外伝 14年後のでべその一味
「いひゃひゃひゃひゃ! 殺せ、殺せえええええええええええ!」
とある村に大猿のような大男が叫ぶ。身に付けているのはトゲのついた肩パットに、鉄の斧を持っている。
周りには大男の指示で動く粗暴な人間が手にした槍や斧を無辜な島民にふるっていた。
木造の家は焼かれ、漁に使う船や道具もめちゃくちゃにされている。
ここはオルデン大陸の西方にある小さな漁村だ。ヒコ王国の領地内にあるが、あまり関わっていない。村長が貴族に税金を納める程度だ。
村で生まれて、結婚し子供を作り、死んでいく。漁業や狩猟で成り立っているのである。
「ああ、なしてだ……。なして、オラたちがこんな目に……」
村の中年女が嘆いていた。彼女はでっぷり太ったイワシの魚人である。小さな子供が三人ほどおり、赤ん坊を抱きかかえていた。
すでに夫は大男の斧の餌食となっている。
「いひゃひゃひゃ! この俺デブレダドル様は偉いんだ! 魚共を自由に殺して何が悪い! お前らは俺様の楽しみのために生かされていることをまーったく理解してないな!
だから魚は嫌いなんだよ!!」
デブレダドルは好き勝手に叫んでいた。彼は人間であり海賊である。世界規模では人間の数は圧倒的に少なく、逆に人間が魚人に差別されることも珍しくない。
彼はそれに怒りを感じ、魚人たちを斧で殺し続けてきた。同じ考えを持つ人間を仲間にし、魚人たちを殺して回っていたのである。
金品や食料の略奪はもちろんだが、彼らの命と生活の場を無慈悲に摘み取らなければ気がすまなくなっていたのだ。
ひたすら魚人を殺して楽しむ。それがデブレダドル一味の目標となっていた。
「いやー! 助けて―!!」
「死にたくない。助けてくれ!!」
アジの魚人夫婦が追われていた。海賊たちがボウガンを使い、ふたりの背中を射貫く。
うめき声を上げて、ふたりは倒れた。そこに別の海賊がやってきて大かなづちでふたりの頭部を滅多打ちにする。
イワシの親子は目を背けた。デブレダドルたちはそれを見てげらげら笑っている。
あのふたりは先月結婚したばかりの新婚夫婦だったのだ。お腹には新しい家族の命が宿ったと知ったのは、つい先週である。
「ああ、楽しい。弱い者いじめは最高だな。強い奴と戦うなんてばからしい。ひたすら無抵抗の村を荒らす面白さはかけがえのないものだ」
デブレダドルは酒を飲みながら笑っていた。目は胡乱で口からよだれを垂れ流している。
彼らは鬼であった。地獄から這い出た悪魔だ。
「ああ、プラタ様。オラたちをお助けくだせぇ……」
イワシの母親はぼそりとつぶやいた。それを聞いたデブレダドルはいきなり激怒し、女性の頭部に斧を叩きつけた。
トマトのようにべちゃっと潰れ、子供たちは泣き喚いた。母親の手から離れた赤ん坊は雷のように泣き始める。
「あーうるさい! お前らはプラタに夢を見すぎだ! あいつはこの俺様を十年間見つけることはできなかっただろうが! 俺様は一生あいつと出会わない、いや、あいつと関わった村を滅ぼすことで、他の奴らがあいつを恨むことを願っているんだよ!」
子供たちは赤ん坊を抱きかかえると、兄弟で寄り添った。周りは血の臭いと焦げた臭いで充満している。
黒煙が立ち込めており、視界は悪い。
プラタはヒコ王国の私掠船免除を持っている英雄だが、自分たちを助けてくれない。
デブレダドルはプラタと出会わない幸運に酔いしれていたのだ。
それも今この瞬間で終わったが。
☆
最初それに気づいたのは海賊の一人だった。村の中央にある大岩に何かが立っていたのだ。
それは金髪で腰まで伸びていた。すらっとした長身に彫刻のように美しい人間の女性であった。
身に付けているのは白いワンピースのドレスだ。手にはヴァイオリンが握られている。
「なんだてめぇは!!」
デブレダドルが叫んだ。しかし女性はまったく無反応である。
きょろきょろと海賊たちを見まわすが、まったく意にも留めていない。
「あなたたちはどなたなのだぜ?」
女性は逆に疑問文で返答した。言葉遣いは丁寧だが、語尾にだぜと付けているのは不気味である。
「俺様が聞いているんだよ! てめぇはどこから来やがったんだ!!」
「せっかく人が集まっているのですから、ひとつ、わたくしが演奏を披露するのだぜ」
女性はまったく質問に応じない。それどころかヴァイオリンの演奏をすると言い始めた。
さすがに薄気味悪い女性にイライラしたのか、部下に命じてボウガンで彼女を撃つよう指示した。
ひゅんひゅんとボウガンから勢いよく矢が放たれる。しかし矢は女性の身体に刺さらない。
かちんかちんと音を立てて弾かれていく。まるで肌が鉄でできているようだ。
「少し荒っぽい曲を披露するのだぜ」
女性はヴァイオリンを弾き始める。目を瞑り、一心不乱に弾き続けた。
その荒々しい曲はデブレダドルたちを茫然とさせる。
しかし異変に気づいたのは、すぐであった。
なんと地面が凍り始めたのである。焼けた家は冬の朝のように霜が降り始めた。
海賊たちは異常事態に気づいて、逃げ出そうとする。
だが足がへばりついて、離れることができない。サンダルごと、はがれるが、倒れて手に着いたりするとさらにくっついてしまうのである。
「お~、すごいでちゅね~。さすがはバーバヤーガちゃんでちゅ」
次に現れたのは巨人であった。それは五メートルほどの大きさでアジアゾウを連想した。
体重は四トンほどなので四つん這いで歩いている。
かなり不潔で垢まみれの身体だった。背中には何やら草が生えていた。ぎょろりとした大きな目に、大きな口。知性のかけらも見えなかった。
胸が膨らんでいるので女性だろう。
「ひぃ、化け物だ! 逃げろ!!」
「いいや逃げるな! こいつはでかいだけで動きは鈍いんだ!!」
「だから一切にとびかかれば簡単に殺せるぞ!!」
海賊たちは相手の風貌を恐れたが、すぐに考えを改めた。
そして巨人の女性に槍とボウガンを向けたのである。
にやにや笑いながら、巨大な獲物を嬲り殺す夢を見ていた。それは叶うことはなかった。
なぜなら彼らの足元に小さな影が走ったからだ。それらは走り去ると、男たちは一斉に倒れる。脚の筋を切られたのである。
いったい何事かと周りを見回すと、今度は顔を矢で撃たれた。
そいつは矢ではなく、毛である。毛を利用した矢であった。
巨人の髪からひょいと小人の女が顔を出した。彼女が矢を放ったのである。
他にも小人たちがすばしっこく動き回っており、巨人を狙う海賊たちは無力化されていった。
「さすがはアングルボダだな」
そこにひとりの男が現れた。銀髪に革のヘッドギアと黒いブーメランパンツに、サンダルという服装である。
日焼けした筋肉隆々の男であった。
「―――!? まさかでべその一味か!」
デブレダドルが叫んだ。それは生涯会いたくない男の二つ名である。
「プラタだ。ネプチューンヘッドの息子だ!」
プラタはいつもの前口上を出した。するとデブレダドルたちは逃げ出す。彼らは弱い者いじめが大好きなので、強い奴と戦うのは大嫌いなのだ。
「ちくしょう、なんであいつがこんなところに!! 俺だけでも逃げてやる!!」
デブレダドルは一目散に走っていた。自分の船に目がけて走り続ける。
その前にひとりの女性が現れた。アカギツネの亜人である。
右目に眼帯を付け、左手で杖を突いていた。
「自分だけ逃亡するなど恥だと思わないのか?」
軍人口調で訊ねるが、デブレダドルは無視した。彼は手にした斧をアカギツネにふるおうとする。
しかし彼女はくるりと後ろを向くと、太い尻尾がデブレダドルの腹を貫く。
背中に穴が開き、口から血が垂れた。
「えっ、えええええ?」
デブレダドルは信じられなかった。今日はいつも通りに人を、いや魚たちを殺して楽しんでいただけだ。
それなのに自分の仲間たちは次々とやられていき、自身もどてっぱらに風穴が空いたのである。
「……そんな、そんなぁ!!」
デブレダドルは絶句して倒れる。だくだくと血が流れ、冷たくなっていった。
「すごいなアトムハートさん。おっぱいを揉ませてくれ」
「自分の胸を揉んでも意味はないと思われます」
アトムハートは呆れ気味である。彼女は妖精王国出身で、元海軍中将である。60歳の時に除隊した後、なぜかプラタの船に乗ったのだ。
一味の役職では相談役という肩書で乗っているのである。
「プラタ。村の生き残りを集めたよ。女と子供だけだね」
ニホンアマガエルの女性が声をかけた。彼女は桜色の着物を、胸をはだけながら着ていた。
航海士のヒスイである。どこか花魁のような色気が出ていた。
「焼けた村はコハクが片づけるよ~。ボタちんも手伝ってくれるってさ~」
今度はバナナスラッグの女性だ。二メートルほどの溺死体のような黄色い肌をしている。
身に付けているのはサラシに白いふんどしだ。
彼女はコハク。総舵手だ。ヒスイの双子の妹でもある。
「子供たちは疲労しております。アングルボダさんの畑から野菜を取った方がいいですね」
こちらは全身黒い鉄の肌をした女性だ。まるで鎧が歩いているように見える。
アイアンメイデンという種族で、名前はイエロという。
プラタの船ではコックを務めており、栄養士でもあるのだ。
「はいです、そうです、そうなのです! こちらも薬が必要なのでアングルボダさんから薬草を積んでおく必要があるのです!!」
ヤマビルの女性が声をかけた。彼女は村の生き残りの子供たちに治療を行っている。
フビという名前で、船医を務めているのだ。
「それではお父様。わたくしは音楽を奏でてお姉さまや他の皆様を癒すのだぜ」
バーバヤーガと呼ばれた女性が声をかける。すると全員難色を示した。
彼女はヴァイオリンを弾くと、冷気を発生する力を持っているのだ。
これも神応石のおかげだが、弊害があった。
彼女は狂っていたのだ。プラタをお父様と呼び、ヒスイたちは全員お姉さまと呼んでいるのである。
彼女と出会ったのは不死王国で、そこを支配するネクロヘッドに譲られたのである。
なんでもエカテリンブルグという地域で発見されたという。彼女は死人であり、二百数十年は生きているそうだ。もっとも生前の記憶は一切ない。
プラタをニコライお父様と呼んでおり、銃を異常なまでに嫌っている。
銃を持つ人間がいると、目を見開き相手を凍らせようとするのだ。
「おーい、ロビンヘッド。あんさんがこの子を説得しい」
オークウッドの女性が声をかけた。彼女はベルフェゴールといい、エビルヘッド教団の司教である。
「おうなのだ! ロビンに何の用なのだ!」
突如飛んできたのはビッグヘッドであった。赤い帽子に赤い手袋、赤い靴を身に付けている。実はこれらは髪の毛でできているのだ。
ロビンヘッドと言い、賢いビッグヘッドである。ベルフェゴールが面倒を見ていた。
「まあアレクサンドラお母様!」
「おお、我が娘よ!!」
バーバヤーガがロビンヘッドに駆け寄った。彼女の眼にはビッグヘッドが自分の母親に見えるようである。
ロビンヘッドもよく理解していないが、彼女を娘として扱っていた。
その様子を見てアトムハートは感慨深げにつぶやいた。
「14年前はプラタ殿と同じ船に乗るとは思いませんでした。人生はどう転ぶかわからないです」
妖精王国の事件が起きて、14年の歳月が過ぎた。プラタは世界中を旅してまわっている。
そんな中で不死王国ではバーバヤーガを、巨人王国ではアングルボダと出会ったのだ。
アトムハートは4年前に仲間になっている。
「しばらくオウロとは会ってないな。ひさしぶりにヒコ王国に足を延ばそうかな」
プラタが言った。もう長い間自分が育った国に寄っていないのである。
「だけどオウロはどう思うかね? あんたがまた女を増やしたと知ったら激怒するだろうね」
「え~、なんでなの~。もうプラタは父親なんだよ~、子供たちのお世話をしてもらっているんだよ~」
「いえ、それは関係ないでしょう。それ以前に私たちの子供たちを預かっていただいているのですから、心苦しいです」
「そうです! でも子供は4人しかいないから大丈夫なのです!!」
ヒスイたちは話し合っていた。その様子を見てベルフェゴールはため息をつく。
「まだまだ青いわぁ。そもそもヒスイたちが子供を宿した時でも、この世の終わりみたいな感じやったで」
「なのだ! あの時のオウロの顔はまるで鬼だったのだ! エビルヘッド様の方が可愛く思えるのだ!!」
プラタは何を思ったのか、アングルボダに近づいた。そしてポーズを取り、へそで巨大な手を作り出す。
その手はアングルボダを下から持ち上げたのであった。
「うーむ、アングルボダのおっぱいはすごいな。このおっぱいはいくら触っても飽きることがないね」
「ボダちんを持ち上げるなんてすごいでちゅ。さすがはプラタでちゅね」
「お父様! 自分の娘の乳房を触るなんてハレンチなのだぜ。わたくしのも触ってほしいのだぜ」
その様子を見たアトムハートは首を横に振った。
「ほんと、どうしてこの船に乗ったのだか……」
遠くではガレオン船に成長したエルハヴァ号が海に浮かんでいた。
前に最終回と書いたが、すまんな。ありゃウソだ。
思うことがあり外伝を書いてみた。あいかわらず女性のチョイスが変だと思う。
ついでに17時にもう一本更新するので、そちらが本当の最終回になります。




