもしれない。スセッソは風にあおられるように倒れた。
しかしオウロは落ち着いて、目の前のオオヒキガエルを睨みつける。
「マスラオ、声が大きいわよ。静かになさい」
「はい、ごめんなさい」
一転してマスラオと呼ばれた者は腰を低くした。
「マスラオ、慌てすぎ。オウロ、父はいつ帰る?」
今度はナメクジだ。マスラオと同じくらいの大きさである。アッシーグレイスラッグというナメクジだ。黒っぽい身体が特徴的である。
「イダテン。私を呼び捨てにするとはいい度胸ね。せっかちなのは理解しているけど、あまりにも端折りすぎよ」
「だめ。早さが命。ナメクジだから鈍い、覆す」
イダテンはオウロに睨まれても怯まない。マスラオは蛇に睨まれたカエルだが、イダテンはナメクジなので怯えないのだ。
「ええい、イダテン! お主はおば上が怖くないのか!! 雷が恐ろしくないのか!?」
「怖い。でも我慢。そして早さが大事。もっと早くする」
マスラオは注意するが、イダテンはまったく話を聞いていない。
ふたりのやり取りを見て、オウロはため息をついた。
「まったくヒスイさんとコハクさんの息子とは思えませんね」
「そうでおじゃるな。マスラオもイダテンも母親には似てないでおじゃる。かといって父親にも似てないでおじゃるな」
「でも父親を敬愛しているのは似ていますわね」
そうマスラオは航海士ヒスイの息子で、イダテンは総舵手コハクの息子である。
「フハハハハ! 兄弟たちよ、あいかわらずおば様に怒られているな! ザマァ!!」
さらに別の人間がやってきた。それは全身真っ黒な男であった。皮膚は鉄で覆われており、下半身に革のパンツを、足はサンダルという格好である。
「あらビスカヤじゃない。今日はどうしたのかしら? みんなが一斉にここに来るなんて。リャーマはいないのかしら?」
「ここにいます」
すっと現れたのはチスイビルの亜人だ。どこか気弱そうな感じがする。
チスイビルだが控えめな性格なのだ。
ビスカヤはイエロの息子で、リャーマはフビの息子だ。
彼らは全員12歳であり、同じ誕生日なのである。
マスラオ、イダテン、ビスカヤ。リャーマが一時間おきで生まれたのだ。
この事実はプラタが4人をまとめて着弾させた事実がある。
その事を知ったオウロはプラタに対して、血の制裁を加えたのは言うまでもない。
「おひさしぶりですオウロさん。今日はスセッソさんに誘われてきたのです」
「その通りでおじゃる。今日はみんなでプラタを迎えたいからでおじゃるよ」
スセッソはそう言った。オウロはそれを聞いて満足する。
ちなみに4人は5歳まで母親たちと一緒に暮らしていた。それ以降はオウロや義父のジェンチュ夫妻の世話になっている。
ジェンチュとその妻アマーベルは3年前に病気で亡くなった。今は次男のアグアが跡を継いでいる。すでに結婚して子供が産まれたばかりだ。
フォーゴとルスはロウソク屋を嫌い、賞金稼ぎとして生計を立てていた。
オウロとスセッソの間にも子供はいる。ただ身体が弱いので今は別荘で療養中だ。もう少しで帰ることができるらしい。
「フハハハハ!! 親父殿が6年ぶりに帰ってくるのだ! これを兄弟全員で喜ばないでどうするのだ!!」
ビスカヤは豪快に笑い飛ばしている。それを見てオウロは考えた。
彼はアイアンメイデンと呼ばれる種族で、全身の皮膚が鉄になっているのだ。
しかし女性だけに発現するのに対し、ビスカヤは成長期になると皮膚が鉄になっていったのである。
母親のイエロは感情を押し殺した性格だが、息子はそれに反して竹を割ったような性格であった。
男でありながらアイアンメイデンになった男だという。イエロの家系は代々村長を務めており、篤志解剖を続けていた。
それを亜人全書にまとめる役目を担っていたのだ。百数年の歴史でも男のアイアンメイデンは誕生していないのである。
「そうだ! 拙者たちはもう12歳! 父上もネプチューンヘッドじい様の元で船に乗ったという! 拙者は筋肉を鍛え続けて、フォーゴの兄上と共に巨大アライグマを狩り続けた! もう拙者は一人前なのだ!! 今ならベルフェゴールの身体をへし折ることができる!!」
「甘い。乗るのは俺。船の設備は早さが命。俺早さに命かける。ロビンヘッドの矢にも負けない」
「フハハハハ! お前らはまだガキじゃないか!! 我こそが船に乗るにふさわしいのだ!!」
「いや、みんな乗せると思うよ。お父さんはみんなに平等だからね」
兄たちが盛り上がっているが、一番下の弟であるリャーマは落ち着いていた。
濃い目の兄たちに囲まれていると、弟は大人しくなるのかもしれない。
オウロはそんな彼を見て、憐憫の情を催した。
「全員母親と似てないでおじゃるな。まあ、それもよいでおじゃる」
スセッソはそれを見てうんうんと笑顔を浮かべた。
「それに僕もお母さんに会いたいな。あと新しいお父さんの仲間の人にも会いたいし」
リャーマのつぶやきに、オウロは反応した。彼女の目は血走っている。リャーマは失言に気づいて逃げ出そうとした。
しかし彼は回り込まれてしまった。がっしりと両肩を掴まれてしまう。
「……リャーマ君、どういうことかしら? プラタが仲間を増やしたっていうのは初耳なのだけど?」
「えっと、今のは言葉のあやでして、実際は……」
「言いなさい」
オウロに睨まれて、リャーマは観念した。
手紙はオウロや他のみんなにも送られていたが、リャーマの手紙だけ新しい仲間の事が書かれていたのだ。
リャーマが一番しっかりしており、教えても大丈夫だと思っていたのだろう。
事実、兄たちはその事実を全く知らなかったのである。
「えっと巨人王国でアングルボダさんという巨人が仲間になったそうです。夫を失った未亡人で、お父さんが引き取ったそうです。
もうひとりは不死王国のバーバヤーガさんです。なんでも死人で神応石の力で冷気を操れるそうです。でも頭が狂っているそうです。
お父さんをお父様と呼び、ロビンヘッドさんをお母様と呼んでいるそうです。
最後は妖精王国のアトムハートさんというアカギツネの亜人です。元海軍中将で4年前に退職したときに、国を離れたかったから仲間になったそうですよ」
それを聞いて部屋の中は静かになった。代わりに空気が重くなった気がした。息苦しくなり、外の新鮮な空気を吸いたくなる気分に駆られている。
「そうなんだ、また女を増やしたんだ……。そうなんだぁ、あはは……」
オウロはうつろに笑っていた。どこか幽鬼のようにケタケタと不気味な笑みを浮かべている。
「おっ、父上、女を増やしたのか、さすがだな!!」
「同意。この世の女、全部父の物」
「男の価値は女の数! 親父殿は最高だな!!」
兄たちは爆発寸前の叔母をに気づいていない。リャーマとスセッソはお互いに抱きながら、ぶるぶると恐怖に震えていた。季節は夏なのだが、肌寒く、骨身に染みる冷たさを感じた。
そこに港から銅鑼が鳴る。船が到着した合図だ。
リャーマがテラスに出ると港にはガレオン船が停泊している。6年前に見た父親の乗るエルハヴァ号だ。
「ふふふ、楽しみねえ。あいつがのこのこと、ここに来るのが楽しみだわ」
オウロは乾いた笑い声をあげている。まるで悪魔が乗り移ったように鬼気迫るものがある。それを聞いてリャーマは父親の無事を願わずにはいられなかった。
「……ヴェンセドルは側室を多く持ったのに、プラタはなぜ許されんのかの?」
「たぶんお父さんの節操のなさが許せないと思いますよ。王様とは違う気がします」
スセッソがヒコ王国の国王を引き合いに出したが、リャーマは否定した。
数時間後、ヒコ王国内では鮮血の日と呼ばれる事件が勃発する。
当時それを目撃した者は多くを語らない。あまりの恐ろしさに白目を剥き、泡を吹いたからだ。
マスラオはなんとなく強そうなイメージで、イダテンは早さを意識しました。
ビスカヤはスペインにあるビスカヤ高炉がモデルで、リャーマはスペインのガンメーカーの名前です。
ルビー・スペシャルというのがあるのです。




